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第五十一話 孤児院生活一日目3

「次は何をするんですか?」


 僕らは先程の模擬戦の見学を終えてから再び母屋の方へ戻ってきた。


「まずはこの建物の施設紹介ですね。部屋がいくつかあり、その用途について説明します」


 そういってルークさんは母屋の玄関の扉を開けた。そこにはここに初めて来た時と同じ廊下が見えた。


「ここから見て一番奥の突き当りの部屋が院長室です。そして左手に見える四つの部屋が手前から教室が二つ、裁縫部屋に鍛冶部屋ですね」


 そういってルークさんは教室と呼んだ一番手前の部屋の扉を開ける。中は二人掛けの長机が四つとその数だけの椅子それと本棚と収納箱が一つあるだけであった。


 僕は本棚に近づいた。本だなと言っても一番高い所でも僕の身長、大体120cm位の高さしかない。それゆえ、収納されている本の数もそれほど多くはないのだが、そもそもこの場に本がある事が僕の知っている常識から考えるとおかしいのだ。

 確かにこの世界にも本はある。図書館もあり、平民でも本と言えばどのような物か想像は出来る。スラムに住んでいた孤児のグレイですら本の存在、見た目を知っていたのだから。


 しかしだからと言って本の所持(・・)をしている人間は平民だって多くない。印刷技術の発達していないこの世界では僕らの世界の様に多種多様な本を大量印刷する事は出来ない。木版印刷と言ったか、木の板に文字を掘って印刷する方法はあるようだが、それだってそう簡単に本をたくさん刷れるような方法じゃない。つまるところ本は買うには高価な代物なのだ。


 そんな本が少ないとは言えある事に衝撃を受けたのだ。僕は本棚から適当に本を一冊手に取る。表紙は特に凝っているわけでもなく、無地の表紙にただ「文字の練習」と手書きと思われる文字が書いてあるだけだった。中を開いてページをパラパラとめくる。全頁手書きでクリス先生に貰った本と同じような雰囲気を感じた。

 中身の内容に関しても驚いた。僕が以前文字を教わっていた先生の教えと同等の事が書いてあったのだ。僕が文字を教わった先生、つまり貴族の子供に教育を許可される程度には教え方が良いと評判になっていたわけだ。それと同等、貴族の教育と同レベルの教育がこの孤児院では行われているという事の証明である。


「この本……凄いですね」

「貴族の君にそういってもらえると私も嬉しいよ。それ院長が書いたんですよ」

「ロザリンドさんが、ですか」


 そう言われると納得もできる。エルフは人間よりも遥かに長寿だ。エルフの年長者ともなれば千年近く生きるとも言われている。だが、エルフは世界のどこかにあるという隠れ里に住んでいて、そこから出てくるエルフはめったにいないとの事だ。ロザリンドさんやクリス先生は珍しいエルフなのだ。


 話を戻すと、エルフは長寿であり、かつ老化の進行も遅い。若い姿、二十代の姿でいる時間が極端に長いらしい。そんな種族で見た目が老人に見える程に歳を取っているのだ、生半可な年齢ではないだろう。その分知識は膨大だろうし、人に教えるコツも知っているのだろう。


「ええ、ここにある本は全部院長が書いたんですよ。私も、トゥールさんもその先輩も、みんな院長の書いた本で勉強したんです」


 ルークさんは喜々として語った。それはまるで子供が自分の親を自慢するかのような、心の底から嬉しそうな表情だった。



 それからもう一つの方の教室にも向かった。そこも部屋の内装は似たようなものだが、本の内容がより高度な物になっていただけだった。

 裁縫部屋、鍛冶部屋と気になる部屋であったが、それぞれ作業に必要な為の設備、道具が置かれているだけで、特筆するようなものはなかった。


 それから食堂のある廊下に繋がっている部屋の案内が始まった。部屋は書庫、医療部屋、に研究室と案内は続いた。

 書庫には先ほどの教室に置かれていた本よりもより、専門的な本が置かれていた。書庫に置かれていた本は流石にロザリンドさんの書いた物ではなく、一般的な本であったが。



 それから箒を使い廊下の掃除に食堂の掃除を命じられた。元々掃除が頻繁にされているからか、あまり汚れはなく、簡単な掃き掃除程度で終わった。


 それから薪割りに、食器洗いを終えた。そうしているうちに日は落ち始めてきた。草むしりの際に出た雑草を堆肥にするための作業を終えた。



「お疲れ様です。今日の仕事はこれで終わりですよ」


 その言葉に僕は安堵のため息を吐いた。薪割りに食器洗い、以外とこれが大変なのだ。現代のようなスポンジに食器用洗剤をつけて洗う事などできないし、薪を割る作業も低身長のこの子供の体のせいで、全身を使う運動になり、かなりしんどかった。


「あの……ルークさん。毎日この作業をするんですか?」


 僕は息も絶え絶えに尋ねた。


「いえ、今日は仕事を覚えてもらうために多くこなしてもらいましたが、普段は孤児院のみんなで分担しているので、もっと少ないですよ」

「よかったぁ……」


 すぐ横に座っていたフィーリネも安堵の声を漏らす。


「さて、二人とも随分汗もかいてしまったようですし、今日はこのままお風呂に入りましょうか」


 ああ、そうだ。この孤児院にはお風呂があったのだ。僕は疲れた体を引きずりながらルークさんについていった。



「中に誰か女性がいると思うので、中での事はそちらの方に聞いてください」


 そういってフィーリネとは別れて、僕とルークさんは男風呂に入っていった。入ってすぐに脱衣場があり、いくつか服が籠の中に脱ぎ捨てられている。その様は日本の銭湯のようだった。


「ここで服を脱いで、中に入ります。ああ、浴槽に入る前に体を洗ってくださいね」


 ルークさんのその注意も銭湯でのお決まりのような注意に似ていて僕は心の中でクスリと笑った。

 そして服を脱ぎ、浴場の扉を開けた時、僕はこの孤児院に来てから一番の衝撃を受けた。


「『ふ、ふじ……さん』」

「『ふじさん』? ああ、あの絵の事ですか? 私も詳しくは知らないのですが、院長の知り合いの方の好きな絵の様ですね。どうして浴場に絵を描いたのかはわかりませんが」


 うっかり日本語で呟いてしまったその言葉。日本人なら誰もが知っているもの。そして銭湯にあるイメージがとても強い山。


 富士山である。


 異世界の孤児院の浴場で壁にでかでかと書かれた富士山の絵を見たのである。


 青を基調とし、登頂部を白く塗られ、背後には太陽がそびえたつ。まごうことなき富士山である。


「そんなに素晴らしい絵ですか?」


 僕の様子を不審に感じたのかルークさんが僕をじっと見つめてくる。


「いえ、すみません。風呂場に絵が飾ってあったのでびっくりしただけです」

「そう……ですか。ああ、あそこにある桶にお湯を汲んでそれで体を洗ってください」


 それから僕は慣れた動作で体を洗い、浴槽につかる。


 銭湯と表現したように、当然僕の今浸かっている浴槽も大人数が入れるようなサイズである。肩までつかり、壁に描かれた富士山の絵を眺める。


 どう考えても転生者の仕業だよなぁ。それも日本人の。この絵を描かせたのはロザリンドさんなのだろうか、それとも転生者本人なのか。それならば、転生者は生きているのだろうか。


 ……ああ、駄目だな。前世の事を思い出させる物を見るとなんだか心がざわつく。僕はもうこの世界の人間で荒木勝也じゃない、アルノルト・リーベルトなんだ。


「クリエイトウォーター」



 僕は浴槽から出て、少しこんがらがった頭を冷やすために水を頭上に発生させそれをそのまま落下させる。


「アルノルト君!?」


 僕の奇行にルークさんが声を荒げる。


「ああ、すみません、ちょっと水を浴びたい気分だっただけなので」

「え、ああ……そうですか」


 僕は驚いたままのルークさんをそのままに浴場を出た。


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