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14話 お茶会


 シェリルは登城するや否、ローゼの部屋に案内された。

 城から迎えに来た馬車に乗り、登城する。父のように細工をされているかもしれないので、すぐに動けるように緊張していたが、特にアクシデントが起きることもなく、シェリルは城に到着した。


 シェリルは、肩が開いた清楚な蒼いドレス姿で入室する。


「ふーん、それなりに着飾ったわね」


 ローゼはふふんと鼻を鳴らす。

 見慣れた豪華な調度品に囲まれ、お姫様然としている。

 

「せっかくだから、座りなさい。お茶を用意するわ」


 シェリルはローゼの前に腰を下ろした。

 侍女がポットを用意すると、二つのカップに茶をとくとくと注ぐ。普通の紅茶とは異なり、香草の匂いが湯気と共に強く鼻を刺した。


「知ってるでしょ? 私のお気に入り……サラの茶よ。貴女とは心を落ち着けて話したいの。遠慮しないで飲みなさい」


 ローゼはそう言うと、適当なカップを選んでお茶を飲み始める。白い喉がこくりと動くのが見えた。

 

「今日は披露宴よ。祝いの席だもの。付き合いなさい」


 ローゼはカップをテーブルに戻す。

 サラ茶は減っていた。ローゼはさらに自分のカップに茶を注がせている。

 シェリルは軽く頭を下げると、一口飲んだ。サラ特有の辛さと喉から鼻へと抜ける独特な香りと苦み。正直、あまり好きな茶ではない。個人的には、ジラノのような甘い茶が好きだ。

 シェリルがカップを置くと、ローゼが話し始めた。


「今日の披露宴で、リリーの婚約発表をするの。ブルータス君とね」

「しかし、私が婚約破棄すれば形が変わると?」

「貴女が先に宣言して。リリーが発表する前に、ブルータス君との婚約を戻すって。先日の疑いは晴れたから、気持ちを入れ替えて、ブルータス君と共に歩むって」


 ローゼは口元に笑みを携える。

 自分の勝ちを信じて疑わない表情に、シェリルは吐き気がした。


「そうしたら、リリーは可哀そうな彼の手を取るの。優しく包み込み、婚約の申し入れをするのよ。

 両国の架け橋になる素敵なエピソードじゃない?」

「……素敵なエピソード?」


 シェリルは眉間にしわを寄せる。

 大丈夫、大丈夫と胸の内で呟きながら、彼女に意見をした。


「かの国に泥を塗った挙句、桶に入れた水をかける仕打ちでは?」

「あら、婚姻が決まった途端、強気なのね」

「伯爵家の令嬢として、意見したまでのことです」


 あなたの近衛ではない。

 シェリルは宣言する。近衛の任は解かれた。ここにいるのは、騎士の修業を積んだ伯爵令嬢だ。ローゼの従者でも騎士でも道具でもない。


「……」

 

 シェリルはまっすぐ彼女を見据える。

 ローゼ・アネモネ王太子妃。

 豪華な調度品に囲まれ、ゆったりとしたソファーに座るお姫様。ドレスは高級で容姿も一級品。しかし、その本性は醜く歪んでいる。この国に根を下ろした害悪だ。


 害悪を目の辺りにした「まっとうな貴族」であり「まっとうな騎士」なら、なにをするべきなのか。


「分かりました。では、私は披露宴の場でこう言いましょう。

『ローゼ様に脅迫されました』、と」

「はぁ?」

「『婚約破棄しないと家族を危険にさらすと言われました。それ以前にも騎士として我慢してきましたが、度を超える仕打ちを受け続けました』」

「そんなこと、誰も信じて――」

「『火起請による判断を仰ぎます』」


 シェリルがローゼを射抜くように言い放つ。

 瞬間、ローゼの顔に初めて恐怖の色が横切った。


「あなた、正気?」

「私は本気でございます」


 『火起請』。

 太古の昔、アネモネ王国で行われていた儀式である。

 どちらが本当のことを言っているのか、運命の女神に尋ねる儀式だ。

 儀式といっても、簡単なものだ。

 真っ赤に熱した石を握り、熱かった方が嘘をついているという簡単な方法である。正直者は石を握っても熱さを感じず、嘘つきは熱で大火傷する。


 とはいえ、本当に運命の女神がいるのかは甚だ疑わしい。

 伝承を紐解けば、どちらも重傷必至になるそうだ。結局のところ、儀式とは名ばかりの我慢比べらしい。正直者も重度の火傷を負い、右手が使えなくなってしまったという話も聞く。

 もちろん、ローゼも知っているのだろう。

 こと我慢比べとなったら、シェリルに軍配が上がる。右手が使えなくなる程度、大事なものを両方護れるなら造作もない。


「そ、んな……昔の方法、をとる、だなんて」


 ローゼの美しい顔から血の気が引き、言葉がつっかえつっかえになっていく。


「話はこれで終わりでしょうか? それでしたら、退席させていただきます」


 自分も火起請に恐れを抱いているのか。

 背中からじんわりと汗が滲み始じめていた。

 裁判制度がある現代では行われない儀式だが、王が認証すればできないことはない。結局、裁判に移行したとしても、獣国側も目を光らせてくれると思うので、不当な結果にはなるまい。


「では、披露宴でまた」


 シェリルは立ち上がった。

 だが、おかしなことに足元が揺れる。

 気のせいか、ぐにゃりとローゼの顔も調度品も歪んでいる。

 ここで初めて、シェリルは毒を盛られていたことに気付いた。ローゼも苦しそうに喘いでいたが、すぐに侍女が解毒薬と思われる薬を飲ませている。


「……安心して。動けば回る毒だけど、命は奪わないわ。遠くに行ってもらうだけ」

「――ッ」

「あなたに一筆書かせ……るのも難しそうだから、手形を取らせてもらうわ。そうすれば、婚約破棄できるし、披露宴で友好を築くことができる」


 ローゼは青白い顔をしていたが、にまにまと嘲るように口の端をあげている。


「――ッ!」


 シェリルは後ろへ駆けだした。

 こうなったら、とるべき行動は一つ。馬を奪って、自宅へ逃げる。毒が完全に回り、厩まで辿り着けないときは、なるべく大勢の人がいるところで倒れる。そうすれば、だれかが気づいてくれるはずだ。


「逃がさないわ」


 ローゼが、ぱちんと指を鳴らす。

 その音も異様なまでに脳内で木霊し、数十本の針で頭を刺されたように痛い。目の前に剣が現れる。否、剣を持った騎士だ。シェリルは辛うじて交わすと、ふらつく左足をしっかり踏みこみ、左足を支点とするように、右足で廻し蹴りを食らわした。


「くっ」


 騎士は倒せた。

 しかし、また別の騎士が迫ってくる。

 首から背骨を引きずり出すような痛みに呻きながら、よろめきながら騎士の背後に回り込むと、肩肘で突こうとした。


「――!」


 けれど、その腕は宙を突く。

 シェリルは反転しようとしたが、足元がふらつき、身体が傾いた。そのまま側頭部を勢いよくテーブルにぶつける。強烈な痛みがぐわんと脳を震わせ、世界一面に銀砂が舞ったのを最後に、意識を失った。


















 ブルータスは城の廊下を歩きながら、嘆息をついた。

 先日、シェリルを見た瞬間から心の中がもやもやする。


 ブルータスにとって、シェリルは師匠だった。


『見ろ、お前の婚約者だ』

 

 父に騎士学校のトーナメントに連れられたとき、はじめて婚約者を見た。

 御伽噺の王子様のように潔く気高く美しい。姉を護るという志を高く持ち、剣技は同年代で彼女の右に出る者はいなかった。


『貴方がブルータスですね』


 シェリルは蒼く輝いた瞳を向けると、こちらに手を伸ばしてきた。


『はじめまして。シェリル・ネザーランドです』

 

 ブルータスは彼女の手を握り返す。

 そして、すぐに剣ダコがあることに気付いた。


『卒業した後は、サーシャ姉様付きの近衛になるので……正式な結婚は先になりますが――』

『お、お前なんか認めない!』


 ブルータスはすぐに手を弾くと、自身の剣を抜いた。

 シェリルは、どこからどうみても王子様で理想の騎士だった。そのような人物を「女」と思いたくない。


『勝負だ! 僕の方が強いって証明してやる!』


 彼女に会うたび、剣をぶつけるようになった。

 いくら修行しても、彼女に軽くあしらわれてしまう。むしろ、逆に指導を受けるほどだ。シェリルはブルータスにとって「剣の師匠」であった。

 そのうち、ブルータスも恋をする。


 ローゼは理想を詰め込んだ女性だった。

 剣の師匠とは大違いだ。


 だから、ローゼのことをシェリルの姉が虐めていたと知った時は幻滅する。許せなくて、すぐに婚約を破棄した。熱が冷めてからは「やりすぎたか?」とも思ったが、「シェリルは近衛騎士として役立たず」という噂を聞き、理想の騎士然としていた偶像が崩れ、軽蔑を深めた。

 

 そこまで堕ちたのかと。


「……シェリル」


 ブルータスは呟く。

 可愛らしいローゼと一緒にシェリルを訪ねた。

 どうせ、騎士崩れの女だ。そう思っていただけに、ブルータスは目を疑った。

 そこにいたのは、心から嬉しそうに微笑む令嬢だった。

 赤色の髪に白い薔薇を編み込ませ、蒼い瞳を輝かせている。ただ可愛らしいだけでなく、凛と背筋を伸ばしている立ち姿は騎士時代のような気高さを想起させた。


(いま、何を思った?)


 ブルータスは愕然とした。

 その後のシェリルの変化やローゼの言葉なんて、まったく気づかなくなるくらい動揺する。


「あ」


 ふと、ブルータスは窓の外に目を向けた。

 リリーが庭でお茶を飲んでいた。獣国の王とシェリルの婚約者と一緒に語っている。

 リリーとブルータスは婚約が内定している。

 ローゼとそっくりで美しく慈愛に満ちた少女との婚約は嬉しく思ったし、彼女が他の男といれば嫉妬で煮えくり返りそうだったのだが、なぜか今日は心が落ち着いている。

 むしろ、「そのまま仲良くなってしまえ」と思うのは、どうしてなのだろうか?


「ブルータス君、ちょうど良かったわ!」


 ブルータスが庭に目を向けていると、ローゼが歩いてきた。


「この絨毯、リコリスの離宮へ届けてくださる?

 簡単な話よ。でも、解かないでね。帰ってきたら、お話があるわ」


 ブルータスはやけに重たい絨毯だったが、とくに悩むことなく受け取った。

 彼は荷物の重さに気を取られ、気づかなかった。



 茶色の小動物が、彼を追跡し始めたことに。







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