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5話 奈落の底へ


 セドリックたちの結婚式はつつがなく終わった。

 純白のドレスは、艶やかな黒髪と大きな瞳を一際浮き立せ、ローゼの魅力を十二分に引き出していた。

 彼女の完璧な美貌は、参列者……特に男性陣の眼を虜にしたのは言うまでもない。

 セドリックも容姿端麗だが、彼女をエスコートすると色あせて見えてしまった。


 彼らは盛大な挙式の後、国民への披露目のためにバルコニーへ出る。

 純粋な歓声と祝いの言葉を浴び、二人は幸せの絶頂にいるように見えた。セドリックがローゼにキスを落とすと、王都が爆発したような拍手喝采に包まれたのは言うまでもない。




「あーっ、最高っ!」


 ローゼは無邪気な歓声を上げた。

 披露宴のための衣装直しを終え、大広間に向かう途中だ。既に宴が始まっており、彼女の黄色い歓声は聞こえないだろうが、ややはしたないことには変わりない。


「とうとう、私は正妃よ! この国で一番偉くて一番可愛くて一番キレイで一番愛されている女の子!」


 ローゼは、シェリルより2つほど上なので、21歳になるはずだ。

 見た目は少女だが、女の子と言っていいのだろうか? と疑問に思ってしまう。


「ねぇ、シェリル。シェリルもそう思わない?」

「素敵な考えかと」

「そう、素敵! ええ、素敵よ! でも、それ以外の褒め言葉はないの?」


 ローゼが歩きながら、こちらに顔を近づかせてくる。

 シェリルは彼女の相手をしながら


(……昨日の申し出、受けるべきだったかなー)


 と、心の中で嘆息した。


 獣国に嫁ぐという申し出は、すぐに断った。

 剣の腕を見込んでのことなのだろうが、自分の剣の腕は、姉のために鍛えたものだ。姉は正妃になり、アネモネ王国を支えることに尽力すると誓った女である。だから、シェリルは他国のために自分の剣を振るいたくなかった。

 ローゼを憎たらしく思っても、姉の愛した国のために行動したい。


(それに、あの王と婚姻はちょっと……)


 王からの誘いを断るなんて、よくよく考えたら不敬な気もするが、あのような常に策を練っていそうな男は御免被る。こちらの一歩も二歩も先を読んでいそうな策士は、正直なところ一緒にいて疲れそうだ。

 まだ、隣にいた金髪の護衛の方が気疲れしなそうだ。

 どちらにせよ、シェリルが断ったら、引き下がってくれたので良かった。


「あら……? ねぇ、シェリル。声が聞こえない?」

 

 唐突に、ローゼは歩みを止めた。

 シェリルも足を止め、耳を澄ませてみる。


 最初は何も聞こえなかったが、一人の悲鳴が聞こえた。続くように複数の絶叫が城を震わせる。慌ただしく走る音や金属音も聞こえた。


「何かあったのかしら! シェリル、来なさい!」


 ローゼはドレスの裾を持ち上げ、走りだした。


「お待ちください」


 シェリルは急いで彼女を追いかける。

 

 悲鳴の出所は、大広間だった。

 華やかな衣装を纏った貴族や来賓たちは片隅に追いやられ、ぼろを纏った粗野な男たちがその周りを包囲する。


「セドリック様っ!?」


 ローゼは大広間に入ると、口元を白い手で覆った。

 セドリックも他の貴族同様、ぎゅうぎゅうに押し込まれていた。その近くには、シェリルの兄 ケイオスの不安そうな顔も見える。


「危険です、お下がりください。ここは、私がなんとかします」


 シェリルはローゼの前に歩み出た。

 

 絢爛豪華な大広間には、数人の護衛騎士たちが倒れている。

 なかには敵に怖気づいたのか、貴族たちと一緒に固まっている者もいた。


「おっと、未来の王妃様がいらした。お前たち、丁重にお迎えしろよ」

 

 賊の頭領らしき男が下品な声で言うと、部下たちは愉快そうに笑いながら攻めてくる。

 シェリルは剣を抜き払うと、一気に足を踏み込んだ。このような宴の場で剣を抜くことは基本的に禁じられているし、祝いの場に血を見せることなど言語道断だが、命には代えられない。


(でも、なぜ……?)


 賊を切り捨てながら、シェリルは疑問を抱く。

 貴族だけでなく、ここには来賓もいる。警備は万全だったはずだ。それなのに、どうしてここまで賊が入って来たのか。なぜ、王太子の傍仕えの近衛たちまでもが倒れ伏しているのか。

 王太子の近衛兵は、騎士学校でシェリルの先輩だった。

 幾度か手合わせをしてきたが、この程度の雑魚に負けるような人物ではなかったはずである。フェイントをかけることもなく、数任せに攻め込むしか脳のない賊に倒されるような間抜けが、王太子の近衛になれるはずもない。


「これで、終わりよ!」


 シェリルは賊の頭に剣を向けた。

 最後の一人になった男は小さく悲鳴を上げたが、こちらに剣を向けて突撃してくる。刺し違えてやろうと考えたのかもしれない。だが、その剣筋はあまりにも甘かった。シェリルは向かってくる攻撃を軽く避け、剣先で相手の柄をひょいっと持ち上げる。思ったより簡単に賊の頭の手から抜けて、剣は空を舞った。

 シェリルは男が剣を失くしたことに呆ける間も与えず、すばやく剣を持ち替え、柄で男の腹を勢いよく突いた。


「ぐはっ!」


 男は倒れ込む。

 シェリルが近くの近衛に目配せるする。近衛は男に駆け寄り、持っていた縄で縛り上げた。


「セドリック様っ!!」


 賊の脅威がなくなると、ローゼが走り出した。

 

「セドリック様、無事で良かったです。しかし、これは一体?」

「分からない。いきなり乗り込んできたのだ。いまから、事情を問うとしよう」


 セドリックは賊の頭領を睨んだ。


「なぜ、この場に乗り込んだ。正直に申してみろ!」


 頭領は少し怯んだように肩をすくめたが、セドリックの気迫に押されたのか、どこかやけっぱちな声で叫んだ。


「披露宴をぶち壊せって命令されたんだよ! 赤い髪で蒼い瞳の女に!」

「赤髪の女、だと……?」


 セドリックの眼が一瞬、シェリルに向けられる。

 シェリルも赤髪で蒼い瞳だ。だが、彼はさすがに飛躍しすぎだと考えたのか、すぐに首を横に振った。


「他に特徴は?」

「フード被ってたから分かんねぇよ! 昨日、急に王都の俺たちの隠れ家に来たんだ。

『婚約者を見殺しにした王太子と彼を誑かした女の披露宴をぶち壊しにしろ。手引きはこちらでする』ってな!」

「昨日って……あっ!?」


 ローゼは息を飲む。

 黒い瞳が恐怖で見開かれ、ゆっくりとシェリルに向けられた。


「昨日、シェリルに暇を出しました」

「なに!? それは本当か!?」

「そういえば、そこの女みたいな声だったような……」

「なん、だと!?」


 貴族たちはざわめいた。


「あの子って……ほら、ネザーランドの」

「姉が死んだ逆恨みってこと?」

「まさか……自作自演?」

「ローゼ様を護って、ネザーランドの株をあげるつもり?」


 ひそひそ話が伝染していく。

 全員の視線がシェリルを突き刺していた。シェリルは剣を鞘にしまうと、すぐに片膝をついた。


「あらぬ誤解です、セドリック様!

 結婚式を壊すだなんて……そもそも、昨日、私は一歩も外へ出ておりません」

「それを証明するものは?」

「出門記録をお調べください。私の名前は記載されていないはずです」


 シェリルが間髪入れずに言った瞬間


「それは嘘だ!」


 門番の男が広間に駆け込んでくる。

 男は王太子の前で一礼すると、記録表を提示した。


「午後、彼女には外出記録があります」

「私は一日、部屋におりました!」

「……たしかに、記録が残ってるな」


 セドリックが記録表に目を通し、シェリルに突きつけてきた。

 そこには、確かに「シェリル・ネザーランド」の名が書かれてあった。シェリルは全身から血の気が引いていくのを感じた。


「違います。私は、確かに……!」

「セドリック様!」


 貴族の群れの中から、ケイオスが蒼い顔で飛び出してきた。彼は赤髪を振り乱しながら、セドリックの前に跪く。


「妹は、このような真似を絶対にしません」

「兄様……」

「妹は近衛になってから、一日たりとも屋敷へ帰ってきたことはありませんでした。

 毎日、真面目に職務に励んでいたと聞いております。その娘が、王家の名に泥を塗るような行いをするでしょうか?」


 ケイオスは必死になって弁明する。

 ところが、一人の男が会話に参入してきた。


「真面目に職務に励んでいた? そんな話、我が妹から聞いたこともない」

 

 ローゼの兄だ。青黒い髪をした男は冷酷な笑みを浮かべると、蔑むようにケイオスを見下した。


「ローゼからは『つかえない近衛』と聞いている。なにをやっても駄目で愚図だと」

「お兄様、それは言い過ぎですわ!」


 ローゼが反論する。


「あの怖い元婚約者の妹だから怖かったし、仕事も全然まともにしなかったから、ちょっと怒ったこともありましたけど……まさか、ここまで恨まれているなんて……きっと、何かの間違いよ」

「ふむ、ローゼ。そうは言うがね、私は見たのだよ。その娘が城を出て、黒いフードを被って裏町に入っていくところを」


 ざわめきが大きくなる。


「それはいつ頃でしょうか?」


 ケイオスはざわめきに負けずに声を張り上げる。


「赤髪の娘など五万といます。確証がありません」

「私を疑うのか? 王太子妃の兄だぞ?」


 王族の外戚という権威をひけらかす。

 ケイオスは反論しようとするが、没落伯爵家の地位が邪魔をする。きっと、この場では何を言っても覆すことはできないと悟ったのか、兄は悔しそうに唇を噛みしめ、床を睨み付けた。

 シェリルはその姿を横目で確認すると、まっすぐセドリックを見上げる。


「セドリック様は……私が、このような真似をすると思いますか?」


 シェリルは青い瞳で、まっすぐ幼馴染を見つめた。

 セドリックの瞳が揺れた。


「それは、真面目な君がこんなことをするとは……」

「セドリック様は優しいですわ」


 ローゼは涙を流しながら、困惑する王太子に抱き着いた。


「姉と同じ虚言癖の娘も優しく受け止めるなんて……私も同じ想いよ。仕事を失ったら可哀そうだと思って、引き続いて雇っていたけど……こんな、こんなことになるなんて……っ!

 王の披露宴を台無しにするために、賊まで招き入れて、セドリック様を殺そうとするなんて……そんな恐ろしいことをしたら、反逆罪になってしまうのに!」

「ローゼ……」

 

 セドリックは彼女を抱きかかえると、一度、強く目を瞑る。

 そして、再び目を開けた時、1つの決意の光が輝いていた。


「シェリル・ネザーランド」


 セドリックの眼に迷いの色が見えない。

 ローゼの眼は見えない。彼女の顔は彼の腹に向けられ、しくしく泣いている。だが、かすかに見える横顔は口元に歪んだ弧を描いていた。

 それを見た瞬間、シェリルは


(あーあ、これで私も終わりか)


 と、がっかりした。

 昨日の休みは、今回のための伏線。わざとセドリックの前で虐めて不快感を募らせるように仕向けたり、シェリルの行動を予想して門番を買収したり。


 完全に、はめられた。


「国家反逆罪の疑いで投獄する。行け」


 セドリックの近衛たちが動き出す。

 先ほどまで倒れていた、シェリルの先輩もいた。もしかしたら、彼もグルだったのかもしれない。シェリルは跪いたまま、黙り込んだ。


 ここで下手に反抗して、兄まで被害が及んだら、ネザーランド家は確実に終わる。

 自分一人が犠牲になればいい。幽閉され、姉のように死ぬのは怖いが、これまで通り、それで兄が助かるのであれば、自分は本望である。

 そう決意すれば、涙の一つも出なかった。

 ただただ深い海に沈むように、シェリルは寒くて怖くて寂しい。頭からつま先までの感覚が消えていき、世界が黒く染まっていく。


 そして、先輩がシェリルの手に縄をかけようとしたとき。


「おっと、そこまでにしてください」


 先輩の手を、誰かが掴んだ。






ここが、シェリルの最底辺です。

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