表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/25

19話 ブルータス


「ブルータス! 丁度良かった!」


 シェリルが叫ぶと、周囲の空気がピタリと止まった。

 

「あ、いや、うん……無事でよかった、シェリル。いや、怪我しているけど、命に別条がなくて」

「ブルータス、あなたは本当に……自分の意志で私を攫ったの?」

「そんなわけないだろ? 僕はローゼ様に絨毯を運べと言われただけで――」

「ブルータス君、もうやめて!」


 ローゼがブルータスの言葉を遮った。

 ローゼは大きな瞳を潤ませながら、しくしく泣いている。


「ブルータス君、貴方は……私が渡した絨毯に、シェリルを包んだのね。彼女を眠らせて、離宮まで運ばせた後、地下牢につないで……この場に出てこれないようにしたのでしょう?」

「え、なにを?」

「ブルータス君は嘘はつかないでいいのよ。お願い、私と貴方の仲なのですから……この場で私に同意をするのであれば、罪を軽くしましょう」


 ここで、ブルータスは自分の置かれている状況を理解したのだろう。

 さあっと青ざめ、ことさら小さく縮こまった。信じられないと言わんばかりの顔で何かを口にしようとしたが、ローゼの方が早かった。


「シェリルと再び婚約を破棄したかったから、離宮へ浚ったって。悲しいことだけど、それを認めて。認めてくれたら、すべてを水に流すわ。

 愛する人のために動くことほど、素敵なことはないもの。それで、みんな丸く収まるの。私は……大好きな貴方を信じているから」


 拝むように指を組み合わせ、上目遣いで彼を見つめる。

 ブルータスがこんな表情を想い人から向けられたのだ。普通なら、ころっと彼女の言葉通り、頷いていたことだろう。

 だが、そう簡単に終わらせられまい。


「おかしいな。ブルータス、あんたはシェリル嬢を浚ったつもりなんてなかったんだろ? 王太子妃に頼まれた絨毯を運んだだけだって、俺に言ってたじゃないか」

「ライラプス将軍が言っていることは、貴方がついた嘘なのでしょう? ねぇ、お願い。嘘だと言って」


 今にも獲物の首に喰いつきそうな獰猛な獣。麗しの顔をしながらも残酷なことばを発する姫。

 その二人から睨まれ、ブルータスは小さく悲鳴を上げた。


「どうなんだ、ブルータス」

「嘘なのでしょう、ブルータス君」

「ぼ、僕は……」


 ブルータスはじりじりと後退し、扉に背を預けると、そのまま座り込んでしまった。


「ブルータス」


 ここに、もう一人。

 静かな声が加わった。

 シェリルの声だ。青い瞳はまっすぐブルータスを貫いている。


「私は、貴方に剣を教えました。ただ、私は技術だけを教えたつもりはありません。剣を振る心も教えたつもりでした」

「……シェリル」

「悔恨のある者の剣は、やはり鈍ってしまうことがあります。

 正直に話してください。あなたが、本当に剣士であるのであれば」


 ブルータスは蒼い瞳を見つめ返した。

 この時、ブルータスは感じた。目の前にいるのは、堕ちた騎士などではない。足は傷つき、抱きかかえられてはいるが、凛と筋の通った……自分の知っている理想の王子様シェリル・ネザーランドだと。


「僕は……絨毯を運んだだけです」


 ブルータスは小さな声だが、力強く言い放った。


「ローゼ様に言われ、絨毯を運ぶように言われました。中を改めることなく、離宮へと運び、門番へ渡しました。その後のことは知りません。

 城に戻ってきたとき、ライラプス将軍に指摘され、初めて下手人にされたことに気付いたのです!!」


 ブルータスの声は徐々に大きくなり、最後は半分泣きながら叫んでいた。

 

 水を打ったように静まり返った場に、嗚咽を上げながら泣く青年の声だけが響いている。

 ローゼも飼い犬に手を噛まれるとは思っていなかったのだろう。愕然とした表情が隠しきれていなかった。


 こういうとき、立ち直りが一番早いのは誰か。


「……まったく。貴方たちは何をしたいのですか?」


 第三者である。

 この場合、ローゼの兄だった。


「我が妹が嘘をついている? 失礼千万だ」


 ローゼの兄は妹の肩を抱きかかえると、不快そうにシェリル達を見据えた。


「当人たちの証言だけだ。証拠も何もない」

「シェリル嬢の姿だけでも証拠になると思いますがね。なにしろ、今回の婚約事件のうち四分の三が『身に覚えがない』ときている。この時点で、おかしいと誰もが思うはずだ」


 コンラートが唸るように言い放ったが、ローゼの兄は意にも介していなかった。


「正直、不愉快だ。

 先ほどのブルータスの証言も……君とシェリルが脅したように見える。君はどう思った、セドリック?」


 ローゼの兄はセドリックに話を振った。


「義兄上……私は……」

「ライラプス将軍の睨みに耐えられる貴族はおりますまい。シェリルの背後には、フランベルク王国もいる。

 なにより、君は……ローゼが嘘をついていると、本当に思っているのかい?」

「そのようなことはない!」


 セドリックは反射的に答え、すぐ目を泳がせた。


「ローゼが嘘をつくとは思えないが……シェリルたちが嘘をついているとも思えない」

「もちろんです。シェリルはネザーランドの娘。あの嘘つきサーシャの妹だ。あの将軍を誑し込み、ローゼを陥れようとしているに違いない」

「何を言ってるんですか!? セドリック様、惑わされないでください!」

「…………」


 シェリルが反論したが、セドリックは答えない。

 

「……セドリック様」


 ローゼがセドリックを覗き込む

 

「私が嘘をつくはずがないと……信じてくれますよね?」

「それは……もちろん、そうだが……」

「それみたことか!」


 セドリックの歯切れの悪い返答を得て、ローゼの兄は勝ち誇ったような顔をした。


「ブルータスは脅迫され、嘘の証言をするしかなかったのだ。

 お前たち、ブルータスを牢へ連れていけ。リリーは退席しなさい。ライラプス将軍、そしてネザーランドの娘は脅迫の容疑で話を聞く。それぞれ別の部屋へ連行しろ」


 ローゼの兄が宣言すると、兵士たちは少し迷った後、行動を始めようとする。


「退席しないぜ! これは不当だ」


 コンラートが反論するが、ローゼの兄は冷たく言い放った。


「王太子がローゼが正しいとお認めになった。

 つまり、王太子がブルータスが脅迫され、嘘の証言をしたと認めたのだ。

 王太子殿下は国王が病に伏せている現状、この国の最高指揮権を委任されている。つまり、彼の言葉は絶対だ。私は、それに従い命令しただけのこと。

 ……不当な仕打ちなどではありません。そうですよね、セドリック様」

「え……いや」

「セドリック様。兄様の言う通りですよね。そうですよね?」

「あ……まあ、うん、そうだ」

「このように、王太子殿下が頷いておられる!」


 どこからどう見ても誘導尋問以外の何物でもない。

 だが、ローゼの兄の言う通り、この国で現状、最も偉い人物は、セドリックだ。セドリックの命令は絶対であり、そこに逆らってしまうと「妨害罪」になってしまいかねない。


「……たしかに、その通りだ」


 だから、シェリルは愕然とした。

 コンラートがローゼの兄に同意したのだ。シェリルは弾かれたように彼を見上げた。コンラートは口の端を上げ、不敵に笑っていた。眼には挑戦的な色がちらついている。


「偉い奴が頷けば、従うしかない。それは仕方ないな」

「ほう、理解していただけたか?」

「ああ、分かった。

 だがさ、怖いぜ? 俺たちの陛下は」


 コンラートの言葉を聞き、ローゼの兄は眉間にしわを寄せた。


「むしろ、貴国の王には我々側から文句を言いたいところだ。

 先日、そこの娘が手引きした疑いは晴れていない上に、連れてきた将軍が我が国を混乱させた挙句、脅迫したなど……」

「ああ、言いたいことはあるだろうさ。国際問題になるかもしれない。

 けれど、そんな心配はしなくていいんだ」

「なに?」

「知ってるか?

 上には、上がいるってことだよ」


 コンラートが言った、その時だった。



「……ああ、そこの青年の……言う通りだ」


 しわがれた声と共に、かつ、かつと杖を突く音が聞こえてくる。

 シェリルを含め、コンラート以外のすべての者の視線が、玉座が安置されている場所に向けられた。玉座の奥の幕が開き、そこから数人の人影が現れる。


 そのなかにはジークとヒルダもいたが、シェリルは中央の人物に目が奪われた。

 この二年、ずっとお会いすることができなかった人物だ。記憶にあるよりも遥かに皺が増え、げっそりと頬がこけている。身体もやせ細り、骨が浮き上がっているところもあった。



「……アネモネ王国第6代国王……ルーゲン・アネモネ、しかと話を聞かせてもらった」















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ