第8話 刃を振るった者
レビンたちはガシュアスやゴブリンたちを引き連れ、山からカーダイン村に下りてきた。
「ゴブリンめ!」
「この村に何をしに来た!」
それに気づいた村人が怒りの声をあげる。騒ぎを聞きつけた村人が続々と現れ、レビンたちはすぐに広場で取り囲まれた。
一触即発の雰囲気にガシュアスやゴブリンたちは構えるが、レビンたちに武装を解除されているため、どこか心もとなさそうだった。
ネルソンも何事かと現れたが、勇者がゴブリンを連れて歩いているのを目にして困惑顔になった。
ロイドや商人ギルドも事の次第を見学しようと集まっている。
「もう一度、状況を確認させてもらおうと思ってね」
ゴブリンをかばうように前に出て、レビンが口を開いた。
「馬車の襲撃だが、こいつらはやってないと言っている。人間はひとりも殺したことがないそうだ」
「嘘だ!」
レビンの説明は、すぐさま村の誰かに否定された。それを皮切りに、村人から非難の声が次々と上がる。
「そいつらは根っからの卑怯者の種族よ! 嘘にきまってるわ!」
「そのとおりです、勇者さま。奴らは嘘をついています!」
村人のなかには石を投げる者もいた。レビンは拳を振るい、ゴブリンたちに向かった石を弾き飛ばす。
そんな勇者の姿に、村人たちは怒りと困惑の表情を、ゴブリンたちは怪訝な表情を浮かべた。
「待て待て待て、落ち着け。嘘か本当かを証明する前に、全員に聞きたいことがある」
言いながらレビンは、無数の銃を突きつけられているような不愉快な気分だった。普通だったら何てことはない。だが、村人の怒りは「正当」なものだ。正しいというものは、ときに理不尽なことよりも人を傷つける。正しいゆえに、おいそれと反撃もできない。
「まず、ゴブリンたち。おまえらは、カーダイン村の人間に石を投げたが、それはなぜだ?」
レビンがそう聞くと、ガシュアスとゴブリンたちは「こいつは、いったい何を言っているんだ」という顔をした。そして勇者の質問を吟味するように、目線を地面に落として考え込む。
「人間だから、という理由以外にあるなら、ぜひとも教えてくれ」
ゴブリンたちは誰も答えなかった。すわなち、それは他に答えがないということだ。
「次に、カーダイン村のみなさん。あんたらも、洞窟から出てきたゴブリンに石を投げたそうだが、それはなぜだ? ゴブリンだから、という理由だけで石を投げたのか?」
今度は村人たちが、ゴブリンたちと同じような顔をした。村の長であるネルソンですら、明確な答えを持っていないようだった。
「どうして種族というひとつの要素だけで、相手を判断しようとするんだ? 馬車の事件が起こる前に、ここのゴブリンたちが集団で誰かを襲ったり、女性を拉致したりしたのか?」
人間も国や肌の色が違うからといって差別し、差別される者がいる。恐ろしいことに、差別する人間は相手に害を受けた訳でもないのに、蛇蝎のごとく毛嫌いするのだ。
「いまどき、小学生だって知ってるぜ? 差別はダメだってな」
レビンの咎めは、村人とゴブリンに突き刺さった。誰もかれもがレビンから顔をそむけた。
自分たちが取っていた行動に負い目を感じたのだろう。いや、もしかしたら薄々は気づいていたのかもしれない。
差別を愚かというのは簡単だろう。だが、自分とは違う相手を恐怖する気持ちは、自己を守るための生物の本能である。すべてを受け入れれば、本物の悪に食い物にされる。ゆえに自分の直観に従って排除する。難しいジレンマなのだ。
「だが、そいつらは俺たちの仲間を殺したんだ……」
村人の誰かが小さな声で反論した。カーダイン村がゴブリンを差別する理由となりえる、唯一のよりどころだ。
レビンはそれを解消しようと口を開いた。
「こいつらは、じつはお祭り好きでな。季節の変わり目になると、祭事を行うらしい」
レビンの言葉に、村人は仲間たちと顔を見合わせた。メイソンは村の過去の話を思い出したのか、信じられないといった顔でゴブリンたちを見つめる。
「祭事は、ペセ・リ・ホペ・テという。ゴブリンの言葉だが、誰か意味を知ってるか?」
村人は誰も答えられない。ゴブリンから視線を剥がし、レビンと目が合ったネルソンは首を振った。
ロイドたちは口を挟まず静観している。
「平和を願って、という意味だ」
レビンが答えを口にすると、村人たちはますます困惑した。「ゴブリン」と「平和」という言葉の結びつきに違和感を感じたのだろう。
ガシュアスやゴブリンたちは、恥じ入るように顔を俯かせた。
「平和を……願って?」
ネルソンは、意味を噛みしめるようにつぶやく。
「馬車が襲撃された日、こいつらは離れた山で祭事を行ってたそうだ。ギルドで本当がどうか聞いたが、近くで鹿狩りを行っていたハンターと、実験用の素材を探していた魔導士や錬金術師の何人かが目撃していたことが確認された。つまり、こいつらにはアリバイがある」
レビンは村人たちに説明した。
ガシュアスから話を聞いたあと、レビンはパーニャに裏付けを取らせた。ガシュアスたちゴブリンの集団は、カーダイン村の馬車が襲撃されたとき、離れた場所にいたのだ。
「……なんと」
「そんな馬鹿な」
雷に打たれたかのように村人たちは全身を硬直させ、顔色を変える。
彼らのゴブリンたちを見る目は、恐怖に囚われていた。
それはゴブリンに対するものではない。
自分たちがしでかしたことに対する恐怖だった。
「犯人は別にいるということになるが……そこで、だ。俺たちギルドが、村の馬車をしばらく警護する。それで、ゴブリンたちの容疑は完全に晴れるはずだ。もし襲撃あれば、おのずと真犯人もわかるだろう」
驚いている村人を見渡し、レビンは微笑を浮かべながら提案した。そして、ロイドの顔に視線をやる。
「あんたのところの馬車も警護してやってもいいぜ? どうだ?」
商人ギルドを真正面から見つめるレビンの目は、笑ってはいない。
ロイドはうなずき――
「そいつは、困るな」
耳まで裂けるような笑みを浮かべた。
村人とゴブリンたちは、ぎょっとしてロイドの顔を見る。
「目的は、この村の土地だな?」
広場に動揺が広がるなか、レビンは淡々と質問した。
パーニャに確認させたことは、もうひとつあった。ロイドという名の登録者は大勢いたが、「ベルプチーに向かうロイド」はいなかった。
ロイドは、偶然カーダイン村に来たといったが、最初からここに来ることが目的だったのである。
「村人とゴブリンが争えば、この土地の値段を格段に下がる。〝危険なゴブリン″が近くに住んでいる土地だからな。簡単に買収できるってわけだ。しかし、突然土地を売れと言っても、金になびかない村人もいるかもしれない。だから、お前らは先んじて恩を売っといたわけだ」
カーダイン村に取引の手助けを行ったのも、すべては村の土地を買収することが目的だったのだ。強引な買収は反感を買う。では、買収相手が恩人だったら?
「まさしく。村の馬車を破壊したり、ゴブリンのすみかに火をつけたり、怒りを煽れば、こいつらは簡単に争ってくれたよ。頃合いになったら戦士ギルドが派遣され、ゴブリンたちは始末されるはずだったんだが……まさか、おまえのような奴が派遣されるとはな」
企みを暴かれたにもかかわらず、ロイドはじつに愉快そうだった。
商人ギルドは金のためなら人命を軽んじる傾向があるが、ここまでいくとやりすぎだ。アークギルドの耳に入れば、すぐさま処分されるだろう。
「残念ながら、作戦は変更だ。この村は、度重なるゴブリンの襲撃によって完全に滅ぼされた、ということにしよう。生き残りは――」
なおも狂笑を貼り付けるロイドは、言いざまトラベラーローブの胸に手を突っ込む。
「いない!」
そう宣言したロイドの手には、黒光りするギザギザ刃のナイフがあった。
村人もゴブリンも死刑宣告をされたように顔を青くする。
ロイドの動きに合わせて、商人ギルドの男たちはトラベラーローブを脱ぎ捨て、戦闘態勢を取った。
商人ギルドの馬車を護衛する傭兵たちも広場に集まってくる。逃がさないとばかりに、村人やゴブリンたちを囲み、包囲網を構築し始めた。
「や、や、や、やばいよ、マッちゃん! こ、こ、怖いよ!」
「落ち着けって、みんなオレがぶっ飛ばしてやる!」
乱戦の雰囲気に、コットンとマックスも構える。コットンのローブから何本か触手が顔を見せ、マックスの尻尾が逆立った。
ロキシーは、天気が変わったぐらい、どうでもよさそうな顔をしていた。
「ほほぉ、それじゃ俺たちコンサルトギルドの処遇はどうするんだ?」
ロキシーと同じく、レビンも緊張感のない様子で訊いた。武器すら構えていない。
「目を瞑ってくれといっても、首を縦に振ってくれないよな?」
ロイドは小首を傾げた。
「なら、死んでもらうしかない。村人とゴブリンの戦いに巻き込まれた、ということにしよう」
レビンがどう答えるかわかっているロイドは、指先で自分の首を掻き切るジェスチャーをした。
「うまく考えたじゃないか。成功しないという点に目をつむれば、悪くない作戦だ」
ロイドの計画を聞いたレビンは、皮肉気に笑った。レビンの態度に、ロイドは片方の眉を上げる。
「成功しないだと?」
「そう、成功しない。俺たちの手で失敗させるからな」
レビンが言うと、商人ギルドと傭兵はみな一様に正気を疑う表情を浮かべた。
四人対数十人。数を数えられるなら、絶望的な数字である。
だが、レビンからすれば、絶望的なのはロイド側だ。
SSS級の勇者相手に、ならず者を数十人揃えたところで、それは無いも同じである。
しかしレビンは油断しない。狡猾なロイドのことだ。最初にレビンが村に到着した時点で、最悪の展開は予想しているはず。
ならば〝隠し玉″を用意しているはずに違いない。SSS級を倒すための秘策が。
「いちおう聞いておくが、馬車を襲撃したときに村人を殺さなかった奴、もしくは止めようとした奴がいたら手を挙げてくれ」
お手本のように自分も手を挙げて、レビンは質問した。
ロイドたちは誰も答えない。じりじりと動き、包囲網を縮めていく。
それに対し、レビンは「だよな」と小さく相槌を打ち、好戦的な笑みを浮かべた。ついに背中の鞘に手をかけ、ロングソードを抜き出す。
「おまえらの心は救えないな。全員、地獄行きだ。覚悟しろ」