第七話 自己紹介はマジで調子乗らんほうがええ
町ごと寝静まるような真夜中、宿泊している部屋の扉の前に気配を感じ、俺は目覚めた。
その後はよく覚えていないが、現状としてはロクな準備も出来ずにギルドの使者に連れられ、半分寝ているような状態で鬱蒼とした山奥を歩いている。
「ふぁわ……ねっむ アホやろこんなん」
疎らな月明かりに照らされた獣道を黙々と歩き続ける使者の背中は、その言葉に何の反応も示さない。俺としても今の発言はただの独り言という認識だったので、却ってそれは有り難かったと言える。
そのまま微妙に気まずい空気の中で道を進むと、程なくして開けた場所に出た。中心には数本の松明が点在しており、それを囲むようにして志願者であろう数人の男女と、見覚えのある青年が立っていた。
「ほ、ルドルフさんや」
「……来たね。これで十三人、全員集合か」
特に急ぐでもなくのんびりと中心に向かい、他の志願者と肩を並べる。軽く挨拶をしておこうかと迷ったが、全体的に剣吞な雰囲気に包まれているし、今は仲良くなれそうもないので諦めた。
「それでは改めて……こんばんは、諸君。今日はSランク冒険者選抜試験に集まってもらってどうもありがとう。詳細は用紙に書いてあった通りだが、一応軽く説明しておこう」
やば、あの用紙なんも確認してへんわ。
動揺してへん雰囲気だけ出しとこ。
「まず主な試験の内容だが、君たちには今からこの山の中で一人残るまで戦い合ってもらう。分かりやすく言えば“バトルロワイヤル”ってやつだね」
ルドルフがそう言った途端、俺以外の志願者に異質な緊張が走る。それは試験に対する恐怖から来るものではなく、むしろ好戦的な気概に満ちた緊張だ。
まあ、何にしろ穏やかでない試験内容である。
「今回の合格者は原則一人だけだ。脱落者は後日、Aランクにて再試験を行う。 この試験では武器や魔法の使用はもちろん、毒針や召喚獣、錬金術などの使用も許可されている。とにかくどんな術を使ってもいいから生き残ること」
「なら、全員殺しちまってもいいって事か?」
金髪の性悪そうな男が、自信たっぷりな様子で食い気味にそう言った。こういう人、個人的にかなり苦手な人種だ。すぐ負けて静かに帰ってほしい。
……てかよく見たらみんなごっつい武装してんな。俺だけむちゃくちゃパジャマやん。恥ず。
「そのつもりで構いませんが……そうなる前に、私達試験官が絶対に殺害だけは阻止しますから!」
金髪の問いには、ルドルフの隣にいた若い女性が答えた。背中まで伸びた絹糸のような亜麻色の長い髪が目を引く、儚げだが確かな強かさを感じさせる美女だ。
華奢な印象を受けるが、纏っている白いローブがオーバーサイズ気味な為か、それなりの風格や迫力を帯びている。
「そうだ、今のうちに今回の試験官を紹介しておこう。僕がSSSランクのルドルフ、そして此方も同じくSSSランクのレベッカだ」
「初めまして、白魔導士の《レベッカ=フォルツ》です。今回の試験で皆さんが負った怪我は私がきちんと治療しますので、ご心配なく!」
白魔導士。治癒魔法を扱える魔法使いの総称だ。
確か適性がある人間自体が世界的にもかなり希少で、その分白魔導士も貴重な存在なのだ。白魔法を使えるのは“柊”にも数人しかいなかったような。
「そして各ジョブのスペシャリストとして、SSランクの敏腕パーティ、“金剛の騎士団”が試験官を務める」
ルドルフの背後にいた四人の男女が一歩前に出る。オーラから判断するに、一人一人がかなりの実力者のようだ。全然パッとしないけど。
「……聖騎士の“フェルナンド”、戦士の“ボフスラフ”、クソ達磨の“ゴミダルマ”、魔導士の“キーラ”だ」
「えっ待ってなんか今」
「? どうしたの」
「なんか一人ちょけてる奴いませんでした? 今一瞬じゅげむの終盤みたいなリズム感の奴が」
「こらっ! 私語は慎むでごわす!」
「わっ怒られた 語尾的に多分あの人やなクソ達磨」
…………
「それじゃ、一人一人ジョブと名前……あと【レベル】を伝えてくれ。判別さえできれば良いから、別に仮名でも構わない。……じゃあ君から」
……【レベル】?
当然のように知らんワード出てきたやん。こわ。
「……拳闘士、レオだ。【レベル】は8」
「召喚士のクロエです。【レベル】は6です」
「アフィカスのカスパーです。【レベル】13です」
先程の金髪を起点に、右から順番に伝えていく感じのようだ。こういうのちょっと緊張するな。
あんまり目立たんようにせんとな……とか何とか考えてる内に、あっという間に俺の順番が回ってきた。
「はい、じゃあ君」
「あっ、“男原男男”です 無職です」
その瞬間、辺りは耳鳴りがこだまする程の強烈な沈黙の帳に覆われる。
あれ?鼓膜が破れたんかな?と思って一瞬大声を出したら、それは普通に聴こえてきた。でも世界は依然として静かだった。
「えっいや本名……本名なんですけど ほんまに」
恐らく、俺の先程の発言は皆に冗談だと受け取られたのだろう。別にふざけた訳じゃないのに、俺が変なノリでスベったみたいな感じになっている。
流石に惨めになってきて、俺が半泣きであたふたし始めた所で、白魔導士のレベッカさんが沈黙の薄膜を強引に引き裂いた。
「……ちょ、ちょっと長かったのかもしれませんね! もう少し短い名前にしましょうか!」
彼女が明るくそう言って誤魔化してくれた事で、地獄みたいに冷えた空気は少し和らいだのだった。
菩薩の優しさやんけ。今後ママって呼んだろ。
「……じゃあもう“鉄はう”とか“永久”とかでええっすわ自分」
「よく分かんない二択だな……まぁいい、“鉄はう”で行こう。 で、君は?」
長めの沈黙の後、鉄はうの左隣にいる少女が口を開く。
「────弓術士、【レベル】25。……匿名で」
「えっ、匿名とかアリなんすか???」
「まぁ、一人だけならね」
「うっわ! ええなぁ──」
そう言いながら、ほんの興味本位で匿名の少女の方へと視線を移す。
「──!」
その瞬間、視界の殆どを淡い空色の艶やかな髪が覆い隠した。
そこにはどこか既視感のある、むすっとした仏頂面ですら見目麗しい絶世の美少女が立っていたのだった。
「……よう、覚えてるだろ?」
少女は鉄はうに軽く顔を向ける。
口調は乱暴だが、その声は透明だ。恐らくは、いかなる相手にも隙を見せぬよう、わざと荒い言葉遣いをするよう意識しているのだろう。
現在のように低く抑えつけるように喋らなければ、本来もっと綺麗な声の持ち主のはずだ。
忙しく揺れる木の葉がざわざわと音を立てている。
さらりと流した彼女の前髪が弱い風にそよぎ、隠れかけていた片目が露わになる。
翠玉のように透き通った少女の瞳は、燻った熾火のような静かな怒りを秘めているようだった。
「え……? あ、こんばんは〜」
「ぜっ、絶妙に覚えてなさそうな反応しやがって……もう絶対許さないからな……!」