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第九話 竜虎相搏つ

※主人公の現在の代名詞は「鉄はう」です。

 

 …………


 月蝕紅霓(つくはこうげい)


 柊家の初代当主“柊 (はじめ)”が編み出した、空からの強襲に対する“能動的カウンター”抜刀術である。


 相手が着地する寸前、身を屈めて地を這うように接近し、攻撃をすり抜けつつ胴を斬り上げる……という理論的にはかなりシンプルな技だが、これを実行するには柊の天性的な身体能力と並々ならぬ努力が必要になる。


 “月蝕紅霓”というかなり中二臭い名称は、『彼我(ひが)の姿が月蝕(げっしょく)のように重なり、一閃の軌道のままに噴き出した血飛沫は虹のように弧を描く』という、なんとも香ばしい解釈から付けられたものだ。

 でも俺的には普通にかっこいいと思う。初めて実戦で使えてよかった(小並感)。



「がァッ……!?」


 しかし先程の一刀は峰打ちなので、漏れ出たのは血飛沫の虹ではなくレオの微かな呻き声のみだった。そのまま刀の軌道に沿って地面に叩き付けれたレオは、苦悶の表情を浮かべたままその場でのたうちまわった。


 まあ峰打ちとはいえ、実際思いっきり振るわれた鉄の棒が腹部に直撃した訳なので、思わず(うずくま)ってしまうほどの激痛が走るのは想像に難くない。ごめんね。


「俺の勝ちやろ! アーイ!」


「クっ……ソが……!」


 地に伏せるレオに手を差し伸べつつ、そういえば白魔導師(レベッカさん)をここに呼ぶにはどうすれば良いのだろうか、と黙考する。

 レオが相当辛そうなのですぐ呼んであげたいのだが、かといって大声を出すのは試験の形式上少しばかり躊躇われる。待っていればあっちから来るんだろうか……。


「ハァ……俺は……っ!」


 そんな事を考えていると、突然眼下のレオが俯いたまま口を開いた。


「……俺はどうすれば良い? どうすりゃお前みてぇに強くなれんだ?」


「るぇっ?」


 痛みを堪えながら、レオは至極真面目な言い振りでそんな事を尋ねてきた。


 俺は(いささ)か呆気に取られ、狼狽(ろうばい)の声を漏らす。正直言って意外だったからだ。

 彼が自身の現状をこんなにも素直に認められる人間だとは思っていなかったし、純粋な強さへの向上心なども彼には無いだろうと勝手に思い込んでしまっていた。


「そ、そうやな……。まぁもう少し冷静になる事と、自分より強い奴の技術を貪欲(どんよく)に盗む事ちゃうか? それ以外は今後の経験で(おの)ずと身に付いてくるんちゃうかなぁ」


 すっかり毒気を抜かれ、正直に応じる。まあこのアドバイスは完全に過去教わった事の受け売りなのだが。

 ともかく、他人の人品やら実力やらを見た目と言動である程度判断してまう悪い癖、マジでなんとかせなあかんな……。


「そうか……わりぃな」


「かめへんよ。アンタもこれで諦めんと、Aランクからまた挑戦するんやで。言うて才能あるんやしSランクぐらいサッと行けるやろ」


 ほれ、と差し伸べた手を強調しながらそう言うと、レオは小っ恥ずかしさを誤魔化すように鼻で笑ってから、しかと俺の手を取った。


「すぐ追いつくさ、待ってろよ」


「おう。……ほな、今レベッカさん呼ぶわな」


「頼んだ」



「ママーーーー!!!!! ママァーーッ!!!!」


「??!?!?!!?!??!!!??」


「ママ来てーーーーーー!!!!」


 それから(ほど)なくして、明らかに人をしばかんとする時の助走の付け方でレベッカが現れるのだった。


 ◇◇◇◇◇


 試験会場の森が一望できる切り立った断崖の上、そこに四つの人影が点在している。

 一陣の夜風が魔導士の金色の長髪を(なび)かせると、彼女はその凍ったような無表情を変えずに小さく口を開いた。


「……そろそろ大詰めだな」


 大きめの魔女帽子を片手で抑えながらキーラがそう呟く。背後の三人は、沈黙を以ってそれに返答の意を示した。


 レオと鉄はうの戦いから、既に十数分が経過している。元々十三人いたはずの志願者も残り僅かとなり、今試験は例年のそれを遥かに凌駕(りょうが)するほどの驚異的な速度で収束へと向かっていた。


「この調子なら、合格は“鉄はう”少年になりそうでごわすな。会敵した相手を(ことごと)く一撃で仕留め、瞬きの間に勝負が決する。全く実力が計り知れんでごわす」


 ゴミダルマは蓄えた顎髭を指の腹でさすりながら、試験の所感を呑気に述べた。

 臨時の試験官である“金剛の騎士団”の四人の業務内容は、何か面倒ごとが起きない限りは遠方から試験の全容を眺め、脱落者への簡単なアドバイスを纏めて書き記すだけでいい。

 ハッキリ言って暇な仕事なのだが、本部からの依頼ということもあり、報酬は驚くほど弾む。故にこの仕事は上位冒険者達の垂涎(すいぜん)の的だったりするのだ。


「……単純な数値で言えば、匿名の少女の方が多くの志願者を葬っているが?」


「俺も弓術士ちゃんに一票だな。どうせ殺されんならあんな可愛い娘が良い」


 ただゴミダルマに噛み付きたいだけのキーラと、己の欲求に基づく価値判断で物を言うボフスラフの背後では、リーダーであるフェルナンドが静かに戦況を観察していた。

 こんな雰囲気ではあるが、一応全員ちゃんと職務を全うしてはいる。


「ま、どちらにせよ面白いことになりそうでこわすなぁ、ルドルフ殿」


「え、うん……今来たから流れ分かんないけど」


 たった今帰ってきたルドルフは、今まで脱落者のケアや対応に追われていた為、試験の内容を殆ど知らない。

 レベッカに至っては始まってからずっと怪我人の治療に追われている為、一度もこの断崖に姿を現していないほどである。


「さて……もうじき()()()()がぶつかるだろう。我々も、いつ何が起きても対応できるよう気を引き締めなきゃね」


 ルドルフはそう言ってから、鬱蒼と生い茂る森林のざわめきを鋭く見据える。

 視線の先で、分厚い樹葉の天井を穿つように、一条の閃光が溢れ出た。


 ◇◇◇◇◇


「速やかに降参しなさい! この“聖障壁(せいしょうへき)”を打ち破り、私に攻撃を加えられた者など何人たりとも存在しないッ! 即ち! 君の勝利はありえないのだぞ!」


 騎士のドナートが、目前で変な笑顔を浮かべる鉄はうに向かってそう叫んだ。

 彼の前方に立ちはだかる光の壁は、下級魔法や飛び道具は勿論の事、ある程度の打撃や斬撃すらも防ぐという圧倒的な防御力を誇っている。

 ドナートはその内側からチクチクと槍で攻撃するというこっすい戦法で幾多もの勝利を収めてきた、のだが。


「えっほえっほ」


「これは警告であるぞ! やめろ! なんか……助走をつけるんじゃない! おい! おい!!!!」






「オゥラァァァ!!!!!」


「嫌ァ!!!!!!」


 鉄はうのドロップキックにより、そんな聖障壁は硝子(ガラス)のよう……もとい、飴細工のように容易く砕け散った。崩壊した光の壁は銀色の月明かりの下で星屑のように瞬いた後、溶けるように霧散(むさん)していく。


「お?お?お?お?お?お?」


「やめてよ! その感じで近付いてこないで!」


 目ぇガン開きで早歩きしながら近寄っていくと、ドナートはすとんと腰を抜かして地面に這い蹲り、そのまま這う這うの体で逃げていった。あれはもう脱落という判断で良さそうなので、放っておこう。


「ふぅ」


 パジャマに付着した土を軽くはたいて落とし、大きく欠伸をした後で、俺は潤んだ真紅の瞳を黒洞々(こくとうとう)たる夜陰(やいん)の先に向けた。



「決勝戦やな」


 風を切り裂いて放たれた一矢を掴み取りながら、薄暗い雑木林の奥から少しずつ姿を現す少女を睨む。

 視界不良の森林で、尚且つ風の強い月夜でさえ正確に眉間を狙える弓の精度から察するに、やはり達人だ。油断すれば一瞬で殺されかねない。


「もうええやろ、俺を狙う目的は何なん? 俺がなんか恨まれるようなことしましたか?」


 肩を竦め、戯けるような口調で尋ねてみたが、少女の表情は依然として変わらない。むしろ更に敵意が強まった感じさえする。



「たった今確信に変わった……“柊”でしょう? あんた」


「……あ?」



 その台詞の後、鉄はうの笑顔が消える。

 少女はそれに反応する事なく、独り言のように続けた。


「母さんは(あんた達)に殺された……。母さんだけじゃない、罪の無い多くの人々が訳もなく殺された」


 柳眉(りゅうび)を逆立て、ふとした拍子に破裂しそうな怒りを冷え切った調子で連ねながら、少女は矢筒から一本の殺意を引き抜く。

 突き刺すように睨め付ける彼女の双眸(そうぼう)は、覚悟やら怒りやらの純粋な感情を湛えて炯々(けいけい)と輝いている。


(あー……)


 それに対し、鉄はうはめっちゃでかい苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


 彼女の抱える途方もない怒りは理解できた。

 もし本当に柊に母親を奪われたのなら……俺がなんと言えば良いやら、ただただ可哀想で、同じ一族である俺ですら悔しいし許せない事だ。



 ……とはいえその怒りを俺にぶつけられても困る。

 知らん親戚が勝手に犯した悪業をなすりつけられて、とりあえず悪者に仕立て上げられる俺の気持ちもちょっとだけ考慮してほしい。


 いや復讐したくなる気持ちは分かる。でもいくら柊家の生まれとはいえ、人殺しの血を引いているとはいえさ? 俺だってまともな倫理観を持ってここまで頑張ってきたのよ。そんな真っ直ぐな瞳で睨まれちゃやる気も失せるって……。



(と、とにかくどうすべきや……?)


 不誠実な態度をとってしまった後悔と、彼女への憐憫(れんびん)と、理不尽な勘違いへの不服と、真犯人への怒りと、戸惑いと失意と……様々な負の感情が腹の中で渦巻く。


 うわーもう知らん、どうせ戦うしかない。

 俺は彼女と向き合ったまま、黙って刀を抜いた。それと同時に彼女も弓を構える。


「人類最強だろうが、暗殺者だろうが関係無い……!世界の手に余るんなら、私が裁いてやる──!」


 その言葉の後、勝つべきか負けるべきかを思考していた脳の片隅で、何か潜在的な諦念がよぎった気がした。



 ────もしこの現状が物語なら、間違いなく彼女の方が主人公なんやろなぁ、と。



「……しんどいわぁ」



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