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11.常識

すいません、大分遅れました。

先に用事を片付けておいたので、これから投稿頻度を上げていく予定です。

よければ、ブクマ、ポイントの方をお願いします。



魔物という言葉を聞いた瞬間、俺はリムから一歩後退りしそうになった身体を根性で強引にその場にとどまった。

ここで彼女から距離を取れば、俺たちの間にあった隣人という関係に終止符を打ちかねない。

そんな気がしたからに他ならない。


そして、それが俺にとって本当に良いことであるのかも今の俺には判断がつかない。


とにかく今は冷静でいること。

それだけを指標に意識をリムへと向ける。


「誰が両親なのか、どこで、いつ生まれたのか。そういった細かいことは私にはわかりません。ただ、物心ついた頃にはこの有様でしたーーーとしか」


「……そうか」


魔物の発生。

これは俺たち人類が最も欲している世界の謎と言っていい。


魔物はどのようにして生まれるのか?

生殖行為か?

それとも魔力によって偶発的に発生するのか?

もしかすると、もともとは動物だったものが変異して生まれたのかも?


色んな答えがうまれ、そしてそのどれもが信憑性に欠けてしまう。

それはそうだ。

何せ人類は、自分たち自身がどのようにして生まれたのかも解明できていないのだ。

同じ生命体である動物の根源に気付けないのだから、魔物の誕生にもたどり着けるはずがない。

そんなことは誰だってわかっていることだ。


……しかし、それでもその研究によって生まれる利益を得るために、人類はいつまで経ってもやめることはできない。

それだけ魔物が俺たちに与えてきた損害は、甚大なものだったのだ。


まぁ、と言っても結局それもリムがわかりません、というのであればお手上げなのであるが……。

俺たちだって生まれてすぐに物心がついたわけじゃあるまいし……リムだって生まれてすぐの頃は周りのこともよくわからない状態だったのだろう。

そんな状態で自分がどうやって生まれたのか探れ、なんて言うのは酷というものだろう。


俺は続きを黙って促す。


「記憶がはっきりしているのは、一番目の育ての親のときです。どうやら彼らは私のことをダークエルフだとは思っていなかったようで、大分親切に育ててもらいました」


「……親切に、なんて言ってる割には冷めた表情をしているんだな」


普通、そこは過去を懐かしむような郷愁の念を思わせる表情をしてもいいものだと思うんだが……。

そう思って発した俺の言葉に、リムは「いえ……」と短く否定する。


「それも最初の頃だけです。最初の40年くらいだけ……です」


「40年だけって、相当長い気がするが……?」


例えばリムを20のときに拾ったとしたら、そのご夫婦は既に60歳ってことだろ?

さすがにそこまで面倒みきれるか?


「彼らはエルフですからね。40年くらい誤差の範囲ですよ。……問題はその年数ではなくて、私の異常性に気付いたことです」


「……あぁ、お前成長しないもんな」


「はい、その通りです」


魔物は成長しない。

これはそこらの子供でも知っている超常識。


おそらくリムの一番目の親は途中でリムの存在に疑問を抱いたのだろう。

通常のエルフとの見た目の違いもそうだが……何よりも40年経っても全く成長しないリムの異常性に。


エルフは長命だ。

具体的に言えば人間の4倍くらい。

だから成長や老いも4倍遅い。


しかし、拾ったときから既に10歳くらいの見た目だったリムが、40年経っても全く変化なし、というのはさすがにエルフでもおかしい。


「彼らは何らかの病気かもしれない、と。そう言って私を神殿まで連れて行きました。そして、そこで私の本当の種族を知ったんですーーー」


ただ淡々と、史実をなぞるように己の実体験を語るリムの表情には、悲哀というものがどこにも見当たらなかった。


「それから私は、各地を転々とする日々を過ごしました。私は見た目は10歳児にしか見えませんからね、色んな保護者をたてて食いつないでいましたよ」


「……長年っていうと、具体的には?」


「さぁ……200年は過ぎてると思いますけど?」


「に、200……っ!?」


驚きのあまり声が上ずってしまったが、これは別に俺は悪くないと思う。

だって、そんな生活を100年単位で行ってきているとは一体誰が想像するよ?

俺じゃなくたって、驚嘆に値するだろうよ。


「……はい。それで、まぁさすがに200年もそんな生活を続けていると人間関係に疲れてしまって……」


200年。

ずっと誰かに自分の種族がバレるのではないか、と怯えながら過ごす日々。

誰かの保護下に入らないとまともに働くこともできないというのに、その誰かも信用できない。

そんな人生に嫌気がさしてしまうのも無理はないだろう。


「そんな折に、ここ【ジャンクヤード】という都市を見つけまして……。ここは、人が滅多に住み着くこともないと聞いていたので、丁度いいここにしよう。そう思ってこの都市で一番綺麗な建物を目指して入ったら、貴方にあったんです」


そう言って、一息いれると彼女は語りを続ける。


「その後は貴方の知っている通りです。ここで居候をしつつ、一緒にゴミ箱から宝物を見つけ出す日々を過ごしーーーそして、今日。貴方の友人に、正体がバレたのでお暇することにしようとした次第です」


「……あぁ」


ーーーお暇する。

その言葉をきっかけに、リムの無表情の仮面は剝がれ落ち、堰を切ったように言葉が溢れ出る。


「私、これでもここの生活を気に入ってたんです。他のところでは、子供だからと言って給金を騙し取られたり、変態貴族に奴隷にされそうになったり、野蛮な冒険者に媚び諂ったり……。“私”という存在を捻じ曲げることでしか生きることができなかった。そんな世界に比べて、ここはとても居心地が良かった……っ!貴方にとっては普通に接したつもりなのかもしれませんが、私からすればその普通すら味わうことのできないもの。この日々が、長く……長く続いてほしい、と。そう願って必死に努力した!


年齢がバレないように幼げな言葉遣いにしてみたり……。

貴方に気に入られようと貴方の好みの服を着てみたり……。

素直ないい子を演じるために貴方の言うことには決して逆らわないようにした、り……」


「私は、できるだけのことはしてきたつもりなんです……ッ」


そう言って、リムは赤い眼を涙でさらに真っ赤にして俺を見つめてきた。


……可哀想だ、とは思う。

彼女の今までの人生は苦労の連続で、心癒される場所というのがほとんどなかったのだろう。

そう思えるぐらいには、俺も彼女には同情している。


しかし、リムは魔物だ。

どれだけ可愛かろうと可哀想だろうと、魔物である。

魔物は人類の敵。

であれば、いつ人類()の寝首を取りにくるかもわからない。


そんな危険生物を家に置いておけるほど俺はお人好しでは、ない。


……だからこれは、仕方がないことなんだ。

俺が断るには決して悪いことじゃない。


だって、これは世間で決められた常識なんだから!


そう考えて俺は口を開きかけてーーー


『なんでそんなひどいことするんだよ!?おれら、昨日までともだちだったじゃないか!!!』

『ギャハハッ!てめー、なにバカなこと言ってんだよ?犯罪者のむすこと、だれがともだちになろうっていうんだよ!?』

『で、でも昨日まではーーー


『ーーーち・が・うだろ?てめーとおれはきょうからともだちじゃない!そして、犯罪者のむすこはむらから出て行く!』


『ーーーこれがここでの常識なんだよ!!!』


ーーーそして、また口を閉じた。


……そうだよ。

なんで今までこんな大事なこと忘れてたんだよ、俺。


俺は、その常識とかいうものの所為でこんな掃き溜め生活送ってるんじゃないか。

奴らの言う、常識という名の正義によって……。


俺はあのとき、偶々リピアによって助けられたから今日まで生きてこられた。

けど、それじゃあリムは……?


リムには、誰か助けてくれるやつがいるのか?


そんなことを考えてしまったせいか、俺はリムに最初に言おうとしていた言葉とは違う言葉を発していた。


「……お前、行くあては?」


「……え?」


「行くあては……あるのか?」


「……ない、ですけど」


「そうか……」


そりゃそうだ。

200年、正体が露見しないように各地を転々としていたリムに、行くあてなんてあったらここに来る前にまずそこに行ってるだろう。


となれば、彼女は世間から常識によって爪弾きされ、さらには誰も手を貸してくれない。

言わば、完全な孤立無援というやつだ。


『……ダークエルフと連むのは、感心しないな』


そう言っていたのは、友達にして恩人のリピアではあったけれども、だからと言って俺が……あのとき常識というものを誰よりも憎んだこの俺が、それの味方をするような真似は許されない。


と、そう思ってしまったのだ。


だからこれはーーー


リピアに対する裏切りではなく、ただ俺という個人を貫くための我が儘だと思ってほしい。


そう、内心でいくらかリピアに対する言い訳を繰り返した後、俺はあの日と同じように言葉を紡いだ。


「じゃあ、俺と一緒にここで暮らさないかーーー?」


「ーーーふぇ?」


「俺もさ、1人で暮らすの嫌なんだよな。ここ、広い割に人気がなくてやけに静かで……。それにーーー」



「ーーー1人だと寂しいから、さ」


だから一緒に暮らそう。


その言葉を発するよりも速くリムは俺の胸へと飛びついてきた。


俺の問いに対する返答はない。

彼女はだだ俺の胸で泣きじゃくるだけだ。


だけど、身体に伝わるこの温かさが何よりの肯定だ、と。


俺は、そう考えている。





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