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第五十二話 孤児院生活一日目4

 風呂を上がった僕は前もって用意していた服に着替え、食堂に向かった。この世界では明かりは貴重なものなので夜眠るのが早い。そうなると必然的に食事の時間も早くなる。夕食は昼間に比べて質素なものであった。ルークさんによると昼間の食事は僕の歓迎の為の食事で特別だったのだとか。


 夕食を終えた僕はルークさんにこの後どうするのか尋ねようとした。その時、ロザリンドさんに話しかけられた。


「アルノルト、食器の片づけが終わったら院長室に来な。フィーリネはルークについて先に戻っているんだよ」


 それだけ言ってロザリンドさんは食堂を出て行った。


「……僕なにかしたっけ?」


 ロザリンドさんは随分不機嫌そうな顔をしていた。今日の生活で何かミスをしてそれを怒られるのではないかと思い、フィーリネに確認したのだが。


「別にあれは怒っているわけではないですよ。院長の顔が怖いのは元からですから」


 ルークさんが苦笑いしながらそう答えた。それが本当なら別に怒られるわけではないのだろうが、一体どうしたんだろうか。


「アニさんのことじゃないかしら?」

「アニの事?」

「今日私たちが仕事をしている間、院長さんと話していたんでしょ? それでアニさんの処遇が決まったから主であるアルを呼び出したんじゃないかしら」

「その可能性が高そうだね」


 夕食時、アニはロザリンドさんの隣に座り、食事をとっていた。そしてそのままロザリンドさんについていき、院長室に行ってしまった。

 僕と話さないようにでも言われているんだろうか。


 そんな考えを思い浮かべながら僕は食器を片付け、院長室に向かった。




「入りな」


 院長室の扉をノックすると中から声が返ってきた。


 そこには昼間と同じように椅子に座るロザリンドさんとその傍らに立つアニの姿があった。僕は言われる前に椅子を持ち出し、そこに座った。僕が座ったのを確認するとロザリンドさんが口を開く。


「あんたも予想がついていると思うがあんたを呼んだのはアニをどうするかについてだよ」


 それは予想通りのことであった。


「単刀直入にいうよ。アニの処遇について二つ選択肢がある。一つはアニがここを出ていく。うちにメイドなんてものはいらないからね。近くの町でも領主の元でも好きなとこに行きな。別にここに来ることを拒んだりはしないがね」


 それは元々想定していたことだ。アニも最初からそうするつもりでもいたみたいだし、予想通りでもある。だが、もう一つの選択肢とはなんだ?


「もう一つの選択とは何ですか?」

「もう一つってのは……ね。うちはメイドなんてもんはいらないが、狩人、この孤児院から危険を遠ざける存在は必要な人材なんだよ」

「狩人……ですか?」

「ああそうさ。今はルークやバフィト、年長組がその役目を担っているが、あいつらは今年の春にここを出てっちまうからねぇ。二三年の間、年中組が育つまでの間、この森の魔物を倒すような存在が必要なのさ、なにせ、うちにはあんたよりも小さい子だっているからねぇ」


 僕はその言葉に昼間見たマルタちゃんを思い出す。確かにあの子がルークさんたちのように戦えるとは思えない。自己紹介の時に見たこの孤児院の人間はマルタちゃんくらいの年齢の子か、僕よりも少し大きい子、十歳に行くかどうかくらいの子が多かった。その子たちが育つまでの間ということだろう。


 だが、それはアニが危険な目に合うということだ。そして、アニは今まで戦闘経験がない。そんなアニを危険な目に合わすなんて……。


「まぁ、あんたらにはその二つの道があるってことだよ。共にいるか、離れるか。その選択は主従のあんたらで決めな。明日の昼間で待ってやる。食堂の鍵は開けておくから話し合うならそこに行きな」


 僕らは院長室を出て食堂へと向かった。




「最初に言っておくけど僕はアニがここに残るのは反対だからね」

「アルノルト様……ですが」


 僕の考えにアニは反対の意を唱えようとする。まぁそれはわかっていた事だ。だって、元々狩人としてここに残るなんて事は予想していなかった。それをロザリンドさんが選択肢として用意したのはきっと……アニがここに残る可能性を作る為だろう。


 ロザリンドさんは怖い顔をしているし、口調も乱暴だ。でも、この孤児院の子を見ていれば、どれだけ子供たちが大切にされているかなんてここに来て一日も経っていない僕にだってわかる。そんな子供を大事にしている人が面倒見が悪いなんて事はないだろう。


 そしてロザリンドさんがアニがここにいられる様な選択肢を作ったのは、きっとアニがここに残りたいという事を訴えたからだろう。

 つまり僕の言葉はアニの意思に背くものだ。反対しようとするのは当然だろう。


「アニはさ、今までどんな風に生きてきたの?」

「え……」

「僕の母親に拾われ、メイドとして生きてきたんだよね。僕もアニには助けられているからアニがメイドとして優秀なのはわかってるよ。でもさ、アニは今まで戦った事はあるの? 魔術はどれくらい使えるの?」

「それは……」


 魔物は強い。勿論、実体験からの言葉ではないが、そもそも前世の日本における最大の肉食動物でも熊程度なのだ。それが、こちらでは巨大化や、魔術を使ってくる様な進化を遂げ存在している。本来なら人間の勝てる相手ではない。

 この世界で人間と魔物が戦えているのは人間が高度な魔術を扱えるからだ。だが、アニはそれらをほとんど使えない。生活に使う様な魔法、簡単な火を出したり、物を軽く洗う程度の水の発現、そよ風を起こす程度の事は出来るだろう。


 だが、そんな魔法でどうやって魔物と戦うというのだ。今のアニは僕が身体強化を使って殴れば、それで気絶してしまうような、そんな程度の強さなのだ。魔物と戦うなんて危険すぎる。


 僕はその旨をアニに伝えた。アニは顔を下に向け俯いている。


「僕だってアニと一緒に居られないのは悲しいよ。アニとフィーリネが僕の事を追いかけてきてくれたのは本当に嬉しかったんだ。でも、やっぱりアニを危険な目には合わせられない」

「……様は」

「うん?」

「アルノルト様はどうなんですか!」


 アニが目に涙を浮かべ、叫ぶ。


「アルノルト様だって危険な事を沢山してらっしゃるじゃないですか! 王都での決闘、スラムでの戦い。どれも危険な事だったではないですか! その度に私は置いていかれ、どんなにアルノルト様の事を心配していたと思っているのですか!」


 アニの叫びに僕は怯む。アニがこんなに大きな声を出しているのを生まれてから一度だって見たことない。


「私を危険な目に合わせたくないと仰いましたが、私だって同じです。アルノルト様を危険な目に合わせたくないのです! それでも……貴方はこれからどんどん力をつけて危険な目に合っても止まる事はないのでしょう。その時、私はその場にはいられない。きっとまた置いてかれてしまう。それは……嫌なんです」

「アニ……」

「ロザリンド様もすぐに私に狩人になれとは言いませんでした。ルーク様達の出立の日、それまでは私に稽古をつけてくれると……。アルノルト様、どうか、どうかお願いします。私にここで狩人になるという選択をお許しください」


 そう言いながらアニは僕に深々と頭を下げた。


 本来なら。この世界における貴族とメイドの主従の関係でいうならばアニのこの振る舞いは許されるものではない。主に頼み事なんて滅多にするもんじゃない。僕は前世からの価値観でそこら辺の感覚は薄い、だがアニはそんな価値観の世界で生きてきた人間だ。そんな人間がここまでのお願いをする。それを無下には出来ない。


「わかった……アニ。僕はアニの意思を尊重する。でも一つだけ約束してほしい、僕に心配をかけないで欲しい」

「かしこまりました」

「それとさ……その、今までごめん。アニに心配をかけていたなんて、今まで全然考えた事なかった。これからは気を付けるよ」



 それから僕らはそれぞれの就寝場所へ向かった。


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