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第二話 ムキムキなったら人生大概いける気ぃするんよな

 

 柊一族は、シエラニカ大陸の極東に位置する険しい峰の連なる高山地帯の山奥に、ひっそりと里を築いている。

 辺り一帯は常に深い霧に包まれており、遠方からの観測は不可能。そして余りにも歪に成形された岩壁群が、近付くもの全ての進行を阻むのだ。


 その上付近に強大な魔物が跋扈(ばっこ)しているという単純な理由もあり、普通の人間はまず近寄らない秘境の地なので、勿論柊家の人間やその関係者以外に里の存在を知っている者は誰一人としていない。


「いやこんなちっこいナップサックに何入れて行けばええねん……タフグミとかか?」


 そんな家からの追放を課せられた俺は、最低限必要な荷物を纏め、山を降りる準備を進めていた。下山に関しては幼い頃から日々の鍛錬として毎日のように登り下りを繰り返していた為、今更苦にはならない。


 それよりも気がかりなのは、山を降りた後の生活だ。

 なにせ里から一歩でも出た事がなく、柊以外の人間を見た事すらないという徹底的な世間知らずなのだ。

 他人と比べてちょっと強いという事くらいしか取り柄の無い俺に適した職業などあるのだろうか……。


「ふぅ、まぁ頑張るしかないか」


 すっかり生活感を失ってしまった自室は、窓から差し込んだ斜陽の柔らかな橙に包まれていた。

 不思議と昨日まで当然のように映っていた景色が、酷く尊く美しいもののように思えて仕方がない。もう二度と見られないものだと脳が理解した為か、無性に切なさが押し寄せてくる。



「よお、“ダークネス・ザ・ホットヨガ”」


 じんわりと感慨に(ふけ)っていた所、背後から少々気障(きざ)ったらしい声が聞こえた。……俺をこの名で呼ぶ奴は一人しかいない。


「……お前か、(にしき)


「気安く俺の名前を呼ばないでくれるか? まぁいい、ぼ……俺は今すこぶる気分が良いからな。目障りだった君、お前がこんな形で消えてくれるとは思わなかったんぜ」


「なんか無理してへん? 普段そんな口調ちゃうかったやん」


 ダークネス・ザ・ホットヨガが振り返ると、艶のある白髪を一つくくりにした少年が、壁にもたれかかって不敵な笑みを浮かべていた。


 ────“柊 錦”。

 長い睫毛(まつげ)に縁取られたつり目がちの(まなじり)が特徴的で、瞳は檸檬(レモン)の断面のような淡い黄色を湛えている。

 髪色同様に透き通った白い肌を持ち、その整った顔立ちや小さめの背丈も相まって、ぱっと見の印象では女性だと勘違いしてしまいそうなほど容姿端麗な少年だ。


 彼は俺と同い年で、若い世代の中でも特に優れた剣才を持つ六人の少年少女の内の一人だ。


 俺を含むその六人は圧倒的な才覚から“六神の再来”と、まあ(ある)いは“ズッコケ六人組”と呼ばれている。幼い門下生達からは憧れと畏敬の対象として、はたまた先輩の門下生からは羨望と畏怖の対象として君臨する存在なのだ。


「釈然としない形ではあるが、ようやっと俺は本当の意味で“ズッコケ六人組最強の男”になれた。清々するぜ、お前のそのツラを俺はもう二度と拝まなくて済むんだからな」


「でも正直“ズッコケ六人組最強の男”ってどうなん?あんま嬉しないやろその肩書き」


「…………」


「なぁ」


「……うん」


 そんなズッコケ六人組の中で、現状実力で抜きん出ているのがこの錦という男だ。

 彼とも少し前までは互いに鎬を削り合っていたのだが、いつのまにか大きな差がついてしまった。


「……てかお前若干涙目やん。はは、今までありがとうなにっしー。また会おや」


 半笑いでそう指摘すると、少しの沈黙の後、錦は(せき)を切ったように涙を流しながらホットヨガに抱きついてきた。


「う……っだーくんごめん……! 許してくれ、僕、ああいう態度の方が展開的には面白くなるのかなと思って、あんな酷い事……!」


「かめへんかめへん、お前はほんまに優しい奴やな。でもあんまそういう、直接的な事を言うんはあかんよな」


 よしよし、と頭を撫でる。

 彼とは喧嘩も多かったが、なんだかんだで特に仲が良かった。黒髪と白髪という分かりやすい対比もあり、幼い頃から互いに切磋琢磨してきた言わば好敵手(ライバル)で、それ以上に大切な友達なのだ。


「てか、十五代目はにっしーになると思っとったんやけどなぁ個人的に」


「あぁ。正直僕もそうなると思ってソワソワしてたから、今死ぬほど恥ずかしいんだ。マジで()らかい穴があったら挿れたいくらいにね」


「なにが?」


「……だーくんがいないと、僕らも寂しくなるよ。弥生は大泣きしてたし、皐月(さつき)ちゃんもすごく悔しがってた」


 サラッと発したド下ネタを誤魔化すかのように真っ赤っかの目を道着の袖で拭いつつ、錦がそう呟く。


「……ああ、またいつか会えたらいいな。弥生にも、皐月にもそう伝えといてや」


 ふつふつと沸き立つ感情を悟られぬように、平静を装いながら拳を握り締める。

 ……ああ、そうか。俺は本当に柊を失ってしまうのだ。親に変な名前を付けられたばっかりに、たったそれだけの理由で家族を、友を失うのだ。



(……なんで俺の人生を他人にぶっ壊されなあかんねん)



 冷ややかな憎しみが、静かに熱を帯びていく。


 ◇◇◇◇◇


「じゃ、今までお世話になりました。 バイバイ錦。爺ちゃんも元気でね」


「くっ、良い孫じゃなほんと 行かないでほしい」


「……またな、だーくん」


 沈みかけの夕陽に照らされながら、錦と志童に頭を下げる。見送りがたった二人だけというのは流石に少し悲しかったが、仮にも追放なので、大々的に見送るのも変だろうという判断らしい。

 

 ……この先を進めば、もう俺は二度とここへ帰れなくなる。小さな躊躇が柊への未練を呼び覚ます前に里を去ろうと歩き出したその時、背後から錦が叫んだ。



「っあのさ! これは僕の推測でしかないけど聞いて欲しい! ……だーくんの追放は、恐らく名前だけが理由じゃない! 何か別の意図が絡んでるはずだ!」


 その言葉に足を止める。


「……まぁ、なんとなく気付いとったけどな。というよりそう信じてたけどな」


 ダークネス・ザ・ホットヨガはおもむろに振り返った。

 眩しい西日を背に受ける彼の表情は、殆ど影になって視認できない。だが、彼の持つ鮮血のような赤い瞳孔は静かに光を帯び、濃い闇の中からその双眸(そうぼう)だけを不気味に浮かび上がらせていた。


「俺を追放して喜んどるアホ共に伝えといてくれ。『震えて待っとけ、ムキムキになって見返したるわ』ってな」


「え? うん……え?」


 困惑気味の錦をさておき、志童はホットヨガに小さく、しかし強い語調で言い放った。


「……もし、また柊と縁を結びたいと思うのなら、次は“勇者”の首を獲ってここへきなさい」


「!」


「知っておるな、お前の父親じゃ。家族を捨て、子供を捨て、放浪の挙句手に入れた“勇者”という名声すら持て余したままに失踪したあの柊の恥晒しを捜し出し、殺してこい。……それまで柊家の敷居はまたがせん」




 ……いつからか、なんとなく悟ってはいた。柊家の有力者には、俺の存在を煙たがる人間が今でも多くいる事を。

 そしてそれは俺の実力不足や、このふざけた名前だけが理由でない事も。


 俺の父親なら、この軋轢(あつれき)の起源を何か知っているかもしれない。

 いや、仮に知っていなかったとしても……!


 息子にこんなアホみたいな名前を付けた理由ぐらいは、父親ならば答えられるはずだ!



「……分かりました」



 よっしゃ、決めた。


 俺はこのクソみたいな名前を、もう誰にも否定させない。世間に名を広めて、命名の理由を知るついでにおとんをぶっ倒して、俺は俺の名前以上の存在価値を柊の愚か者共に示してやろう。

 そうすれば、自ずとこの劣等感も消えて無くなるはずだ。


 ……ずっと長い間、このえも言われぬ気色悪さをひしと抱えて生きてきた。

 だがそれも今日でおしまいだと、そう思えばこの“追放”はむしろ仄暗い運命からの“解放”なのかもしれない。



(……待っとけや、おとん)



 ────お前が付けたこのきっしょい名前、一つでも覚えてへんかったらマジでぶっ飛ばしたるからな。



「ついでにまたいつでも遊びに来るんじゃよ」


「あれ? 敷居またげんの?」



…………




………





……





「……師範殿。彼が破門にされた経緯についてですが……正直に言いますと、“彼の実力不足”というのが全く以って腑に落ちていません」


 志童の背中を伏し目がちに睨みつけながら、錦がそう呟く。

 陽は完全に沈みきり、山奥の里には既に濃い闇が満ちていた。


「確かに身体能力で言えば、彼は僕らより少しだけ劣っていたかもしれません。

しかし戦いの技術だけで見れば、彼は現在の柊家でも屈指の冴えを誇っていたと……僕はそう思います」


 微かに怒気の()もった錦の声を受け、志童は振り向く事なく答える。


「────彼奴(あやつ)の成長を妨げていたのはな……他でもない、ワシら“柊家”なのじゃ」


「……え?」


「無論、ワシもこの処遇には遺憾じゃが……かえって彼奴も柊家という桎梏(しっこく)から解き放たれる事により、自らの身体に眠る真の実力に気付くじゃろう。


彼奴ならきっと大丈夫じゃ。狭い鳥籠に囚われた姿より、自由に生きている姿があの子にはよく似合う」


 志童の心底から発せられたその言葉に、錦はまた小さく俯く。

 両者の足音が(まば)らに重なり合うのを感じながら、錦は今一度潤み始めた視界を拭うのだった。


 そうして柊家の門をくぐる直前、そこで志童はふと立ち止まってから、背後の錦に問いかけた。


「……錦よ、お前の【レベル】は今いくつじゃ?」


「は、はい。えっと、確か『32』でしたが……」


 志童はその言葉に耳を傾けながら、とうに山を降りて見えなくなってしまった少年の背中をじっと眺めていた。


「彼奴の、現在の【レベル】はな────」



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