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第八話 地元

※主人公の現在の代名詞は“鉄はう”です。

 

 試験会場の山林にて、俺は地面からぼこっと浮き出た巨樹の根っこに座し、木々の隙間に浮かぶなんとも微妙な形に欠けた月をぼんやり眺めていた。

 三度鐘が鳴ったらそれが試験開始の合図なんだそうで、俺は定位置に着き、それが鳴るのをひたすらに待っているのだ。


「……あの子、やっぱ手強そうやな。油断ならんわ」


 肩に立てかけていた刀を握り、少しだけ鞘から抜いて白銀に輝く刀身を月にかざす。無銘だが、中々の業物(わざもの)である。子供の頃にとある理由で一度マイ刀を失ってから、ずっと愛用しているのだ。

 色々な意味でガキの身丈には到底合わない立派な太刀なので、最初の頃は振り回すのにも苦労したっけ。


 閑話休題、例の少女についてだが……先程は露骨にしらばっくれていたものの、普通に彼女の事は覚えている。というか、二度と忘れられないレベルで美少女なんよな。


 あの対応は単純に面白半分で反応が見てみたかったのと、忘れた風を装えばその分より多くの情報を引き出しやすいかも……という希望的観測からだった。

 まぁ、あれ以降は情報を引き出すどころか会話すらままならず、単に今まで以上に嫌われてしまっただけなのだが……。


 ともかく彼女は俺個人、(ある)いは俺の持つ何らかの属性に対して訳ありの敵意がある事は確かであり、その上かなりの手練れだ。この先の人生の(しがらみ)になられると厄介なので、彼女の真意は絶対にこの試験で暴いてやる。


「とはいえいつどこで仕掛けてくるか分からんし……一瞬で殺される可能性も無くはないからなぁ」


 その時、カン、カンと間延びした鐘の音が山の深奥にまで響き渡る。ついに試験が始まったようだ。




「らぁッ!」


 三発目の鐘が叩かれた瞬間に、頭上の枝で待ち伏せていた男が俺目掛けて凄まじい速度の掌底を打ち込んだ。直前まで座っていた木の根は千切れるようにして叩き割られ、細かい枝葉が上からぼとぼとと落下してくる。


「チッ……!」


 金髪の拳闘士レオは手甲についた木屑を払いながら、不愉快そうに舌打ちをした。

 前々から彼にずっとつけられているのには気づいていたが、なんか怖かったから声をかけるのをずっと躊躇(ためら)っていたのだ。


 そういった経験にも乏しいのか、彼の尾行や潜伏は粗雑極まりないものだった。あの一撃も(かわ)さずにいたらひとたまりも無かっただろうが、ただそれだけの事だ。今のところ特段警戒すべき相手ではない。


(恐らく、最後に残るんは俺とあの子になるやろな。タイマンなら色々やりやすいし好都合や)


 そんな一瞬の思考の間、レオは赤褐色の手甲を装備した手で俺を指差し、くいくいと挑発して見せた。


「……まずはお前からだぜ、クソ“鉄はう”野郎」


「よっしゃ来いや、まずは十一人減らさななァ」



 鉄はうが軽く構えると、レオは即座に地面を蹴り付けて距離を詰め、速攻を仕掛けてきた。

 俺は真っ直ぐに飛んでくる拳を最小限の動きで回避しつつ、次の攻撃に備えて後退(あとずさ)る。とりあえずは刀を抜かずに様子を見ることに専念しよう。


「うっぜぇな! 黙って当たれ!!」


「嫌じゃ!」


 後退しながら連続攻撃を避け続ける鉄はうに痺れを切らしたのか、レオは徐々に拳打のスピードを上げていく。本格的に勝負を決しにきたようだ。


(とはいえ、まだ対応できるな)


 スピードや足捌きは見事だが、如何(いかん)せん動きが直線的で読みやすい。それに、手甲を着けている分腕の振りが若干遅く、自らの下半身の動きについていけていないように見える。

 拳闘士としてのセンスはあるが、それを活かし切れていない、といった印象だ。素人にモッサモサの毛が生えた程度だと言えよう。


「そういや、お前の気色悪ぃ独り言も聞いてたぜ? 俺に殺されんのが怖ぇんならちゃんと守っとけ、よッ!」


 防戦一方で後退し続ける鉄はうを背後の大樹まで追い詰めたレオは勝利を確信し、傲然(ごうぜん)とした笑みを浮かべたまま腕を大きく引き、放った。


「──うっわ、恥ずかし〜」


「!?」


 その刹那(せつな)、鉄はうは自身の顔目掛けて無遠慮に放たれたレオの拳をぱしっと掴み、口角を吊り上げてレオの顔を覗き込む。


「あれ君の事ちゃうで? ハナから眼中無いけど……ちょっと自惚れすぎちゃう?」


「……ッ! ほざけ!」


 レオは咄嗟に鉄はうの顎を蹴り上げようと脚を浮かせたが、それよりも先に動き出していた鉄はうのなんて事ない前蹴りにより、受け身を取る事もできずに無様に吹き飛ばされる。


「ダッサ! 共感性羞恥でさぶいぼビンビンやわ! お前なんか油断しとっても勝てるっちゅーねん!」


「っ黙れぇッ!! 今すぐぶっ殺してやるァ!!!」


「おーええやんええやん! お前今どんな気持ちで腕振り回しまくってるん!?」


 恥辱と激情に我を忘れ、乱舞するように拳を振り回すレオを眺め、俺は密かにほくそ笑む。

 ちょっとした思い付きで色々煽り散らかしてみたが、予想通り冷静さを欠いたレオの攻撃は明らかに単調かつ雑な動きになった。もはや回避しなくても当たらないレベルだ。


 彼も地元の喧嘩なら負けなしだったのだろうが、そのせいで余計なプライドが肥大化して自らの首を絞めてしまっている。負ける事に慣れていない彼は、相手との実力差を測る物差しを持ち合わせていないのだ。


 それに比べ、俺の地元はヤバい。そこら中に(強い奴)跋扈(ばっこ)しているのである。

 その為、勝ち目の無い戦闘や不利な相手は避ける、或いは適切な戦い方を考えるという心構えが自然と身に付いてくる。


 もはやこの勝負は地元VS地元と言っても過言ではない。地元がやべー奴がこの勝負を制するのだ。


「さて……」


 “いつか当たれば勝てる”という漠々とした希望を信じ込んで大振りの攻撃を放ち続けるレオが流石に哀れに思えてきたので、そろそろ終わらせよう。

 一瞬で距離を開け、レオの背後に回る。


「……柊六(ひいらぎりく)神流(しんりゅう)は、元来暗殺術から派生した武術。故にその技の多くを一撃必殺の型が占めとる」


「……はァ? なんだ急に……!」


 見せ付けるように、ゆっくりと刀を覗かせる。


「どないにしろ殺してまうで、という事」


「……()れ言をっ! ぬかすなァ!」


 レオは深く踏み込み、高く跳び上がって拳を構えた。彼の(からだ)が淡い月光を呑み込み、鉄はうの視界に濃い影を落とした。


「おし、ほなな」


 彼の敗因は、自身の戦闘スタイルにおける武器持ちとの相性を一切考慮しなかったこと。

 自身の実力を十分に理解していなかったこと。

 地元。


「柊六神流……」


 そして────ただ無意味に跳ねたこと。


「【月蝕紅霓(つくはこうげい)】」



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