第五話 まあ膝っちゃ膝やけど
「あぁ!?」
「!」
ネオ膝枕ヤンキーは即座に抜きかけた刀を納め、別方向へ床を蹴り付けて距離を取った。
「……アンタ何者や?」
その場でしかと刀を握ったまま、突如現れた青年を剥き出しの白刃のような眦で射竦める。
先程の発言からして恐らく敵側ではなく、どちらかと言うと穏健かつ中立的な立場ではありそうだが、素性が知れない以上は油断できない。少年は凍てつくような殺気を放ち続けている。
そんなネオ膝枕ヤンキーをちらりと一瞥した青年は、少々困惑したような、軽く怯えた風を装うような、とにかく優しげな微笑みを浮かべたのだった。
「“幽冥の魔導士”……!? クソッ、何のつもりだ……!」
青年の登場に驚いた様子のエドガルドは、何故か未だ戦斧を振り下ろす瞬間の不格好な姿勢をキープしたまま、ピタリと硬直していた。全体重を込めた鉄塊を前傾気味に掲げ、それを片足の爪先立ちだけで支えている。最悪のバレリーナみたいな感じだ。
爪先への負担が凄そうだが、エドガルドの様子を見るに案外そうでもないらしい。……というか、違和感を感じるくらい微動だにしない。
戦斧の持ち手も全く震えていないし、やはり見た目通りの馬鹿力なのだろうか……?
「やぁエドガルド。……後輩相手に潔く負けを認められないなんて、随分と大人気ないね」
青年はクールな表情と態度を保ちながら、今にも飛びかかって行きそうなエドガルドの眼前に歩み寄り、宥めるように語りかける。血眼の大男を相手に、まるで幼子を相手するかのような余裕と慈しみに満ちた口調だ。
(てかさっき“有名な魔導士”って言ってた……? 有名人なんか?)
両者の遣り取りと様子を観察し、ネオ膝枕ヤンキーは徐々に警戒心を弱めていく。とにかく青年が中立的な立場だという事はほぼ間違いなさそうだ。……只者ではない、というのも同じく。
てか、どういう感じで有名なんやろ。めちゃくちゃイケメンやし、アイドル的な存在やったとしても違和感ないけど。
「ギルド直々の呼び出しだよ、エドガルド。今すぐ本部に向かいたまえ。偉い人たちが激おこぷんぷん丸で君をお待ちだ」
「黙れぇ! 俺はまずアイツをぶっ殺さねぇと気が済まねぇんだ……! そこをどけッ!」
青年の冷静沈着な口調が却ってエドガルドの神経を逆撫でしたのか、デカいおっさんは聞き分けの悪い子供みたいにそう喚き散らした。最後の一音で、クッソデカい唾が飛び出るぐらい激昂しながら。
(うわ汚ったね)
反射的にそう思いつつ、青年に対する哀れみの視線を躊躇いがちに送る。
ところが、青年に向け射出された唾の玉は彼の眼前……といってもまだかなり遠い段階で、ピタリと静止していたのだった。
「───そうか」
青年の端正な顔から、それまでの不敵な微笑みがすっと消える。
「……じゃあ少々手荒なやり方になってしまうけど、後で文句言ってこないでくれよ?」
青年の紫紺の瞳が閃く。
その瞬間、エドガルドは突然片膝をつくようにして姿勢を崩し、直後に得体の知れない強大な力に引き摺られるような動きで出入り口へと移動し始めた。
「なっ!? テメェ何しやがったァッ!」
彼の首から下の体は何故か凍結したかのようにピクリとも動かないが、猛る声色と表情だけは相変わらず活発である。
青年は再び爽やかな笑みを浮かべ、ひらひらと手を振りながら続けた。
「本部まで吹き飛ばしてあげるよ。大丈夫、君なら多分死なないから安心してくれ」
「……貴ッ様ァァァ!!!」
エドガルドのそんな怒号は、彼の全身が店からはみ出た瞬間に発生した衝撃波と共に掻き消えた。
青年は小走りで空の彼方へエドガルドの姿が消え去ったのを確認してから、また優しげな微笑みを浮かべてネオ膝枕ヤンキーに向き直った。
「……はじめまして、僕は黒魔導士の《ルドルフ=ヘルツェンバイン》。安心してくれ、僕もしがない冒険者の一人だよ」
「は、はじめまして! 冒険者志望の“ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ”です!」
「……ここは?」
「knee」
「ブブー、肘だよ なんかすごい釈然としないけど」