第四十八話 顔合わせ
先ほど通ったばかりの廊下をロザリンドさんについて歩いていく。ロザリンドさんのいた部屋までは玄関から一直線に来たが、今回は玄関と院長室の中間の位置にある通路を曲がった。廊下を曲がって正面、突き当りに扉のない部屋が一つ見える。そこに向かうまでの間には両開きの扉の部屋と扉同士の間隔が短い部屋が三部屋並んでいる。
「正面の部屋が調理部屋、向かって左に見える両開きの扉の部屋が食事部屋だよ。今から子供たちを呼んでくるからその部屋で待っていな」
僕はロザリンドさんに促され食事部屋に入る。そこは四人掛け程度の大きさのテーブルがいくつも並べられていて、それぞれのテーブルにはスープの入った皿とパンの入ったバスケットが置かれている。
「おや? アルノルト君もう話は終わったのかい? それは丁度よかった、そろそろ昼食の準備が終わる頃だから呼びに行こうと思っていたところだったんだ」
僕らが部屋に入ってきた事に気が付いたルークさんは作業中の手を止める事なく、何かの肉の乗ったお皿をカートからテーブルに並べていく。
「ええ、ロザリンドさんにこちらで待っていろと言われたのですが……何か手伝う事はありますか?」
「いえ、大丈夫です。この子が手伝ってくれているので。ほら、挨拶して」
ルークさんが陰になって見えていなかったが、ルークさんの後ろに誰かいたようだ。その子はルークさんの後ろから顔だけを覗かせ、僕らの事を見ている。前髪が長く、目元が隠れて見えないが、その他身長や、顔の幼さから考察するに大体四歳位だろうか。
その子に向かって僕が微笑みを向けると、その子はびくりと身体を震わせ、ルークさんの後ろに引っ込んだ。
「ほら、マルタ。ちゃんと挨拶しなさい、アルノルト君はこれからここで暮らしていくんだから」
ルークさんにそう言われると渋々という様子で再びルークさんの後ろから体を出した。
「あの、私……マルタっていいます。な、五歳……です」
大方の予想通りの年齢だった。彼女は伏し目がちになりながらチラチラと僕の反応をうかがっている。僕は彼女を安心させるために精一杯の笑顔を浮かべる。
「よろしくねマルタちゃん。僕はアルノルト、君より少し上の七歳だよ。今日からこの孤児院にお世話になるんだ」
「私はフィーリネ、アルと同い年よ、よろしくね」
「アニと言います。よろしくお願いします」
僕に続いてフィーリネ、アニも自己紹介をする。アニが年齢を言わなかったのは女性だという事で察しておこう。
僕らの自己紹介を聞いてもまだマルタちゃんは僕らに対しての警戒、緊張を解いてはくれていないようだ。
僕は少しでもマルタちゃんの緊張を解そうとそっと手を出した。
「これからよろしくね」
マルタちゃんは差し出された僕の手を掴み握手をしてくれた。
「さて、自己紹介も終わった所で……マルタ、次の食器を取りに行こうか」
僕らが自己紹介を行っている間にルークさんは食器を配り終えていたようで、先程まで多くの食器が並べられていたカートは空になっていた。
「はい!」
「それじゃあ、僕達はまだ配膳をつづけるから……そうだな、そこのテーブルに座って待っていてよ」
マルタちゃんが元気な返事をし、ルークさんと共に食堂から出て行った。
僕らはルークさんに指定されたテーブルに座った。二つのテーブルがくっつけられ、他のテーブルよりも多い人数が座れるようになっている。
それから僕らは人が集めるまで待っていた。
「さて、全員集まったね」
食堂にトゥールさん達を含めてこの孤児院の人間が集まった。子供たちはテーブル毎に三人か四人の子供が座っている。全部で三十人いない位の人数がこの食堂に集まっている。
それぞれの子供たちが食堂に入る時、僕の方を一瞥してから、それぞれ席が決まっていたのかすぐに僕から視線を切り、真っすぐ席についていく。その際近くに人がいる子は僕らの方をチラチラ見ながらヒソヒソ話をしていた。
僕らの座っていた席はどうやら客人用の席――もっとも普段客が来ることはあまりないそうだが――だとトゥールさんが教えてくれた。
ロザリンドさんが口を開くとそれまで僕らの様子を伺い小さな声で喋っていた子供たちがスッと口を閉じた。
「今日はこの孤児院に新しい住人が来た。三人とも立って自己紹介しな」
促されるままに僕らは立ち上がる。
「僕はアルノルト・リーベルトと言います。今日からこの孤児院にお世話になります。よろしくお願いします」
「フィーリネ・エルネストです。アル共々お世話になります」
「アニと申します。これからよろしくお願いします」
子供たちの視線が僕に突き刺さる。先ほどからの視線と同じで僕らを値踏みするかの様な目だ。
「アルノルトとフィーリネは貴族出身だ。孤児院の生活でわからない事が多いだろうからあんた達が色々教えてやんな。それから初めの一週間程度でいいから教育係りを一人決めておきな。アニに関しては貴族の屋敷で長男の世話を任ぜられる程のメイドだったみたいだからねぇ、あんたたちの今後のタメになるだろう、話を聞いておくのもいいだろう」
ロザリンドさんの言葉を聞いてある者は面倒くさそうに、またある者は興味がないような、またある者は憧れの様な目を僕らに向けてくる。そしてその中で一人だけ、僕と目が合った少年がいた。
茶色の髪に金色の目。その眉間には皺が刻まれ射殺さんとばかりに僕を睨みつけている。その目は以前王都で戦ったベネディクトゥスが僕に向けてきた様な敵対者を見る目だった。
他の子も僕らに対して好意的でない目を向けている者もいる。だが、それでも敵対者をみる様な程強い感情を向けてくる者はいない。少年も僕と目が合っているのをわかっているだろうに全く目をそらそうとしない。
その強い目に耐えられず僕の方から先に目をそらした。
「さて、あとの紹介は食事をしながらにするかね。ほら、三人とも座りな……それじゃあ『いただきます』」
ロザリンドさんがそう言うと子供達も両手を合わせていただきますと言って食事に手を付け始めた。僕もつい手を合わせて同じようにいただきますと呟いたが、そこで一つの疑問に気が付いた。
彼らが口にした、いただきますという言葉。それはこちらの世界の言葉ではなく、明らかに日本語の発音だったのだ。こちらの世界では日本のいただきますというような文化はあまり一般的ではない。基本的に――少なくとも貴族の家では――家長が食べ始めた時が食事の始まりの合図だ。つまり彼らが口にした「いただきます」という言葉は僕の知っている日本での使われ方と同じだという事だ。
この孤児院に元日本人……つまり転生者が関わっているのだろうか。見た所トゥールさんも自然とその所作をしているし、少なくともトゥールさんが孤児院にいた頃にはこの挨拶があったという事だろう。
僕は前世の慣習が抜けてなく、ついそのまま順応してしまったが、フィーリネ達やムツィオさんは孤児院の子たちの言葉に首をかしげている。
「ねぇ、アル。今のは何なのかしら。アルも同じ事していたわよね?」
「ああ、うん。食事の前の挨拶みたいなもの……だと思うよ?」
「ふぅーん。変わった習慣もあったものね。所で何でアルは知っていたのかしら」
さて、どうやって誤魔化したものか。とりあえず、この場をしのげればよいのだから適当でいいか……?
「前に何かの本で読んだ気がしたからね。何の本だったか覚えてないけど」
「そう、まあいいわ」
フィーリネはそれ以上何も言わず食事に手を付け始めた。
それからルークさんから順に年齢が上の者から自己紹介が始まった。正直、一度に聞いても全員の名前と顔を覚えるのは中々難しいのだが、これから彼らと生活するのだと思い、真剣に聞いた。
そして先ほど僕を睨んできた少年の番になった。
「アランだ」
彼――アラン君は自分の名前だけを口にしすぐに座ってしまった。その態度はまるで僕に対して何もいう事はないと主張しているかの様に感じられる。
ロザリンドさん一瞬アラン君のいる方を見るが、すぐに視線を外し、次の子に視線を送り、自己紹介を促した。
それからの自己紹介は滞りなく進み、全員の紹介が終わった。だけど、アラン君の態度だけが少し気がかりだった。
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