第八話 魔力放出
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扉の前にいた父さんを部屋の中へ招き、事情を説明した。嘘のね。
リラさんに屋敷での僕の立場を話し、父さんに上手くいってもらうように頼んだのだ。
そして今は夕方だ。あの後、リラさんは次の仕事があると言って帰り、父さんも仕事に戻った。アニは僕の為の軽食を作ってもらいに厨房へ行っていたらしく、父さんたちが去った後で軽食を持ってきてくれた。
リラさんと知り合えたのは大きい収穫だな。僕の事情を分かってくれて屋敷の人間でない人。この世界に来てから多分一番気楽に話せる人だし。
僕が今後立ち回るうえで助けになってくれるだろう。
そういえば、結局リラさんから母さんの話聞けなかったなぁ。正直、僕が生まれてすぐに死んでしまった母さんの事を懐かしく思うかどうか聞かれれば、答えはノー。別に懐かしくない。一緒に過ごした期間は短いし、本来なら記憶にもない年齢の頃の話だ。
僕を育ててくれたのは乳母のゼルマだ。彼女は今自分の娘の下にいる。その子は僕と同い年だが、僕よりも数か月早く生まれたそうだ。最近まで三歳になる少し前までは娘を家族に預けて、僕らの世話をしていた。
本来はその娘も一緒になってこの屋敷で育つ予定だったんだけど、その子が生まれてすぐに何やら病気を起こしたらしく、僕ら伯爵家の人間に近づけないようにアンネローゼが言いつけたらしい。まぁジギスの為だろう。娘を近づけないようにと言われてもゼルマは乳母としての仕事もあり、しばらくの間、娘のいる実家とこの家を往復していた。
そんな生活が続いたある日。ゼルマの娘の病気が進行したらしい。それを慮ってか父さんがゼルマに休養を出した。僕らの乳母の代わりに教育係として街の教師を雇ったわけだ。
三歳の頃にゼルマが出て行って以来彼女には会っていない。きっと娘の下から離れられないのだろう。この世界の医療がどれほど進んでいるのか知らないが、治癒術も病気には聞かない。きっと前世よりも高度とはいかないだろう。彼女の娘が無事であることを願おう。
そういえば母さんも病気で死んだと誰かが言っていたな……。誰だったっけ。
その日僕は体調を崩したという事を理由に部屋から出る事はなかった。大人しく魔力を練っていた。
朝になった。昨日寝落ちするまで魔力を練っていたからか、少しだけ体に疲れが残っている。テスト前徹夜で勉強をした時の様だ。
クリスティアンさんは確か魔力の知覚が出来たら魔力を操ってみろと言っていたな。まず、魔力の循環。これは出来ている。僕の場合、体内にある魔力は基本的に循環状態にあるしね。あ、でも循環と言ってもその流れを早くしたりするのは出来るようになっていた方がいいかな?
次に魔力の放出。クリスティアンさんは球状にして空中に浮かばせてそれを操っていた。つまり放出だけでなく、その後の形状維持も課題の一つなのだろう。
僕はアニの持ってきた桶の水で顔を洗い、朝食の時間まで魔力の放出の練習を始めた。
まずはどうやって体の外に魔力を出すかだ。僕のイメージした魔力の作りからだと血液中に魔力を生成してしまっている。そのおかげで循環に関しては簡単にクリアできたが、外への放出が難しくなった。
とりあえず、血液自体を外に出してみようか。僕は親指の腹を歯に当てた。
…………痛い。めちゃくちゃいたい。漫画なんかでよく見た方法だったが、痛くてとてもじゃないがその方法を実行できなかった。
どうしようか。とりあえず血を出してそれを操るのは無しの方向で。
そうなるとどうやって体の外に魔力を放出するかだけど……。呼吸に混ぜて吐き出すか……。
僕は体の中の魔力を肺に集めた。昨日から循環をずっとしていたおかげで多少なら魔力に偏りを作る事ができるようになっていた。
イメージとしては偏らせたい場所で血を止める感覚。細い管の中を通る水を指で押さえつけるように。
そうやって肺のあたりにためた魔力を血液中から肺に戻す。そしてそれを口から出す。
僕の口からは白い光の様なものが煙状になって出てきた。寒い日に口から息を吐くとそれが白くなるように。
……いや、僕の考えが当たってるんだけど。確かに魔力は放出できたけど。これは嫌だ。駄目なんじゃなく嫌だ。
そのなんというか外から見たら酷く滑稽に思えるだろう光景を思い浮かべる。口から魔力(白い煙)を放出する子供。ただ遊んでるだけじゃねぇか。
しばらくすろとその煙は霧散して消えてしまった。
放出した魔力はある程度したら消えてしまうのか。まぁそれがわかっただけでも収穫か。細かい練習はもう一度入門編を読みながら考えるとするか。
あれから一か月たった。魔力の放出に関しては全く進展なし。逆に循環の方に関してはかなりの熟練度になったと思う。体内での循環するスピードの調節なんて朝飯前、手のあたりの流れだけ早くして、他の部位は遅くするなんて調節もできるようになった
それに最近は殆ど意識しなくても体内で魔力が循環している様になった。
魔力の知覚を呼吸という日常的動作と結び付けたからだろうか。
魔力の放出は一か月前と変わらず、口から放出する方法しかできていない。ナイフで指を切ることも考えたが、前世での死に様のせいか、ナイフを見ると怖気づいてしまうようになっていた。
この一か月での変化は息を吐いた時の煙の量が増えた。リラさんの言っていた魔力量が増えたという現象なのだろうか。
煙を吐いているせいかなんだか肺活量が増えた気分になる。
この一か月は魔力の操作、放出に一日の全ての時間を当てる事が出来たが、これからは違う。
貴族としての教育が始まるのだ。貴族としての所作、礼儀。必要な習い事等、自由時間が減ったのだ。
まぁ僕はまだマシな方で、ジギスはさぼっていたつけで読み書きの勉強もしなければならない。まぁ自己責任だ。
今僕は朝食を終えて、ジギスと共に勉強部屋へきている。今日の授業は「貴族としての知識」だそうだ。
それを教えるのは我がリーベルト家の親戚筋の人間らしい。相手も貴族なので僕らも礼儀を教わる前とはいえ、最低限の礼儀として予定の時間よりも早くに教室へ来ていた。
部屋には僕とジギスの二人だけ。部屋に入ってから僕とジギスの間に会話はなかった。
「なぁ」
ジギスが僕に話しかけてきた。今までジギスと話したことは殆どなかった。僕は話しかけて余計なトラブルを起こしたくなかったし、ジギスはアンネローゼから僕と話さないようにでも言われていたのだろう。
しかし、今回はどうしたのだろう。
「お前は文字の読み書き覚えるの早かったよな。何かコツとかあるのかよ」
「えっと、コツ?」
「俺はお前が遊んでたこの一か月ずっと読み書きの練習をさせられていたんだ。でも覚えられなかった。これから他のことも勉強しなきゃいけないのにまだ読み書きの勉強をしなきゃいけないんて……、遊ぶ時間が減っちゃうじゃんか。この一か月全く遊べなかった……。騎士団のトップの俺が邪悪な魔物を倒すところだったのに母様が……」
どうやらこの一か月の勉強がこたえたようだ。僕もこの一か月遊んでいたわけではないけど、まぁ四歳児に張り合ってもしょうがない。
僕は教師が言っていた事を含めて、僕なりにこの世界の言語についてジギスに語った。
「一応僕が先生から習ったのはこんな感じかな」
「あの平民がこんな事を言っていたのか」
「ジギスは先生の話聞いてなかったからね」
「……母様が平民のいう事なんて聞かなくていいって」
「でも、先生は人に読み書きを教える事で生活しているんだよ? そしたら教えるのは上手いはずでしょ?」
「でも、母様は……」
いつでも母様母様って。ジギスはアンネローゼの奴隷か。いつだってジギスはアンネローゼのいう事を第一に聞く。アンネローゼから言われた事が絶対なのだ。
僕はその事に少しだけイラついた。
「ジギスは何でいつもアンネローゼ様の言いなりなの?」
「なんだとっ!」
「だってそうでしょ? 食事の時、いつもジギスは自分で食べようとしてるじゃないか。でもアンネローゼ様が使用人に食べさせるように言ってる。そしたらジギスはいつも不満な顔をするじゃないか。それは自分で食べたかったからじゃないのか?」
「それは……」
ジギスは泣きそうな顔になった。僕に図星をつかれた事と、母親を馬鹿にされた様に感じたのだろう。
僕も言い過ぎた。相手は四歳なんだ。
「……悪かったよ。でも自分でやりたいことがあるならそうしたいって言った方がいいよ。ジギスはいつも遊ぶときは使用人に好き放題言ってるじゃないか。誰がどの役をやれって。自分は騎士の役がやりたいって。そうやって自分のやりたいことを言うのは大事だよ」
「…………ッ」
ジギスは涙をこらえながらこちらを睨む。
「はっはっはっは、いや、遅れてすまなかったねアルノルト君にジギスムント君! 私が君たちに貴族としての知識を教える事になったジェルマン・ロティエだ。よろしく! おや? どうやら二人で喧嘩でもしていたようだね。うんうん、幼いうちは喧嘩も多いだろうが、それはいい事なのだよ! お互いに嫌なことは嫌と言って意見をぶつけ合うのが良き兄弟という物だ」
扉を勢いよく開き入ってきたのは身長二メートルはあろうかという巨漢の男だった。腕の太さは僕らの体よりも太く、プロレスラーの様な体格をしている。
扉を勢いよく開けたせいで、音がとても大きく響き、ジギスはびっくりして涙も止まってしまっている。
すごく貴族らしからぬ人が来たけど大丈夫か……?
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