第2話 おかしな同僚と反省会
「ご苦労さんです」
カウンセラーのレビンが手を挙げると、遅れて到着した治安維持局の部隊が二本の指で軽く敬礼した。
レビンは彼らに人払いをお願いしていた。
一連のトラブルは、もちろん偶然のものではない。
コンサルトギルドの仕事――治療行為だった。
「実戦経験が皆無で、自信のない勇者候補生を勇気づけろ……ね」
勇者や戦士を目指す若い者によくある話だ。
心の乱れは、能力の乱れに繋がる。いかに潜在能力が高くても、訓練あるいは実戦で失敗すると、自信をなくしてしまい、力を存分に発揮できなくなってしまう。
大量の登録者を抱えるギルドの場合、自信を喪失した者に対して「何を甘いことを」と切り捨ててしまう。心のケアに関しては専門外なのだ。無論、ギルドのなかにも親身になってサポートする講師もいるが、すべての登録者を助けられるわけではない。特に、見込みのない者は満足なサポートを受けられないのだ。
さきの勇者候補生は、エド・ノイリーという戦士ギルドの登録者だった。剣技と魔力の素質はあったものの、訓練中にミスを繰り返し、以降自信を喪失してしまう。
ギルドは落伍者の烙印を押したが、彼の叔父は違った。甥の境遇に心を痛め、コンサルトギルドに自信回復を依頼した訳である。
その叔父というのが、マーティン市長だったわけだ。
エドは、マックスとコットンを撃退したことで自信を取り戻したことだろう。「自分はダメな奴だ」という負のスパイラルを打ち消すのは、何かを成し遂げたという事実だ。あとは、レビンからギルドに進言すれば、エドの状況は改善されるはずだ。SSSクラスの勇者が「何とかしてやれ」と言うのだ。ギルドも無下にはしないはずだ。
「よし、反省会だ。全員、集合」
兜を外したレビンが、手を叩いて呼びかけた。
建物の影から小さく顔を出して様子を見ていた狼人族とローパーが近づく。銀髪の少女はレビンの近くにいたので、そのまま動かなかった。
「最初は、コットン!」
ローパーのコットン・メグメグ・ニュルニュルフォンは、「はい!」と叫んで、すべての触手をピンと伸ばして直立した。
「あの演技はなんだ。ミニスライムだって、もっとプレッシャーをかけれるぞ。あれじゃ、子どもだってびびらない。しっかりしろ」
「や、や、やっぱり、ダ、ダメだった?」
「演技もそうだが、そのあとの追い打ちもどうした? もっとバシバシやらないとダメだろ。あれじゃ、手加減してると思われる」
「え、演技でも、と、と、友達を叩きたくないよぉ。ご、ごめんね、レビンのこと、いっぱいぶって。イタくなかった? イタかったよね? うぅ……ごめんねぇ」
二本の触手でレビンの身体をすりすりし、コットンは涙声で謝罪した。
レビンはもう少し小言を言おうと思っていたが、自分を心配するコットンの様子を見て言葉を詰まらせた。
「おいおい、泣くなよ。俺は大丈夫だから。それより演技の方を頑張ろう。何度もやれば慣れる。コットンはデキる子だからな。うまくいくさ。きっと……たぶん……おそらく……」
慣れると言ったが、レビンには自信がなかった。これまでコットンの演技力が改善したことはない。
このままでは、いつか患者にバレてしまう日が来るだろう。
レビンの心配をよそに、「デキる子」と褒められたコットンは、「にぇへへ」と嬉しそうに笑った。
「次は、ロキシー!」
銀髪の少女、ロクサーヌ・ライゼンバーグは肩を竦めた。
どこからか無数の蝙蝠が現れ、ロキシーの全身を覆う。蝙蝠たちが散開すると、ロキシーの服はビジネススーツに変化していた。横切れば誰もが振り返る美貌を、男物のサングラスが隠す。黒い帳越しに、ぎらりと紫色の瞳が輝いた。
ロキシーは、魔族のなかでも上位の種族である吸血鬼だ。吸血行為により眷属を増やし、夜を支配する恐ろしい種族だ。
吸血鬼が脅威とされるなのは、吸血だけではない。コンクリートを粉砕する腕力、早馬よりも高速で移動する脚力、目を合わせた者の精神を揺さぶる邪眼、腕や足が飛ぼうがすぐさま修復する再生能力。どれを取っても驚異的である。
吸血鬼は太陽の光を浴びると死ぬいう文献があるが、これはまったくの嘘だ。たしかに吸血鬼は太陽を嫌うが、日中に活動するのに支障はない。多くの人間がゴキブリを嫌悪するように、ただ嫌いなだけである。
また吸血鬼の力は、夜が更けるほど強くなると言われている。「奴らの時間に出会えば、死を覚悟せよ」という格言もあるぐらいだ。
もっとも昼間だろうが、そこそこ腕が立つ勇者程度なら一瞬で地獄に送ることができる。もしエドが、かばっていた少女が吸血鬼だと知ったら、失神するはずだ。
「おまえの演技はもっと酷すぎる! なんだあのカタコトは。びっくりしたわ」
そんな吸血鬼に文句を付けられる者は、当然多くはない。吸血鬼の機嫌を損ねれば、惨たらしい死か永遠の隷属が待っている。
「なぁ、俺は機械兵の演技をしろって言ったか? いいや、ノーだ。モンスターに絡まれる、かよわい町娘をお願いしたんだ」
「太陽がまぶしくてイライラしてたんですよね」
ネクタイの位置を直しながら、ロキシーはつぶやいた。反省の色はない。レビンは、ロキシーの言い訳が聞こえなかった振りをする。
「しかも、なんで仁王立ちだったんだよ。おまえは襲われたんだぞ? あんな肝が据わった町娘がいるかい!」
「くそイライラしてたんですよね」
上着のよれた袖口を直しながら、ロキシーは答えた。
レビンは今度は無視できなかった。
「太陽、まぶしいよな。イライラする。うん、わかる。けどな、頼むからもっと仕事に意欲的になってくれ。おまえはカワイイし、こう、守りたくなるようなオーラとか出せば、患者もころっと騙されるんだよ。な? 頼むよ」
できるだけ刺激をしないように下手に出て、レビンは神に祈るように両手を組み懇願した。
レビンの切実なお願いに対し、ロキシーは――
「うるさい」
と一言だけ返した。
「ねぇ、ちょっと誰か今の聞いた!? 今の聞いた!? あいつ、俺にうるさいって言ったよ? 俺はただアドバイスしているだけなのに!」
レビンが両手を広げて喚くと、狼人族がぽんと肩を叩き、コットンがよしよしと触手で頭を撫でてやった。
「話は終わりですか?」
ロキシーの態度はどこまでも冷たい。
「もういい。おまえのママに言いつけてやる」
「え!?」
レビンが最終手段を提示すると、それまで無表情だったロキシーの顔色が変わった。
「そ、それはズルくないですか? 母は関係ありません」
「じゃあ、もうちょっとやる気をだしてくれるな?」
「……善処しましょう」
不承不承といった感じでロキシーは応じたが、レビンは彼女が最後に「卑怯者」とつぶやいたのを聞き逃さなかった。
「最後に、マックス!」
狼人族――マキシマム・ウルファイザーは、「おうよ!」と元気よく返事をした。
すると、青白い毛並みがザワザワと蠢き、それが収まると青い髪をポニーテールにした少女の姿が現れた。
マックスは、父親が狼人族、母親が人間のハーフだった。二つの種族が交配した結果として、マックスには「獣化」の能力が備わっている。彼女は、望んだときだけ獣の姿になり、普段の生活では人間の姿をとるのだ。といっても完全に人間の姿になれるわけではなく、彼女の頭とお尻には犬のような耳と尻尾が生えている。
「良いパンチだった! なかなか迫力があったぞ! 俺を吹き飛ばす角度も良かった!」
拳を掲げ、レビンはマックスを褒めたたえた。
「わっふー! やったぜ!」
軽い遠吠えをして、マックスは喜色をあらわにした。両耳をピコピコと、尻尾をぶるんぶるんとそれぞれ動かし、喜びの踊りをした。
「だけど、その恰好と言葉遣いはなんなんだ。ちょっと珍妙じゃないか?」
「そうかぁ? 前に映画で観たんだ。ジャプレスには、『ヤクゼー』っていうマフィアがいるらしくて、そいつの真似をしてみたんだぜ。かっこいいだろ?」
シャツの襟をパタパタしながら、マックスは得意げにした。シャツがはためく度に大きな胸が見えてしまっているが、彼女はまったく気にしていない
「……なるほど? その、まぁ、かっこいいんじゃないか?」
ジャプレスは和を重んじる国だが、ヤクゼーという組織は聞いたことがない。意味がよくわからなかったが、レビンは追求しないことにした。
「だろ? おまえらもかっこいいと思うよな?」
「か、かっこいいよ、マッちゃん!」
「ダサいですよ、馬鹿犬」
評価は二つに分かれた。
マックスは、コットンには「ありがとなっ」、ロキシーには「死んじゃえ」、と素直な気持ちを伝えた。
死ねと言われたロキシーは、ただ無言で中指を立てる。
「とにかく、うちのチームは演技力が問題だ。下手な芝居で、対象にカウンセリングのための演技だってバレたら終わりだ。仕事を失いたくなかったら、日々練習! いいな?」
レビンの言葉に、コットンとマックスは素直にうなずき、ロキシーは相変わらず仏頂面を通した。
「よぉし、反省会終了。さぁ、家に帰ろう」
こうして四人のカウンセラーは、いつもの何てことのない仕事をひとつ解決したのだった。