第十八話 試験終了
「……なんだと?」
「柊一族……!」
“柊”という言葉に呼応し、それぞれの試験官達から漂った殺気が一筋に折り重なって突き刺さる。
それはボフスラフやルドルフだけでなく、比較的穏健だったレベッカやキーラでさえも。
「うそん……」
……どうやら判断を誤ってしまったようだ。
まさか実家が世間からこんなにも嫌われているだなんて、想定外だった。
「い、いやでも安心してください! 僕は誓って人を殺しませんし、殺してもないから────!」
……耳を劈く金属音と同時に、咄嗟に抜刀した白刃から火花が散った。
間一髪で受け止めたボフスラフの分厚い両手剣は、あと一瞬でも防御が遅れていたら俺の身体を袈裟懸けに斬り裂いていただろう。
それだけ無遠慮で、容赦の無い重みを持つ一撃だった。
「黙りやがれ! ……ほらな、叩きゃ埃が出るとはまさにこの事だぜ。お前らは俺がここでぶっ殺してやるよッ!」
「ちょ、待ってくださいって!」
ボフスラフの猛攻を往なしつつ叫ぶ。
彼の背後には、強い魔力を帯びた杖を構えるキーラの姿があった。
彼女の長い前髪の隙間から覗く藍色の炯眼には、凛然とした冷酷さが宿っている。
「……その場から動くなよ、少年。まさか、今までの行動全てが悪魔との共謀ではなかろうな?」
「っ! 違います! 信じてください!」
必死に訴えるも、彼らの視線は依然として冷ややかだった。
心臓に氷柱を突き付けられるようなプレッシャーに苛まれると同時に、ハルは言いようのない焦燥と悲哀に蝕まれていた。
端的に言えばショックだったのだ。
自らの出自を明かしただけで、これほどまで扱いも態度も一変してしまうものなのか、と。
それだけ世間から厭われる存在となったのは、勿論柊家がこれまで積み上げてきた悪行が理由だろう。それは理解できるが、その峻別にも限度があるはずだ。
「なんやねん……俺らが何かしたんすか……!」
ニコルと俺の境遇には共通点がある。
彼女もそれを感じ取ったからこそ、こうして大きな信頼を寄せてくれたのかもしれない。
決定的に違うのは、それに対する覚悟と理解度だ。
この歳になるまで鳥籠の内側で平和に暮らしてきた俺とは違う。小さな頃から非情な現実の中で強かに生きてきたニコルは、この苦しみを一体どれだけ味わってきたのだろうか。
そう思えば思うほど、腹の中で沸騰した感情は無意識に溢れ始めるのだった。
「っ柊も魔族も、たかが肩書きやないか! ……俺らがどんだけ真面目に頑張ってても無駄なんすか!?」
「……ッ」
「絆されるなルドルフ! 早く取り押さえろッ!」
「耳なんか貸すなァ! どうせ薄汚ぇ殺人鬼の末裔だ、躊躇うんじゃねぇ!」
「……やめろ」
「ふざけんなよ……そもそも人間が等しく正しい訳でもないのに俺らだけ悪者扱いとか、そんなん自分勝手すぎるやろ!?
罪の無いこの子を殺そうとするアンタらやって結局は人殺しと同義なんやぞッ!!!」
発露した感情に身を任せ、握り締めた刀に再び蒼炎を走らせかけたその時。
「──やめろと言っているんだ!」
これまで沈黙を貫いていたフェルナンドが、突然口を開いたのだった。
「……もう良い。この先は不毛なだけだ」
それはまさに鶴の一声だった。
彼のその言葉で、白熱したその場の空気が一瞬にして凪いだように鎮まったのだ。
「彼女が単なる悪魔でない事も、彼が皆の思うような“柊”でない事も、薄々理解していたはずだ。
……この場は私の顔を立ててもらおう。彼らは私の独断で保護し、その最終判断はギルドマスターに仰ぐ事とする。それにより発生する責任は全て私が担う」
「はぁ!? つってもコイツらは危険すぎるだろ!」
「ボフスラフ、これは団長命令だ」
いきり立つ部下を窘めた後、フェルナンドはニコルに歩み寄ってから目線を合わせ、小さく頭を下げた。
「……どうか仲間の無礼を許してやってくれないか。命を扱う以上、我々は“冒険者”という役職の割に酷く慎重で頑固なのだ」
そのまま俺の方にも目配せし、相変わらずの無表情ながらも優しげな口調で言い添える。
「君にも酷い言葉を浴びせてしまったな。それでも理性を失わず、自らの誇りの為に我々に立ち向かった君の勇敢さは称賛に値するものだ。過ちを犯した我々を諌めてくれたこと、心より感謝する」
彼は今一度姿勢を正した後、深く一礼した。
そんな一連の流れを受け、怒涛の勢いでフェルナンドさんの好感度がカンストした為、対する俺はすぐに返答の言葉を組み立てることができなかった。
「い、いえ! そちらにも事情があるのは分かりますし……その、ありがとうございました!」
思わずすごいスピードで頭を下げてしまって、その風圧でフェルナンドの白い髪が微かに揺らいだ。
「構わぬ。いつまでも啀み合っていては争いは絶えない……いずれにせよ、いつかこうしなくてはならなかったのだ。
それに私としても、春秋に富むつよつよの若者達を失いたくはないからな」
「わぁ、フェルナンドさんも“つよつよ”みたいなワード使うんすね……!」
フェルナンドは静かに微笑むと、またすぐに普段の鉄仮面に戻ってから試験官達に告げるのだった。
「試験は終了とする。皆は直ちに後始末に取り掛かり、ギルドに報告を済ませなさい。この子達の処遇は私から伝えておくので、各自出来る範囲のことを頼む」
的確に指示を出すと、レベッカを除く試験官達は若干戸惑いつつも素直にその場から離れていった。
安堵からニコルと同時に大きな溜息を吐くと、朝日を眺望していたフェルナンドにふと問いかけられた。
「……最後に聞こう。ハル君は何故、そこまでして彼女を守ろうとするのかね」
その疑問にハッとする。
あまり深くは考えていなかったが、俺はどうしてニコルをここまで助けたかったのだろうか。
単に倫理とか、仲良くなりたかったとか、彼女の扱いが不満だったとか、小さい動機は幾つかあるが……その根本にある衝動はなんだったのだろう。
「俺……は」
言葉にすればどれも違うような気がしてならないが、強いて言うとするならば────。
「……偏見とか、固定観念とか、そういう曖昧なもので誰かを苦しめる側の人間になりたくなかったんですかね、多分」
急に恥ずかしくなって、へへ、と笑って誤魔化す。
フェルナンドは、ただ瞼を閉じてその言葉を受け止めるのだった。
「あとやっぱ美少女なんで……」
「む、最後に聞きたくなかったそんなこと」




