第十七話 マンボウとかの死因
「魔王を……!? 本気で言っているのか!?」
「魔王を殺す」というニコルの強気な台詞に、ルドルフは分かりやすく狼狽える。
彼だけでなく、キーラやレベッカ、更にはボフスラフでさえも同様に言葉を失っていた。
彼らにとって、それは無理からぬ事だった。
魔王の討伐依頼というのは、決して勇者だけに限定されている訳ではない。各国の王を通して、全ギルドの最難関クエストの一つとして設定されているのだ。
クエストの受注条件は“SSランク以上の冒険者であること”。つまりその凄絶な内容はおろか、もはや単に受注することさえ困難を極めるのである。
とはいえ、文字通り桁外れの報酬金に目が眩んでか、この無理難題でさえ果敢に挑戦する者は少なくなかった。
────誰一人として、魔界から帰ってこられた者はいなかったが。
而してSSランク以上の称号を持つ数多の優秀な冒険者を瞬く間に失ったギルドは、これ以上戦力を失わない為にもクエストの掲示を取りやめ、その情報ごと闇に葬り去ってしまったのだ。
それが十数年以上前のこと。
いつしか魔王の討伐クエストは皆に忘れられ、現在では都市伝説や単なる冗談程度にしか語られないほどである。
────故に、魔王を倒す為に冒険者を志す者などおよそ前代未聞であった。
「魔族である私が魔王を討てば、人と魔族の争いを終わらせられるかもしれない……! 私はもう……二度と大切な人を失いたくない!」
「……本当の意味で勇者になりたい、という訳だね」
ニコルの鬼気迫る眦に、キーラは皮肉っぽく微笑んで返す。
ニコルの志は、どこまでいっても物語の主人公のように透き通っていて美しい。
金を稼ぎにやってきただけの俺は、なんとなく居心地が悪くて密かに肩を竦めるのだった。
しかも魔王を倒すのが目標って……勇者を殺さなきゃいけない俺とはことごとく真逆だ。
しかし、逆に考えてみればむしろ補い合えて都合が良いのかもしれないな。
いや。ともかく、これで試験官達にも彼女の覚悟が少しは伝わったはずだ。
表情から察するにレベッカとゴミダルマは割と肯定的で、ボフスラフとルドルフは未だ否定的かな。フェルナンドさんはずっと無表情だから分からん。怖い。
「し、しかし……万が一被害が出てしまっては……」
未だ納得しかねる様子のルドルフは、激しい葛藤に苦しんでいるようだ。
でも、そりゃそうか。こういった話にちょっと流されるだけでも、ギルドに対する重大な背反行為と取られかねない立場だろうしなぁ。
「……じゃあもし本当にそうなってしまったのなら、僕が彼女をちゃんと討伐しますよ」
「……君に出来るのか?」
「はい。もうギッタギタのグッチャグチャにして殺します」
「そこまではいいよ別に……」
もちろん冗談なのだが、ニコルが視界の右下の方でふるふると怯えた瞳を向けてくるのが見える。
その可愛らしい姿に申し訳なさと庇護欲を同時に掻き立てられつつ、俺は携えた刀を正面に掲げる。
「んで、責任取って僕も詫びに腹切って死にますよ。ついでにルドルフさんも死にます」
「なんで?」
「血にビックリして死にます」
「いや僕そんな繊細な生き物じゃないから……!」
話に一段落つけたところで、真剣な表情に戻る。
「……僕には精々そんなことくらいしか出来ません。ですが、これでも本気です。彼女に討伐の判断を下すのは、もう少しだけ待って頂けませんか……!」
「うぅむ……とはいえ、これは我々の一存で決められるような問題ではないでごわす。ここはまずギルドマスターに判断を仰ぐべきなのでは?」
ゴミダルマは蓄えた顎髭を摩りながら、顔を上げたハルにちらりと一瞥を寄越す。
ここではとにかく穏便に済ませるが、後の処置はギルドのお偉方に任せる……これが我々にできる最大限の譲歩でこわすよ、とでも言わんばかりに。
ハルもそれに呼応し、軽く会釈を返す。
十分ありがたいです、ヤッホッホイとでも言わんばかりに。
「はァ〜? んな事しねーでも結局ここでソイツを殺しちまえば全部済む話じゃねぇのか?
ここで悪魔を取り逃せば罰則、殺せば報酬。わざわざリスクを冒す意味が分からんぜ」
だがハルとゴミダルマの思惑も虚しく、ボフスラフは苛ついた様子で背中の剣を抜いた。
……視界の端で、ニコルの肩が小さく震える。
「……大丈夫や」
とはいえ、この人は厄介だな。一応人の話を聞いているようでも、決して理解しようとはしていないタイプだ。
「私は一々止めないがな。好きにしろ」
「……分かってくれ。君がいくら強くたって、確実に悪魔を殺せる保証はどこにも無いだろう?」
と思ったら、ボススラフのみならずルドルフもここでニコルを討伐する気満々のようだ。
味方っぽかったキーラも今さっき匙を投げたし、レベッカとゴミダルマは未だどっちつかず……。
(おや……? 絶望かな?)
どうあれ、このまま話し合いで解決しないのは確かだ。
となれば武力行使……いや、運良く勝てたとしても状況は好転しない。むしろ彼女に対する逆風が強まるだけだ。
そんな事で彼女の覚悟を踏み躙るわけにはいかないし……。今俺がすべき事は、“ニコルの監視役が十分に務まる実力を持っている事”を名実ともに証明する事か。
一か八かの賭けにはなるが……俺が犠牲に出来るものなんて、どうせこれしか無い。
「……たかが悪魔ぐらいなんて事ないすよ。絶対に勝てる自信があります。
────なんたって、僕は“柊”の御曹司ですから」
……その言葉を口にした瞬間、試験官達から途轍もない殺気が迸るのを感じた。




