第十一話 レベルってなんなん?
木々の根を軽々と持ち上げるほどの暴風と、不気味な蒼い炎が漂わす皮膚を焦がすような灼熱。少女の“竜嵐”と少年の“蒼炎”、両属性における現代魔術の最上位魔法が虎視眈々と啀み合っている。
双方の得物より迸る魔力の奔流が衝突する事で辺りには異常気象が発生し、激しい熱波が絶えず放散し続けることで森全体が大きく揺らいでいた。
「“竜嵐”に“蒼炎”だと……!? おいルドルフ、今すぐこの試験を終わらせろ! 彼らにこれ以上戦わせるのは危険だッ!」
「いやしかし……こんな事が有り得るのか……?」
崖の上で試験の動きを眺める試験官達の表情は、程度に差はあれど皆総じて驚愕と畏怖に歪んでいた。
中でも顕著なのは、シリアスな言い振りで警告を発するキーラ、目の前に広がる光景を信じられないというような顔で直視するルドルフの二人の反応だ。
一流の魔導師達の鬼気迫るその様子にいまいちピンときていない戦士のボフスラフは、眉根を寄せながらぶっきらぼうに尋ねる。
「どういうこった? あのガキ共はそんなすげぇ事してんのかよ?」
「……そもそも最上位魔法の会得というのは、本職の魔導士が【レベル】50以上になり、それまでの経験、技術、魔力、全てを費やして漸く為せるか否かと言われるほどに難度が高いのでごわす」
ボフスラフの問いに対し、妙に説明口調で語り出したゴミダルマは、ゆっくりとした足取りで崖際へと歩いていく。
「────それを彼らは自身の持つ莫大な《基礎魔力》と感覚だけで強引に発現させ、しかも完璧に操っている。全く前例のない才能……ハッキリ言って化物でごわす」
未だ勢いは衰えず、むしろ更に激しさを増していく魔力の衝突を目の当たりにし、ゴミダルマは思わず苦笑を溢しながらそう言う。
ギルド史上でも、若年でここまでの才覚を持つ者が同時に現れた事は一度も無い。過去の様々な文献を読み漁り、“博識”を自負するゴミダルマでさえ出会った事のない異常事態だった。
「【基礎魔力】? 【レベル】50以上? ……よく分かんねぇや。てかまず俺、【レベル】とかの仕組みからほとんど理解してねーんだよなぶっちゃけ」
「……基本的な教養すら覚束ない愚者を抱えているとあっては、SSランクパーティの面目も丸潰れだな」
「ハハッ、恥ずかしながら剣だけでここまで来ちまったからなァ。後生だぜキーラ、軽く教えてくれよ」
背後のボフスラフが誇示するように両手剣を大きく振るうのを聴覚で感じ取り、キーラは大きく溜息を吐いてから、静かに語り出した。
「……【レベル】とは、言うなればその者の魔力の練度を数値化したものだ。【レベル】が上がれば比例的に扱える魔力量も増え、身体能力も向上する……というのは知ってるな」
「おう」
「では何故【レベル】が上がるのか? 理由は単純で、魔物を倒した時、魔物の魔力が討伐者にそのまま吸収されるからだ。生命が死んでも、宿っていた魔力は消失しないからな」
「【レベル】の字面しつこいなさっきから」
正確に言えば、【マナ】という純粋な魔力の原素に分解されたエネルギーが討伐者に流れ、蓄積されていくのだ。
一定量のマナを取り込む事で、蓄積されたそれらが一気に魔力へと昇華され、爆発的に魔力量が上昇する。この一連の流れが“【レベル】の上昇”と言われるものであり、高レベルになるほどレベルアップに必要なマナの量は増えていく。
「【レベル】が上がる毎に魔力量は増加していくが、その上昇率には個体差がある。そこに関係してくるのが、さっきダルマが言ってた《基礎魔力》だ。
基礎魔力は、まあ端的に言えばその者の“レベル最大時の魔力量”を指した言葉で……魔導士全員がいつか必ずぶち当たる“才能”の壁だな」
「魔力の最大値? それがどう関係すんだ?」
「んー……例えば、とある魔導士の基礎魔力が“300”という数で表されるとするだろう? その場合、【レベル】50になった時点での魔力は“150”と表せる。
それに対し、とある無職の基礎魔力が“3000”という数で表される場合、“150”という魔力量はソイツがたった【レベル】5になった時点での数値と等しいのさ。
つまり基礎魔力が高ければ、ある程度の【レベル】の差を補う事が出来てしまうんだ」
「なんで無職で例えたんだよ……今……」
「でもなんとなく理解出来たろ? 彼らは後者で、しかもその中でも段違いかもしれん、って事だ」
キーラはそう言い、小馬鹿にするように微笑みながら振り返る。ボフスラフは微妙な表情を浮かべつつ、納得を示すように舌打ちをして応えた。
一瞬の沈黙は、轟々と音を立てて放散する熱風がすぐさま掻き消した。
「……ルドルフ。少女の【レベル】は“25”との事だが、少年の【レベル】は一体幾つなんだ?」
その時、騎士団のリーダーであるフェルナンドがその日初めて口を開いた。ルドルフは一瞬驚いたように目を見開いたが、またすぐに冷静さを取り戻して推測を述べる。
「……最上位魔法を軽々と扱える桁外れの魔力量、高い身体能力や戦闘への慣れから鑑みるに、少なくとも20以上であることは間違いないかと思いますが」
フェルナンドはふむ、と小さく唸った後、少年少女達のいる爆炎の中心をじっと見据える。
「相手の【レベル】は、纏うオーラの強弱である程度推測できる。……しかし、彼だけはどうも異様なのだ。強さしか伝わってこん」
「……どういう事です?」
「先程志願者を一通り観察したが、一際強いオーラを放っているのがあの少女。そして圧倒的にオーラが薄弱なのがあの少年なのだ」
フェルナンドのその言葉により、試験官達に再び戦慄が走る。
「……あくまで私の感覚でしかないが、彼の纏うオーラは“Fランク冒険者”とさして変わらぬほどのもの。
──もし私の予感が正しければ、今後彼は“災厄”にも匹敵しうる力を手にするやもしれぬな」
…………




