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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

わたしと大佐と過去と今と

作者: 舞如
掲載日:2019/11/06

同性愛表現が多少あります

「大佐っ、たーいさー! 今日もいい天気ですね、ピクニック行きましょう!」

「行きたくねえし午後から雨だ」

「いーじゃないですかあ、行きましょ」

 今日も聞こえてくるこの会話。大佐、なんて言っているが、今ここは間違いなく現代日本。ではなぜ、こんな会話が成り立っているか? それは、わたしたちが前世で軍人だったからに他ならない。

 渋い顔をしたおじさま(とは言え、実年齢は三十代前半)が、大佐のまま亡くなった、わたしの上司。大佐に犬のように懐いているのがわたしの部下で、今は中学生のがきんちょ。

 わたし?

 わたしは大佐の直属の部下だった一軍人で、もちろん男だった。そして、わたしは前世で、大佐に恋をしていた。……そう、男の大佐に。それが、生まれ変わってみたらなんとびっくり。女の子になっているではないか。神よありがとう、これで大佐と恋愛できる! ……と、喜ぶのは良かったのだが。実はわたし、今の姿は女子高生なのだ。そう。わたしと大佐の恋はまたしても、高い壁に阻まれていた。年齢という、これまたどうしようもないものに。


 さて、わたしたちは現世で再会してからというもの、よくこうやって大貫さんの家に入り浸っている。日曜日の今日も例にもれず、思う存分くつろいでいた。

「カルディ、それぐらいにしろ」

 わたしはキンキン声がたまらず、そう言った。カルディというのは、部下の前世での名前だ。現世名で呼んでも良いのだが、どうしてもしっくりこないのだから、仕方ない。そうしてわたしはカルディを「カルディ」と呼び、大佐のことは、現世名で「大貫さん」と呼んでいた。

「ええー、隊長も行きたくないですかあ? ピクニック」

 そしてわたしは、彼に「隊長」と、大貫さんに「紺野」と呼ばれていた。

「……わたしは、大貫さんがどうするかに従うだけだ」

「つれないなー。せっかく平和な世の中に転生できたってのに、ふたりとも鉄仮面なんですからあ」

「そうだな。お前の敬語が崩れるほどには平和だな」

「うえっ、ひどいっす!」

「褒めてるんだよ」

 どういう意味ですかあ。カルディはむすっとして、それきり駄々をこねることはなかった。……昼食がサンドイッチだったのは、彼なりのささやかな抵抗だったのだろう。



 その夜、久々に昔の夢を見た。

 悲しいものではない。一応。

 カルディが大佐に絡み、大佐はなんだかんだで返答してやり、わたしがカルディをたしなめる。そんな戦場の中の、束の間の休息。

 わたしたちは、そんな時間が好きだった。



 おそらく、別世界というやつなのだろうと思う。

 この世界では侵略がない。あったとして、相手は人間だ。わたしたちが戦ってきたものたちとは大きく違っていたし、そんな史実はこの世にない。……あの頃のことをテストにされたら満点をとる自信があったから、歴史科目を楽しみにしていたのに。だが根本的な考え方にあまり違いはないので、記述問題は得意な方だ。これでもわたしは策略系の軍人だったのだ。戦時中の国々がとる政策なんて、どこでも大抵同じようなものなのだ。

 反対に、数学は苦手だ。なぜって、根本的に記号や解法が違うのだから、こんがらがって仕方ないじゃないか。


「あーだからここ、インテグラル! マージャニャじゃねえ!」

「…………」

 わたしは無言で消しゴムを動かす。ほんとうに、似たようなものもあるから、余計に面倒だ。



 わたしはそのまま主席で卒業、高等部でも特待を受けられることになった。校舎こそ離れてしまったが、同じ敷地内のため、大貫さんとの学校でのやりとりも続いていた。将来的には、あわよくば、わたしも教師になって先生と共に働きたいと思っている。だから次も、同じ学園内にある大学部の教職養成課程へ推薦入試するため、今の勉強を頑張っているのだ。……不純な動機、上等ではないか。


「はいそこ、傾き出すのは微分な。カリナシじゃねえ」

「…………」

 それでもやっぱり、解法に慣れるのは難しい。



 本体が女子高生とはいえ、中身は成人しているわたしとしては、気になるものがある。――酒だ。

「日本酒ってのは、どうですか?」

「あー、お前は好きかも知れねえな、アレ」

「大貫さんは好みませんか」

「俺はチューハイぐらい甘くていい」

 そんな会話をしつつ酌み交わすのは、甘酸っぱい、果汁百パーセントのりんごジュースである。わたしが未成年だからか、大貫さんはいつも遠慮なさるのだ。……邪なことを言ってしまえば、酒で緩くなったところを、と思わなくもない。が、ご本人が頑なにお酒を拒むので、わたしはそのご意志に沿っている、というわけだった。

 わたしが成人したら、また、大貫さんと呑むことが出来るだろうか。

「……大貫さん」

「ん?」

「や、やっぱりいいです」

「そうか?」

 でも、まだ早すぎる気がして、口に出すのは遠慮してしまった。



 それは、例によって大貫さんの家でくつろいでいたときのことだった。

「たいさー! たいちょー!!」

「うるさい、カルディ。あと大貫さんは外出中だ」

「じゃあ隊長、聞いてくださいよっ。僕、恋人ができました!」

「……はあ?」

 えっへん、と胸を張るカルディ。それがどうした。

「誰だと思います? ……なんとあの! 食堂のハミリアちゃんですよ!!」

「…………はああ!?」

 食堂のハミリアちゃんとは、前世で、馬鹿なカルディが風邪をこじらせるほど好いていた女の子のことだ。その彼女が、同じクラスに居たらしい。わたしたちだけかと思っていたが、まさかあの子までも転生しているとは。世の中、何があるか分かったものではない。

「えっへへー、見ます? 見ます!? 現世でもかわいいハミリアちゃんを!!」

「ああもう、携帯を突き出すな」

 押しがすさまじいので、仕方なく見てやる。が、そこに映っていたのは、カルディと友人らしき男の子のツーショットだった。

「おいカルディ、写真間違えてるぞ」

「ええ? 合ってますよ」

「いやだって、これ――」

 言いかけて、自身のことを思い出した。まさか。

「ハミリアちゃん、男になってたのか」

「まあ、そうなりますね」

「……確認するが、恋人ってことは、OKもらえたんだな?」

「はい」

 ……ほんとうに、世の中、何があるか分かったものではない。



 意外や意外、この世では、〝同性愛〟という概念があるらしかった。前世では完全にありえないことだったから、驚きは大きい。ということは、この世に生まれたからには、わざわざ女にならずとも大佐と恋愛できる可能性はあったわけだ。すばらしい、さすが現世。

「文化ってのは強いな。俺たちの常識を軽々と越えやがる」

 大貫さんが、ココアを作りながら言う。帰宅した彼にカルディのことを話すと、安心したように「そうか」の一言。やはり担任である大貫さんはハミリアちゃんに気づいていたようで、どうなるのか気を揉んでいたらしい。ああ、そんな仲間思いな大貫さんも素敵です。

「そうなんですよおー。もー僕、幸せです」

「おいおい、仮にも元軍人が、そんな腑抜けた顔してんなよ。あ、当時も腑抜けてたか」

「ひ、ひどいっすよー! 否定はできませんけどっ」

 腑抜けてる、と言われるのが笑い事になるのは、なるほど平和の印だな、とわたしは納得した。



「ほれ、お前さんはコーヒーだろ。キリマンジャロだ」

 さすがに長年一緒にいるだけのことはある。大貫さんはわたしの好みを正確に把握していた。本当はわたしがココアもコーヒーも淹れてさしあげたいのだが、「現世じゃこっちが主流だ」と言って譲らない。申し訳なさ半分、嬉しさ半分、といったところだ。

 カルディは、その後すぐに、デートの予定があるとかで飛び出していった。嵐というより、スコールのような奴だ。

 マグカップに顔を近づけると、しっかりとコーヒーの香ばしい香りがした。……これは、インスタントじゃないな。甘いもの好きな大貫さんにはめずらしい。

「ドリップですか?」

「ああ、教師仲間からもらってな。俺は飲まないから困ってたところだ、消費してくれ」

 苦笑いする大貫さん。中学の頃の教師陣を思い出す。ああ、おそらくあの人だろう。悪い人ではないのだが、少々おせっかいの過ぎるところがある。



 カルディの一件は、わたしに着実な変化をもたらした。

 以前なら、ただ一緒に過ごせるだけでよかった。カルディの恋心にあてられたのが悪かった。……大貫さんとの関係に、「それ以上」を望んでしまったのだ。 もう今や、ただの恋する女子高生である。もともとは男だが。


「どーしたんですかあ、隊長」

「お前のせいだ馬鹿野郎」

「ええっ、僕!?」

 同性愛。こちらの世界にそんな概念があるということを知り、わたしは何よりも、安堵していた。ずっと誰にも言えず、こっそり悩んでいたから。「あり得る」ことを認められたような気がして、わたしは嬉しかったのだ。

「なんですかなんですか。また大好きな大佐のことですか」

「あーそうだよ、そうだから黙っ――何故それを知ってる」

「え?」



 実はわたしは、案外わかりやすい性格なのかもしれない。それとも、カルディの勘が無駄に鋭いからか。どちらにせよ、カルディには軍隊時代から気づかれていたらしい。なんということだ。というか、カルディ自身、わたしと大佐の例があったから、ハミリアちゃんに告白できたという。なんということだ。


「……ふう」

「ため息なんだか一息ついたのか曖昧だな、そりゃ」

「まあ、そんなときも、あります」


 調べてみれば、この同性愛というもの、こちらではそれほど特殊ではないらしい。漫画などのサブカルチャーでは〝腐女子〟などという言葉が成立し、日本で起源をさかのぼれば平安には既にそういう類の「男色」が存在した。むしろメジャーな方だったらしい。文化が違えばここまで違うのか、と、ただただ驚くばかりだ。


「上の空だなあ、おい」

「…………」

「目の前に丁度よく、相談できるおっさんが居るってのによ。それともおっさんじゃ嫌だってかあ?」


 ああ、駄目だ駄目だ。おどろいているだけでは前進は望めないだろう。そんな、考えすぎるところが欠点だと、当時も大佐に言われただろう。どうしてこう、前向きに物事が考えられないのか。いや、そもそもこんな、ぐるぐると堂々巡りするからいけないのであって。


「おーい? 紺野、息してるか?」


 そうだ。せっかく女子になれたのだ、もっと楽しめばよいのではないか。エンジョイだ、エンジョイ。そうそう、カタカナにすると、なんだか明るくなるな。しかし、エンジョイするにしても、どこから始めればいいのだろう。……そういえば、わたしは今、男なのだろうか。女なのだろうか。身体は女だが、もし心が男のままなら、大貫さんと恋愛しても大丈夫なのだろうか。いや、わたしは余裕なのだが、問題は大貫さんだ。きっと大貫さんは可愛い女の子が好きに違いない。それなら、乙女心とやらを早めにマスターしておく必要が――


「おい、おいっ! 紺野! 息をしろ! ……あーもう、だからお前は考えすぎだと、何度言えば分かるんだ!」


 そこで、わたしの意識は暗闇へと紛れた。

 大貫さんのことばを聞くことなく。



 目を覚ましたとき一番近くにあったものは、大好きなあの、大佐の瞳だった。背中には柔らかい感覚。ソファだろうか。が、すぐに、それはおかしい、と気づく。

「馬鹿は生まれ変わっても馬鹿だな」

 聞き慣れたその声は、ちょうど右から降ってきた。

「……あの」

「考えすぎちまうのは仕方ない。お前の性分だからな。だがなあ、息まで忘れる奴がどこにいる」

 真剣なその眼光が、わたしを貫く。どうやらわたしは、ぐるぐると思考を巡らせすぎた結果、息を忘れて気が遠くなっていたようだった。そこを大貫さんがどうにか助けてくれたらしい。

 ああ、この目。わたしは、これを見たことがある。

「心配させんな。お前、現世でまで先に逝くつもりか」

 そうだ。わたしは思い出す。

 わたしが、大佐の腕の中で命を落とした、あのときだ。


「……すみません」

「もう少し、身体の方も大切にしてくれ。俺が保たん」

 ふと、大貫さんの瞳が消えた。見えるのは天井のみ。

「――頼むから」

 その掠れた声は、耳元から聞こえた。



 無理だ。

 忘れろという方が無茶だ。

 先日の一件をもって、ますます胸の高鳴りは形をはっきりさせていた。恋する女子とは、すべてこうなのか。そうだとしたら、わたしは女性みんなに尊敬の念を抱かずにはいられない。


「チョップ」

「うぎゃっ」

「おら、だから考えすぎんな」

 突然の攻撃に驚く間もなく、頭をなでられる。

「……どんなことで悩んでるかは知らねえけど、苦しいなら言え。俺が聞いてやりたいが、嫌ならカルディだっていい」

「え、いえあのっ、……ええと」

「ん?」


 ――もう少しだけ、待っててください。

 嫌なわけではない。そう伝えたいが為に、どもった末、ようやくそれだけ絞り出す。大貫さんは無言で優しく微笑み、ふたたび頭をなでてくれた。



「わたしは、そんなに分かりやすいか」

「ええ? わりとバレバレですけど」

 さらっと言われた。

「いや、だが」

「往生際が悪いですよお」

 ずず、とカルディは、ストローでオレンジジュースをすする。

「あ、今日はおごりなんですよね? スペシャルパフェいっていいですか!?」

「……勝手にしろ」

「やりぃっ。あ、おねーさーん、いちごとチョコのスペシャルパフェ追加で!」

 本音を言えばわりと痛い出費だが、わたしの知る限り、人の動向に最も詳しいのはこいつだ。おだてておくに越したことはない。代わりにわたしは、ぬるくなったブレンドコーヒー(店で一番安い)を飲み干した。


「で、隊長はどうしたいんです?」

「分からんから訊いているんだ」

「そうっすよねえー。策略は得意なのに、こういうの苦手ですもんね」

「チッ、認めるからどうにかしろ……煮るなり焼くなり」

「うーん。手っ取り早い解決策はあるんですけど、それだと隊長、絶対後からうじうじしそうですし」

 ぶつぶつと呟きはじめるカルディ。見慣れた、こいつの模索姿だ。そうこうしているうちに、パフェが来た。が、気づく素振りもない。アイスが溶けるのは惜しい気がして、スプーンにすくって、カルディの口元に運んでみる。ぱくり。普通に食らいついた。……なんだこれ、餌付けしているようでなかなか楽しい。



「隊長、大佐と恋人になれるとして、一番の心配事は?」

 パフェの最後の一口を飲み込むと、カルディはそう問うた。

「年齢ですか?」

 そして、間髪入れずに正しい答えを口にする。

「あのですねえ、隊長。隊長は大佐を見くびりすぎです」

「……どういう意味だ」

「隊長。何も考えないで、大佐に、思ってること全部ぶちまけてください。それが、一番近道で幸せな解決法ですから。あ、パフェ、ごちそうさまでした」

「気づいてたなら自分で食えよ」

 だがまあ、楽しかったから良しとしてやる。



 ここ数日、考えすぎたせいだろうか。わたしは、三十九度八分の熱を出した。幸い日曜日で、他に症状のないことを考えると、もしかしたら明日には治るかもしれない。現世の母には心配されてしまったが、大丈夫だと押し切った。ぺたりと額に冷えピタを貼っているときに、カルディからカラオケのお誘いメールがあったが、ふざけんなと半ばキレてしまい、そのまま返信することなく電源を切って机に放った。そして、昨日干しておいてふっかふかになった布団にダイブした。


 その電話がかかってきたのは、昼過ぎのこと。わたしはコール音で目が覚めてしまった。しばらくして、消える。母か父が取ったのだろう。安心してまた、頭をぽすっと枕に付ける――と同時に、部屋のドアが開いて母が顔を出した。

「あら、起きてたの? ちょっとおアンタ、中学のときの担任だったあの、大貫センセから電話来てるわよお!」



「……はい」

『おい紺野、メールぐらい見ろ。カルディがうるさくて敵わねえ』

「あ」

 そういえば、と電源を切ったままだったことを思い出す。

「すみません。ちょっと、うっとおしくて」

『はは、うっとおしい、か。お前にしちゃ珍しいな。だが、ハミリアや俺も誘って、相当楽しみにしてたらしいからなあ、カラオケ』

「そう、ですか」

 カルディはメールでも煩わしいというのに、大貫さんの声はとても心地いい。ずっと聞いていたいほど。

 ドアがノックされ、母が再び部屋に入ってきた。手近な紙に「お父さんと隣町のジャスコにお買い物行くけど、欲しいものある?」と書かれるのを見て、頭を横に振る。鈍く痛んだ。頭痛も出てきたらしい。

『……紺野?』

「はい?」

『あー、いや。なんかいつもより声に覇気がねえなと思ってな』

「ああ。ちょっと、熱を出してしまいまして」

『…………は?』

 なんとも間抜けな声を出す大貫さん。そんなところも、かわいいなあ。

「まあ、ちょっと寝てれば大丈夫ですよ。両親も出かけるみたいですし、大人しく寝てることにします」

『アホか。――今から行く、十五分ぐらいで着くから鍵開けとけよ』

「へ?」

 ぷつん、と音が鳴りそうなぐらい乱暴に電話を切られ、わたしは、ツー、ツー、という音しか返せなくなった受話器を握ったまま、ぼうっとしていた。



 ほんとうに、来た。

 チャイムの後、しばらくして、部屋のドアがノックされる。返事をすれば、それが開いたので、わたしもベッドから上半身を起こした。

「……無事か」

「あ、はい。熱と頭痛以外はなんとも」

「それはなんとも、とは言わねえよ。つか頭上げんな、悪化したらどうする。寝てろ」

 額に手が添えられ、倒される、と思ったら、背中にも手が回っていた。ゆっくり傾けられる。氷のとけかかった水枕に、頭がつけられた。

「昼飯は食ったか」

「ええと、食欲なくて……」

「だろうと思った。ゼリー飲料買ってきたから、薬も一緒に流し込め」

 お前のことはお見通しだ。そう言わんばかりにスーパーの袋を押し付けられた。ふたつのゼリー飲料と、豆腐が一丁。

 まさかこの人、こんなところまで。

「あ、あのっ!」

「ははっ、露骨に元気になったな。豆腐、食うか?」

「……はい」

 大きな手が、わたしの頭をくしゃり、と撫でた。



 実は、小さい頃に熱が出たとき、「消化に良さそうなものを」と母が豆腐を買ってきてくれたことがあったのだ。それ以来、あまりの美味しさにわたしは目覚めてしまい、風邪をひく度にねだっている。一度だけ大貫さんにも話したことがあったのだが、まさか覚えていたなんて。


「醤油は?」

「いりません。おとうふジャストが至福です」

「変わってんなあ。一丁も食って、ゼリー飲めるか?」

「豆腐は別腹ですから」

 断言し、洗ってもらった豆腐をパックからそのままスプーンですくう。うむ、美味。

「そんだけ食えりゃ大丈夫そうだな」

「はい、大貫さんのお陰です。おとうふ美味しいです」

「ははっ。それ、『豆腐のお陰』だろ」

「違います。大貫さんが持ってきてくださったからこそ、美味しいんです」

 もう一度断言して、わたしは残りの豆腐を頬張った。



 思ったよりは食欲があったらしい。わたしは、ふたたびベッドで横になっていた。薬が効いてきたおかげか、まぶたが重い。

「そろそろお暇する。あのご両親に会うのは、少し気まずいからな」

「ああ。特に、母ですか」

 現世でも血のつながりというのは有効らしく、なかなかにハンサムな大貫さんに母は、周りのお母様方とファンクラブを立ち上げるほど、すっかり夢中になっていたのだ。

 中三のときなどは、三者面談の度におしゃれをしていたので、過保護な父が何かしでかすのではないかと心配していたのだが、そんなことはなかった。昔から色好みだった母を見ているうちに、若い心を忘れない「うち」の「妻」が綺麗になる、という考え方を習得したらしい。さすが我が父。


「おとなしく寝てられるか?」

「こどもじゃ、ないんですから」

 素直に言えばちょっと残念だったが、わがままを言っては大貫さんに更に迷惑をかけてしまうから、そう答えた。

 眠気が更に増す。ふわふわとした頭で、大貫さんが立ち上がるのを認識した。

 ――やだ、行かないで。

 夢うつつの中、なんだか妙に寂しくなって、ぎゅっと、何かをつかんだ。



 さて、そんなことを言われて、僕にどうしろってんですか。

「なあ、カルディ」

「はい」

「俺は、どうしたらいいんだ……」

「…………。」

 バラしてやろうか、こんちくしょう。


 と息巻いたところで、僕にそんな度胸、あるはずないんですけどねー。隊長は女の子になっても隊長で、なかなか強い腕っぷしの持ち主なのです。

 僕はふたたび、隊長と訪れた喫茶店に来ているわけですが。今回は、お相手が大佐なんですよ。えへへ、大佐になら心も痛まずスペシャルパフェをねだれるから、ちょっぴり得しちゃってます。今日はバナナのチョコソースがけに、ブラウニーのトッピングも追加しちゃいました。

 まあ、そこまでは、いいんですけどね。僕には得ですし。

 そりゃあもう盛大に、大佐は落ち込んじゃってるんですよ。

「大佐、気づくの遅すぎません?」

「……やっぱりカルディは、」

「気づかない方がおかしいんです」

 というか僕、ぶっちゃけ隊長よりも大佐の方が先に、恋心だだ漏れなの気づいたんですけどねー。大佐はプライベートとなると、隠すことを知らないから。だからこそ、僕からすれば、まだ大佐が自覚してなかったことの方が想定外であって。隊長にあんなこと言っちゃったけど、大丈夫かな。あれ、大佐が自覚してる前提でのアドバイスだったんだけど。

 あーあ、戦闘中の大佐はほんっとうに、まさに鬼! って感じだったんですけどね。まあそれも、隊長が殉死するまででしたが。ほんと、誰のせいで大佐が亡くなったと思ってるんですか。隊長のこと考えててミスして、そのまますぐに後追い殉死しちゃったんですよ?

 それなのに、当の本人は、ついさっき自覚に達したらしい。はああ、隊長も大概鈍感なのに、大佐まで相手にしなきゃいけないとか。僕、いいかげん恋のキューピット役に飽きてきたんですけどーっ。


「で、どこで気づいたんですか」

「……あ、いや……ふむ」

「ええー、教えてくださいよお」

 結局口を割ることはしなかったけれど、大佐は会話中ずっと、シャツの袖をいじっていた。大方、どんなシチュエーションかは知らないけど、無意識にシャツの袖をつかまれて、うっかりかわいいとか思っちゃったんでしょうねえー。はあっ、もうやってられるかっ。



「ってことで、たいちょー。サクッと告白しちゃってくださいよお」

「はあ? 何が『ってことで』だ。何の脈絡もなかったはずだが」



 大貫さんとどこかへ出かけていたらしいカルディは、なんだかぐったりしていた。うむ、しかし大貫さんとお出かけとは。うらやましい。が、カルディに嫉妬するのは筋違い、と自分を律した。

 それにしてもこの、めんどくさそうな雰囲気を察するに、ハミリアちゃんを呼んだ方がいいだろうか。

 と、そのとき、ドアチャイムが鳴った。

「ハミリアちゃんならもう、僕が呼びましたよ」

 ……だからお前は、エスパーか。


 ハミリアちゃん発覚後は、四人で集まることもしばしばあった。再会してまず思ったのは――なるほど、ハミリアちゃんは転生してもハミリアちゃんだったってことだ。

「ハミリアちゃぁーん! ねえ聞いてよ、大佐と隊長があー!」

「はいはい。カルディさんも苦労しますね」

 要するに、〝美人〟から〝イケメン〟に変わっただけだった。

「だから、わたしが何をしたと」

「……あの、カルディさん。まさかその、隊長と大佐、まだ気づかれてない、とか、あるわけないですよね?」

「そのまさか。やってらんないよ」

「……ほんとうに、苦労しますね」

 意味ありげに向けられる、ふたつ分の視線。だから、わたしと大佐が、何だっていうんだ。



 また、夢を見た。

 懐かしい夢だ。

 あのとき、おぼろげだった周りの景色まで、はっきりと見える。左肩はぱっくり割れて血が出ていたはずだが、何故だかそんな傷はなかった。


 ――おい、おい! しっかりしろ、しっかりしてくれ……!


 大丈夫ですよ、大佐。わたしたちはまた、出会えますから。出会えましたから。平和な世の中で、馬鹿みたいに騒ぐカルディや、食堂のハミリアちゃんも一緒です。わたしは女の子になって、大佐、いえ、大貫さんの前に現れますから。

 だから、泣かないでください、大佐。

 夢と分かっていても、辛くなってしまいますから。



「たいちょー。目の前でいちゃつかれて、羨ましいとか思わないんですかあー?」

「そうですよっ。私たちなんて、男同士なのに幸せいっぱいですよ?」

「いや、元はわたしも男だったが」

「今は女の子です!」

 ぷくっと頬を膨らますハミリアちゃん。君の方が、わたしよりもずっと可愛いと思うのだが。

「というか、隊長は今、どっちのつもりなんですかあ?」

「何がだ」

「心の中が、ですよ。男のままなのか、女の子なのか」

 私はすっかり男になってしまいました、とハミリアちゃん。カルディと再会する前までは、普通に女の子と付き合っていたらしい。……では何故、カルディと付き合ったのだろう、ハミリアちゃんは。

 そう問うたら、

「そりゃあ、まあ」

「前世から好きでしたから」

 なんて、はにかみながら言われた。



 大貫さんは、今まで彼女がいなかったらしい。そういえば前世でも浮いた話は聞いたことがなかった。興味がないわけでは、なさそうだったが。


「なあ、カルディ」

「はいー?」

「大佐に好きな人はいたのか」

「……それ、訊いちゃいます?」

 なにかまずかっただろうか。そう考えていると、「直接、本人に訊いてくださいよー」と、何故か呆れ顔で言われた。



「それで、俺ってわけか」

「はい」

 カルディたちの熱気にやられたのだろうか、紺野は妙なことを訊いてきた。今まで色気のある話題は微塵もなかっただけに、少々驚く。しかし、なあ。……俺に訊かれたところで、本人を目の前に、言えるわけがないだろう。恋愛に興味もなかった俺が、今生より前から、無意識にお前を目で追っていた、なんて。

「大貫さんはあまり、そういった浮いた話を聞いたことがなかったので、気になりまして」

「そうだなあ……」

 おい。どう答えるよ、俺。


「いるには、いるな」

 とりあえず嘘ではないので、それだけ言った。

 すると紺野は目を丸くし――閉じた。うつむき、表情も隠してしまった。……何かがおかしい。

「それは、いつ頃から」

「自覚はなかったが、前世から、だろうなあ」

「……そう、ですか」

 紺野はつぶやくと、くるりと背を向けた。

「すみません、急用を思い出しました。帰ります」

「は、あ、おい!」

 俺の制止も聞かず、紺野はそのまま、部屋を出た。玄関のドアの音が、やけに遠くに感じた。


「何してんですか。追っかけてくださいよ」

「……カルディ」

 どこで聞いていたのやら、呆れた顔をしていた。しかし、追いかけろ、と言われても。

「あーあ、これだから鈍感は困ります。いいから、早く」

「だが――」

「は、や、く!」



 覚悟はしていた。でも、実際にその口から聞くのは、想像以上に悲しかった。

 ああ。いつの間に、こんなにも大貫さんが好きになってしまったのだろう。 きっと自制できる、なんて勘違いも甚だしい。そんなことは、最初から無理だったと、気づくべきだった。気づいて、自分ができるだけ傷つかないよう、配慮すべきだったのだ。

 だって今、こんなにも、苦しい。


 何も考えずに歩いて歩いて歩いて、どこかの公園にたどり着いた。鳩が首をちょこちょこと突き出して歩くのが滑稽だ。きっと今のわたしも、この鳩たちとさほど変わらない。不格好に、反動だけで、てくてく歩いている。

 ベンチがないので、ブランコに座ってみた。以前は珍妙で巨大な遊具に驚いたものだが、今ではもう当たり前になっている。が、実際に使用するのは、久しぶりだ。小さく揺らしてみる。古い鉄の音がした。

 見知らぬ場所。空はオレンジ色に染まることなく、分厚い雲に覆われていた。

 ぽた、ぱた。ぱたたっ。間もなく、雫が空から落ちてきた。そろそろ雨が来るだろう。分かってはいても、足が動く気配はなかった。雨に打たれるのも、たまにはいいかな。そんな気分だ。



 どのくらい時間が経っただろう。なかなか本降りにならない霧雨はまさに、うじうじしているわたしの心だった。洗い流してしまえばいいのに、そうしない。体はすっかりずぶぬれだ。誰かに目撃されても人だとは認識されないだろう。

 遠くで水音と足音がした。それは迷うことなく、やがて近づいてきた。わたしはそちらを向かない。だって、だって。

「――何してんだ」

 聞き慣れた、大佐の足音だったから。


「何もしてません」

「そういうことじゃ、ねえだろ」

「いいんです、これで。」

「……よくねえ」

「いいんです」

 これだから嫌だったのだ。大佐を目の前にすると、雨とは違う雫が、零れそうになるから。でも、今なら、雨が隠してくれる。


「よくない、って。言ってんだろ」

 足音が更に近づく。わたしの目に、大貫さんの靴が映った。



 突然の出来事というものが、どれだけ思考を停止させるか。元軍人のわたしは身に沁みて知っているはず、だった。長いこと感じることがなかったので、平和ボケしてしまったのだろう。――いや。言い訳は要らない。直接的に言おう。

 何が起きたか、全く認識できなかった。


「体、冷えてんぞ。どんだけここに居たんだ、馬鹿」

「あ、あの」

「何だ」

「……なにを、」

「俺にもさっぱり分からん」

 わたしはただただ、空を見つめるばかりだった。

「だが、たぶん言えることがある」


 好きな奴を抱きしめたくなるのは、仕方のないことだ、と。震えた声はそれでも、耳元からはっきり聞こえてきた。

 あ、と。小さく声を上げる。分厚いと思っていた雲に、一筋の光が零れ出た。



 それから。

 手を引かれながら雨上がりの公園を後にし、大貫さんの家まで戻った。何度も通い慣れてはいたが、バスルームを使うのは初めてだった。服はとりあえず、カルディが置きっぱなしにしていた中学のジャージを拝借した。

 そして、カルディに以前言われていたとおり、思っていること全てを、大貫さんに叩きつけてみた。大貫さんはすべてを、……わたしの卑屈な質問にまで、ゆっくりと、確実に、答えてくれた。

 性別、年齢。すべて関係ないと言い切ってくれた。

 ああ、なるほど。カルディが「見くびっている」と表現した意味が、ようやくわかった気がする。大貫さんは、こんなに実直で、頼れる、優しい人なのだ。


「それで、付き合うに至ったわけですか」

「そ。よーやく恋のキューピットはお役御免、ってワケ。僕は簡単なお仕事を勝手に請け負って、おいしいスペシャルパフェだけを頂きましたとさ。うむ、満足満足」


 今日も今日とて大貫さん宅。カルディはハミリアちゃんに、ことのあらましを語っていた。

 大貫さんは大貫さんで、全員分の飲み物を淹れている。今日もわたしが申し出たのだが、頑として譲ってくださらなかった。……わたしだって、大貫さんのお役に立ちたいのに。

「ハミリアちゃん、ミルク要るか?」

「あ……、はい。お願いしてもいいですか?」

「あーっもう、かわいいなあ!」

「かっ、カルディさん!」

「はは、お熱いな」

 それにしても、平和な世の中に来てしまったものだ。その後に聞いた話では、現代では年の差婚も普通になりつつあるらしい。さらに言えば、地球規模では、日本以上にわたしたちの「あたりまえ」が通じない。しかし、それが世間では通用している。

 コーヒーも、そのうちのひとつだ。前世では寒いのが当たり前だったため、こんな素晴らしいものは採れなかった。砂糖も少なかった。ほんとうに、恵まれていると実感する。

 まあ、砂糖は前世からのクセで、あまり摂取することはないが。コーヒーもブラックが基本だ。そろそろ慣れてもいい頃だが、まだまだ時間がかかりそうだ。

「大佐ー、隊長といちゃついたりしないんですかあー? それらしいとこ、見たことないんですけど」

「そうですよね。私たちがいるからって、遠慮はなしですよ?」

「そーですよー。僕たちだって好き勝手してますし」

「あ? 俺はいいんだよ」


 こいつの可愛い顔、見せるのも癪だしな。

 なんて、大貫さんの甘い言葉にも、そろそろ慣れなくてはいけないな。

 わたしは酸味の強いキリマンジャロを一口すすり、とくんと跳ねた心を落ち着けた。


整理してたら見つけてびっくり、そういえば書いてたわこんなの。しかもめちゃくちゃ気に入ってたわ。何で上げてなかったんだろう。ってことで今更上げます。正直手直ししたかったけど最小限だけしてほぼ当時のままです。

ところでこれ、主人公転生してるけど「主な舞台が異世界」じゃなくて現実世界だったから「異世界転生」キーワード入れなかったけど大丈夫かしら。

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