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9話 逃げる理由

 セレスは大きなスーツケースを両脇に抱え、宿屋の階段を駆け下りる。 バン! と宿賃をカウンターに叩きつけ、『お釣りは取っておいて』と振り返ることなくロビーを飛び出した。


「な…… なんだ? 」


「お世話になりました 」


 宿屋の主人に向かって律儀にお礼を言うグランを、レテが抱えてセレスの後を追う。 乱暴に馬車に荷物を放り込み、セレスはすぐにルーツ山脈に向かって馬車を走らせた。


「どうしてそんなヤバいこと黙ってたのよ!! 」


 手綱を振るセレスは焦っていた。 魔族を牢に入れて生贄にするのは王都カーラーンからの指示で、無暗にそれを阻害すると反逆の意とみなす。 このアベイル周辺では周知のことで、つまりは国の軍隊を敵に回すということだった。


「まさか勇者様がそれを知らないと思ってなかったんですよ! 」


「知っててもエバ様ならやりかねないわよ! エバ様に助けられたあなた達ならわかるでしょ! 」


 エンデヴァルドはもちろんそれを知らない。 反逆者とされれば、いかに勇者一族と言っても極刑は免れず、仮に極刑を免れたとしてもその待遇を剥奪され、勇者一族全ての人間が処罰されかねない。


「セレス様は勇者様を愛してらっしゃるんですね 」


 必死にエンデヴァルドの元へ馬車を飛ばすセレスに、グランは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「愛してる? 冗談はやめてよ! 都合のいい金づるがいなくなっちゃうじゃない! 」


「か…… 金づる…… 」


 レテは開いた口が塞がらない。


「言わなかったかしら? あんなめんどくさい男、私の趣味じゃないの。 国から受けてる勇者の特権がなければ相手になんかしないわ! 」


「じゃあ、どうしてそんなに必死になって勇者様の元に向かってるんです? 」


「バカね!? この騒ぎの犯人がエバ様だとバレる前に山越えするのよ! 一緒にいる私達だって処罰される! 軍隊に追いかけられたくなんてないでしょ!? 」


 グランもまた開いた口が塞がらなかった。


「で、でも勇者様が生贄を助けたとは限らないですよね? この時間からルーツ山脈に足を踏み入れるなんて自殺行為ですよ! 」


「あの爆発があった時点であなたも嫌な予感したんでしょ? 状況から考えてエバ様が手を出したのは確定よ! か・く・て・い! それにあのまま宿にいる方が山越えするよりもっと危険だわ。 蟲はあの二人になんとかさせるわよ! 」


 グランは言葉に詰まって俯いた。 


「…… マリア様は大丈夫なんでしょうか…… 」


 ふとレテが煙が立ち上る森に視線を向けた。


「大丈夫に決まってるでしょ? どうせあの爆発はあの子の爆裂魔法よ。 それでエバ様が木っ端微塵になってなきゃいいけど 」


「こっぱみじん…… 」


 レテが体を震わせる。 グランがレテの体を支え、落ち着かせるように頭を撫でた。


「なにかと胡散臭いのよあの子! ニコニコ顔で愛想振りまいてるけど、本心はどこにあるのかわからない。 もしかしたらエバ様を体良(ていよ)く利用したいだけなのかもしれないし、体良く亡き者にしようとしてるのかもしれない 」

 

「そんな! 怖いこと言わないで下さい! 」


「まあ、亡き者にってのは大袈裟ね…… ()る気ならとっくにやってるだろうし。 でも…… 」


 セレスは手綱を握る手に力を込める。


「せっかく見つけた資金源、誰にも渡さない…… 」


 呟くセレスの声はグランとレテには聞こえていなかった。





 アベイルの町へと引き返していたエンデヴァルドとマリアは、駆け付けたセレスの馬車に拾われてルーツ山脈の登山道を進んでいた。 助けたワーウルフの娘はグランとレテによって拘束具を解かれたが、荷台の隅で震え、近寄ろうとすると怯えた目で牙を剥く。


「別に取って食おうってわけじゃねぇんだ。 おい、名前くらい言えねーのか…… 」


「勇者サマは黙ってて下さい。 ほら、ムカデが追ってきてますよ 」


 エンデヴァルドの言葉を遮り、マリアは後方から土煙をあげて迫ってくる巨大なムカデを指差す。 舌打ちをしたエンデヴァルドは聖剣エターニアを片手に馬車を飛び降り、一瞬のうちに何本かの足を斬り落とした。


「マリア、前! 前ー!! 」


 セレスの悲鳴にマリアも御者台に移動し、飛んで来る拳大の蛾を火炎魔法で焼き払う。


「グラン! ベースキャンプはまだなの!? 」


「2合目のベースキャンプはまだ先です! ペースは速いですが、それでも夜明けくらいになってしまうかもしれません! 」


「もう! こうなったのもあなた達二人のせいだからね! 気合入れて働け!! 」


 セレスはエンデヴァルドとマリアに怒鳴りつける。 後方のムカデを相手にするエンデヴァルドを待つこともなく、セレスは嫌がる馬をいなして馬車を前へ走らせた。 荷台ではレテがワーウルフの娘の前に座り、グランが隙間から入ってくる小さな蟲を毛布で払っていた。


「大丈夫、心配ないから 」


 レテの服の裾にしがみつき、丸くなって震えるワーウルフの娘にレテは優しく問いかけた。


「私はコボルトのレテ。 あなたの名前は? 」


「え…… エル…… 」


「そう。 大丈夫だよエル、必ず逃げ切れるから 」


 エルは怯えた目でレテを見上げた。


「む…… 無理よ! 人間はどこまでもアタシ達を追ってきて殺そうとする! パパもママも殺された! 弟も引き摺られていった! そしてアタシも! 」


 エルは蟲よりも人間を酷く嫌った。 王都カーラーンで弟と隠れ住んでいたエルは、他の魔族の伝でカーラーンから脱出しようとしたところを軍に取り押さえられ、アベイルの生贄として強制連行されてきたのだった。


「勇者様は守ってくれるわ。 私もグランも殺されそうになったけど、勇者様が助けてくれたもの 」


「嘘!! 誰もなんて信用できない! 」


「根は深そうだね。 レテ、無理強いはしちゃダメだよ 」


 心配そうに振り返るレテは、力なくグランに頷いた。


 ズンと荷台が大きく揺れる。 大ムカデと格闘していたエンデヴァルドが、ジャンプして荷台に飛び乗ってきたのだった。


「ふぃー…… キリがねぇなこれは。 セレス! 全開で馬を走らせろ! 」


「やってるわよ! お喋りしてないで道を切り開いてちょうだい! 」


 逆に怒鳴られるエンデヴァルドは、『人使いの荒い』とブツブツ文句を言いながら水分補給をした。


「あん? 」


 水筒を煽っていたエンデヴァルドは、見上げて硬直しているエルに気付いてじっと見下ろす。


「あ…… あ…… 」


 この世の終わり…… そんな目をするエルに、エンデヴァルドは少し強引に水筒を押し付けた。


「大丈夫だからそんな顔するな。 俺に任せろ 」


 そう言い残してエンデヴァルドは再び荷台を飛び出す。


「マリア! 横から来る羽モノを払え! 進路は俺が作る! 」


「分かってるのでいちいち命令しないで下さい 」


 正面から襲ってくるムカデをエンデヴァルドは薙ぎ払い、前後左右から飛んで来る蛾をマリアが焼き払う。 初めての連携にしては上手く役割分担をする二人の動きに合わせて、セレスもまた夢中で馬車を走らせた。  





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