第6話 ゴブリンの刃は、愛しき同胞のために
初の戦闘シーンですが、描写がくどかったらごめんなさい。
「このままでいいぜ!」「読みにくいぜ!」という意見があったら、感想で指摘していただけると、とっても助かりますし、とっても嬉しいです。
「同胞たちよ、勇者を血祭りにあげろ! 恐れるな! 種族を守るために戦え!」
ナイフを振り上げ、ガシュアスが戦いの鬨の声をあげた。それに合わせて、ゴブリンたちが恐れを振り払うかのように咆哮する。
「ニンゲンめ! クラエ!」
最初に仕掛けたのは、二匹のゴブリンだ。持っている槍を全力で突き出し、レビンの身体で貫こうとする。
左右から突き込まれる槍に対し、レビンは右の槍を蹴り上げ、左の槍は平手で打ち払った。
蹴り上げれた槍はゴブリンの手から離れ、天井に突き刺さる。獲物を失って驚くゴブリンの首筋に、レビンは手刀を放って意識を失わせる。続けて、槍を打ち払われたゴブリンの胸へ蹴りをお見舞いし、吹き飛ばした。
「みんな、手を出すな! コットンは、倒れた奴を確保しろ!」
仲間に振り返り、レビンは叫んだ。マックスとロキシーの戦闘能力は、ゴブリンをはるかに上回る。
下手をすれば、彼らの命を奪いかねない。流血沙汰はごめんだった。
「う、うん! お、お、お、おとなしく、し、し、しててね……!」
倒れ伏した二匹のゴブリンを、コットンが触手で巻き上げた。
コットンが拘束している様子を横目に、レビンは食卓の椅子を蹴った。木製の椅子はボールのように飛んでいき、今まさに飛びかかるゴブリンに激突する。
木片をまき散らしながら緑の身体が大きく吹き飛ぶと、後ろにいた二匹のゴブリンが巻き込まれ、彼らはボウリングのピンのようになぎ倒された。
「俺は育ちが悪いが、人の家を無茶苦茶にするほど行儀悪くない。お願いだからやめてくれ」
と言いながら、レビンは身体をさばく。死角から突かれた槍が宙を貫く。
六匹目のゴブリンはさらに槍を突き出したが、それはレビンが腋で挟み込まれたことで止められた。レビンはそのまま身体を旋回させ、ゴブリンを槍ごと振り回した。
旋風のような横回転に、ゴブリンの足は勢いあまって地面から離れる。さらにレビンが腋に挟んだまま槍を持ち上げると、ゴブリンは手を離してしまい、そのまま地面に落下した。
槍を手に入れたわけだが、レビンはそれを使う気は毛頭ない。槍の柄に膝蹴りを食らわして二つに折ると、切っ先が付いている方を捨て、片方を横薙ぎにする。
振り抜かれた木の棒は、流星のように現れた鋭い穂先を弾く。
さきほどボウリングのピンにした一匹が復活したのだ。
レビンは二度、三度と、鋭い突きを棒で受け流し、四度目を繰り出そうとするゴブリンの鳩尾を突いた。穂先がないとはいえ、強烈な一撃だ。ゴブリンは「ゲェッ!」と呻き、鳩尾を両手で押さえて倒れる。
倒れたゴブリンは、コットンが簀巻きにした。マックスは、レビンを助けようとうずうずしているが、言う通り大人しくしている。ロキシーだけが、心底どうでもよさそうに泰然としていた。
洞窟内に、どたどたと足音が響く。広間の異常を察したゴブリンたちが、増援として現れた。その数は四匹。いずれもボウガンや斧、鉈といった凶器を持っていた。
「おい、頼むよ」
レビンがうんざりした顔で言った。正当防衛とはいえ、ゴブリンたちを痛めつけるのは心苦しい。SSSランクの勇者ならば、ゴブリンなど赤子の手を捻るようで、レビンは本当に赤ん坊を虐めている気分だった。
「カクゴしろ、ニンゲン!!」
レビンの胸中など露知らず、四匹のゴブリンが襲い掛かる。
レビンは先駆けて右から切り込んでくる斧を打ち払い、左から迫るゴブリンの手首を掴む。左のゴブリンを引き寄せると、レビンは頭突きを放った。頭を抑えて退くゴブリンを尻目に、レビンは右へ肘打ちを叩き込む。それは斧を持ったゴブリンの頬を捉え、彼は食卓まで吹き飛んで、食器を破壊しながら机の上を滑った。
ガシャンガシャンと食器が壊れる音に、風切り音が混じる。レビンは、棒を持っていない方の手を顔の前に掲げた。
ボウガンを持ったゴブリンがぎょっとする。憎き敵の顔へ向けて必殺のタイミングで放った矢は、レビンの手に掴まれていた。
ボウガンの矢を投げ捨てながら、レビンは棒を乱舞させる。頭を押させて苦しむゴブリンの脇腹を殴りつけ、さらに鉈を振り回すゴブリンの斬撃をすべて捌いた。脇腹を殴ったゴブリンが昏倒すると、レビンは鉈を持ったゴブリンの膝に前蹴りを放つ。ゴブリンは跪き、体勢を立て直す前に、レビンに側頭部を殴れれて意識を失った。
ゴブリンが地面に倒れ込むよりも速く、レビンは後ろを振り返って棒を投げつける。ブーメランのように回転する木片は、ボウガンを持ったゴブリンの鼻面を強打し、彼は鼻血を飛ばしながらバタリと倒れた。
すべてのゴブリンがコットンによって拘束され、残るはガシュアスだけとなった。
「終わりにしよう、ガシュアス。もう、たくさんだ」
いくぶん怒りに満ちた声で、レビンが言った。
「あぁ、終わりにしてやる。貴様の首を壁に飾ってやろう」
ガシュアスは前傾姿勢になり、ナイフを逆手に持って構えた。
「いい加減にしろ! 俺たちが戦う理由なんてないはずだ。俺たちは、カーダイン村とおまえらの問題を解決したいだけだ!」
「この問題は、至極簡単だ。人間が邪魔だ。ゴブリンが邪魔だ。それだけだ。ならば解決方法は、相手を消す他あるまい」
ナイフを持つ手を揺らめかし、ガシュアスはすり足でレビンに近づく。ゴブリンにしては、なかなか様になっている。訓練された動きだった。
「争いは好まないはずじゃないのか?」
「そうだ。だが理不尽な暴力から同胞を守るためには、いたしかたない。貴様も勇者ならわかるだろう? 言葉は何の役にも立たないのだ」
言葉は役に立たない。
勇者の時代に多くの死を看取ったレビンにとって、心をグサリと刺すセリフだった。
暴力には暴力を。血には血を。強大な力の前には、どんなに言葉を重ねたところで無力だ。
「だから、わたしは武器を取ろう! 行くぞ、勇者よ!」
地面を蹴り、ガシュアスが先手を仕掛けた。
ガシュアスは滑るようにレビンに肉薄し、喉元へとナイフを振るう。レビンは軽く上半身を後ろに引き、手刀の切っ先をお返しとばかりに打ち込んだ。
ガシュアスは振り抜いた腕を引き戻しながら身体をひねり、今度は刺突を放った。護衛たちの槍よりも格段に速い。レビンは身体をさばいてナイフをやり過ごし、ガシュアスを横転させようと足を払った。
しかし、レビンの足は地面を削るのみ。ガシュアスはその場で跳躍し、落下のスピードを乗せてナイフを振り下ろす。脳天を狙った一撃に対して、レビンはバックステップし、さらに後ろへ跳ぶ。レビンの胸を横薙ぎの銀光がかすめた。
距離を取られたガシュアスは、ナイフを持っていない方の手を前に突き出す。手の平に緑の光が宿ったかと思うと、真空刃の嵐が飛び出した。風魔法『ヴォルテックス・カッター』だ。
手を前に出した時点で魔法を使うことを見抜いていたレビンは、横へ身体をダイビングさせている。
すべてを切り裂く風の刃が、レビンがいた空間を引き裂き、さらに後ろにあったガシュアスの椅子までズタズタにする。
「あぶねっ!」
「わひゃぁっ!」
『ヴォルテックス・カッター』の余波は、マックスやコットンたちに襲い掛かった。二人は頭を押さえて、危険領域から離れる。絶妙な調整がされていたのか、真空刃はゴブリンたちを襲わなかった。
余裕なのは、ロキシーだけだ。彼女はいつのまにか無事な椅子に座り、頬杖を付いてつまらなそうにしていた。
真空刃の乱舞が収まるのを待たず、ガシュアスは突進する。立ち上がろうとするレビンにナイフを繰り出し、それが拳で払われると、『ヴォルテックス・カッター』を詠唱した手を突き出した。
目の前で緑の光が輝くのを目にしたレビンは、ガシュアスの手首をひねり上げ、手のひらを天井へと向けさせる。ガシュアスは詠唱を中断し、自分の手首を掴む腕にナイフを振り下ろすが、レビンがすばやく離れたため宙を切った。
「どうした!? 剣を取れ! 勇者の誇りを持っているのならな!」
ナイフを軽く上下に振り、ガシュアスはレビンの背中にある剣に向けて顎をしゃくった。
「そんなものは、とうに捨てた」
そう言い捨てたレビンは、いつでも対応できるように膝をたわめる。
素手で戦おうとする無謀な者へ、ガシュアスは『ヴォルテックス・カッター』を放ち、真空刃を回り込むように迂回しながら接近する。
レビンは横っ飛びで魔法を躱し、あえてガシュアスの方向へ突き進んだ。
食卓や椅子が木の葉のように舞い上がるなか、勇者とゴブリンが激突した。
ガシュアスが身体ごとぶつかるようにナイフを押し込み、レビンの心臓を貫こうとする。それを迎え撃つのは、振り下ろされた手刀だ。手首を痛打されたガシュアスがナイフを取り落とし、レビンは地面に落ちた凶器を蹴ってどこかへやってしまう。そして緑色の腹へ拳をたたき込んだ。
腹を押さえてガシュアスがよろめいたが、レビンは追撃せずに後ろへ下がった。ガシュアスの後ろに回された手が光ったのを、見逃さなかったからだ。
今しがた立っていた場所の地面から、棘を生やした無数のツタが土を砕きながら飛び出すように出現した。土魔法『グリーンバインド』によって地中の植物が急激に成長し、レビンをからめ取ろうしたのである。
拘束とはいうが、レビンの回避が遅れていれば、股間から頭まで貫かれていただろう。
長年の戦いで培われた勘と、レビン本人の超反応がなければ、できない芸当である。
天井まで伸びた蔦の檻を迂回し、レビンはガシュアスに反撃する。横から突然現れたレビンにガシュアスは対応できず、飛び膝蹴りをまともに受けてしまう。
だが、ガシュアスは地面に倒れながら腰に手を回し、二本目のナイフを抜き出していた。さらに地面に手を付いて押し込み――その反動を使ってガシュアスは、バネ仕掛けのように体勢を戻しつつ、切っ先を突き出した。
地面から跳ね返ってきたガシュアスを、レビンは闘牛士になったかのように捌く。ガシュアスは蹈鞴を踏み、背中を拳で殴られた。
痛みに呻くことや、前のめりになった上半身を戻す時間すら惜しみ、ガシュアスは後ろに振り向きながら斬撃を送り込む。
横へと薙がれるナイフ。それを持った手の手首をがっちりと掴み、レビンはガシュアスの腕の上に足をかけた。ガシュアスが振り払おうと手足を動かして攻撃するが、レビンはそれを別の手ですべてさばき、相手の腕にかけた足で蹴りを放った。
ガシュアスの腕を滑りながら、レビンのキックが顔面に吸い込まれる。鼻が折れたガシュアスは、さすがに呻いた。
さらにレビンは掴んでいた手首を解放すると、ガシュアスの胸や腹に拳を浴びせた。ガシュアスが崩れ落ちそうになると肩を掴み、さらにもう一度強烈なパンチを食らわせる。そして足払いをし、今度こそガシュアスを地面に叩き込んだ。
地面に倒れたガシュアスは、痛みに呻きながら立ち上がろうとしたが、失敗する。両目にはいまだ闘志があったが、身体の方が限界にきていた。むしろレビンが手加減したとはいえ、SSSランク相手に健闘した方である。
「わかってはいたが……まったく、手も足も出なかった……。その強さ……貴様が悪魔との合いの子という噂は、本当らしいな……」
うつぶせになったガシュアスは、ぜえぜえと苦しそうに息をした。
「心外だな。俺は100%人間だ。ほら、見ろよ。羽も尻尾もないだろ?」
軽く身体を捻ってレビンは、ガシュアスに背中を見せた。
レビンの軽口に、ガシュアスはニコリともしない。疲れた顔を巡らし、コットンに拘束された仲間を見やる。
ゴブリンたちは、心配そうな目でガシュアスを見つめていた。
そんな仲間へ、ガシュアスは勇気づけるようにうなずいた。
「わたしの負けだ。……殺せ。だが、他の仲間たちだけは許してほしい……」
そうつぶやくガシュアスの目には、悲しみと諦めの感情が宿っていた。
ガシュアスの言葉に、レビンはびっくりしたように目を丸くし、それから怒りの表情を浮かべた。
「ふざけるな。そんな台詞を吐いて良いのは、二次元の女騎士だけだぞ」
真面目な顔でふざけたことを言うが、レビンは命を粗末にするガシュアスに本当に怒っていた。
「誰も殺しやしない。最初に言ったろ? 俺たちは話がしたいだけだったんだ」
それを聞いたガシュアスは、安堵したように深く息を吐き、頭を地面に預けた。
「さぁ、もういい加減、武器庫を見せてもらうぞ」
疲労困憊のガシュアスから離れて、レビンは鉄格子に近づく。
はたしてゴブリンの武器庫には、いったい何があるのか。
カーダイン村を襲った証拠があるのか。
扉が開かれる。