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12話 来襲


 夢のような一日だった。


 シェリルは、今でも昨日のことを思い出す。

 そのたびに頬が熱くなるのは抑えられないが、脳裏に焼き付いている。いや、実際に夢だったのではないか? と思ってしまうが、ローゼから救い出してくれた時の気持ちやパフェの味はしっかり思い出せるし、オルゴールは自室のテーブルに鎮座している。


 この恩を少しでも返せたらいいな……と思い悩んでいた時だった。


「もちろん、シェリルが可愛く着飾ればいいのよ!」


 叔母が来襲したのは。




 シェリルの叔母は、亡き母の実妹だ。

 老舗の高級衣装店の六代目で、昔から衣装を融通してくれていた。


 ネザーランド家が没落すると、他に付き合いがあった店同様、さあっと波を引くように手を引いた――……のは、表面だけで、裏では付き合いを続けて貰っている。

 昨日の服も、叔母の店で購入したものだ。


「ふふふ……シェリルが獣国に嫁ぐなんて、絶好の機会ね。我がノートン衣装店フランベルク支店の宣伝にもなるわ!」


 叔母は心を弾ませるように、シェリルの採寸を始めた。

 実に、商魂が強く、たくましい女性である。シェリルは嘆息した。


「着飾ればって……そうではなく、私は食事代やオルゴール代、それから、その色々とお礼を兼ねて、言葉ではなく、形のあるものでお返ししたいと思っているんです」


 シェリルが言うと、叔母はちっちと舌をならした。


「分かってないわね。いい、シェリル。

 好いた女が着飾って、喜ばない男はいないわ。よっぽど的外れな着飾り方でない限りね。絶対に喜ばれる」

「ええ、その通りでございます」


 マルゲリータも叔母の意見に同意するように、うんうんと頷いていた。


「マザレロが言っていましたよ。お嬢様と会った時、ライラプス様は開口一番『可愛い』と言ったそうですね。おそらく、考えるより先に言葉が飛び出していたようでしたって」

「余計腕が鳴るわ! 安心して。これから作るドレスは、あたしからの結婚祝いだから」


 あとは、叔母の為されるがまま。

 あれやこれや採寸されたり、叔母が持参した既製品のドレスを代わる代わる着せられたり……。

 シェリル自身、着飾るのは嫌いではないが、叔母とマルゲリータの着せ替え人形になっているのは、精神的に疲れた。

 ケイオスがいれば止めてくれたかもしれないが、今日は城へ出仕している。


(……風?)


 春先の心地よい風がシェリルの髪を揺らす。シェリルは何気なく、開け放たれた窓に目を向けた。そして、少しばかり目を見張る。手を伸ばせば届きそうなほど近くの枝先に、大変美しい鷲が止まっていたのだ。この辺りでは見たことがない鷲である。

 どこかの家から脱走したのだろう。不思議な形のリングを足に嵌めていた。


(あー、私が鷲だったら飛んで逃げられるのに)


 シェリルが諦観しながら眺めていると、鷲は面倒くさそうに鳴いた。


「挙式の衣装も任せなさい。かの国から花嫁衣装の型紙と流行情報を取り寄せたから」


 叔母は得意げに鼻を鳴らす。

 シェリルは鷲から目を逸らすと、苦笑いをした。


「叔母様、ドレスはともかく、そういった衣装は先方の許可を取ってからではないと――」

「とってるわよ」

「そう、それなら良かっ……え?」


 シェリルは目が点になった。


「シェリルの婚約が決まったと聞いたとき、すぐに相手方へ文を飛ばしたの。『フランベルクにも支店がある王都で超人気老舗高級衣装店』って触れ込みでね。すんなり了承してくれたわ」


 さすが商人、と唸った。

 叔母はシェリルの顔を見ると、頬を緩ませた。


「……シェリル。あたしは、貴方の味方だから」

「叔母様?」

王太子妃(あの女)がいるから、この国では表立って味方できないわ。今日だって、獣国側からの要請で出張しているって形だもの」


 叔母は、衣装を軽く畳みながら話を続けた。


「でも、獣国では違う。あっちの支店には、貴方のことを連絡しておくわ。

 辛いことがあったら、ノートン衣装店へ逃げなさい。こっそり帰国、もしくは、別の国へ逃げる手はずを整えてあげるから」


 シェリルは涙腺が緩むのを感じた。

 ここのところ、随分涙もろくなったものだ。ちょっとの優しさで、胸がいっぱいになってしまう。

 シェリルは礼を口にしようとした、その瞬間だった。


「大変です!」


 侍女が扉を突き破る勢いで駆け込んできた。酷く青ざめた顔で、過呼吸のように息が荒い。


「どうしたの、マザレロ?」


 シェリルは彼女に駆け寄ると、背中をさする。

 

「お、お嬢様。お逃げください。あの女が――」

「あら、あの女とは失礼しちゃう」


 甘い声が聞こえる。

 この家にいないはずの声に、シェリルは肩がびくりと震えた。


「ローゼ様」

「騎士ごっこの小娘が、いまさら令嬢気取り?」


 ローゼが口元に扇子を添えながら、つかつかと部屋に入って来たのだ。

 シェリルは息切れした侍女を庇うように立ち上がると、ローゼをまっすぐ見据えた。しかし、やはり黒い瞳でじろりと睨まれると、この二年間の苛め抜かれた日々を思い出し、身体が強張ってしまう。

 その時、叔母がすっと背筋を伸ばして立ち向かった。


「ローゼ様、いらっしゃいませ。

 すみません、先触れがあれば、私たちは日を改めて帰っていたのですが……まさか、いきなり部屋に入ってくるとは思いませんでした」


 叔母は暗に「先触れも寄こさないで、王太子妃が貴族の屋敷に来るんじゃないよ! 百歩譲っても、こちらの了承なく家に入ってくるな」と指摘する。

 すると、ローゼは扇子を少し下げ、うふふと笑った。


「あら、ごめんなさい。私はシェリルに話があってきたの。席を外してくださる?」

「ですが!」

「王太子妃の願いが聞けないの? それとも、貴女の店の悪評を流されたいのかしら?」


 ローゼが告げた。

 叔母は一歩も怯まず、まっすぐ彼女を見据えている。シェリルは嫌な予感がした。だから、叔母が口を開くことを阻止するように、やや大声で


「分かりました」


 と言っていた。

 叔母とマルゲリータは驚き、唖然としている。ローゼの口の端が、にぃっと更に釣り上げられた。


「ノートン様。マルゲリータと一緒に隣の間へ下がっていてください。マザレロの介抱をお願いします」


 シェリルは心を奮い立たせる。

 いや、その逆だったかもしれない。叔母がローゼに歯向かい、姉のように失われることだけは避けたかった。その一心で放った言葉は、勇気とは言えない。


「そういうこと。さっさと去りなさい」

「ちょ、なにをするの!?」


 ローゼの侍女たちが、叔母たちを圧しだす。

 そして、ぱたんと扉が閉まった。シェリルは息をゆっくり吐きながら、心を整える。


「それで、用件は何でしょう?」

「たいしたことではなくてよ」


 ローゼはシェリルの傍近くまで寄ると、一言だけ囁いた。


「あの男と別れなさい」


 ローゼは、ふふんと鼻を鳴らした。


「どのような意味でしょうか?」


 シェリルは、平静を保つように返答したが、その声は酷く強張っていた。


「当然、婚約破棄よ」


 ローゼの艶めいた唇が、無慈悲な言葉を口にする。

 シェリルは黙り込んだ。

 やっぱり、ローゼはシェリルが幸せになることが嫌なのだ。

 昨日だって、ローゼは見計らったかのように服を揃えてやって来た。冷静になってみれば、偶然を装った計画的犯行である。


 それが空振りに終わってしまったので、こうして直接乗り込んできたのだ。


「婚約を破棄すれば、ブルータス君との婚約を戻してあげるわ。私が一言頼めば、簡単に元通りよ」


 ローゼは妖艶に微笑みながら、ゆったりと言葉を紡ぎ続ける。


「ブルータス君も侯爵家。剣の腕も立つ。顔も良い。それから、将軍候補。ほら、何も変わらないじゃない。

 安心しなさい。あの男にもしかるべき相手をあてがうから」


 ローゼはシェリルを中心に弧を描くように歩き始めた。


「リリーを知っているでしょ? 私の妹よ。何度か会ったわね」

「……ええ」

 

 リリー・ブロッサム。

 16歳の彼女はローゼのミニチュア版だ。

 「黒の真珠」と持て囃されている美少女だが、姉とは逆に、ひっそりと奥に閉じこもっている。そのことが男たちの興味を煽り、彼女を垣間見ようとブロッサム邸に押し寄せる者が多い。

 たまに学校へ顔を出すと、非常に模範的な優等生だ。礼儀作法を身に付け、教養も深く、本を膝に置いて嫋やかに微笑む深窓の令嬢。


 見た目は美しい。

 しかし、姉と同じく、人の苦悩を三度の食より好む女である。

 リリーはシェリルを見ると、優美な笑みを浮かべ、


『お腹が空いているのでしょう? お菓子を差し上げますわ』


 と言いながら、手にしていた菓子を床にばらまいた。


『まあ、施しも受け取れないの? ほら、とって食べなさい』

『シェリル、命令よ。すべてとって食べるの』


 ローゼと一緒になって高笑いをする。

 シェリルが「これも仕事」と割り切って拾おうとしたら、リリーは菓子を踏みつけ、粉々にする。


『間違って踏んづけてしまったわ。でも、まだ集めれば食べられるわよね』


 この後のことは、思い出したくない。

 とにかく、このような出来事が状況と内容を変え、数度繰り返されたことは事実である。


 シェリルが苦い表情をしていると、ローゼは更に笑みを深めた。


「リリー、とっても喜んでいたわ。人の姿と身分は申し分ないもの。

 互いの国益を考えても、妹と一緒になった方が良いわ。

 剣しか取り柄がない紛い物の没落令嬢より、若くて教養がある王妃の妹の方が、ずっと、ずっとね」


 ローゼは、シェリルの首を真綿で絞めるように、じわりじわりと言葉を続けた。

 このまま息の根を止められる、と思った瞬間、ローゼは空気を緩める。


「……まあ、断るのは無理もないわ。貴女、愛されてるみたいだし。さっさと獣国へ嫁ぎなさい」


 ローゼは窓に寄りかかる。

 黒い髪は悪魔の羽のように広がり、陽光が彼女を蠱惑的に映し出ていた。


「この国に残った者を忘れて、幸せになると良いわ。

 だって、そういうことでしょう? 貴女の兄もさっきの女も使用人も、すべてを捨て嫁ぐのよ」

「なにを……」

「知ってる? 私がお願いすれば、この国ではなんでも叶う。貴女の兄を投獄することも、あの女の店を潰すことも、使用人たちを路頭に迷わせることも。全部、簡単なんだから」

「……それが、王太子妃のやることですか」


 シェリルは言葉を絞り出す。


「あの人たちは……この国の人たちは、貴方の玩具ではないんですよ!」


 ローゼは何も答えず、にやりと口元に弧を描く。

 そして、彼女はつかつかとシェリルの傍を横切り、このように言い残すと去っていった。

 

「三日後、披露宴が行われる前に招待します。そこで、貴女の良い返事を待ってるわ」


 









次回更新は10月5日17時を予定しています。


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