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南方編 6 ルールは簡単、先に切っ先が床に触れた方が負け

~無茶振りで童女を仕込もうとするが最後には部屋を追い出される小節~

 暗い洞門に彷徨い込んだようだった。

 同時に襲ってくる激しい頭痛に俺は頭を抱えた。

 闇の中、繰り返し襲って来る痛みと戦っていると徐々に光が戻って来る。

 それと共に頭痛が引いていった。


 顔を上げると先ほどと同じ廃屋の一室、ガス灯に浮かび上がるガラクタの数々、革の鞄…月鉄つきがね杏子シンツィの姿は無い。ただ少しだけコントラストがはっきりとした気がした。

 灯火の僅かな揺らめきがやけにゆっくりと感じる…


 俺はゆっくりと深呼吸をする。


 その時、一陣の風が再びかつて窓だった空間を通り抜けた。

 続いて起こった部屋での旋風は出掛けた時より多少はマシだった。

「ほおおお…凄かったでござる。汨河が月明かりにあんなに光って見えるなどと…」

 飛び出した時と違って頭部に抱き着く様に月鉄に乗っていた杏子は爪が床に着くのを見ると飛び降りた。そして翼に撫でる様に触れると興奮冷めやらぬ顔でこちらを向く。


「…なるほど拙者ようやく意図が飲めましたぞ!この月鉄殿をもって拙者を籠絡しようという事でござるな」

「まあ…そう言う事だ。あんた好奇心に殺されるタイプに見えたからな。それに最初に言った脅しも嘘じゃない…これを防ぐ手段はあんたの親方が誰だろうと無い」

「くくく…硬軟織り交ぜるとは麟太郎様も悪でござるなあ。でも…まあ、拙者如きにこの様なものを見せて頂いた事には感謝致すでござる」

「じゃあ、決まりだな」

「おっと、待つでござるよ」

「なんだ?」

「ただ…これだけでは約束は出来かねるでござる。拙者金が必要でござってなあ…現金とは言わぬがお持ちの霊力堆マナストレージ、それを何本か譲ってくれぬか?」

 杏子がにやりと悪い笑みを浮かべる。


 金は予想の内だったがストレージとは…しかし、それは絶対に飲めない条件だった。

「駄目だな」

「そこを何とか!霊力堆があれば…」

「なんだ?」

 どうやら金目のものと言う以上の理由がありそうだった。

「あ、えーと…何とか譲ってもらえぬか!黙っているだけでないでござる…拙者に出来る事なら何でもするゆえ頼むでござる」


「…なるほどまだ信頼感が不足しているな」

「ええ?!」

 羌民の少女に僅かに怯えが走った。

 更に深みにハマる様な事をやらされるのか?と言う正当な疑問だった。

 俺はにやりと笑うとその疑問を裏付けた。

「良いだろう。ここは一つ賭けをしよう」

「…賭け、でござるか?」


「ああ、今から俺と月鉄が模擬戦闘を行う。どっちが勝つか当ててくれ」

「はあ?!そんなの賭けに成らないでござる!月鉄殿は麟太郎様のオートマトン、勝敗など幾らでも調整出来申す」

「イカサマはしない積りだがな…でも、その心配は尤もだな。やり方を変えよう」

 俺は鞄からプレート型の刻印が一面に施された道具を取り出した。

「これは軍用の自動魔動機制御盤だ。一定レベル以上の術者は錬金操式(エーテル魔術による直接制御)の方が扱いやすいが信頼性を大切にする軍隊ではこう言った刻印器の使用が義務付けられている」

「それが何でござるか?」

 またもや頭に疑問符を付けた杏子が眉を寄せる。


「あんたがこれで月鉄を操れ」

「へあああ?無理でござる!拙者生まれてから操機術も錬金術も勉強した事は無いでござる!絶対に無理でござる!」

「絶対に?」

「え?…あ、当たり前でござる!そう言った術は素質のある生徒が学校で何年も勉強して始めて使えるものでござる。それを急に言われてはい、と出来るものではござらん!」

「確かに基礎知識は重要だが必須じゃない。大体、さっき月鉄に乗った時俺から支配権を奪おうと色々してたじゃないか?」

「…はい?いや、まったく意味が分からないでござる」

「現に此処に戻った時、最初とは違う所に乗ってただろ?」

「そ、それは落ちそうだったので…拙者が騒いだので麟太郎様が月鉄殿に命令して…?」

「まあ、基本の制御権は掌握していたが最初の出発時以外は自律だった。いや、もう一つ指示をした。乗員による介入が有った場合は整合性の無い場合以外は拒否するなと…練気術ベースだが自律系の癖をそれなりに掴んでたぞ。教会でも練気術は教えてるんだろ?」

「…怪我したときの応急術とか銀行の記帳の仕方くらいでござるが…」

 充分だった。銀行の口座管理には通帳の本人確認の為の識別器利用が必要だ。

 そして識別機は簡単ではあるが魔道具ではなくれっきとした刻印器の一つだ。親方がどう関与してるかは分からないが教会そのものは孤児院の運営をきちんとしているようだった…いや、盗んだ金の管理にも必要か。

「記帳が出来るなら刻印器は使えるさ…最後の方はかなり自由自在に飛び回ってたじゃ無いか?良く思い出してみろ。本当に自律行動だけであんな風にあんたの希望通りに動けるのか」

「あれは…月鉄殿が拙者の気持ちを汲んでくれたものと…」

「確かに俺は天才だがそんな制御系は作れない」


 現時点では…いずれ作ってやる積もり、いや必ず作るが今は無理だ。

「そ、それなら学校や軍隊でやってるのはなんでござるか!こんなに簡単なら…」


「理由は三つある」

「はあ…」

「一つはこいつがマナドールだからだ。制御単位の自律性が高いので自律制御が組み易い。もう一つはやはり俺が天才だからだな。自律制御構造体のレベルは軍隊で使ってるマナドール制御系より最低でも一世代は先を行っている」

「…大した自信でござるな」

 ちょっと死んだ様な目になった杏子が呟く。

 そう言われたのは今日二度目だった。

 俺自身は謙虚なつもりだが誤解を受け易い言動である事は認める。


「でなきゃ三つ目の理由、あんたに才能があるからって部分が大きいって事になるな」

「う…」

「30分やる。月鉄でチャンバラが出来る様にしろ。戦闘行動は複雑さが段違いだが盤のアシスト機構を使えば何とかなるはずだ」


「…普通はどの位掛かるでござるか?」

「マナドールは教練を積んだ特殊部隊でしか使用されないから全くの素人が訓練する事は無いがそれなりに動かすまで一週間と言ったところだな」

「オートマトンのプロで一週間という事でござるか…それはそれは拙者を買って頂き恐悦至極でござる…」

 また棒読みだった。


 俺は制御盤に幾つか錬金操式を施すと杏子に差し出す。

 彼女はノロノロと制御盤を受け取るが結局出来ないと言う言葉は出なかった。


 そして魔力を吹き込むと弄り出す。


 ここでもたつく様なら当初想定していた救済措置を取ってやろうかと思ったが、凄い勢いで操作感応部位を見つけ出して行くのを見ると逆に不安になった。

 あっさり使いこなして俺は何もできずに負けとなってしまうのではないか?

 なにより基礎となる戦闘力が全然違うのだ。月鉄の平常時の戦闘能力は冒険者協会の基準に当て嵌めればプラチナからミスリルレベルと言った所だ。

 俺がギミックをフルに使って銀から金。

 ちょっと仕込みはしているが速度も力も反応力も高性能マナドールである月鉄の方がずっと上だ。

 まともに戦ったら俺に勝ち目は無い。


 そこで彼女が頭を抱える。

「幻覚が…情報表示だと思うのでござるがくらくらするでござる…」

「まあ、操作情報の統合は普通は数ヶ月かかるからな…月鉄の動きを直接イメージするんだ。それで戦闘パターンが直接呼び出せる筈だ」

「…一瞬、無茶振りに慣れてスルーしそうになったのでござるが今聞き捨てならない事を言われたような…」

「喋ってる暇はあるのか?」

 直接イメージするのが通常は不可能なので標準化した機器タイプ別の仮想操作イメージ技法を習得するんだが敢えてやらせる。


 直接構成構造体と操作情報をやり取りするのは遥か上級の技法だ。


 意地悪でない。


 仮想操作技法を覚えるのは彼女でも時間はかなり掛る。

 俺が一々教えなければ成らないからだ。


 しかし、先ほどの飛行中に彼女は上級技法に近い事をやっていた。それは個別の月鉄と言う機体に限りだが無意識の内にある操作像が作られているという事だ。

 機能の直接的な把握はそれそのものを調べれば可能だ。

 そして彼女はそれが驚く程得意なのだ。

 雑多なセンシング情報や統合情報は抜け落ちるが模擬戦で必要な剣を動かす程度の操作法は習得できる可能性があった。


「ルールは簡単にしよう。そっちの偃月刀とこっちの短剣、切っ先が先に床に触れた方が負けだ」

「麟太郎様の短剣は鞘に入ったままでござる」

「…どの武器でも手持ちを落としたら負けでいい」

「まあ、そんなものでござるかな」

 短剣だけ抜かないで逃げ回る事を警戒した杏子が条件を追加してきた。

 どうやら本気になって来たようだ。


 と、そこで風を切る音がしたと思うと情けない声が聞こえて来た。

「ひやあああ…」

 見ると壁に斬撃をしようとした体勢で動きを止めている月鉄と床にへたり込んだ杏子の姿が目に入る。

「…おめでとう。…最初の整合性のある指令を送れたな」

「あわわわ…ずっとどう操作しても動きが無かったのでござるがいきなり…いや、大体分かり申した」

 彼女は何か自分で納得してしまうと立ち上がり再び作業に戻る。


 操作盤を渡して三分も経っていなかった…じんわりと冷や汗が出てくる。

 何かに接触したり姿勢制御の限界を超える指令は無視する様にフィルターを掛けていたのだが、あっと言う間に基本の自律操作パターンの一つを見つけ出していた。


 …操作出来る可能性?

 可能性どころか彼女が特異な才能を持っているのは確実だった。


「30分と言うのは今からで良いでござるか?」

 さっき情けない声を上げたとは思えない冷静さで確認を取って来る。

「…ああ、それでいい」

 やせ我慢だったが事態を了解して自信を付けた彼女に弱みは見せられなかった。


 それから部屋中を月鉄と杏子が縦横に機動し回る事になった。

「何で付いて行くんだ?」

「月鉄殿の動きを詳細に確認したいでござる。この灯りでは近付かないと関節の動ける幅も確認できないでござるよ」

 ちらっとこちらを睨んでくる。


 何故か灯りの弱さを非難されていた。

 それから立ち止まりこちらを向くととんでもない事を言い始める。

「その…指令の整合性とか言う制限を解いて下さらぬか?」

「まて、安全を保障できない。それに…」

「何が動作の限界か確かめたいでござる。それに剣を落とすにはそちらの短剣に月鉄どのの剣を触れさせねばならんでござるよな」

 その制限だけ外す事も出来たが…

「分かった。自由にやってくれ…その代りあんたの胴の向こうを突けと言ったらあんたごと貫くぞ」

「そんなへまはしないでござる」

 杏子は事もなげに言ってのけた。


 15分をすぎる頃には部屋中のガラクタはあらかた粉砕されていた。

「なるほど…制御盤と言うのは便利なものでござるな。どの戦闘パターンが呼び出せるか一目瞭然でござる」

「…分かるのか?」

「浮かんでいる記号の様なものに意識を集中すれば自然に説明が入って来るでござるよ…分かるも分からぬも無いでござろう?整理する事も出来ますゆえ…麟太郎様どうされました?」

「…確かにその通りだな」

 一瞬泡を食った顔を見られない様に顔を逸らす俺に彼女が疑問を呈する。彼女は仮想操作法を限られた範囲だが実行しつつあった。

 まだ戦術面ではパターンを順に使っている程度だが操作機能の解析は終わっていると言っても良かった。


 敗北の予感がひしひしと迫って来る。

 俺は大失敗したのでは無いだろうか?

 月鉄で俺に勝つにはまともに動かしさえすれば良いのだ。


 何とか誤魔化せないか?

 えーと…

「と、ところでその制御盤での制御には限界がある。俺がこれから錬金操式による操作のレク…」

「麟太郎様しばらく部屋を出て貰って良いでござるか?」

「へ?」

「大体操作は分かり申したゆえ作戦を練りたいのでござる。戦う相手に手の内を明かしとうはござらぬゆえ終わるまで部屋を外して月鉄殿へのリンクも切って頂き…ああ、そうそう"それ以外"のやり方も切って頂きたいでござる」

 俺がそれ以外のセンシング手段を持っている事もバレていた。

 もはや小細工が通じる段階は過ぎた様だった。

 …しかし、段々と心が浮き立って行くのは何故だろう?


 マナストレージは絶対に渡す訳には行かない。

 その為に勝負に持ち込んだのは俺自身だ。

 その目論見が外れかけているのにもっと俺を驚かせてくれと願い初めていたのだ。


「了解した。10分後に戻る」

 杏子は返事もせずに月鉄を動かす事に集中していた。

 月鉄はアダマンタイトで受けた架空の攻撃を流麗な動きで逸らすと地面すれすれまで姿勢を下げる。そのまま人工関節群を妖しくくねらせ大きく踏み込むと偃月刀で斬り上げた。

 人間には不可能な華麗な剣舞(ソードダンス)


 俺は彼女に対するリンクを眠らせ、"それ以外"も部屋周辺のシステムは停止させる。革の鞄一つを持ち上げると盗賊の少女と裏切り者のマナドールを背に俺は部屋を出た。


 期待に胸をワクワクとさせながら…

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