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ピースプレデター社(平和を喰らう商社)

作者: 秋之ノリ

 私は大統領執務室のドアを開けた。


 が、入るのを躊躇した。


 もう五年も占領している部屋にただよう嗅ぎなれないビニールのような匂い。かすかだったが、あぶない目にあったばかりの私は匂いにも敏感になっていて、部屋に足を踏み入れるのをためらった。警戒してゆっくりと部屋を見渡した。


 ソファーに並んで座っている二人の男が立ちあがると、そろって私を見た。


 左側に座っている男は、歳が十三もはなれた腹違いの末の弟だった。精錬されたデザインのジャケットを着ており、ライオンの刺繍を入れたネクタイを付けていた。この国の一般的な男のような口ヒゲをたくわえないで、さっぱりとした顔をくしゃくしゃにして笑顔を私に投げてきた。


 さすがに私も表情をやわらげた。弟は二十三歳でありながら商社の社長として世界中に商材を売りさばいていて、会うのも二年ぶりだろうか。この国で名の知れた我が家において一番の道楽者と思われていて、実際、長男で家長でもある私もその通りだ、と思っている。


「やあ、兄さん」


 ひさしぶりなのに軽い挨拶が彼らしい。父の七番目の妻が、弟の母親である。目元がそっくりである。


「いつ帰ったのだ?」


 私は当たり前のあいさつとして弟を強く抱きしめてから、彼の腕をとって握手をして反対側の一人がけのソファーにすわった。弟はなされるがままにしていたが、隣の男を見ると一緒に座った。


「昨日もどったよ。兄さんが演説中に暗殺されそうになったって聞いてね。顔が見たくなったのさ」


「そのことか……。まったく、いきなりズドンだよ。私のすぐ左に立っていた兵士が死んだんだ。私がどれだけ国のために汗を流してきたか、国民はわかっているのだろうか? で、外国ではどう報道されているんだい?」


「知らないのかい?」


「知らないわけがない。独裁者、命を狙われる」


「ああ、そんなタイトルでニュースで流れていたよ」


 弟は手のひらを見せて、自分が書いたタイトルじゃないと言うのをアピールした。つい、私は鋭い目線を弟におくっていたのだろう。情報機関が外国の新聞やネットを分析して、最も多い呼び名が独裁者である。その名を私は嫌っていた。


「兄さん。僕は居てもたってもいられなくて顔を見に来たのだよ」


 そうだろうな。おまえは昔から他の弟たちとは違って兄想いだ。


 秘書が熱くて濃いコーヒーをテーブルの上においた。すでに弟には出されていた。だが、弟の隣に座るもう一人の男には出されていなかった。その男を見た。若そうなのに目尻にシワがあって、苦労した深みのある顔つきに感じられ、落ち着いている印象をあたえる。


「で、彼は?」


「そうそう、どう?」


 どう? 質問の意味がわからなかったが、もう一度よく眺めた。印象に残らない顔というのが特徴といえるほど、この国ではありきたりな印象をうける。彼は私の方を見るとニコリとした。不快な笑い方でなく、あいさつ程度の微笑みだが、わが国で私と面をあわせて笑顔を見せる人間は一族やごく親しい友人にしかいない。いや、もうこの末の弟だけかもしれない。


 度胸はあるようだ。弟の事だから、てっきり凄腕のボディーガードでも連れ帰ってきたのかとも思った。それにしては、華奢な腕で、私の親衛隊の兵士の腕の太さからしたら半分にもないように見える。


「怖いもの知らずの人物のようだが?」


「人にみえるだろ? これね」


 ふふふっ、という少し人を小馬鹿にするような笑みを浮かべる弟は、すこし間をあけてから彼の正体を明かした。


「最近、東南アジアで作られたロボットだよ」


 ソレはとても作り物には見えないほど仕草が自然だったから、少し驚いた。


 が、いまどき人に似せた秘書ロボットなど珍しくはない。ソレは弟が立って歩いて見ろと言う命令にすなおに反応して、その通りにした。まったくもって人にしか見えない。


 私がロボットを見る姿を見て、弟がニヤリとしているのに気がついた。あの顔は彼がいたずらっぽいことをたくらんでいる顔である。弟は今までも奇妙な土産を持ってきていたから、不思議には思わなかった。


 例えばマッサージチェア。潜在意識の中で違和感あると思っている部位を丁寧にもみほぐしてくれるが、知らずに体調が整うから逆に効果があるのかわからない。


 あとヘッドギア。頭に付けてスイッチをいれると一瞬で眠くしてくれる。


 他にもあった。いずれも今も使っているから、考えてみればゴミを持ってきたことはなかった。


 だが、いまさら人型の秘書ロボットなど……。


 十人も専属秘書をかかえる今の私には不要である。今、必要としているのは別のものだ。


「命を狙われた俺に、警備ロボットでも持ってきたんじゃないのか?」


 そう言いながら払うようなしぐさをした。それを見て弟は言う。


「今はそういうのが欲しいよね。でも、そうじゃないよ。僕が兵器を取り扱ってないことぐらい知っているだろ? とても平和なロボットさ。コレは『第三の目』と呼ばれている商品化前の実験体さ」


「第三の目?」


「兄さんは物理的に身を守ってほしいかもしれないけど、僕はもっと先を見ているのさ。兄さんは政治家だから人がどう自分を見ているか気になるだろ? 他人からどう見えているか気にならないかい?」


「そんなのカメラに自分を映して後から見ればいいじゃないか?」


 実際、私は自分の演説を録画していつも確認している。専門の演説シナリオライター、仕草を指導するスタッフもつけている。それほど自分がどう見えるかという一点には力を入れている。大統領はいつも力強い指導者に見えなくてはいけない。


「兄さん。そこだよ。カメラで写せるのをただ見えても面白くないだろ。まあ騙されたと思って使ってごらんよ。損はさせないよ。秘書が一人増えたつもりで、つれて回るだけでいいのさ。邪魔にはならないよ、自分で歩くからね。で、自分の見え方が気になったら録画機能あるから、ここに帰ってきてから後で再生すればいい。使い方も簡単だよ」


 ソレの耳の後ろあたりを押した。頭の一部が開いて、間違いなくロボットであることを確認できた。弟は中に隠された赤いボタンを押した。ソレは背を向けると、腕が背の方に曲がった。人間ではありえない関節の動きだ。


「兄さん、彼に背中をつけてくれるかな?」


 私は弟に手をつかまれて、無理矢理、ロボットと背を合わせた。すると、ロボットの手のひらがこちらを向き、そして上下に動いた。関節がどう動いているかわからない。そうだな、なんだがなんとなく、空港の職員が危険物を探すような動きで手のひらは動いた。


 しばらくすると、弟は手をパチリと鳴らした。


「よし、これで持ち主を兄さんに設定完了。ああ、この状態で録画機能を使えるから。そうだな、今の映像も見れるかな? 頭の中で再生と言ってもらえる?」


 再生……。言われるままに、そう呟いた。ソレの手のひらが私の頭を挟んだ。頭はやわらかく包まれていたが、ソレの指先から伝わるのは冷たさだけだった。


 急に目の前が青くなった。私は脳震盪でも起こしたのかと疑って、顔をふろいうとしたが、挟まれていて動かなかった。


「じっとしてて、ロボットが見た画像を記憶として脳に直接うつしてるんだ。ロボットから見た自分を記憶として書き込んでいるという感じかな」


 しばらくすると、目の前にロボットの前で奇妙な踊りをする弟の姿がみえた。そして少し不安げな私の姿も見えた。


 すぐに元の視界にもどった。


「なんだか酔った気がする」


「ああ慣れだね。兄さんが今日の映像を見たいと頭に思い浮かべれば録画映像を見せてくれるのさ。ロボットから見た兄さんをね。そうだな。前に意識をさぐるマッサージ機を持ってきただろ? これも似たような仕組みがあってね。週に一回程度こう自分を見てみると効果が上がるよ」


 効果が上がる? 何の効果か知りたかったが、弟は話を続けた。


「それにね。付属機能なのだけどね、秘書ロボットとしても優秀だよ。僕はしばらくコッチにいるから。なにかあったら電話くれよ」


 弟は私の耳に口を近づけると。


「たまに僕も使っているのさ。部下や取引先にどう見えているか確認するためにね」


 弟はライオンのネクタイをキレイに整えてから大きなカバンを持ち上げ、部屋から出ていった。その時の弟の口元がやはり緩んでいた。


「一週間も使って邪魔に思ったら電話してくれ、回収するから」


 廊下から声だけが聞こえてきた。その日からソレとの二人三脚の生活が始まった。


 ◇◆◇◆


 正直、ロボットがこれほど使えるとは思わなかった。


 弟が置いていってから一ケ月になる。


 まず、私はぬるくて薄いコーヒーを飲まされることが無くなった。


 ソレは、毎回、全く同じ濃さで、全く同じ温度で、全く同じ量の泡が浮かんだコーヒーを持ってきた。しかもだ、三時のティータイムのように規則正しく飲み物をほしがるわけではないのだが、そろそろ欲しいなと思ったタイミングで持ってくる。


 これだけでも私はソレに満足した。


 コーヒーを欲するのが、なぜソレにわかるのかは不思議だったが、私をジッと観察しているのだから何か私が無意識でそういうサインでも送っているのかもしれなかった。とくに深くは考えなかった。よくできた観察機能でも開発されたのだろう。


 とにかくソレは私を見つめている。


 だが、カメラを向けられて監視されている緊張感とは違い、慣れなのかもしれないが、ソレが自然に私の胸元あたりに視線を向けているから、ふいにソレの顔を見ても視線があうことはなかった。視線が合えば、まさに人に見られているような妙に落ち着かない気持ちになるのだが、そういうことはなかった。


 他にもコピーするのとか、棚から本をとるのとか、何かと雑用をやらせていた。


 最近、気になることがあった。


 ロボットの視点で自分を見るという機能。弟の言う付属機能にさえ満足していた私は、少々そちらに興味を持ち始めていた。


 そして、とうとう会議に秘書の一人としてソレを連れて行くことにした。


 大臣たちに自分がどう見えているか知りたくなったのである。


 その会議は憲兵隊の調査報告会議だった。


 国の統治について重要な問題が細かく調べられて、私の元に報告されるのである。もちろん、私がその場でどうするか決定を下す。


 今は、とてもプライベートにかかわる問題を話し合っていた。


「閣下、B政党のC氏が、ティナ様の横領証拠を外国メディアに流す動きをみせています……」


 ティナは私の愛人である。


 女優で謙虚な女であったが、金回りがよくなったとたんに金食い虫に変身したのである。芸術担当の補佐官につけたものだから美術品収集の名目でやりたい放題であった。ドバイに行ったときなどはデパートを買い占めたのかという額の請求書にさすがの私も椅子から滑り落ちそうになったものである。


 一国の大統領が色気にそそのかされて浪費を許している。私のプライドを傷つけるのには充分なゴシップネタである。海外から国内に情報が回るのは時間の問題である。民衆はこの手のネタがごちそうである。


 だが、なんとも……


 彼女の美貌と、手のひらから伝わってくる腰回りの肉付きが挑発的なのだ。そして甘え上手なのである。ついつい、ほしい物を与えてしまうというものだ。


「Cが接触した者は全員取り調べろ、即刻だ。Cは、Cは、いいな?」


 私は意味ありげに、念を押すように長官をみた。長官は震えるようにうなずいた。


「では、私の方で取り計らいます」


 会議の後、私は執務室のソファーにすわってソレをみた。


 決意すると、それに近づき、耳元の押し、弟がやったように頭の中のボタンをさわった。ソレはやはり奇妙なカッコになった。ソレに背を合わせるとまもなく、私がコーヒーを飲む今朝の姿が目の前に現れた。


 特に自分がコーヒーを飲む姿など見たくはなかった。そう思った瞬間に、目の前は急に早送りのようになった。


 会議の映像になった。大臣たちが座っている。なんてことない。ただ、ロボットが立っていた場所にカメラを置いているのと同じように思えた。気になったのは大臣の一人が眠そうな顔をしているくらいだ。後でこいつを呼び出して解任することにしよう。


 私の声が頭の中で響いた。


「Cは、Cはいいな?」


 会議でいちばん偉そうにしている私が言った。


 人を暗殺すると言う行為を何の迷いもなく思う私。そして暗示するような言い方は自分がその人の命を奪う事にさも関与していないかのようにしたがっている。ずるそうで醜かった。


 Cはどんな男だ?


 頭の中に、貧乏な者たちの側に立って奮闘するCの活動がイメージとしてあふれるばかりに浮かびあがる。もちろん知っている。そんなことは私も知っている。Cは私よりよほど国民にも人気があって、そして実際に国民のために尽くしている。ティナを吊し上げようとするのも、国民の金を使っている犯罪を純粋に許せないからだ。Cは国にとって価値ある人間である。


 だから邪魔なのだ。

 目の前にうつる自分。嫉妬が顔ににじみ出ていた。今までも下劣な表情を大臣たちに見せていたのだ。こんなはずじゃなかった。

 とても疲れた。

 額から垂れる汗。

 いつの間にか大統領執務室の鏡に映った自分を見ていた。ひどくやつれていた。


 ソレは既に姿勢を戻して私の前に立って、こちらを見ていた。それどころか、コーヒーをいれて私にすすめる仕草をしていた。


 私はついソレにむかって話しかけた。


「今夜はティナの家にいく。手配してくれたまえ」


 私とソレは目を合わせた。


 ああ、ソレはロボットだった。


 私は卓上のインターホンを押して、人間の秘書を呼ぼうとした。


 その時。

「はい、閣下」

 ソレは急に声を発した。それだけでなく、ソレはすぐに電話で段取りをはじめた。私はただ、ソレが話す姿を見つめていた。ときどき、身振り手振りを織り交ぜて話す。まるで人間だった。

「手配いたしました」

 ソレは言った。私が外出するのには警備の手配も必要だ。早すぎやしないだろうか? 私は念を押すことにした。

「警備は?」

「ティナ邸まで手配済みでございます。ティナ様の在宅も確認いたしました」


 まるで予期していたかのような手配の早さである。私は椅子に座ると、ペンの先を机に落ち着きなくあてながら、ソレの目を見つめた。インターホンで人間の秘書に警備を確認させた。ほんとうに手配済みだった。


 言葉も普通に話せるどころか、警備の指示までおくった。そこまでの秘書機能があるのか?


 私は興味本位で話しかけてみた。


「で、ティナの件だが。どうすればいいか、君の意見を聞かせてくれるかね?」

 ティナの悪口でも声にしようものなら、壊してやろうと意地悪な気分だった。

「よろしいのですか?」

 と答えるではないか。

「……いいから、言ってみろ」

「では、進言させていただきます。ティナ様は大変美しく、閣下の心を和ませてくださる女性でございます」

「そのとおりだ」

「しかしながら。閣下のような権力者の保護を得て一時的に力に振り回されている感が否めません」

 私はカップを荒々しくおいた。

「どうやら世間から隠された方がよいかもしれません。病院に特別屋を用意して、浪費癖の治療が必要でしょう」

「そんなことわかっている。彼女を捨てろというのか!」

「いえいえ、彼女のためにそうするのです。さもなければ、彼女は国民の金を浪費した悪女として歴史に名を残してしまいます。まだ、今なら間に合います。Cともその対応で取引するのです」


 彼女のため……?

 間に合う……?


 大きく息を吸いながら椅子にもたれかかった。

 ソレの言う通りなのだ。私の心の奥底にうもれていた考えをつかんで、目の前に置かれたような感じ。ずっと彼女への愛情と未練が表に出すことを押さえつけていた。


 誰かに言ってほしかったのかもしれない。


 でも誰も私に忠告してくれなかった。皆が彼女をかばった。いや、私が拒絶していたのだ。皆は私の個人的な怒りを買うのを恐れていただけだ。それさえわかっていた。だから甘えていた。いつか、なんとかしなければと思っていた。


 だが、ただ思っていただけである。

 私はソレの顔を見た。

 ソレは顔色を変えず、震えもせずに直立している。こびない姿が潔かった。普通は私の反応をおそれてビクビクするものだ。答えも当たり障りない事を取り繕うように言う。少なくとも今までの秘書は例外なくそうだった。

 いや、コレはロボットなのだ。当たり前だ。

「とにかくティナと話をしてみよう」

 私は間をおいてから、指で手招きをした。

「おまえも来てくれ」


 ◇◆◇◆


 私はティナの家でお気に入りのソファーに座ってウィスキーを飲んでいた。

 ソレ……は外に置いてきた。

 ティナは何のために私が来たのかを肌で感じていたらしく、色っぽい仕草をしながらシャワーを浴びにいった。彼女の手である。この手で私は彼女に手をだしてしまった。

 彼女のいない部屋をゆっくりと見まわした。

 なぜか、Cの顔が浮かんだ。


 理由もなく不愉快でしかたがなかった。このアンティーク家具も、このペルシャ絨毯も、あのベネチアングラスでさえ国の金で購入したものだ。私は政治の不正をただしたくって前の大統領から政権を奪ったのに、いつの間にか愛人を囲って同じような事をしている。


 立ち上がって歩きまわったが、気分は落ちつかなかった。

 ふと思った。


 ここからすぐに出たい。


 私は服を着ると、逃げるようにドアから外に出た。門の前にリムジンが止まっていて、ソレが後部座席のドアを開けていた。私はかけるように近づいて後部座席にすべりこんだ。

 大人が二人ほどゆうに座れるほどの大きな座席に浅く腰をかけた。しばらく考えてから言った。

「提案どおりに進めてくれ!」

「わかりました。すべてお任せください」


 運転席に座ったソレは、私がティナとちゃんと話をしたかなど聞かなかった。かまわず電話でなにやら指示を送っていた。気に入らないことがあったらソレをスクラップにしてやりたい気分だった。だが、どれも私にもティナにもわるくない内容だった。ティナの買い物依存症を治療する精神科医までも決めてあるようだった。


 ロボットなんかにプライベートを丸投げした罪悪感があった。


 本当によかったのだろうか?


 自分のプライドのためにティナを病院に送ってしまったのではないのか?

 せめて、なんとか幸せに暮らせるだけの手配は……。

 いや、その件さえもソレが先ほど手配していた。


 もう終わったのだ。


 私は打ちのめされていた。

 せめてティナが落ち着いたら彼女に会って謝ろう。

 もっと、はやめに私がさとすべきだったのだ。

 電話を終えたソレは私に何も言わずにハンドルを握って、車をスタートさせた。運転手の姿はいつの間にか見あたらなかった。ソレが運転を始めた。どうでもよかった。

 人生の多くをうしなったかのように思えた。


 車の窓から後ろに流れていく景色をみた。


 首都であるのに、表通りから一本奥にたつ家は暗闇で隠されていた。民衆は私の発した夜間外出禁止令のために外へ出てはいけない。国民は私に忠実だから一人も外を歩いていないし、車ともすれ違わない。街灯は電力不足のためにほとんど消されている。


 車は、宇宙か深海のなかを走っているようだった。


 私の国はこんなにも暗いのか……。


 暗闇が怖くて仕方なかった。あの闇から銃弾が飛んでくるかもしれない。警備はいないのか? いいのだ、Cに比べたら私など……


 郊外まで来たのではないだろうか?

 外は真っ暗な深い森に囲まれていた。

 スピードが落ちると、薄汚れた邸宅が浮かび上がってきた。小さくて古そうな家だった。


 ここは……?


 そう思うと同時に、秘書が振り返ってその答えを言った。


「奥様とお嬢様がお待ちです」


 すました顔が鼻についた。


 そうか、ここは我が家か。妻と子供に二年も会っていない。ほったらかしだった。気にはなっていたのだ。


 だが……


 私の手は血でよごれている。この手で天使のような娘を抱き寄せたりできない。汚い言葉で部下達をののしった口で妻とキスもできない。いや、逃げていたのだ。私たちとの時間をもっと作ってと言われるのが、面倒だったのだ。妻はそんな事を言う女ではない。でも、彼女の前に立つと責められているように見えてしまうのだ。


「会えない!」


 私は噛みつくようにさけんだ。秘書はまっすぐに人差し指を家に向けた。私は家を見た。窓から漏れる明かりがまぶしく見えた。その光が暖かくみえる。


「訪問されるのをお伝えしてあります」

「会えない」

 私は首を激しく左右にふり、子供のように頭を抱えて、身をちぢこませた。


「大丈夫ですよ。私がこの一ケ月のあいだに奥様とお話ししておきました。何度も何度も。ご家族だけのためじゃない、閣下のためにもご家族が必要なのです。閣下は多忙だったのです。いいですね。国のために多忙だったのです。あなたは自分のためにも、ここに戻らなくてはいけない」


 ソレは後部のドアを荒々しく開けると、父親がグズグズする子供を下ろすように、右手をひっぱって私を車からおろした。


 足を引きずられた。

 ソレをみると、彼は花束と二つの紙包みを差し出していた。私はそれらを受けとった。


「赤い包み紙の方は奥様に。もう一つはお嬢様に。間違えないでくださいね」

 と言われた。右手首を強く握る秘書の手はシリコンでできているのか違和感ない感触だった。そしてつかまれている手首は温かった。頭にあてられた時は冷たく感じたのに、今は温かい。私の手が赤くなるほど強い力でにぎるから、ソレが強い意志を持っているように思えてしまった。


 機械に思えなかった。

 私自身も家族に会いたかった。

 態度では拒否していたが、すでに心は彼に従っていた。

 私はおそるおそる、ソレが開けた門から庭にはいり、家のドアまで続く小道を歩いた。

 小犬のように。

 途中で彼が手を離した。

 私がたちどまると、彼は背後にまわって手を背中にやさしくそえてきた。

 私は数歩あるいて、また立ち止まった。


 小道の左右にはユリの花が丁寧に植えられていた。それ以上ふみ出せずに窓から漏れる薄い明かりに照らされているドアノブを見つめた。ドアノブのメッキは一部がはがれていた。


 と、とつぜん、ドアが開いて、まぶしいほどの光が私の顔を照らした。


 私は両手で目を覆った。


 すぐに「パパ」という若い女の子の声が耳に飛び込んできた。三段ほど高くなった玄関の小さな踊り場に人影を感じた。手のひらをどけたのだが、娘の顔をまっすぐ見ることはできなかった。しかし娘が明るく呼んでくれて全身から力が抜けるようだった。


 視線をあげながら、ドキドキする左胸を右手で押さえた。


 娘は大きくなっていた。


 ◇◆◇◆


 五年が過ぎたころ……


 私は国際的イベントで授与される平和賞の打診を受けていた。なんでも軍事独裁国家を合理的に民主主義平和国家へ再構築した政策が評価されたそうだ。


 ただ、私はあまりに人を虐げすぎた。

 だから辞退した。


 街頭を歩くとどうだろう。人々は手をさしのべてきて、ほほえみを投げかけてくる。ばあさんは私に今朝とれた果物だといって大きなリンゴを渡してくる。私は疑いもせずリンゴを右手でつかむと、むしゃぶりつく。私の口からこぼれ落ちるリンゴの汁をみて、その場にいる皆が大声でわらう。私は不正のない選挙で圧勝し、今も政権を維持している。いまさら言論統制など必要ない。Cは私の好敵手としてあいかわらず邪魔な存在として政治家を続けている。


 国が変わったのだろうか……? 


 窓から外を見ると、五年前は装甲車が並んで兵士が銃を構えていた道路に、若者たちがカラフルな洋服を着て歩いて行く。


 とても美しい光景に思えた。



 ――ピースプレデター社 第一プロジェクト本部


 大統領の弟であるピエール・タヒュール中西は忙しかった。なんせ、このプロジェクトは五年の間に数百人がかかわる規模に膨らんでいた。今では海外からの投資話で電話も鳴りやまない。

 秘書の足立ミリナが近づいてきた。彼女は色白の顔に上品な口紅を揺らしながら少々興奮した声で言う。


「社長、この国での売り上げは倍増です」


「そうだろうな。独裁者を倒しても、結局、その後には後釜を狙った争いの混沌が生まれる。運悪ければ、国の価値がゼロになる。だがどうだ、平和になった途端、GDPは十倍だぞ。その一割が当社の売上なんて笑えるだろ。兄が無意味に殺されるのは嫌だったが、それだけでこのプロジェクトを始めたわけじゃない」


「それにしてもロボットをあたえただけで、独裁者の人格まで変わるなんて今でも考えられません」


「人格はかわってないし、人の本性は善と私は信じている。『第三の目』は、正式には自分ナビゲーションと呼ばれている。行動から潜在意識まで分析して、本当に望む姿をロボットの人工知能が脳にイメージとして浮かべさせてくれるんだ。時にはロボットがリアルにサポートをしてくれるし、捨て身で行動してくれる、そこがロボットの強みさ。人間には無理さ。独裁者を引きずりまわすなんてできないだろ? それにこの方法は洗脳じゃないのがポイントだ。ロボットは自分でよりよい回答を引き出すための道具に過ぎない」


「ではロボットが本当に望む自分をコーディネートしてくれる? というイメージですね」


「そんなものだ。俺は兄さんの本質を知っていた。あの人は仲間想いの芯は志の高い人さ。そうじゃなきゃ、リーダーにはなれない。でもな、権力は人の本質を狂わせる。志もゆがめる。でも、それはちょっとしたかけ違いが起こすことなのさ。こんな道具だけで兄さんが救われて、あげくに平和が広がるなら、こんな安い投資はない。さあ、俺らは平和を食い物にするピースプレデターだ、稼いで稼いで稼ぎまくるぞ!」


これからたまに執筆していこうかと思います。これも短編連載できるので、読んでくれる人がいるようならまた書こうかと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物凄く考えさせられる内容でした。 ロボット頼りの平和と結末について、理性では現状にて一番正しい・最善な結末だと感じているのに、感情ではロボット製造者の思惑通りに動いてしまうのは危険だ、人間…
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