20話 王族たちの饗宴
衝撃が走った。
この二年間、誰にも姿を見せなかった最高権力者が現れたのだ。
異様なまでに痩せ細ってはいるが、その威厳は健在だった。それは、獣国王のジークと並び立っても色褪せない。緑の瞳は力強く、しっかりとした意思を感じさせた。
予想外の人物の登場に、ローゼたちは言葉を失くした。
その中で、最初に立ち直ったのは、セドリックだった。彼は目を見開くと、父の下へと駆け出した。
「父上!? お体の具合は大丈夫なのですか!?」
「ああ、大丈夫……なわけあるか! この愚息が!」
ルーゲン国王はセドリックを叱り飛ばした後、苦しそうに咳き込んだ。ジークがその背中を労わるように擦っている。
「セドリックよ……わしが何故、奥に籠っていたのか……教えてくれ」
「は、はい。父も母も非常に感染力の強い病にかかられたので、面会も謝絶だと……ローゼから聞きました。そのあと、医者にも確認したら、その通りだと……」
「そうか、そうか。医者にも確認したところは褒めよう。
だが、それでも、なぜ……一度も会おうとしなかったのだ?」
「それは……彼女に移しては不味いと。彼女にも、行かないでくれと……頼まれていて……」
セドリックはバツの悪そうな顔になる。
それは、きっと彼の本当の気持ちなのだろう。両親を想う気持ちとローゼを想う気持ちがせめぎ合っていたのだ。
「一度でも、わしの様子を見に来ていれば、真実を知っていたのだろうがな」
国王は寂しそうに肩を落とすと、すぐに気を取り直し、ローゼたちに怒りの眼差しを向けた。
「この者たちは、わしらを奥へ閉じ込めたのだ」
「なっ!?」
「そんなっ!? 違います! セドリック様、信じてください」
「わしと妃が、サーシャ・ネザーランドに対する不当な仕打ちとローゼ・ブロッサムの怪しげな言動について調べ、糾弾する準備を整えた矢先、拘束されて奥へと幽閉された。
すると、彼らは『セドリックに戴冠を急がせたい。戴冠のティアラと王冠はどこにある』と聞いてきた。無論、断ると、日夜毒を飲ませてきたのだ。
わしと妃は、二年間……屈することはなかったが、二人が結婚したとなると、おそらく辛抱しきれなかったのだろうな」
シェリルはここで脳を覆っていた靄が晴れた気がした。
セドリックは、サーシャと婚約を破棄した。
あの時点で、すでに結婚式の日程は秒読みだった。だから、シェリルも城に入り、サーシャの近衛として働いていた。
それがなぜ、二年も延期されたのか。
ローゼたちが戴冠の道具を探し、国王夫妻を拷問している期間だったのだ。ローゼたちは、しびれを切らし、結婚をすることで、無理やり聞き出そうとしてきたのかもしれない。
「『諸外国も、二人の結婚を祝福した。もう後戻りはできない。さっさと譲位しろ』
一週間ほど前、そのように脅された。わしは、もう駄目かと思ったとき、ジーク王の使いが現れたのだ」
「いくら具合が悪いとはいえ、国王夫妻が顔も見せないのはおかしいと思いましてね。シェリル嬢に対する仕打ちもありましたし、失礼ながら、城を探させていただきました」
ジークがルーゲン国王の後を引き継ぐように話し始めた。
「リッパーが王たちが幽閉された部屋を見つけ出しましたが、幾重にも警備が固くて入れません。
ですので、そこのコンラートが匂いを頼りに警備の薄い場所を探り当ててくれました。
シェリル嬢が攫われたため、コンラートはそちらへ行かせましたが、場所は掴んでいたので、あとはヒルダとそこのブルータスの力を借りて、国王夫妻を救出したという次第です。
なお、奥方は具合が悪く、起きられない状態でしたので、失礼ながら、別室で休んでいただいています」
「そんな、母上が……」
セドリックは崩れ落ちた。
ローゼは彼を支えようともしなかった。ただ悔しそうに唇を噛みしめたが、すぐにしくしくと泣き始める。
「申し訳……ありませんでした。私、どうしても、セドリック様と……結婚したくて……」
ローゼは扇子を落とすと両手で顔を覆い、身体を震わせながら泣いている。
「私……こんな、素敵な人、初めてだったんです。ずっと、ずっと、恋がなんだか分からなくて、知りたいなって思って来ていました。そんなとき、セドリック様が現れて、彼と過ごし、彼と笑い、彼といるうちに、彼の優しさと温かさに恋して、それで……この恋を叶えたいって、思ったんです」
それはまるで、夢をみる少女のようだった。
だが――
「いや、それは嘘でしょ」
ジークがばっさり切り捨てる。
「う、嘘ではありません。わたし、セドリック様が初恋の人……」
「以前、私も言われたのですが」
ローゼは固まった。
シェリルも固まった。ローゼの兄も、セドリックも固まった。
コンラートはやれやれと首を振り、ジークも鼻を鳴らした。
「『好きなんです。一目惚れをしました。私の初恋を受け取ってくれませんか?』」
ヒルダが淡々と言い放った。
ヒルダはローゼに対し、ゴミでも見るような視線を向けている。
「それ、僕も言われた……」
セドリックが呟いた。
彼は豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしている。
「な、なにを……というか、貴方みたいな女に惚れる訳が……」
「私、男です」
ヒルダは面倒くさそうに呟くと、剣を手に取り、その場で長い髪を迷いなく切り裂いた。
「あれから、貴方みたいに面倒な人を寄せ付けないために、名前を変えて、髪を伸ばし、ピンク色に染めていましたが……本来の髪の色は陛下と同じ白色です」
「え、え、うそ、え?」
ローゼは事実が呑み込めないのか、口をパクパクさせていた。
シェリルはヒルダを見つめた。確かに、短髪のヒルダは美青年だった。だが、事情が一向に理解できない。首を傾げていると、ジークは苦笑いをした。
「フランベルク王国の王位継承者は、身分と出身国を偽り、エクシールへ留学するという伝統があるんですよ。そのなかで、最も成績が良かった者が王位を継承するのです。
私とヒルダは同い年でしたので、互いに切磋琢磨していたのですよ。
肩書き上、私は貴族の子、そして、ヒルダは某国の王族として。
ローゼがヒルダに取り入ろうとするところも観ていましたし、私はヒルダの恋人だと勘違いされて、嫌がらせを受けていました。
あ、申し遅れました。私はジーク。本名は、ジークリンデ・フランベルクです。
当時は、髪を黒く染めていました。白銀の髪はフランベルクの王族に多いので、変に誤解を招きたくなくて」
ジークが控えめに笑うと、ローゼの顔から血の気が引いて行くのが分かった。
「しかし、あの時は大変でした。王位継承をするために、嫌がらせを捌きながら勉強をしていたのですから。ローゼの配下の者から水を被せられたり、教科書を破られたり、男たちの集団に襲われたり……あまりにも酷かったので、すべてをノートに記録し、証拠を集め、エクシールの上層部へ提出したところ、それが認められて、貴方たちが追放されたのですよね」
「そうだったのか?」
セドリックが目を見張った。
ローゼの顔は、見たことがない程に青ざめていた。セドリックが話しかけたことで、我に返ったのだろう。彼女は慌てながら、セドリックの手を握る。
「あれは反省しております。大人げなかったと反省しているのです!」
「事件が露見し、彼女が学校を追放されたことに起因して、貴方たちの故国では『有名な学園都市国に泥を塗った一族』として肩身の狭い思いをしていたんですよね。
それで、故国を捨て、遠縁のブロッサム男爵家に取り入った」
「その後は、私が説明しよう」
ルーゲル国王が疲れたように息を吐いた。
「ブロッサム家出入りの商人たちに始まり、こつこつと篭絡しながら後ろ盾を固めていく。
その手段は、実に見事なものだった。ぞっとする程な。
そして、ブロッサム家は時の権力者に取り入ろうとした……。
さて、セドリック。ジーク王の言い分を聞いて、なにか思い至ることはないか?」
父の問いに、セドリックは二回ほど瞬きをした。そして、だんだんと波が引くように、顔の赤みが消え、青白く変化していく。ローゼから手を外し、するすると傍から離れた。
「まさか、サーシャ義姉さんのときも……」
「サーシャ姉様は、セドリック様に忠告していました」
シェリルも話に乗っかると、セドリックの記憶を刺激した。
「サーシャ姉様には犯行の証拠がありませんでした。行動も記録されていましたし、姉様がローゼを虐めることは不可能でした」
「……僕は……」
セドリックには、もう王族としての威厳は欠片も残っていなかった。
「とんでもない間違いを犯していた、のか?」
「罠だ!」
ローゼの兄が声を張り上げた。
「獣国が我らブロッサム家を嵌めようとしているのだ! そこの娘が――」
ここで、ローゼの兄はシェリルをおもむろに指さした。
「我が妹、ローゼ王太子妃を貶めるために、獣国の者たちを誑し込み、我らを悪に仕立てあげている!」
「……その根拠はどこにあるのですか?」
シェリルはコンラートの腕から降りると、ローゼの兄と向かい合った。
「ローゼが私に毒を盛ったとしたら、彼女の部屋に毒が残っているはずです。ご一緒に行きませんか? 来賓の方々も連れて。
他にも離宮へ行きましょうか。不自然な死に方をした馬が何頭もいるはずです。地下牢には、私の痕跡……たとえば、髪などが残っているでしょう。
サーシャ姉様の事件を再調査すれば、裏付けもとれるはずです。
姉様が、悪事に加担していないという証拠が」
「伯爵家の娘風情が、偉そうな口を!
私は、王太子妃の兄だぞ!」
「……ええ、私は確かに伯爵家の娘です。ですが……同じことを考えている人たちは、他にもいるのでは?」
国王陛下からコンラートたち獣国の者、来賓や参列した貴族たち、そして、あのセドリックもローゼを白い目で見ている。
「貴方たちはいつもそうでしたね。
『王太子妃の兄だから従え』『王太子妃だから従え』。権力に頼るのは悪いことではありませんが、注意しないと己に降りかかってきますよ」
自分が優位の時は良いが、逆転された時に周りがどう思うのか。
ネザーランド家に「伯爵家」としての肩書だけ残り、見る影もないほど没落したように、ブロッサムの者たちも「王太子妃と外戚」という肩書だけを掲げているが、誰も見向きもしない。
ブロッサム兄妹にとって、すでに前後左右、すべてが敵に回ってしまっていた。
ルーゲン国王は目を細めると、すっかり縮こまったブロッサム兄妹を睨み付けた。
「勝負あったな。
これより、彼らを『王族に対する虚言の罪』及び『国家転覆罪』、『殺人及び殺人未遂』の罪で死刑に――ッ」
「お待ちください!」
誰かが、ルーゲン国王の言葉を遮った。




