105話 失恋劇
落雷はエンデヴァルドのみならず、付近一帯を巻き込んで噴煙を上げる。
「フハハハッ! エンデヴァルドぉ!! 」
そこには部下に支えられた包帯だらけのマルクスが、高笑いをして腕を振り上げていたのだった。
「貴様が全ての元凶なのだ! 我が鉄槌で蒸発してしまえ! 」
狂ったように笑うマルクス。 やがて晴れてきた煙の中には、剣を掲げて避雷針のように真っ直ぐ立つヘレンの姿があった。
「へ…… ヘレン!! 」
マルクスは支えていた部下を振りほどき、ヘレンの元に走り出す。 するとヘレンは、刀身をマルクスに向けて振り下ろしたのだ。
直撃したと思われた雷はヘレンの愛剣『シンメイ』に吸収蓄積され、マルクスへと放たれる。 フリューゲルは彼女の剣をメンテナンスする際、一時的に吸収出来るようアップグレードしていたのだ。
「「「うわぁ!! 」」」
雷はマルクスの横をかすめ、噴水に直撃して漏電し爆発を起こす。
「主を害しようとする者は、誰であろうと許さない 」
ヘレン自身も雷撃のダメージを受けて服や体から煙が出ていたが、その目は気迫に満ちてマルクスを見据えていた。
「ヘレン! 私だヘレン! 今助ける! 」
爆風で吹き飛んだマルクスは、四つん這いでヘレンに手を伸ばす。
「何を訳のわからないことを。 私は私の意思で、主のお側にいるのだ 」
「ああ…… 奴に惑わされたんだね。 大丈夫だよ、私がすぐに元に戻してあげるから! 」
立ち上がり、ヨロヨロ近付いて来るマルクスをヘレンはじっと見据えていた。 が、目の前まで来たその時、ニヤリと口元を吊り上げた。
「自惚れないでくれるかしら? あなたごときが私を救うなどと、そんなに私は軽くはないわ 」
「な…… 」
ヘレンは呆気に取られる彼の胸を、鞘の尻でトンと小突いた。 マルクスはその場に膝から崩れ、動揺した目で彼女を見上げていた。
「まさか私に惚れていたの? 残念ね、私にはもう意中の方がいるのよ。 諦めて 」
マルクスの中でヘレンの笑顔が崩れていく。
「言いますねヘレン。 恐らく彼、再起不能ですよ 」
そういうマリアもにやけ顔だった。
「いや…… セレスのように柔らかくと真似してみたのだが…… 」
「セレスはドSですよ? 止めどころか、もう埋葬された後の顔です 」
マルクスはヘレンを見上げていたが、その目にヘレンは映し出されてはいなかった。
「マルクス、私を女として見てくれていたことは嬉しい…… 今ならそう思う。 だが君ではダメなのだ。 軍人としての私は死んだと受け止めて欲しい 」
ヘレンは近寄る事はなく、今度は自分の言葉で気持ちを伝えた。 呆ける彼に伝わったかどうかは定かではないが、彼女は彼に背中を向けてリュウの元に向かう。
「すっかり女ですね。 そんなに腐れ勇者の体が良かったんですか? 」
「違う! リュウのお心に惚れたのだ! 」
顔を赤らめて反論するヘレンと、白々しい目を向けるマリア。 目の前でマルクスの失恋劇を見ていたタウルースは、すっかり緊迫感を抜かれて武器を下ろしていた。
「マルクスを拘束しろ。 こんなふざけた連中より、そいつの方がよほど危険だ 」
部下にそう命じて彼は背を向けた。
「三日間猶予をくれてやる。 その後はどうなっていようが、お主らを拘束してカーラーンへ連行する 」
エンデヴァルドを肩越しに見据えるタウルースは、ふとマリアに目を向けた。
「我も軍人でなければもしかしたら…… 」
「…… 」
彼を見つめ、次の言葉を待っているマリアに、彼はフッと軽く微笑む。
「いや、余計なことであった。 我は東方面を預かる軍人だ、国の意向は我の意向である 」
そう言い残して、タウルースは監視の兵士を残して去っていった。
「自らの責任とでも言いたいのですか…… 」
それはシルヴェスタ王国への忠誠心であり、国の過ちは自らの過ちだと、マリアはそう受け止める。 ボソっと呟いた彼女に、ヘレンが静かに答えた。
「軍人とはそういうものだ。 納得のいかない事でも、国の命とあらばと納得するしかない。 だが葛藤はあるのだ…… 私のような遊軍とは違い、方面軍の隊長ともなれば相当なものだろうな。 管轄する地方の民の命を預かっているのだから 」
マリアは『そうですか』と、マントを揺らして去っていくタウルースの背中を見つめる。 その頭をエンデヴァルドはガッと鷲掴みにした。
「おい、いつまで浸ってやがる! さっさと準備しやがれ! 」
「そうでした。 リュウ様、エルが『留結晶』の製造法を見つけてくれました 」
「それは凄い! やっと…… というか、僕の体は随分と成長しましたね! 」
リュウは自分の体を四方八方から眺め、背中の翼を触って『おおっ!』と感激していた。
「悪ぃな…… 勝手に成長させちまってよ 」
「いいえ。 それだけ貴方が本気で怒る事がいっぱいあった証拠です。嫌な役目ばかり押し付けてすみません 」
「なんだよ…… 怒りで成長することを知ってたのかよ 」
頭を下げるリュウに、彼はバツが悪そうに頭を掻く。
「んでフリューゲルって奴はどこだ? その鍛治師がいなきゃ話にならねぇ 」
「案内します。 凄いんですよ、彼! ドラゴニクスを元以上にしてくれました! 」
リュウはフリューゲルに直してもらった事を思い出し、興奮気味に伝えながらフリューゲルの工房へと案内する。 角を曲がると、工房の前にはフリューゲルが腕を組んで待っていた。 彼は工房の外に出て、戦闘の様子を見守っていたのだった。
「フリューゲルさん! 」
「どうじゃ? 新生ドラゴニクスの使い心地は? 」
「凄いです! 手にもしっかり馴染んで、何より重さを感じません! 」
『そうかそうか』と満足そうに頷いた彼は、次にエンデヴァルドに目線を移した。
「お前じゃな? リゲルの孫と体を交換したという奴は 」
「話が早そうだな。 留結晶を作ってもらいたい 」
エンデヴァルドのその言葉に、フリューゲルの顔つきが変わった。
「留結晶じゃと? お前さん、あれがどんなものか知ってて言っとるんじゃろうな? 」
睨み付ける彼に、エンデヴァルドは首を傾げる。
「あ? 精神を入れ換える為の補助具じゃねぇのか? 」
「あれはな、精神を吸い…… 」
「フリューゲルさん! これを! 」
言葉を遮って一つのレンゼクリスタルを差し出してきたのはマリアだった。 そのクリスタルは、あの夜ファーウェルから受け取ったものだ。
「…… なんだよ、小難しい顔しやがって 」
エンデヴァルドは様子の少しおかしい彼女に問う。 だがマリアは、彼に構わずフリューゲルの目を真っ直ぐに見つめてクリスタルを差し出すのだった。