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第六話 エドガルド……

※主人公の現在の代名詞は「ピザ」です。


「本部からは“なんとかヤンキー君”って聞いてたけど……ピザ君で良いのかな?」


「あぁはい、僕めっちゃ名前あるんで! ……ていうか、さっきはすいませんでした! あんな警戒してもて」


 俺はルドルフさんに深く頭を下げる。突然の事だったとはいえ、まるで敵意の無い人間にあれ程の殺意を向けてしまったのだ。自らの行いを(かえり)みて、余りに無礼極まりない事をしてしまったと、否応なく忸怩(じくじ)たる思いに駆られていた。


「いいよいいよ。それよりなんか……ピザ君の技名危なくなかった? すごく不安になる響きだったんだけど」


 そんなピザに対して、ルドルフは気さくにそう返答する。容姿からして大体二十代前半辺りだと見受けられるが、それにしてはやけに知的かつ大人びた雰囲気を纏う青年だ。


 かなり高身長で脚がすらっと長く、何より圧倒的に顔が良い。柔らかな笑顔のよく似合う彼の端正な顔立ちは、男の自分でも軽く見惚れてしまった程である。

 男性にしては長めのふんわりとした髪形で、頭頂から毛先にかけて黒から白へと移ろいゆく特徴的な髪色は、闇夜にしんしんと降り積もる白雪を想起させる。


「技名? “天翔ける龍の思い付き”の事ですか?」


「思い付きか……じゃあまぁいいや、本題はこれ。ギルドからピザ君に通達があってね、僕が今日ここへ来たのはこれを君に届ける為なんだ」


「おわ、なんかすんませんねわざわざ」


 ルドルフは胸元から一枚の手紙を取り出す。

 お手本のような赤い封蝋の捺されたそれには、小さく『名無しの彼へ』と書かれていた。流石のギルド上層部も、“ネオ膝枕ヤンキー”を本名だとは見做さなかったようだ。ピザは少々歯痒さを感じつつ、手紙を受け取る。


「集合は明日、とある山の奥深く。当日はギルドの人間が場所まで案内してくれるから、あんまり心配しなくても大丈夫だよ。詳細はその紙に書いてあるからよく読んでおいてくれ」


「え……ほな前の紙に書いてた試験の内容は間違ってたんすか?」


「あれも間違ってる訳じゃない。君が受けるこれは言わば“特別試験”だね」


「ん」


「君は“Aランク冒険者”のエドガルドを一撃で倒せる逸材だ。それも攻撃を躱す一瞬の隙に、同時に少女を救いながらの片手間で放った峰打ちでね。ペトラも『峰打ちだ』と言われるまで、君が攻撃を加えた事にすら気付かなかったらしい」


「へぇ〜」


「……君は正直言って他とはレベルが違いすぎるんだ。故に、一般試験ではバランスを大きく崩してしまう可能性がある。だからまぁ、よく言えば優遇という事さ」


「あ、ほんまっすか? っしゃラッキー」


 ピザは軽くガッツポーズをする。

 まぁ確かに生まれの都合で戦闘の一点においては素人離れしているし、そんなのが一人混ざったら正当な判断が下せなくなってしまうのも事実だろう。


 長い目で見れば、冒険者に求められる素養は戦闘力だけではない。それは分かるが、恐らく試験では戦闘力やそれに近しい能力しか測れないはずだ。そこで(言うなれば)戦闘のプロの人間に一方的に蹂躙(じゅうりん)されて終わったのでは、伸びる芽も伸びないというものだ。


「ただまぁ……その分試験の難易度も跳ね上がるという事も理解しておいてくれ。しかも今年は幸か不幸か豊作の年だ、特別試験は例年以上の厳しさになるだろう。くれぐれも気を付けるんだよ」


 それだけ言うと、ルドルフはじゃあね、と言いながら酒場を後にした。


「片付けてってくれよ……」


 それまで律儀に静かにしていたマスターが、そう言いながらはたりと(くずお)れる。

 その声に辺りを見回すと、なるほど、そうなるのも致し方ない惨状だ。

 先程の騒動で店内の椅子や机は散らばり、俺の他に客もいなければ、さっきまで居た客には合法的に食い逃げされたも同然だ。マスターからすれば控えめに言って地獄のような光景に違いない。

 可哀想に。知らんけど。


「ヤ◯ルトくれやマスター」


「あ? やなこった」


(このあとめちゃくちゃ片付けを手伝った)


 ◇◇◇◇◇


 ルドルフは木組みの家々の立ち並ぶクーリェンの町を早足気味に歩いていた。

 春の只中、商人達が所狭しと露店を開く往来は活気に溢れている。このまますぐ帰路に就くのも少し味気無いような気がしたので、馬車に乗り込む前に青果商の露店で林檎を一つ購入した。


「……しかし、ピザ君にも魔法は掛かってたはずなんだけどなぁ」


 街路を進みながら、ふとそう呟く。

 黒魔導士のルドルフは黒魔術を用いた攻撃魔法だけでなく、重力操作による束縛魔法の技術にも長けている。それは対象の身体を操るというよりは、目に見えない巨大な手を作り出し、その圧倒的な力で直接抑え付けるというイメージに近い。


 先程エドガルドを弾き飛ばしたのもその力によるものだ。ルドルフの魔力は、エドガルドの膂力(りょりょく)を遥かに上回っていた。いくら抵抗されようとあっさり操作できたのはその為だ。

 そして当然あの時、少年にもその魔法の力は及んでいたはずだったのだが。


(速さだけでなく、単純なパワーも驚異的とはね。想像以上に【レベル】は高いのかもしれないな)


 ────昨日あの場に残っていた冒険者たちは、当時の状況について曖昧模糊(あいまいもこ)とした様子ながらも、皆口を揃えてこう証言したらしい。

『攻撃を仕掛けたエドガルドの方が、何故か()()()()倒れたのだ』と。


 エドガルドの首元に残った一筋の打痕が発見されたのち、それは誰一人彼の攻撃を捉える事が出来なかったという事実を裏付ける何よりの証拠となった。


 少年の“峰打ち”という言葉の後ですら、それを信じられずにスピリチュアルな証言をしてしまう程の、神速の一刀。

 “名無しの天才剣士”という俗称も、たまたま彼が剣を携えていたからという短絡的な理由に過ぎない。


 彼らには、少年に近付いたエドガルドがさも()()()()()()()()かのように見えたのだろう。まるで彼の死が前々から運命付けられていたかのように、理不尽に、突然に。

 ここらでは珍しい黒髪の少年の、不気味な真紅の瞳が脳裏に焼き付いて離れないと彼らは嘆いていた。


「“天才剣士”というより……それじゃまるで……」


 そこまで言ってから、ルドルフは溜息をついて空を仰ぐ。おもむろに林檎を空にかざすと、艶のある真っ赤な表皮が陽に当てられ、一層鮮やかに見えた。


「ピザ君か。全く恐ろしい才能だな」



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