11話 守る者、策を練る者
主人公は出ません。
ジークは大きく溜息をついた。
来賓として与えられた部屋で、むっつりと目の前の男を睨み付ける。
「それで雑貨屋に行ったらさ、青い眼を輝かせながら、オルゴールを見つめてたんだ。
あの子の食事してる時の幸せそうな顔も良いけど、小物を魅入る姿も新鮮でさ」
「へー、そうですか。幸せで何よりですねー」
ジークは書類に目を通しながら、コンラートの話を聞き流していた。
昨日から、ずっとこの調子だ。最初は「幼馴染の長年の苦労が報われて、実に良かった」と微笑ましく思っていたのだが、こうも繰り返されると煩わしい。しかも、本人がまったく悪気に思っていないところが、またも苛立つ。
普段は冷徹に仕事をこなす男なのに、と、ジークは呆れ果てていた。
「ま、一番は、あの子が吹っ切れたときだな。ふわりと野の花が咲くような笑顔! シェリル嬢のシトラみたいに爽やかで落ち着く匂いと併せてさ……この子を護りたい!って気持ちが強まったぜ」
「コンラート、現実を見ろ。あの令嬢は、自分の身くらい自分で守れる」
ヒルダが剣を研ぎながら、面倒くさそうに呟いた。
「披露宴での剣技を見ただろう?」
「もちろん。仕事に対する姿勢が健気だよな。あの女を護りながら仕事を全うしていた。そんな真面目な子が、いじめ抜かれて辛い思いをしているんだ。俺が助けなくて、誰が助ける」
「だからといって、朝から晩まで令嬢の話をするな。まったく、陛下が集中しているというのに」
「……いや、ヒルダ。良いことを思いつきました」
ジークは、とんとんと書類を叩いた。
「あの女の心理からするに、シェリルさんは命を狙われます」
「……さすがに、それはないだろ?」
ジークが言うと、コンラートは気持ちを引き締めた。
「この状況で、あの子に手を出してみろ。俺らの国を敵に回したも同然だ。自分で言うのもなんだが、俺は四大将軍で爵位も拝領している。その婚約者の命を狙ったともなれば、国際問題だろ」
「陛下、私もそう思います。この男と意見が同じことは癪ですが、令嬢の命を狙った背後に王太子妃がいたともなれば、戦争に発展しかねません」
ヒルダは美しく磨き上げられた剣を鞘に戻すと、主人に意見をする。
ジークは彼らの意見を聞くと、深く頷いた。
「私もそう思いますが、ローゼは別です。
あの兄妹は権力に取り入ることに魅入られています。だいたい、エクシールで最初、誰に取り入ろうとしていたのか。忘れるわけないでしょう?」
「あー……うん、そうだったな」
コンラートは気まずそうに顔を逸らした。
一方のヒルダは不快そうに顔を歪めたまま黙り込む。ジークはその二人の姿を見比べてから、嘆息交じりに話を続けた。
「相手に完膚なきまで振られたから、ブロッサム男爵に取り入り、ローゼは兄妹共々、アネモネに来たわけです。小国ですが、もっと楽に攻略できる場所へ」
「だがさ、手に入れた地位を投げ捨てるようなことを…………あいつならするな」
コンラートが厳しい顔で呟くと、ヒルダも同意する。
「あの女は、自分の地位を揺るがす原因を完膚なきまで潰しにかかる。
シェリル嬢の姉や父を殺し、伯爵家を没落させたのは、もう二度と歯向かえないようにするためだ」
「あの子が俺と結婚して、やり返されることを恐れているってわけか。
ったく。だったら、もっとハッキリ『介入する余地はない』って見せつけてやれば良かった。いや、それだと逆効果か」
コンラートは苛立つように髪を掻く。その姿を見ながら、ジークはテーブルに両肘をついた。
すると、今まで姿を消していた栗鼠が現れ、ちょろちょろとジークの肩を登り始める。ジークは耳元でそわそわしている栗鼠を横目で見ると、くすりと微笑んだ。
「大丈夫、この状況を引っ繰り返す手は考えてあります。
延期された結婚式の披露宴……三日後、そこでけりをつけましょう」
「三日の間に、あいつが何かしないとも限らないぜ」
「そこは、ヒルダに任せましょう。行けますね?」
ジークが言葉をかけると、ヒルダは静かに礼をする。
それに良い思いをしないのは、コンラートだ。どことなく不貞腐れたような顔をすると、腕を組み壁に身を預ける。
「仕方ない。シェリル嬢のため、俺には外せない仕事がある。ヒルダ、非常に不本意だが、シェリル嬢を頼んだ」
「言われなくても。美しくこなして見せますよ」
ヒルダは澄ました顔で了承する。
「さて、あの女の笑顔を引っ剥がしましょうか」
ジークは悪い笑みを浮かべた。
コンラートは主が後ろに纏い始めた黒い空気を見て、いやいやと首を横に振る。
「陛下。これは、あの子のためだからな」
「ええ、もちろんです。私怨もありますが、すべてはシェリル嬢のためですよ」
「……陛下!」
「冗談ですって。シェリル嬢のためですよ。その通りです」
コンラートが複雑な思いを抱いていると、ヒルダはつかつかと窓に歩み寄り、大きく開けた。風が吹き込み、カーテンが揺れ、本がぱらぱらとめくれる。
ヒルダは迷うことなく、窓の桟に飛び乗ると、身体を震わせた。透き通るような肌にびっしりと羽が生え、白い顔は鋭く尖る。最後にピンク色の長髪が白く短く変化しながら頭と一体化すると、ヒルダは一羽の気高い鷲の姿になっていた
鷲は「行ってくる」とばかりに鳴くと、青い空へ飛び込むように羽ばたいて行った。
鷲が飛び去った同時刻、王太子妃の部屋。
そこでは、ローゼがグラスを壁に投げつけていた。
「なによ、信じられない!」
グラスは当然壊れ、葡萄酒が赤く飛散する。奇跡的に白い壁に染みはつかなかったが、ふわりとした赤い絨毯にしみこんでしまった。長年、ローゼに仕えてきた侍女の一人が慌てて拭くが、その姿はローゼの眼に入らない。
「こんなはずじゃなかったのに」
ローゼは、綺麗に整えられた爪を噛む。
当初の計画では、シェリルを各国の要人の前で断罪し、そのまま獄中で自殺させる予定だった。
サーシャのように手筈を整えれば簡単だ。あのときは、サーシャの友人だった女の差し入れで、水に混ぜた薬を飲ませた。その効果で意識を朦朧とさせてから『ネザーランド家を存続させるためには、自殺するしかない』と思い込ませ、自殺に追い込んだ。
もちろん、存続などさせるわけがない。
自国はもちろん、諸外国にもネザーランド家の悪名を振りまいた後、ケイオスを謹慎に追い込む。領地に戻った後はしばらく手出しはできないが、じわりじわりと領民を取り込み、執事あたりに致死量の毒を盛らせる。
こうして、ネザーランド家は完全に終わり。
ローゼたちに歯向かうものは皆無となり、完全なる王国が出来上がる。実に素晴らしく壮大な計画だ。
それが、ついに佳境を迎えようとしていたのに、まさか、シェリルに味方が現れるとは思わなかったのだ。
「しかも何よ。この私がせっかく誘ってあげたのに、あの男ったら見向きもしないで」
コンラートは美形で、ローゼの好みだった。
もちろん、ジークのような美少年も好きだが、守ってくれそうな美形も好きである。できれば、愛玩用に侍らせたい。友好のために篭絡すれば、自分の地位も盤石になる。
そのつもりで、王都守備隊に、シェリルが彼と出歩く姿を目撃したら、すぐに連絡を入れるようにお願いした。
連絡が入れば、こちらのものである。
シェリルと似たような衣装を身に付け、彼女たちの前に現れる。
そうすれば、比較するのは男の性。そして、良い方を選ぶのは自然の摂理だ。あとは和やかな会話を通して、没落令嬢との差を見せつければいい。
それだけで圧勝する。
このような段取りを踏み、魅了しようとしたが、まったくもって相手にされなかった。
おまけに、嫌がらせのつもりで連れて行ったブルータスは上の空。
ネザーランド家を没落させる一手として、ブルータスを籠絡したのに、彼の心はシェリルに傾き始めている。これも計算外だ。
「……いいえ、これは使えるかも」
ローゼは、にたりと口の端を持ち上げる。
「私が負けるなんて、ありえない。ううん、二度と負けない」
ローゼは苦い記憶を封じ込めるように拳を握ると、侍女たちを一瞥した。
「支度をするわ。準備をしなさい」
決着をつけるのは、三日後の披露宴。
そのための種まきは大事だ。
「忌まわしい兎の巣に乗り込むわよ」
ローゼは悪魔のように微笑んだ。
次回更新は10月4日の17時を予定しています。




