第7話 見つけたのはチンコケース?
武器庫には、木製の棚が等間隔に配置されており、槍や斧など武器がかけられていた。
ギルドの支部や治安維持局の駐在所と比べると十分とはいえないが、それでも田舎村の一つや二つを壊滅させるにはこと足りる量だった。
レビンは棚をひとつひとつ眺め、危険な武器がないかチェックする。強力な魔法を記した使い捨ての魔導書、魔法をエンチャントした武器、火薬を使った重火器などがないか探した。
しかし、ここにあるのは槍や斧といった原始的な武器だけだ。そのうえ質が悪い。弱小の盗賊団だって、もう少し充実しているはずだ。
「うーん……ショボいな」
粗悪な槍を手に取ったレビンが首を傾げた。
「あのリーダーは生意気にも魔法が使えるようですし、商人の馬車ぐらい破壊できるのでは?」
ロキシーが床に置きっぱなしの鎧を覗き込みながら言う。強度を確かめるためにコンコンと拳で叩くと、恐ろしことにそれだけで鋼がベコリと歪んだ。
「まぁ、たしかにな」
納得いかない顔でレビンは、槍を棚に戻した。
ガシュアスは、ゴブリンにしてはなかなかの使い手だ。機転の良さだけを見れば、彼はゴブリンロードに匹敵するかもしれない。暴力を嫌っているが、同胞を守るためなら自分の手が血で汚れることも厭わないだろう。その強さが、彼をあそこまで成長させたのかもしれない。
「コットン、宝探ししようぜ!」
「だ、だ、だめだよ、マッちゃん!」
マックスが武器以外の棚を漁り、コットンが触手を巻き付けて止めようとする。触手で拘束したゴブリンはあれから解放してやり、簡単な治療を施してやった。
「レビン、一緒にお宝を探そうぜ!」
「マックス、伏せ!」
カウンセリングを含め、レビン以外の3人が役に立つことは基本的にない。
ロキシーの仕事に対する意識は低く、カウンセラーの仕事をしても、口にする言葉といえば「それは大変でしたね」「良かったですね」の2パターンだ。
もちろん苦情が殺到したので、最近はカウンセラーの仕事はさせていない。
マックスは人の話は聞くが、いかんせん感性がポンコツだ。「飲んで食って寝れば、元気になるぜい!」とアドバイスするが、そんな単純な人間がカウンセリングを受けにくる訳がない。
とはいえ、「マックスと喋っていると元気になる」と好感を覚える患者も多いのが救いではある。
コットンは、その容姿からカウンセラーの仕事はほぼ不可能だ。患者の悩みを聞いても、同情して泣いてしまうことがあり、仕事にならない。そもそも悩みの大小や有無でいえば、どちらかというとコットンは患者側の方だ。
それではなぜ、レビンは彼女たちと一緒に仕事をするのかというと、多くの経験を積ませて、いつの日か患者たちの悩みをたちどころに解消するカウンセラーになってほしいからだ。
その「いつの日」とやらは、世界が終末を迎える日かもしれないが。
そしてもう一つの理由は、3人にはそれぞれ『事情』があり、レビンが面倒を見てやらなければ――いや、面倒を見てやりたいと思っているからだった。
「レビンさん、これ」
ロキシーがレビンを呼びかけた。ロキシーに近づいたレビンは、彼女が示したものを見て首を振る。
そこには、爆竹やスリングといった道具が集められていた。スリングの横には、明らかに腐っていると思われる卵がかごにいくつか入っていた。
爆竹は家畜を驚かせる用で、スリングは腐った卵を畑にぶち込むためのものだろう。
武器庫を出たレビンは、まだ床に倒れているガシュアスの前にスリングを放った。
「少なくとも、カーダイン村にいたずらをしたのは確かなようだな」
咎めるようにレビンが言うと、ガシュアスはいまさら何をと言わんばかりに鼻で笑った。
「目には目を、というやつだ」
「なるほどな。だが、暴力はさらなる暴力を呼ぶ。そこらへんは、争いに無縁な村人たちより、おまえらの方が良く知ってるだろ。暴力の連鎖は、そう簡単には止められない。おまえは同胞を守りたいというが、別の方法は考えなかったのか?」
レビンが仲間のことを持ち出すと、ガシュアスが表情を曇らせた。
「しかし……」
「正当な扱いを受けるにはな、それに相応しい〝ふるまい″ってのが必要だ。評価ってのは、後から付いてくる」
レビンとて、最初はただの無名な流れ者だった。しかし凶悪な存在や組織を倒していくうちに名をあげていき、気づけばSSSランクという称号を手にしていた。
伝説の勇者――その評価がレビンにとって「正当」かどうかは、彼にしかわからないことだ。
「不当な扱いを受けているといって、腐るのは勝手だが、それを払拭しようと努力したことがあったか? 集団で無茶苦茶やる今のおまえらは、まさに歴史や生物の教科書に載っているゴブリンそのものだ。これが望みなのか?」
ガシュアスから返事はない。
「これが望みなのか?」
前に一歩踏み出し、レビンは繰り返した。
ガシュアスはしばし沈黙した。
「いいや……われらは、平和を望んでいる」
「それを聞けて良かった」
真面目な表情が幻のように消え、レビンが嬉しそうに微笑んだ。
「さて、もう一度聞こうか。カーダイン村の馬車を襲ったのは、おまえらなのか?」
「……違う。われらは魔の者だが、これまで人間を殺したことなんて一度もない。……奴らの誤解だ」
レビンが首を傾げた。
「なぜ、弁解しなかったんだ?」
「誤解だと言って、奴らが信じたか? われらはゴブリンなのだ。それ以上でもそれ以下でもない」
たしかに信じないだろう。相手は、ゴブリンを嫌う人間なのである。何を言ったところで、カーダイン村の村人たちはヒートアップしたはずだ。誤解を解くには証拠が必要だが、あるのは容疑者の言葉だけだ。
「絶対に人間を殺していないな?」
「深緑の神に誓って、殺していない」
自然を愛するゴブリンの長は、森の神に誓って答えた。どうやらガシュアスは、心のよりどころを大事にするタイプのようだ。言葉に重みがある。
どうしたものかとレビンが思案していると、武器庫からロキシーが出てきた。先端に丸い仮面を取り付け、金属製のリングや羽で飾りつけられた棒のような物を持っている。
「これは、なんですかね?」
「よせ! それに触るな!」
ロキシーが手にする棒を目にしたガシュアスが顔色を変え、立ち上がろうとした。
「なんなんだ?」
「そ、それは……」
レビンが困惑顔で聞くと、ガシュアスはなぜか言い淀んだ。
「こ、これは、われらが、先祖から代々受け継いでいる……だ、大事なものだ」
この説明を聞いたレビンは、ガシュアスの態度から、棒の正体にピンときた。
メイソンは、100年前にゴブリンをかくまった村長が生きていた頃は、村人とゴブリンには交流があったと言っていた。
「もしかして、これって祭事に使うやつなんじゃないのか? かつて、人間とゴブリンが一緒にやったっていう」
レビンが自分の推測を口にすると、ガシュアスは目を丸くし、「……あぁ、そうだ」と小さな声で認めた。
「100年前から続いている伝統を、おまえらは今でも大事にしているんだな」
祭事用の道具を大切にしているあたり、もしかしたらゴブリンたちは、伝統だけでなく、先祖を助けた人間にも感謝しているのかもしれない。
レビンがにこりと笑うと、ガシュアスは恥ずかしそうにした。
「そもそも、われらは……」
ガシュアスが話した〝内容″は、じつに興味深いものだった。
それが本当なら、カーダイン村の事件はおかしなことが起きている。
レビンは話の裏付けを取るため、エコーボックスを使って連絡を取り、ギルドで留守番をしているパーニャに調べさせた。
コットンとマックスはまだ武器庫でがちゃがちゃやっていたが、突然コットンの悲鳴が聞こえてくる。
「や、や、やめなよ、マッちゃん!」
「なんだこれ? チンコケース?」
どうもマックスの興味を引くものを見つけたようだ。そして、おそらく違う。動物の骨を加工した、警笛用のラッパでも見つけたのだろう。レビンは頭痛がしたように顔を手で押さえた。
「だ、だ、だめだよ! お、女の子が、チ、チン……とか、いっちゃ!」
「おぉ、これなんか、完全にチンコじゃん!!」
おそらく違う。
「おーい、レビーン、チンコ見つけたー!」
棒状の何かを手にしたマックスが、楽しそうに武器庫から飛び出くる。
レビンに駆け寄ろうとするマックスの首根っこを、ロキシーががしりと掴んだ。マックスが反応する前に、広間への出口へぶん投げる。
「わひぃぃぃぃぃん!!」
マックスはまたも砲弾のように飛んでいき、彼女の姿が見えなくなると、衝撃音が洞窟内に響いた。
広間に沈黙が満たされた。
「どこか、おかしいんじゃないのか?」
ガシュアスがぼそりと言った。他のゴブリンたちも困惑した顔を見合わせている。
「おまえもそう思うか?」
ガシュアスとレビンの意見が始めて一致した瞬間だった。