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103話 エレンの攻防

「兵を退きなさいヴェクスター! 」


 ハンナ達が仕立てたゴシックドレスを身に付けて、セレスは最前線で中央軍に叫ぶ。


「カーラーンへ戻り、自ら王位を簒奪したと真実を告白なさい! 」


 ザワッと浮き足立つ兵士達を、ヴェクスターは腕を振り上げて制し鼻で笑う。


「黙れ逆賊が! エンデヴァルドを操り、メゾットを混乱に陥れ、王を弑したのは貴様らだろう! 」


「全てエバ様に聞いているのよ? 国王にダークエルフの生き血を飲ませ、王は我を失って異形になり、自爆した! そもそもダークエルフの生き血を、なぜあなたが持っていたのかしら? 」


 シーンと静まり返った戦場に、ヴェクスターの笑い声が響いた。


「世迷い言を! 王は魔王と同化したエンデヴァルドによって怪物と化し、自らを犠牲にエンデヴァルドを葬ろうとしたのだ! 」


「イメージグローブに、人を怪物化させる力なんかないわ! 王の怪物化は、あなたが極秘で行っているダークエルフの研究施設の実験の成果なのでしょう? 」


 ヴェクスターの表情がわずかに曇る。


「研究をしていたのはスレンダンだろう? 隠居と称してエレンを根城にし、屋敷に何を隠している? 魔導砲を隠し持っている事自体が国を傾けようとする現れではないか! 」


「スレンダン様に『ディクライン・ゲート』を仕掛けたそうね。 彼はやむを得ず逃げたのよ、あなたの罠から身を守る為に! 」


 ステラはわざと説明じみたセリフを口にする。 それは出来るだけ多くの兵士に真実を伝える為だった。


「スレンダン様が邪魔だったのでしょう? 彼はダークエルフの研究には否定的だったものね ! 」


「…… 」


 黙り込んで睨み付けるヴェクスターに、セレスは挑発するように畳み掛ける。


「大方、実験の為に捕らえていた…… もしくは生み出したダークエルフが逃げ出して、彼に見つかったのでしょう? だから彼を無力化しようとした! 違う? 」


「貴様…… 何者だ? 」


 ヴェクスターを中心に、周りに風が吹き始めた。 怒りと同時に魔力が無意識に放出されているのだ。


「元宮廷踊り子よ、坊や。 覚えているかしら? ほとんど老けてはいないと思うけれど 」


 セレスの瞳が黄金色に染まる。 その変化に誰もが気付かない中、ヴェクスターだけは目を見開いて驚いていた。


「…… ダークエルフ 」


 その言葉に中央軍の兵士達がざわつく。彼は動揺する兵士らに構わず、眉間にシワを寄せてセレスを見据えた。


「詳しいのね、この目に気付くなんて。 研究の成果はどうかしら? それとも、何か私怨でもあるのかしら? 」


「そうか…… ダークエルフか…… フフフ…… フハハ…… 」


 ひとしきり笑ったヴェクスターはセレスを指差し、全軍に向けて言い放った。


「これは過去の大戦の再来である! 奴は魔王グリザイアの妃フローレンの生まれ変わりである! 我々は奴を討ち、その背後に隠れる魔王エンデヴァルドを討たねばならぬ! 」


 ヴェクスターの突然の宣告に、兵士達からはどよめきが起こった。


「見よ、奴の禍々しい目を! あれこそ『禁忌の種族』の証であり、このシルヴェスタに災厄を呼ぶ元凶である! この危機を我々は乗り越えなければならぬ! 」


「…… 御大層な演説ね 」


 ボソッと呟いたセレスに、護衛役を買って出たモーリスがフンと鼻を鳴らす。


「自らを正当化しようと必死なんだろう。 憐れなものだ 」


「我は勇者エターニアの末裔であり、皆は大戦に勝利した誇り高き人間族であろう! 奴らを討ち倒し、この国に平和をもたらすのだ!  」


 とはいえ、敵対する中に魔族がいるものの、大半が北方面軍の人間族だ。 ヴェクスターの苦し紛れの演説に聞こえたが、中央軍の兵士達は一斉に武器を掲げて奮起したのだった。


「下がれセレス。 もう話し合いが通じる相手じゃねぇ 」


 モーリスがセレスの前に出るのと同時に、ルイスベルもまたセレスを庇うように一歩前に出る。


「煽り過ぎたな。 エンデヴァルドが来るまで持ち堪えられればいいのだが 」


 ヴェクスターの中央軍3000に対して、半数をユグリアとベルナローズに分散した北方面軍は400。 レジスタンスと魔族の同志を加えても、総勢は600ほどしかいない。 魔導砲も撃ててあと一発…… ルイスベルの顔には焦りが見えた。 その時だった。


「モーリスさん! グリフ達の様子が変なんです! 」


 コボルトの仲間が血相を変えて林から飛び出してきた。 屋敷の西側の中央軍を牽制していたグリフ達が、動きが鈍くなったかと思うと、突然こちらを攻撃してきたと言うのだ。 コボルトの頬には爪で引き裂かれた痕があり、血が滲んでいる。


「…… なんか甘ったるい匂いがしねぇか? 」


 モーリスは鼻をヒクヒクさせるが、セレスやルイスベルには何も感じない。


「イリスの花の匂いか? 」


 その言葉に顔色を変えたのはセレスだった。


「皆を屋敷に避難させて! 『テンプテーション』よ! 」


 モーリスは即座に鼻を覆い、ルイスベルは周囲に『退避!』と叫びながら屋敷へと走る。 ヴェクスターの側近の兵士が装備していた鎧には、イリスという麻酔効果のある花の蜜が塗られており、催眠魔法の『テンプテーション』が付与されていたのだ。 蜜の匂いはヴェクスターが巻き起こした風に乗り、人間族より数倍鼻の利くベアウルフはその匂いを嗅いでしまい、セレス達を敵視する暗示にかかってしまったのだった。


「全軍突撃! 」


 退却していくセレス達を見逃さず、ヴェクスターは追撃命令を出す。 逃げ道を塞ぐかのように扇状に展開する中央軍に圧されて、セレス達の防衛線は屋敷が目視できる林の半ばまでに追い詰められた。


「ってええぇい! 」


 リセリアが放つ魔同法の閃光が、林の木々もろとも中央軍を薙ぎ払う。 だが魔導砲は魔力の充填が十分ではなく、展開する中央軍の半分を払ったところで尽きてしまった。 尚も突撃してくる兵士を、ルイスベルが先陣を切って切り伏せていく。


「無理に迎撃しようとは考えるな! 討ち漏らしたのはモーリス殿達が処理してくれる! 」


 ルイスベルの指示に、軽騎兵のアーバン隊は一撃離脱の陣形を取り、重歩兵のガフェイン隊を壁に弓兵のエルファス隊が後方から支援する。 魔導剣士のリセリア隊は、屋敷の屋上でもう限界状態だった。


「北方面軍に後れを取るな! 屋敷内部に入り込んだ連中に好き勝手させるな! 」


 侵入した5人を相手に、モーリスはその怪力で中央軍の兵士達を圧倒する。 『テンプテーション』の脅威に魔族達は臆していたが、モーリスの檄とその姿に次々と侵入してくる中央軍に立ち向かっていったのだった。


「アーバン! さっさと腐れ勇者を連れてきなさいよ! 」


 リセリアは、聖剣エターニアを持ってユグリアに走ったアーバンに届けと空に叫ぶ。 当のアーバンは既にユグリアに到着していたが、そこにエンデアルドの姿はなかったのだった。  

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