第十話 思い出したかのように広がり始める世界観
※前回に引き続き、主人公の現在の代名詞は「鉄はう」です。
機先を制し、決戦の火蓋を射抜いたのは少女だった。同時に鉄はうも彼女が弦を離した瞬間を見逃さず、打てば響くような反射神経で放たれた一矢を悠然と躱す。
「ハロー」
その慣性のままに速攻を仕掛けてしまおうと、鉄はうが気さくな挨拶を挟みつつ少女に急接近したその瞬間。さっき悠然と躱したはずの矢が突如不自然な軌道を描いて襲いかかり、鉄はうの行動を阻んだ。
「うぉ!?」
咄嗟に斬り払って防いだが、その隙に少女は身軽なバックステップで素早くその場から離れていく。
勢い余って巨木とかにおもくそ頭ぶつけてくれへんかなぁと祈るも、少女は木々の隙間を余裕ですり抜けながら、二発目の矢を容赦なく射って寄越したのだった。
(なんやさっきの……矢が追尾してきたんか? てことはなんかしらの魔法付与はされてそうやな)
俺は二発目の矢を辛うじて刃で受け止めながら思考を巡らす。どうやら彼女の放つ矢にはある程度の追従性があるようだ。
とはいえ並大抵の武器ではそんな複雑で難解なエンチャントを施す事は不可能のはず……と、そこまで考えれば結論は簡単に導き出せた。
「その弓“神器”やな……! どこで手に入れたん?」
神器とは、高次元の魔術を駆使したとされる古代人が発明した、魔力を宿す武具の通称だ。その種類は大剣、弓、杖、盾、鎧など多岐に渡る。
人間や魔物の“生命のエッセンス”とも言える魔力を内包している為、『神器は“生きる静物”である』と大真面目に分析する者もいる。それほどに謎が多く、その実態は未だ殆ど解明されていない。
武具としての特徴は、“使用者の想像を具現化する”、というのが一番しっくりくる表現だろうか。勿論何でも叶えてくれる秘密道具のような代物では無いが、使用者の魔力次第で様々な能力を発揮する事が出来るのだ。
現代の技術では如何なる方法を用いても生産も複製も不可能らしく、大抵は文化財等の名目で王国とかが大量に保有しているらしい。知らんけど。
「なぁ! なぁって! 俺ずっと一人で喋ってんか!」
鉄はうの怒号に少女はすげぇ嫌そうな表情を浮かべつつ、腰に携えた矢筒に手を伸ばす。
「……集中しなさいよ」
少女の呟きの後、背後から一陣の突風が吹く。
その風は彼女の手元の弓矢へと集約していき、複数の小さな嵐の結晶と化す。それらは徐々に尖鋭な形状へと変化し、構えた少女の眼光と共に鉄はうの姿をまっすぐに捉えていた。
「【疾風の一矢】」
「──っ!」
強烈な悪寒が走り、反射的に跳躍する。
爆ぜるような烈風と共に放たれた白い鏃は目にも留まらぬ速さで鉄はうの直下を通過し、背後の地盤を抉った。
速度、威力共に先程とは比べ物にならない。それだけでなく、幾多もの“風の矢”は消失する事なく空中の鉄はうに狙いを定めて飛び掛かってくる。
鉄はうは一つ一つ律儀に斬り払って対抗するも手数が足らず、視野の外から飛来した風の矢が頬を掠めた。
(キリあれへんな……)
着地と共に刀を鞘に納め、回避に徹する。連続で放たれる矢を避けるたび、ヒュルルと尖った風の音が絶え間なく鼓膜を揺らした。
憎き柊一族の末裔に狙いを定めて弓弦を引き続ける少女の所作には迷いが一切無く、攻撃の容赦の無さからは彼女の強い覚悟が透けて見える。
……やるなら今しかない。
「ほっ!」
一本の矢を捕らえ、指先でくるっと回してから、少女の動きを牽制するように思い切り投げ返す。
「──くッ!」
少女が動きを止めた瞬間、風の矢は霧散した。
首筋を紙一重で逸れた鏃は彼女の背後の大樹に深々と突き刺さる。俺はすかさず一歩踏み出し、額に汗を滲ませる少女と目を合わせた。
「ヘイ、一旦整理しよや。まず俺が“柊”の血を継いどる事は間違いないんやけど、訳あって俺はもう柊と絶縁しとる。人を殺した事も無いし、君のお母さんの事も……生憎、さっき初めて知ったんよ。
その上で、君は俺にどうして欲しい? ただ柊を殺したいだけ、という風には見えへんのよな」
出来るだけ刺激しないよう、率直に要点だけを掻い摘んで言い連ねる。
これは賭けだった。少女の手が止まるこの一瞬で捲し立て、どうにか会話に持ち込めないかと考えたのだ。
すると、暫くしてから彼女も観念したように小さく口を開いた。
「……あんたを……殺すつもりはない。私はただ、母さんの仇を討つための情報が欲しいだけ。……あんたなら、何か知ってると思って」
「情報……俺も多分あんま知らんし、力になれるかは分からんで?」
「っ、どれだけ些細なことでも良いの……! 母さんを殺した“柊の男”について知っている事、全部教えてほしい!」
彼女は悲痛な面持ちでそう嘆願した。
科白から察するに相当逼迫した状況のようだ。冒険者を志願したのも十中八九母親の仇を探す手段としてだろう。完全に主人公の初期衝動やんけ。
流石にこれを突っぱねられるほど強く残酷な心を持っていないので、こちらも至極真面目に応える。
「なるほど……」
“母親を殺した柊の男”について、か。
正直、候補が多すぎて特定は難しい。今現在も一部の柊は暗殺を生業にしているし、かつて暗殺者だった者も大勢いる。更には仕事でなく道楽として人を殺し、俺と同じく柊を追放された者もいる。
その後は快楽殺人鬼として浮世に名を馳せる奴もいれば、安否すら定かでない奴もいる。えっ、てかよくよく考えて“変な名前=大量殺人”の扱いって理不尽すぎん? むっちゃ腹立ってきたんやけど
まぁええわ話を戻して、少女の母親が一般人である場合はそういった快楽殺人鬼による犯行の可能性が高い(神器を持ってる辺りただの一般人とは言えないのかもしれないが)。……そうなるともはや追跡は不可能だと言える。
単純な理由で、追放された者のその後の行動に一族が干渉する事は無いからだ。もはや犯罪者を世間に丸投げするような、無責任極まりない放任主義なのだ。
俺が次期当主になった暁にはそういった根本的な歪みも解消しよう考えていたのだが……こうなるともうどうしようもないのが歯痒い所だ。
「う〜ん、ごめん。ちょっと分からんかな……」
「……結構、後はねじ伏せて口を割らせてあげる」
「いやその、しらばっくれてるとかやなくて……」
少女を中心に竜巻のような暴風が吹き荒び、俺の弱々しい声は届かなかった。
あんなの見ただけで分かる、非常に強力な風属性魔法だ。才ある者が、比類なき努力を長年積んだ末に漸く手に出来るような、遥かに高いレベルの魔法と技術。少女はそれを神器に纏わせていた。
「本気でやらなきゃ、貴方には勝てないでしょう?」
────それに、なんとなく見覚えがあった。
「……そっか! 別にもう使ってええんか!」
俺は刀の柄に手を掛ける。これを使うのは久しぶりだ。友達と遊んでた時に偶然発現して以来、まだ習ってない漢字を使って怒られるみたいに、師範に使用を禁じられていたお気に入りの必殺技。
「秘剣、【炎刀朱雀】」
抜けば玉散る……否、火の粉散らす灼炎の刃。
先程まで無機質な白銀を閃かせていた鉄はうの太刀は、鋒から鍔元まで赫々と燃え立つ火炎を纏った“神器”と化していた。
「ウオー(高揚)!!! かっこええ!!!」
久しぶりに必殺技を放ち、興奮気味に刃をブンブン振るう。陽炎の奥で、少女の表情が徐々に青ざめていくのが見えた。
「っ……つくづくバケモノね……!」
「よっしゃ、ほなもう終わらせよか。俺も本気で行くからさ」
少年が刀を構える。
轟々と燃え盛る炎が蒼く染まっていく。
《四大属性と、その上位魔法》
火→炎→蒼炎
水→氷→零氷
風→嵐→竜嵐
雷→天→響天