第十六話 圧迫面接
今のうちに逃げろ、と言わんばかりに視界を遮っていた暗黒の帳が徐々に薄れていく。
取り戻した外界の鮮やかさに暫し感動しつつ、俺は試験官達の位置を今一度確認する。大体は予想した通りの配置だ。
でも、やっぱりガチガチに臨戦態勢を取った六人に囲まれてちゃ生きた心地がしないな……って、
「……ッ、ぐ……!」
「お、おい! 大丈夫なん!?」
ニコルは未だ暗い檻に囚われているようで、小さくうずくまった彼女の姿はどす黒い影に包まれていた。
……俺への魔力が弱まった分ニコルへの負荷が強まったのだろうか。彼女の苦しげな息遣いが段々と荒くなっていく。
今彼女が感じている苦痛は、もはや先程俺が感じていたものとは比べ物にならないはずだ……。
「……そうか、君はあくまでもその子を庇うつもりなんだね」
「えぇ。すぐやめたってください、可哀想です」
真剣な表情でそう言うハルを、ボフスラフは鼻先でせせら笑う。
「おいおい、悪魔の肩を持つってのかよ? ったく、これだからバカなガキは嫌いなんだ……邪魔すんな、さっさとそこを退きやがれ」
……なんコイツ。早くも嫌いやわ。
若干の睨みを利かせつつ、努めて冷静を装う。
「……いや、この子は“魔族”です。“悪魔”と言い切れる理由が何かあるんなら訂正しますけど」
「ハァ? 悪魔は悪魔だろーがよ、訳わかんねぇこと言って誤魔化してんじゃねぇぞクソガキ!」
「……なるほど。SSランクでさえこの有り様とは、ギルドさんの教育が隅々まで行き届いとる証拠ですね」
「……すまんな少年、コイツが特に馬鹿なんだ」
ハルの皮肉もいまいち伝わらなかった様子のボフスラフに代わり、隣のキーラが応答する。
その後も不満げにブツブツ言ってるボフスラフはさておき、彼女は含みのある微笑で続けるのだった。
「“魔族”という言葉を敢えて使用する辺り、君はただ無鉄砲でお人好しなだけの少年という訳でもなさそうだな」
「……どうも」
とりあえず会釈で返す。
この人は魔族と悪魔の違いをきちんと理解しているようだ……これでいちいち説明せずに済む。
“魔族”という言葉は最近あまり使用されなくなり、世間では蔑称である“悪魔”が種族そのものを指す言葉として定着しつつあるのだ。ボフスラフに話が通じなかったのもその影響だろう。
つまり魔族に対する差別が恒常化してしまっているという良くない傾向な訳だが、もはや和睦なども遠い過去の話なのでそれも仕方がないのかもしれない。
「君の言い分は理解できるよ。魔族にも善人はいるだろうし、確かにまだ彼女を悪魔と断定は出来ないね。だが、その姿を現した以上は被害が起こる前に討伐しなきゃいけないんだ」
それがギルドのルールだからな、とキーラは続ける。
そうなると彼らのニコルに対する攻撃、殺害はルールに則った行動となる訳だ……厄介だな。
たとえ部外者の俺が反抗したとて、「嫌ならギルドから去れ」と膠も無くあしらわれたらそれで終いだ。まともに相手をしたって勝てないのは火を見るより明らかである。
────だからといって、諦める訳にもいかない。
「……それでも僕はこの子を信じたいです。ギルドの討伐対象は“悪魔”ですから、僕がこの子を“善良な魔族である”と証明すればそうならずに済みますよね?」
「……良いだろう。君の意見を聞こうじゃないか」
おぉ……相手がキーラさんで良かった……。
一度深呼吸をし、脳に新鮮な酸素を送り込む。
そうだ、何もかもルールが全て正しい訳じゃない。伝統や歴史も大事だが、必要に応じて進化させる事も同じように大事だと思う。
それが今なんだ。ニコルを助ける為には、今ここで全てをひっくり返す覚悟が必要だ……!
考えろ……! 思考を止めるな! ニコルの認識を逆転させる理論を今すぐ編み出すんだ!
適当な屁理屈で良いから、まずはとにかくそれっぽい言葉で包んで弾き出せばいい!
「……そもそもこの子が後ろ暗い理由でここへ来たとは考えにくいと思うんです」
「何故そう言える? この試験に合格し、Sランク冒険者になればギルド内の偵察は容易だ。上手くやれば内部から崩壊させる事すら可能かもしれん。スパイからしたら、それだけで十分な利益だと思うが?」
「いいえ。もしギルドに侵入する目的があったのなら、組織内でも屈指の有力者である貴方達の前でこの姿を晒すような真似をする理由がありませんから。
あの行動は、単純に我々に敵意が無いことを伝えたかっただけなんじゃないでしょうか?」
そう、あの行動はニコルにとって白旗を掲げたようなもの。無論、その後こうして命を狙われることまで理解した上でだ。
……つまり、それほど俺を信頼してくれたという事でもある。
「ふむ、一理ある。しかし本当に他の可能性は皆無なのか? 例えば姿を晒して我々をここへ誘い込む事で皆殺しを企てていたとか……正体を明かす事がトリガーとなって発動する固有能力だとか」
キーラは些か場違いな笑顔で議論を進めていく。
今の所は順調に……というかまるで誘導されるように話が進んでいく。さっきから俺に有利な方向に話を進めてくれているような気さえするし。
「彼女の固有能力は恐らく“自らの気配を消す”というもの。それは先程の戦いを見ていた貴方達も感知していたはずです。
となれば皆殺しの線はさらに薄いでしょう。正直この子が貴方達をまとめて相手にできるとは到底思えませんし、僕との戦いで魔力をほぼ使い切っていた事からもそれは間違いないと思います」
「よろしい……では、もし彼女が悪意を孕む本物の悪魔だった場合どうするつもりだ? いつか死者が出たとして、君一人でその責任を取れるのか?」
……と思ったら急に痛いとこ突いてきた。
実際に死者が出た場合の仮定だなんて、性格悪いことをしてくるなぁ。
「……それは可能性の話ですから、論外でしょ。そんなん言い出したら魔族に限らずキリあれへんし」
「おー、君はなかなか頭の回転が早いんだな。
いや確かにそうだ、人間を殺す可能性を秘めているのは魔族に限った話じゃないものな。すまないね、少々意地悪な質問だったよ」
若干ふてくされた言い方になってしまったが、キーラは説明不足な俺の意図を完璧に汲んだ上で、しかもなんか褒めてくれたのだった。この人好き。
「……さて、では最後に本人にも質問がある。君はどうしてこの試験を受けたんだい? 君がそうまでして冒険者を目指す理由が知りたいな」
ニコルにそう問いかけながら、キーラは何か言いたげにルドルフの方へと視線を飛ばした。
それに気付いたルドルフは少々葛藤の表情を浮かべながらも、渋々拘束魔法を解くのだった。
「……苦しかったろう、ゆっくり答えてくれて構わないからな」
「……なんだかんだ優しいんすね、キーラさんて」
「そうか?」
そんな何気ない会話も挟みつつ。
どす黒い魔力の檻から解放されたニコルは寸刻呼吸を整えてから、おもむろに口を開いた。
「私が……ここへ来たのは……」
ゆらりと立ち上がり、酷く真っ直ぐな眼差しでキーラを見据える。
「……私の手で魔王を殺す為です」




