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第十三話 決着


「ふぅ、意外にすんなり撒けたわね」


 先程の地点から遠く離れた樹上、枝の上に腰掛けた少女はそんな一人言を呟いた。


 こうして相手から上手く距離を取れたことで、戦況は大きく好転したと言える。あのまま至近距離で勝負を仕掛けようものなら、確実にあの少年に軍配が上がっただろう。武器、そして魔法の属性相性もあり、それは火を見るより明らかな事実だった。


(けど、もう魔力は残り少ないし……これがラストチャンス……!)


 地面に降り立ち、凛然と弓を構える。

 あの場に取り残された少年は周辺を素早く見回し、かなり細やかに私の位置を探っているようだ……が、無駄だ。


 なにせ高所から全容を眺めていた試験官はおろか、頭上の枝の上で羽を休める小鳥ですら、未だ私の存在を気取(けど)ることが出来ないのだから。


────


狩人の音金(サイレンス)


 これは少女の持つ“固有能力(ユニークスキル)”。


 元来森の奥で狩りをしながら生活していた少女は、知らず知らずの内に“気配を完全に絶つ技術”を身に付けていたのだ。


 やがて数年経てばそれにも磨きがかかり、ついには気配を絶つだけでなく、発現させた魔力すら感知させない隠密を手に入れるに至った。狩人の名を冠する通り、言うまでもなく奇襲や暗殺に長けた能力である。


────


 透明な弓弦を十分に引き、狙いを見据える。

 残存する魔力だけでも、この一矢は音速を優に超えるだろう。こと威力に関しては申し分ない。

 あとは頃合いを見て指を離すだけ、なのだが。 



 ……ふと迷いが()ぎる。

 私は何故か、さっきまで彼と交わしていたへらへらした会話を不意に思い出していたのだった。


「……はぁ」


 今更もたもたと攻撃を躊躇(ためら)う自分に呆れてしまう。


 正直、彼は()りづらい。やたら楽天的で、こんな状況でさえ常に(おど)けた雰囲気を漂わせているから。

 こちらがいくら警戒していても、いつの間にか彼の空気に呑まれてうっかり気を許してしまうのだ。

 自分のペースに持っていくのが上手い、とでも言うべきだろうか。


 それに軽く言葉を交わしただけでなんとなく察したが、彼は決して悪人ではない。少なくとも私の想定していた柊の人物像には当てはまらないようだ。


 ただ年相応に朗らかで、良くも悪くも呑気なだけの少年。……少し飄々としすぎていて、どこか底知れぬ何かを感じさせる事以外は。


「全く賑やかな人ね……」


 一人で何か叫んでいる様子の少年を眺めながら、そんな事をポツンと呟く。すると、少年は突然刀を鞘に納めて姿勢を低く落とし、私の現在地とほぼ同じ方向へ体を向けた。


「っ!」


 もしかして、位置がバレた?

 いや、あの場から動かない以上そんなことはありえないはず……。


 ……まさか。(わず)かに残されたヒントだけで、もうおおよそ正確な予測を弾き出したというの?


(凄まじい洞察力……この一瞬で、ここまで正確な判断ができるなんて……!)


 彼自身あんな感じではあるが、やはり単純な実力や戦闘慣れという面で圧倒的に秀でている。

 たとえ有利な状況であろうと、油断すれば一気に形勢逆転もあり得るのだ。……そもそも手加減する余裕なんて、私には無かったみたいだ。


「……ま、貴方ならきっと大丈夫よね?」


 少女は決意を新たに、今一度弓弦を(つま)む。



 直後。両者の深い呼吸が重なる、その刹那。

 少女は弓弦を離し、少年は静かに目を閉じた。


「────【竜嵐の一矢(テンペストショット)】!!!」



 放たれた少女の渾身の一撃は、大きく地盤を抉りながらたった一人の少年を目掛けて邁進する。

 翠嵐を纏った一矢の破壊力はもはや想像するまでもなく、この戦いの終止符を打つに相応しい華麗さも兼ね備えている。

 無論その速度も桁外れであり、瞬きをする間もなく烈風の(やじり)は少年の眼前にまで到達していた。



「────“我流”」



 その一撃に、寸分の狂いもなく呼応した抜刀。

 開眼と共に(ほとばし)る蒼炎が、須臾(しゅゆ)を捉えた。



「【刄流火(はるか)】ァ!!!」


 神速の一閃は、竜の如きを烈風を両断する。

 辺り一帯を貫かんばかりの豪槍となり放たれた韋駄天の颶風(ぐふう)を、少年はたったの一太刀で全て斬り伏せて見せたのだ。


 瞬間、その場には青い爆炎が立ち昇る。爆風に揺れる大地は重々しい地響きを立て、近辺の樹々は容易く薙ぎ倒されていった。




「くッ……!」


 あの『適当にやればいい』ってセリフも冗談のつもりだったのだろうか。


 その一刀は“適当”という言葉とは程遠く、余りに無駄が無く、恐ろしいまでに洗練され過ぎている。

 美しい太刀筋からは彼がひたむきに積んできたであろう途方もない基礎鍛錬と努力、そして聳え立つ圧倒的な剣術の才能がありありと伺えた。


「あ、おった。 やっほー」


「!? 速──」


 気さくな挨拶と共に、少女の首元に炎も熱も絶えた白銀の(きっさき)が突き付けられる。


 ……詰みだ、こうなればもう起死回生の一手など存在しない。あったとしても、ただ醜態を晒すだけだ。

 悔しさはあるがいっそ清々しいまでの敗北だ。そう思い、少女が手を上げようとしたその時だった。




「おし、降参! この勝負は君の勝ちな」


「……えっ?」


 突然の降参宣言を受け、思わず素っ頓狂な声を漏らす私に、少年は照れ臭そうな表情をしながら応えた。


「や、やめーや! そんな鳩がロケットランチャー食らったみたいな顔して!」


「それはもう跡形も残らないと思うけど……」


《固有能力》とは……


当事者にのみ備わる独自の技術・異才。

基本的に一人につき一つ、というのが通説である。


特殊なケースを除けば“生まれつき持ち合わせる場合”と“レベルの上昇と共に発現する場合”があるが、そもそも発現すること自体がかなり稀。


その定義は割と曖昧であり、単に並外れた膂力や感覚、個人的な特性などを自らの固有能力と呼ぶ者も往々にして存在する。

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