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15話 いざ、脱獄!


「……ん」


 シェリルは頬を突かれ、ゆっくり目を開けた。

 目の前に、栗鼠がいた。シェリルが起きたことが分ると、チチッと鳴きながら腹まで駆けおりると、喜ぶように回転する。


「なん、で、栗鼠が……!?」

 

 起き上がろうとして、じゃらんと重たい鎖の音に気付く。

 音のした方へ視線を奔らせれば、右足が鎖でつながれている。他の四肢は無事で披露宴用のドレスのままだが、靴は脱がされていた。

 じめっとした石造りの牢獄に閉じ込められているらしい。周囲は石で覆われ、鉄製の扉だけが出入り口だった。一応、窓はあったが、背伸びしても手が届かないくらい高い。


(あれから、どれだけ時間が経った?)


 シェリルは、鈍い痛みが残る頭を抱えながら窓を見上げる。

 小さな格子窓からは眩い黄と淡い蜜色が混ざった光が差し込まれていた。そろそろ夕方。日暮れが近い。


(私がいない間に、すべてを終わらせるつもりね)


 シェリルは唇を噛む。

 右手に赤い染料がついている。きっと、誰かに「婚約破棄」と「ブルータスとの再婚約」に関する旨を書かせ、シェリルの手形を捺させたのだ。それを理由に婚約の破棄を提示し、新たな婚約を結ぶ。

 すべてが終わった後、シェリルをここから出す。いや、出せば御の字。最悪、ここで生涯を終えさせる手筈に違いない。

 一刻も早く城に戻りたいが、窓まで上るのは不可能。

 せめて扉から外の様子が分かればいいが、のぞき窓の類はついておらず、食料の差し入れ口はあったが、足枷のせいで手が届かない。


「万事休すね」


 シェリルに足の鎖を千切れるほど怪力はなかった。せめて剣があれば、切っ先を上手く使い、枷の鍵を開けることができたかもしれない。


「ッチッチ!」


 シェリルが悩んでいると、栗鼠が身体から降りた。


「そういえば、この栗鼠……」


 ジークの肩にいたような……なんて、思い出していると、栗鼠は小さな指を口元でたて「静かに」といいたそうな仕草をする。シェリルがなんとなく頷くと、栗鼠はぶるりと爪先から頭まで身体中の毛を震わせた。シェリルの手のひらサイズだった姿はみるみる間に大きく膨れ上がり、シェリルは息を飲んだ。


「貴方は――っ?」

「しぃー、でやんす」


 栗鼠だった男は、人差し指を口の前に立てる。

 跳ね放題な焦げ茶色の髪が特徴的な男だった。それ以外は語尾を除き、特に目立つところはない。平々凡々な顔立ちで、闇に紛れるような黒い衣装に身を包んでいる。

 男はどこからともなくノートを取り出した。もう片方の手でインク蓋を器用に開けるとペンを濡らし、文字を書き始めた。


『私は怪しいものではありません。フランベルク陛下に仕える者です』


 「怪しいものではない」と言う者ほど怪しい。

 ただ、栗鼠から人に変わった時点で獣人であり、ジークが飼っていた栗鼠と同じ個体と考えると、わずかに怪しさが薄まる。


(獣王の配下か?)


 そう尋ねようとすると、栗鼠男が紙とペンを渡してくる。

 まったく言葉を話すなということのようだ。シェリルはペンを受け取ると、その旨を尋ねた。


『はい。フランベルク陛下の密偵として働いています』

『諜報部隊?』

『概ね正解です。今回は裏の護衛をする予定でしたが、いろいろとあって、隠密の仕事もしておりました。

 アネモネの城は立派ですね。かなり入り組んでいますし、普通に攻め入れば苦労します。概ねの間取りを調べるのに三日、詳細も入れると五日もかかりました』


 なるほど。

 シェリルは唸った。最初の披露宴の際、コンラートがシェリルを外までエスコートしてくれたとき、城の間取りを把握していたのは、この者の助力があったからかもしれない。

 小動物を諜報として駆使していたことを考えると、背筋が凍える思いだ。そのような対策をしていると聞いたことはないので、末恐ろしく感じるが、いまはそのことより、コンラートたちが心配だった。


『城の図面の所持が露見したら、大変なことになりますよ』

『ご安心を。陛下たちに地図を見せたのは一度だけです。その図は然るべき方法で処分したので、僕の頭の中に。

 申し遅れました。僕はリッパー・チムリ。以後、よしなに』


 リッパーはそう書くと、胸に手を当て、深々と頭を下げた。


『さて、シェリル殿。

 ここは王都の端、小高い丘の離宮です。ここに拉致されてから、数時間が経過しています』

『リコリスの離宮か。面倒ですね』

 

 シェリルは赤髪を触りながら考え込んだ。

 数時間しか経っていないというのは僥倖だったが、離宮というのが厄介である。


 離宮というのは、第二の城だ。

 王族が城から離れ、憩うための場所である。緊急時に城へ駆けつけることができるようにするため、王都からは馬で1時間ほどの距離にあるが、俗世から離れた丘の上に位置していた。


『この牢を出ても、外へ出るには難しいわね』


 王族の休養地だけあり、警備は厳重だ。

 王都から離宮へ向かう道は草原でピクニックにもってこいな場所だが、丘への侵入を拒むように川が流れている。流れが速く、底も深い。人が泳いで渡るには難しい。丘へ渡る橋は一本しかなく、それも認可の下りた者しか入ることができなかった。

 丘を登るにも、その途中で侵入者を射殺すことができる仕掛けが数多く点在していると聞く。

 離宮とは聞こえがいいが、簡易的な要塞である。


『私がここに捕まっていることを考えると、離宮はローゼの手の者で固められているはず。

 貴方はどうやって侵入したのですか?』

『あなたを護送する馬車に便乗しました。この身体ですからね、バレません』


 ふふんと鼻を鳴らす。


『あなたが収容された場所を確認した後、鍵を盗み、そこの窓から侵入したという経緯であります』


 リッパーは得意げに口の端を持ち上げると、懐から一錠の鍵を取り出した。

 さすがは、獣王の諜報部隊員である。シェリルは眉を上げると、小さな鍵を受け取った。


『チムリさん、ありがとうございます』

『この程度、朝飯前です。基本、陛下の密偵ですが、頼みとあらば何でもこなしますよ。夫の不貞探しや避難場所探し、相手の暗殺、エトセトラ。もちろん、金貨を払ってもらいますが。ごひいきにお願いします』


 正直、あまり頼むような状況になって欲しくない言葉のオンパレードであった。

 これから先、彼と関わりがないことを願うが、それも全てここを脱出してからでないと意味がない。


『では、私が連れ拐われたことは、すでに伝わっているのですね?』

『おそらくは』

「おそらく?」


 シェリルは咄嗟に口で尋ね返してしまう。すぐに手を口で覆い、耳を澄ませる。外の気配は変わらない。誰かが動く様子も感じ取れなかった。シェリルとリッパーは安堵の息を漏らすと、筆談を続行する。


『ずっとヒルダが貴方を警護していました。城内部までは詳しく見張れなかったと思いますが、城に着いた時点で、陛下たちと接触を図っていると思います。

 貴女様が城にいるはずなのに、どこにもいないとなれば、幽閉されているか移送されたか、そのどちらかだと、すぐに分かるはずでしょう』

『……つまり、私の身に起きたことは分かっている。でも、どこへ行ったかは謎のまま?』

『ですので、おそらくと』

 

 ヒルダに見張られている気配は感じなかったが、それに関しては後回しだ。

 

 一番良いのは、獣国の彼らがシェリルの居場所を問い正してくれること。

 ただ、それは上手くいかないかもしれない。獣国には獣国の立場がある。ローゼに「知らない」と答えられたら裏付けなしに深く踏み込めない。セドリックは、シェリルが幽閉されていることを本当に知らないので、満足した回答は得られないだろう。


『なら、私たちは自力で脱出するということね』

『そうなります』


 シェリルは頷き返すと、鍵を躊躇いなく足枷の鍵穴へ差し込んだ。

 ちゃりんという音と共に枷が外れる。シェリルは脚を交互にふらつかせると、腕を交差させたり頭の後ろで組んだりと軽くストレッチをする。

 リッパーも枷が外れたことを確認すると、再び栗鼠の姿に戻った。


「チムリさん、お願いします」


 本来なら色々と策をこねたいところだが、いまは時間がない。

 シェリルが食料の差し入れ口を少し押し、わずかな隙間をリッパーにくぐらせる。


「なんだ、この栗鼠?」


 見張りと思われる声が聞こえてくる。

 それから瞬きをする間に、がちゃりと開錠する音が聞こえてきた。シェリルはにぃっと笑うと、扉を突き破る勢いで外に飛び出す。見張りの男は二人。両者ともに、目の前の事態が信じられないのか、眼球が零れるくらい目を見開いていた。


「ふんっ!」


 先手必勝。

 下手に騒いで増援を呼ばれる前に、終わらせる。シェリルは片腕を横に突き出し、男の喉元めがけて叩きつけた。首打ちを真面に喰らった男はそのまま後ろ向きに倒れる。そのまま仰向けに倒れこむ男を視界の端に収めながら、もう一人の見張りに狙いを定めた。


「なっ!?」


 少し背伸びをするように相手の襟元を握ると、左手で右腕を持つ。身体を捻り込むように曲げると、男の右足を払い、一気に担ぎ上げて投げ飛ばした。鈍い音と共に男の頭は廊下に叩きつけられ、すっかり伸びている。


「いやーさすがは、狼男の伴侶様。敵に回したくないでやんす」


 シェリルが振り返ると、リッパーが遠い眼をしていた。先に倒した男に猿轡を噛ませ、慣れた手つきで縄を巻いている。


「この程度、淑女の嗜みですよ」


 シェリルは冗談っぽく返答したとき、ぐわんと視界が歪んだ。喉の奥に酸っぱさを感じる。シェリルは壁に右手をつき、倒れることは免れたが、足元が揺れているような気がした。


(薬が抜け切れてない)


 意識を昏倒させる毒薬が半日で身体から抜けるはずない。

 休んでいる分には問題ないが、こうして動くと、薬効がぶり返してくる。


「……上等じゃない」


 この程度で怯むようなら、近衛を続けられるはずがない。

 それに、我慢するのもいい加減飽き飽きだ。

 

「さっさと脱出しましょう、チムリさん」


 シェリルも勝気な表情を浮かべる。

 没落した令嬢だが、騎士の性質を叩きこまれている。この程度で根を上げ、童話のお姫様のように王子様(ヒーロー)待つなんて性に合わない。




 いつまでも、ローゼの思い通りになんかなるものか!





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