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四十九話 孤児院生活一日目1

 食堂での顔合わせを終え、僕らは再び院長室に集められた。


「アニ、あんたはあたしと今後の身の振り方について話し合いだ、ここに残りな。ルーク、あんたはアルノルト達にここでの生活の仕方をおしえてやんな」

「わかりました院長。それでは二人とも私についてきてください」


 そうして案内されたのは今いた建物を出て、すぐ近くにある別の建物だった。


「ここが私たちの住んでいる住居です。これから二人が住むことになる場所になります」


 建物の外観は先ほどまでいた建物――以後母屋と離れ――と形が違うだけで造りは同じに見える。中に入ってみると内装もほとんど同じである。


「ここから向かって右側が女子部屋、左側が男子部屋。廊下を真っすぐ進んだ奥の部屋がお風呂になっています」

「お風呂があるんですか?」

「ええ、驚きました?」

「ええ、本当に」


 自宅にお風呂なんて、魔石を使う余裕のある貴族や商人位のものだ。平民、ましてや孤児の家にお風呂があるなんてこの世界の常識としては考えられない事態だ。


「院長が綺麗好きなので……。十歳を超えた位からここに来た孤児の子なんかはみんな驚きますね。私は物心ついたころにはこの孤児院にいたからお風呂がある贅沢さを知ったのはしばらくしてからなのですが」


 なんにしてもお風呂に入れるとわかったのは吉報だ。孤児院に来るまでの間に何度か野営をしたが、その時だってお風呂に入れなくて、不快に思う事があったのだ。そこら辺まだ僕の精神も前世から抜け切れてなく、軟弱だと思わなくもないが、それだけは譲れない。

 貴族の位に未練はないが、お風呂には毎日入れるような生活を送りたいものだ。



「さて、ここに来た理由は二人に着替えて貰うためです」

「着替えですか?」

「ええ、そうです。これから二人には施設の案内をしながら孤児院での生活する上での仕事も紹介します。その時いくつかの仕事は実際にやってもらいます。その時、その服では汚れてしまったら面倒でしょう?」


 ルークさんは僕とフィーリネの服を見る。どちらの服装も決して貴族らしい装飾の多い豪華な服ではないが、かといって平民が普段使いに着るには手が届かない位にはそもそもの生地から何まで質のいいものを使用している。


「そうですね」


 おそらく孤児院にいる間この服に袖を通す事はないだろう。そしてその頃には僕は成長してこの服を着る事はないだろう。……成長してるよなぁ……。


「着替えは用意しているのでそちらに着替えてください。向かって右側が女子部屋、左が男子部屋です」


 ルークさんは女子部屋の扉をノックした。すると直ぐに中から女性の声がして扉が開く。


「あれ? ルークじゃん、どうしたの?」


 中から出てきたのは僕の護衛をしたメンバーにいた女性の中の一人だ。確かアメリ―さんだったか……。


「アルノルト君達を着替えさせたいのですが、フィーリネちゃんの着替えをお願いしたいのですがよろしいですか?」

「あーそういう事ね。わかったわ、それじゃあフィーリネちゃん、こっちおいで着替え出してあげる」

「それでは私たちも行きましょうか」


 僕は男子部屋に、フィーリネは女子部屋にそれぞれ入っていった。



「サイズが少し大きいように見えますが……どうですか?」

「え……と、うん、問題ないです」


 男子部屋で渡された服は先ほど食堂でみた子たちと同じような品質の服で、おそらく以前まで誰かが着ていただろう中古の品だ。新品でない等と文句をいうつもりもないが、今まで来ていた服に比べると肌触りが少し気になる。


「それは良かったです。ああ、今脱いだ服はそこに置いておいてください。後で院長の元に持っていきます。院長の服を補完している場所ならその服の管理も問題ないでしょう」

「お願いします」


 着替えも終わったので誰もいない男子部屋に用はなく、廊下に出る。僕が着替え終えてから五分程遅れてフィーリネが出てきた。その顔は真っ赤に染まっている。


「待たせたわね……」

「別にそんなに待ってないけど……何かあったの?」

「き、聞かないで」


 五分程なら男性と女性の身支度の差を考えれば大した時間ではない。最も今のフィーリネの服装はそのような時間がかかるような種類のものではないが。

 まぁ本人が聞かれたくないなら聞こうとは思わないが。


「それじゃあまたね、フィーリネちゃん! 今日一緒にお風呂入ろうね」


「そ、それじゃあ次の場所に行きましょうか」


 ルークさんがフィーリネの反応に戸惑いながらも僕らは次の目的地へと向かった。



「ここではいくつかの野菜を育てています。それと数は多くないですが鶏と牛もいます」


 ルークさんに案内されたのは畑だった。こちらの世界に来てから畑を見たのは初めてだったが、やはり前世の畑とそう変わりがあるわけもなく、見知ったような形態だった。

 日当たりの問題なのか、畑の周りには気が生えておらず、全体的に薄暗い森の中でここだけが日光によって照らされている。

 植えられた野菜がどんな野菜かはわからないが、そのほとんどが地面の中で育つ種類の様で畑には花や葉が生えている。


 その畑の奥には鶏小屋と牛小屋と思われる木造の小屋が見える。鶏小屋は前世で小学生だった頃学校の中にある実物を見ていたのでそれと似た小屋の方だとすぐにわかった。牛小屋の方はルークさんの言う通り本当に数が少ないのだろう、牛という生物を飼っているにしては小屋の大きさが小さい。日本の路線バスを二台ほどくっつけた位の大きさだろうか。


「ここに連れてこられたという事は、これから農作業をするんですか?」

「その通りです。とは言っても小さな畑ですし、そんなに忙しいわけでもないですよ。道具を取ってきます、少し待っいてください」


 ルークさんは牛小屋に向かって歩いていった。


「フィーリネは農作業とかしたことある?」

「あるわけないじゃない」

「まぁそうだよね」


 僕だって本格的な事はない。強いて言えば小学校の授業で果物を育てたり、サツマイモ掘りをしたくらいだ。けどフィーリネはそれすらもないだろう。貴族としてそのような土にまみれるような事を経験するはずがない。


「アルはあるの?」

「いや、本で読んだ事があって少し知っているくらいだよ。僕が知っている事も常識の範囲内程度の知識だから役に立つとは思えないけどね」

「そうなのね。ちなみにどんな事をするの? 私まったく何をするのかわからなくて怖いんだけど……」


 さて、僕自身詳しいわけでないのであまり丁寧には答えられないが……。


「雑草を抜くとか害虫の駆除とかそんなものじゃないかな?」


 小学校では夏休みに当番の班で一時間ほど草むしりをしたものだ。

 時期的にも夏に収穫する野菜だろうし、収穫の時期は近いだろう。そうなるとそんなに畑の手入れをする事もないのではないかと思う。


「害虫って虫よね……。嫌だなぁ」


 フィーリネが泣きそうな顔をする。今まで行動力があり、強気な面を見てきたフィーリネだが、孤児院に来てから暗い森を怖がったり、虫を嫌がったりと弱気な面という普段見る事の出来ない一面を知れたのは中々面白い。


 そんな事を話しているとルークさんが道具を持って帰ってきた。


「それじゃあこの手袋をつけて草むしりをしましょう。草だけでなく根ごと引き抜いてください。水をかけて土を湿らせてから引き抜くといいですよ。それでも根が残ってしまった時はスコップを使って土ごとひっくり返してください」


 渡された手袋をはめ、スコップとバケツを持ち、僕らは草むしりを始めた。

 一応手袋は渡されているが、造りが荒く、完全に手をガードできているとは思えない。手がヒリヒリする。傍目で見ているとフィーリネが虫が出てきた事に驚いて声を上げ、尻餅をついている。僕も人並みに虫に対して苦手意識、嫌悪感のようなものを持つが、フィーリネ程ではないだろう。


 ルークさん小さい畑というがそれでも校庭の隅にあったような畑よりは格段に広い。雑草の数もそれなりに多い。だが、それでも毎日手入れされているのだろう、背の高い雑草というのは一つも見当たらない。


 頻繁に管理がされているのになぜ、雑草が生えているのか。それはこの世界の植物の生態に理由がある。そもそもこの世界はおおむね前世の世界と同じだ。高い所から物を落とせば下に落ち、乾いた木に火を点ければ燃え上がる。この世の真理は変わらない。

だが前世ではなかった、あるいは活用されていなかった魔力という存在がある。その魔力が生物に影響を与えているのだ。


魔物と呼ばれる生物はその身体的特徴の強化の他に体格が大きくなる傾向がある。それは魔力が原因であると考えられている。例として「グレイトウルフ」という魔物がいる。高さ二メートル、体長は三メートルを超える狼型の魔物だ。通常の狼に比べて大きなその体は魔力の影響だと考えられている。


そのような作用が植物にも起きているのだろう。生命力が高く、成長速度の促進のような効果が及んでいるのかもしれない。

それはなんだか僕も使える身体強化という魔術に似ているような気がするが、それが魔力の持つ力なのだろうか。だが、そうするとそもそも魔力というのは……


……やめよう、研究者の人でも答えの出ていない事を考えても僕に思いつけるわけでもない。とにかくこの世界の植物は成長が早いものがあるという事だ。




適当な事に思考を割いているうちに、気が付けば草むしりはあらかた終わっていた。



「抜いた雑草は出来るだけ重ならない様に畑の外に撒いてください」

「すみません、ルークさん。これは何のためにするんですか?」

「堆肥作りの一環です。こうして雑草を天日干しし、乾燥させてから土と混ぜるとしばらくすると堆肥になるんですよ」


 それは知らなかった。そういえば前世でも生ごみを肥料にする方法なんかをテレビで紹介していた事もあったような気もする。


「今日は日が沈む前にまた回収しに来ますよ」

「それだとまだしばらく時間がありますよね?」


 少し早めの昼食を終え、着替えなどを済ませてから、三十分程草むしりをした。今はまだ午後二時にもなっていない頃だろうか。

 現在は前世でいうところの七月上旬、日が長い季節だ。街灯のような照明がない事を考慮して、六時頃には外での作業を終わりにするだろう。そうなると四時間程は暇な時間がある。

 当然この農作業で今日の仕事の説明が終わりだとは思っていないが、四時間もの間どんな仕事をするのだろうか。


「ええ、そうですね。でも二人も草むしりを終えたばかりで疲れているでしょう。一旦休憩も兼ねて訓練の見学にでも行きましょうか」


 訓練……ってなんの事だろうか。


お読みいただきありがとうございました

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