第五話 魔力を知る
僕とクリスティアンさんは修練場に着いた。父さんは僕への指導が終わるまで部屋でゆっくりしていると言って書斎に戻った。修練場は基本的に僕ら伯爵家の者以外使えないのか、我が家の私兵の一人もいない。
「さて、アルノルト。私が君に課す課題と練習だが……まずは魔力を知覚できるようにならないといけないな」
「魔力の知覚……ですか?」
「そうだな、実際に見せてみよう」
そういってクリスティアンさんは左手を正面に向けた。中指を下から上に振るとそれに合わせるように五メートル程離れた所の地面から人型の土の塊が出てきた。
「私が今からあの的を魔術で打ち抜く、よく見ていなさい」
クリスティアンさんはまた左手を正面に向け、今度は人差し指を土人形へ真っすぐ向ける。その瞬間土人形が爆散する。
「なぁっ!」
「今何が起きたのかわかったかい?」
「突然土人形が壊れました」
「そうだろうね」
クリスティアンさんはまたも土人形を作り出した。
「今私は魔力を高密度で圧縮し、それをあの土人形へと発射した。しかし、魔力の知覚を終えていない君にはまだ魔力は見えないのだよ。今私がやったことを君にも見えるようにやろう」
クリスティアンさんは先ほどと同じ動きをした。しかし今度は人差し指の先に直径十五センチ程の水球が現れる。そしてその水玉が高速で土人形めがけて発射される。土人形に当たった水球は勢いよく弾ける、そして土人形は先ほどと同じように爆散した。
「今見せた水の動きが私が魔力で行った動作の再現だ。魔術を使う第一歩として魔力の知覚を終わらせなければならない」
「それはどのくらいで終わるのでしょうか」
知識は本で得た。けれど、魔力の知覚なんてできるのかわからない。前世では魔力なんてなかったしね。
「すぐに終わるさ。手を出しなさい」
クリスティアンさんは僕の手を持つとそこに自分の手を合わせる。
「これから君に魔力を流す。それを感じ取りなさい」
すると突然体の中に何かが流れ込んでくる感覚に襲われる。手の平から腕を伝い体の隅々まで行き届く。体内を何かで埋め尽くされた。それに呼応するように僕の心臓のあたりから、手の平から流れてくる何かと同じ物が溢れようとしている。これが魔力か!?
「あ、あああ、クリスティアンさんこれは!」
「君の体の中に何かあるね? それが魔力だ。その感覚を覚えておくように」
そういってクリスティアンさんは手の平から手を離した。それと同時に体内の感覚も通常通りに戻る。
「先ほどの感覚を自分で引き出せるようにしなさい。それが第一ステップだ。自分の体内に魔力を取り込むこと。魔力はこの世界のあらゆるところに存在している」
クリスティアンさんは修練場の地面に手を当て土を掘る。
「このようなただの土に出さえ魔力は内包されている。水の中、火の中、鉄の中。この世界に魔力のない物質なんてないんだ」
魔力を感じる……。
「魔力を知覚できない君に話すのも早いと思うが、先に話すことにしよう。魔力の知覚が出来たら次はその魔力を操るんだ。体内で循環させてもいいし、外に放出してもいい。とにかく魔力を自在に操れるようにするんだ。それが第二ステップ」
クリスティアンさんの周りに水の玉が突如現れ、空中に浮遊する。その数は全部で五個、大きさは先ほどよりも小さい。それらがクリスティアンさんの周りをお手玉の様にくるくる回る。
「これを体から放出した魔力だと考えてほしい。その魔力をこれくらいは操れるようになってもらおう」
クリスティアンさんは水の玉を空中に浮かばせたままにして足元に桶のような物を土で作った。そしてその中に浮かせていた水の玉を入れて満たす。
「それもできるようになったらいよいよ魔法の訓練だ。こうやって桶に水でも汲んでおきなさい。そしてその水を魔法によって操る。これが第三ステップ。恐らくここまで来る間に私が中級編を書き終えるだろう。あと、当然だが、私の課した訓練以外でも自分の思うように訓練してもらって構わない。入門編に書いてあることを参考に魔法を使ってみてもいい。ただし、魔法を使うのはこの修練場に限る事、いいね」
クリスティアンさんは手首を上から下に振り下ろす。するとその動作だけで先ほどの対人形も桶も水も全て地面に吸い込まれた。
「私から君に言えるのはここまでだ。一年後成長した君に会うのが楽しみだよ」
「色々、ありがとうございました、僕頑張ります」
「もしも……」
「え?」
「……もしも君が本当に魔術の高みを目指したいというのなら私の勤める学校に来なさい。入学は十歳からだ。名をリドゲード学院という。興味があったら来なさい」
クリスティアンさんはそう言って修練場を後にした。
リドゲード学院……魔術の学校だろうか。
僕はクリスティアンさんに続いて修練場をあとにした。
自室に戻った僕はさっそく先ほどの感覚を再現しようとした。体の中を何かで満たす感覚。体の奥底にあるだろうその何かをこじ開けるように、心臓から魔力を絞り出す……。
無理だぁ。クリスティアンさんに魔力を流された時は確かに僕の中の魔力も流れていたんだ。きっと他者の魔力に反応して。先ほどの行為はきっと自身の魔力を生み出すきっかけづくりのような事なんだろう。他人の魔力を体に入れる事でその防衛反応として自分の魔力を生み出しているのだろう。
魔力は人それぞれ少しだけ違う。入門編によると、魔法の中には広範囲攻撃もあるらしい。その時魔法の中心にいる術者本人が魔法の影響を受けない事があるだろうか。その疑問に答えを出すのが魔力の個人差だ。
例えば炎の魔法で、炎の竜巻を起こしたとする。その時、渦を作った際に使われた魔力の持ち主はその炎の影響を受けない。術者本人は渦の中に飛び込んでも炎の熱で焼かれることは無い。だから自分の手に魔力の炎を纏うこともできる。
最も先ほどの炎の竜巻の例の場合、炎により術者が焼かれることは無いが、炎により急激に上昇した周囲、渦の中の温度にやられるだろうが。
魔力により生み出された現象は、その現象を起こした魔力の持ち主には影響を与えないという事だ。
魔力により起こされた現象――魔法――自体の影響は受けないが、それにより生じる二次的現象は別物という事だろう。
何が言いたいかというと、魔力は人それぞれ違っていて、僕の体に入ってきたクリスティアンさんの魔力に反抗するように僕自身の魔力が目覚めたという事なのだろう。
僕の体の中に魔力が生まれたわけだが、僕はまだ、それを自分の意思で引き出せない。
先は長いなぁ。
気が付けば夜も更けていた。昼食の時と同様にアニが僕の部屋へ夕食の時間を知らせに来た。
「アルノルト様、夕食のお時間です。――大丈夫ですか!? 熱でも出されているのでしょうか!?」
「え……何?」
アニのいう事に疑問を持ったがそれはすぐにわかった。僕は随分と汗をかいていた。魔力を出そうと集中していたからだろうか。気が付けば僕の足元には汗がぽたぽたと垂れていた。
「あぁ、これは……別に何でもないよ。熱とかあるわけじゃないから気にしないでいいよ」
「そうなのですか……」
しかしこれは困った。こんなに汗をかいてしまっているし、一度風呂に入りたかった。汗だくのまま父さんの前――にいるアンネローゼ――に行くわけにいかないし……。
元々少し早めに行く予定だったのだ、ならば汗を拭いて着替えてから食堂に向かっても間に合うだろう。
「アニ、水を張った桶と布を持ってきてほしい、頼めるかな?」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
数分後桶と布を持ってアニが戻ってきた。僕は体をふき、新しい服に着替え食堂へ向かった。
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