104話 ウェルシーダへ
自分の体を元に戻すべく、エンデヴァルドはマリアと共にウェルシーダへと飛んでいた。 『留結晶』の製造法を見つけたエルによれば、レンゼクリスタルを溶解寸前で結晶化させることと、ダークエルフの血が必要だと言う。 マリアはウェルシーダのフリューゲルならと提案し、リュウもウェルシーダに向かったと聞いて飛び出したのだった。
「見えました! ウェルシーダの町です! 急ぎましょう! 」
エンデヴァルドの背中に乗るマリアは、遠くに見えたウェルシーダを指差して頭を叩く。
「オレは馬じゃねぇんだよ! 」
文句は言ったが、マリアを脇や肩に抱えるより背中に乗せた方が安定感があった。 翼が風を捉えやすいのだ。
「あなたは馬で十分です。 馬の方が可哀そうなくら…… 」
「なんだとコラ…… ん? 」
口喧嘩の途中で二人はウェルシーダの異変に気付いた。 所々で煙が上がり、光魔法が飛び交っているのが見えたのだ。
「おい、まさかリュウが暴れてるんじゃないよな? あだだっ!? 髪を引っ張るな! 」
「可能性は高いです。 急ぎましょう! 」
エンデヴァルドは追い風を起こして加速する。 ウェルシーダの中心部に差し掛かった時、大勢の兵士と対峙するリュウとヘレンの姿を見つけた。
「あの野郎、何やってやがる! 」
エンデヴァルドが二人に向かって急降下しようとしたその時、背中でマリアが詠唱を始めたのだ。
「おうマリア! まとめてぶっ飛ばしてやれ! 」
「無駄口叩いてないで真っ直ぐ飛んで下さい! 狙いがずれます! 」
二人を外して放たれた爆裂魔法の球は、兵士達の中に吸い込まれた途端に大爆発を起こす。
「もう一発かませ! 」
エンデヴァルドのノリにマリアが詠唱を始めた瞬間、無数の光の矢が彼らを襲った。 エンデヴァルドは咄嗟に背中のエターニアで打ち返そうと手を伸ばしたが、エターニアはある筈がない。
「んがぁ!! 」
まともに光の矢を食らった彼は、きりもみ状態で家屋の屋根に激突したのだった。
「エンデヴァルドさん! 」
「なっ! エンデヴァルドだと!? 」
リュウと対峙していたのは、東方面軍隊長のタウルースだった。 彼はカーラーンへ軍を進める途中で、軍を二手に分けて手薄なウェルシーダの補填をしていたのだ。 転送ゲートの異変の確認も含めてウェルシーダ側に来たタウルースは、街中で戦闘を繰り広げていたリュウとかち合ったのだった。
「大丈夫ですかエンデヴァルドさん! 」
リュウは剣を合わせていた重歩兵を薙ぎ払うと、エンデヴァルドが墜落した家屋の下に駆け寄る。
「痛ってーなクソがぁ!! 」
砂埃を立てて瓦礫を吹き飛ばしたエンデヴァルドは、尚も攻撃を仕掛けようとしている魔導士隊に水柱をお見舞いした。
「おいリュウ! 何楽しそうに暴れてんだよ? 」
マリアを荷物のように脇に抱えた彼は、リュウに不適な笑いを向ける。
「楽しくありませんよ! やむを得ず応戦しているだけ…… ではないんですけど! 」
『白龍の審判』の試し撃ちとフリューゲルにのせられたリュウは、バツが悪そうに苦笑いしていた。
「エンデヴァルド! なんだその…… す、素敵な容姿は!! 」
ヘレンは成長したリュウの体を見るのは初めてのこと。 青年になり、禍々しい大きな翼を生やした姿を見て驚愕する。 が、リュウの手前、異形の姿とは言えなかったのだった。
「まぁ色々あってな。 そんなことより、さっさと片付けろよ! 体、元に戻すぞ! 」
「!? わかりました! 」
笑顔で答えたリュウは、タウルースに向かって丁寧にお辞儀をしてみせる。
「…… 何の真似だ? 」
「市街地で騒動を起こした事は謝ります。 ですが、僕達には最優先で済ませなければならない事があります。 少し時間を頂けないでしょうか? 」
リュウはドラゴニクスを鞘に納め、タウルースをじっと見つめた。 ヘレンもそれに倣って剣を納め、戦う意志がないことを示す。
「それを了承すると思うか? 」
剣を斜に構え、タウルースはいつでも斬りかかれるのだぞという姿勢を崩さない。
「形見の剣が生まれ変わって、浮かれていた非は認めます。 ですが先に攻撃をしてきたのはそちらです。 僕達は、この町で戦闘するつもりはなかった 」
「黙れ反逆者。 そのような嘘は牢獄でほざくのだな 」
タウルースはその容姿で、目の前の男をエンデヴァルドだと思い込んでいた。 魔王と同化したと報告は受けていたが、経緯を知らない彼にしてみれば、姿を目の当たりにするとエンデヴァルドだと疑いようがないのだ。
「反逆…… ですか 」
リュウは盾になるように立つヘレンの肩に手を置き、優しく押し退けて一歩前に出た。
「!? リュウ様! 」
『大丈夫です』と笑いかけて、また一歩。
「彼は罪のない魔族の子供を救っただけです。 その方法が強引だったことは否定しません。 ですが、その行為は間違っていますか? 」
「…… 何が言いたい? 」
「あなたならどうしますか? 戦う術を持たない幼子が、蟲に食い荒らされるのを黙って見過ごせますか? 国の意だからと飲み込めますか? 」
「…… 出来んな。 それは真実か? 」
見据えながらもそう答えたタウルースに、リュウはふわっと微笑んだ。
「僕も出来ません。 貴方が心ある人で良かった 」
「…… 驚きだな。 腐れ勇者にそんな事を言われるとは 」
「僕はリュウと言います。 魔王リゲルの孫…… と言えば、話は早いでしょうか? 」
『魔王』の言葉に、取り囲んでいた兵士達が一斉に武器を構える。 その時、エンデヴァルドが屋根から飛び降りて、タウルースに噛みついた。
「ゴチャゴチャめんどくせぇんだよ! 退け! こっちは忙しいんだ! 消えろ! 」
「!? お主の方が腐れ勇者らしい…… 」
「ああそうだ! 複雑だから説明するのもめんどくせ…… ぐはっ!! 」
捲し立てるエンデヴァルドの顎を、マリアのアッパーカットが捉える。
「余計ややこしくなります! 少し黙ってて下さい! 」
地面に落ちたマリアはパンパンと服の埃を払い、タウルースに膝を折って挨拶した。
「マリアです 」
「…… どこかで見た顔だな 」
マリアはそれには答えず、自分が腐れ勇者と魔王の体を入れ換えた張本人だと明かした。 タウルースは剣を構えたまま、エンデヴァルドとリュウを見比べる。
「ややこしい話だな。 だが様子を見る限り、真実のようだ。 敬語の腐れ勇者など気持ち悪くて堪らん 」
「なんだとゴルァ! おぶっ! 」
一言一言に噛みつく彼に肘鉄を入れ、マリアはタウルースに頭を下げた。
「彼らを元に戻す為の時間を下さい。 お願いします 」
「元に戻す時間を与えたとして、我々にメリットがあるとは思えんがな 」
「彼は内部崩壊を起こしかけています。 暴走し、無作為に殺戮を始めるかもしれません 」
その時だった。 突如彼らの頭上を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が現れ、雷がエンデヴァルドを襲ったのだった。