第二十一話 ハゲとるやないか
「【レベル 2 】だと? ありえねぇだろ、これ」
だだっ広い空間に怪訝な声が響くと、フェルナンドは黙ってその声のする方を見上げた。
視線の先には、彼の前方を囲うように座す五人の影が覗いている。
不自然なほどの暗闇に包まれた空間には、光源の見当たらない謎の灯りだけが静かに降り注ぎ、境域をくっきりと切り取るように照らしていた。
彼らの表情は、逆光により判然としない。
「勤勉にして無欠……そんなお前にしちゃ珍しい凡ミスじゃねーの、フェルナンド」
先程と同じ調子で、竜人の大男はにっと口角を上げたままふっかけてくる。
彼を含む眼前の五人こそが、各国のギルドを統治する“ギルドマスター”である。
いずれも公爵や侯爵に位置する上級貴族であり、中には国王との血縁関係を持つ人間まで含まれている。
──元来、ギルドとは彼らの祖先の出資により興された民間組織である。
その存在が当然のように人口に膾炙し、強大な影響力を持つに至った今でもなお、ギルドの主な財源は偏に彼らの資産なのだ。
加えて、冒険者の行動にある程度の自由を与えているのもギルドマスターの権威によるものである。
ギルドの活動は全体的に慈善事業ではあるものの、決して国家公認の機関ではない。
その為、本来なら当然武器の持ち歩きなどは違法であり、侵入を禁止されている区域や建築物に立ち入らねばならないクエスト等も存在するのだが、彼らの手引きによりそれらは恒久的に黙認となっている。
「……いえ、【レベル】は正確な数値です。こちらで一通り検証しましたが魔道具の故障とは考え難く、私個人の感覚としても概ねその程度であろうと見受けました」
フェルナンドは至極真面目に答える。
その途端、男の薄ら笑いのニュアンスが真逆の方向へと変化したのが見てとれた。
「おいおい……冗談だろ?」
その呟きを起点に、周囲も堰を切ったようにざわつき始める。
「信じられんな……あまりにも異質すぎる」
「凄すぎてよく分かんないけど、ここまでくると逆に“1”じゃないのがリアルだよね」
「ていうか、こっちの女の方も普通じゃねぇぞ。たった【レベル 25 】でSSランクに匹敵する強さなんだろ?」
「……真偽はともかく、もし本当に両者ともそのレベルだと言うのなら……まさしく、千年に一度の逸材であると言えますね」
それぞれの反応に差はあれど、彼らの口を衝いて出るのは総じて畏怖や驚嘆の言葉ばかりであった。
そのまま両者に関しての話は転がり、会議は次第に熱を帯びていく……そんな中、中央に座す老爺がおもむろに口を開いた。
「……くだらん。いくら実力があろうと、所詮此奴らは“悪魔”と“珍妙な名前の柊”に過ぎんだろう」
低くざらつき、年季の入ったその一声により、場にまた先程のような静寂が訪れる。
言うまでもなく、ギルドマスターの中でも突出した権力を持ち、ギルドの実質的な支配者として君臨しているのが彼であった。
彼の名は《フサフサ=フォン=エスメラルド》。
第十代エスメラルド公爵であり、その栄誉ある佳名に恥じぬ禿頭の重鎮である。
「うーん、フサフサ先生の言う事にも一理ありますが……如何せんボク達に友好的な悪魔と柊一族だなんて初めてのことですし……」
困ったように眉を寄せる女性が控えめに発言した後、その向かい側に座る少年がこの場にそぐわぬほど溌溂とした声音で手を挙げた。
「じゃあさじゃあさ! フサフサ先生が要らないんなら僕のとこにちょーだいよ! きっと仲良くなれると思うんだよねー!」
「仲良く……なれそう、なのですか?」
「チッ……なんで俺にそんなこと訊きやがる……」
一応付いてきた、というより証人として無理矢理連れて来られたボフスラフが不満そうに顔を背ける。
かといって、溢れる期待にその大きな目を爛々と輝かせている様子の少年を無視できようはずもなく、ボフスラフはしぶしぶながら語り始めるのだった。
「……女の方は要観察だ。ガキの方は……まぁ悪人じゃねぇ、って事は確かだろうが」
「へぇー! なら────」
「ただ少なくとも」
少年の言葉を妨げ、強調するように続ける。
「あのガキは正真正銘のバケモンだぜ。纏う雰囲気の鋭さが尋常じゃねぇ、“強者”としての厚みが違う」
ボフスラフの言葉を受け、場は幾許かの緊張を取り戻すのだった。
時が止まったかのような沈黙の末、フェルナンドが今一度中央に向かい直す。
「……閣下、いかがなさいましょう」
「……」
その時だった。
「失礼します!」
どこからか現れたギルドの職員が、鬼気迫った様子で叫んだ。
「“ハル”、“ニコル”の両名が逃走しました!」
「何……!?」
それはフェルナンドにとっても想定外の通告であった。
動揺するボフスラフや酷く残念がる少年の声が響く中、頭上から静かに嘆息を溢す音が混じり、
「……両名の捕縛を命ずる。生死は問わん。執行人は……生半可な奴では返り討ちになりかねん、“ミカゲ”か“ディートリヒ”辺りにでも任せておけ」
フサフサは冷酷にそう告げるのだった。




