第四十五話 道中
「それじゃあトゥールさんもしつけ小屋の出身なんですか?」
「ああ、あそこじゃ成人を迎えた子供は追い出されるんだよ。俺はあんまり勉強が得意じゃなかったからこうして護衛やら魔物退治で生計を立ててるわけよ」
「そうだったんですね……。お聞きしたいんですが、しつけ小屋ってどんなところなんですか?」
馬車に乗り込んできたトゥールさんは次のキャンプ予定地まで少し時間があるという事で少し話をしようと言ってきた。トゥールさんは僕の向かう先を把握していたようで、自身の育った場所への帰省もかねて今回の護衛を引き受けたそうだ。
彼がしつけ小屋出身だと知った僕はさっそく彼の場所がどのような所なのか尋ねた。これから少なくとも三年近くお世話になる場所だ。前もって情報を仕入れておくに越したことは無い。
「どんな場所……ねぇ。やっぱり坊ちゃんも気になるか。そりゃあそうだよな」
「家の人から不穏な事を聞いたのでね」
「確かに貴族の方々からしたらそう思われるかもなぁ。けど、めっちゃ厳しい婆ちゃんがいるだけで基本的には他所の孤児院みたいな感じだぜ? 親を失った子供とか親に捨てられた子供なんかが集まっている。そこで共同生活を送る場だな」
なるほど。しつけとはいう物のその実態は孤児院なのか。貴族の子供が孤児院に預けられたとなればそれは確かに捨てられたのと同義だろう。
「それならばなぜしつけ小屋なんて呼ばれる事になっているんですか? 実態は孤児院なのに」
「俺も当時の話は婆ちゃんから聞いただけなんだけどな」
それからトゥールさんは孤児院がしつけ小屋と呼ばれるに至った経緯を離してくれた。
何でも元々は町はずれの孤児院だったんだそうだ。ある日、孤児院の位置する領地の貴族が息子を預けに来た。その子供は親の手に余るほどの悪童だったらしく、これは面倒見切れないと思った貴族はその子を屋敷から追い出そうとした。そこに領主とは知己の間柄であったお婆ちゃんこと孤児院の院長がどうせならうちに預けないかと領主に持ちかけたそうだ。
しかしそれからしばらく経ち、領内で魔物の大量発生が起きた。その結果領主の跡取り候補は全滅してしまった。
領地に壊滅的なダメージを負ったうえ、跡取りを失った領主は困り果てた。その時、領主はかつて孤児院へと預けた子供がいた事を思い出した。領主は血を途絶えさせるわけにはいかないと、かつての悪童のいる孤児院を訊ねた。
そこで見たのは礼儀正しく、強く賢く育った我が子の姿だった。悪童とおばあさんの承諾もあり、その悪童は領主の跡取りへと返り咲いた。しかし長年姿を見せていなかった領主の子だ。その出自は周辺の貴族から探られる事になる。妾との子供なのではないか、実は養子なのではないか、と。
そして誰が突き止めたのか、新しい領主の子は孤児院出身だと噂が立つようになった。
多くの貴族は孤児院――庶民の子供を跡取りに据えたのかと領主の正気を疑った。しかし近隣の領地の貴族はかつて領主の子の中に大変な悪童がいた事を思い出した。いつの間にか姿を見かけなくなっていたので死んだものだと思っていたが新しい領主の跡取りがかつての悪童だと推察した。幼少期の振る舞いを知る者はかの悪童ならば大した障害にならないだろう。魔物被害によって衰弱した領地に貸しを作り、領地の幾らかを割譲してもらおうという目論見の上で、なんら問題ないだろうと考えた。
しかしその子が成人し、家督を継ぐと周囲の貴族は驚愕した。かつての悪童、そして孤児院育ちだと軽視していた子供は驚くほどの才覚を発揮し、衰弱していた領地の繁栄を成功させた。その領地の一族はよくも悪くも凡庸な貴族の家系だったらしくこのような俊英の誕生に驚愕した。
そして貴族たちの間で突然現れた俊英の存在、そして悪童の変貌に孤児院の存在が関わっているのではないかと噂が立つようになった。
かの悪童を俊英へと成長させた。その事でその孤児院は注目を浴びる事になる。しばらくして、一部の貴族の間で孤児院を子供のしつけの為に使おうとした者達が現れた。子供を孤児院に預け、後に引き取ろうとしたのだ。これが孤児院が“しつけ小屋”と呼ばれる様になった所以だ。
我が子の成長を楽しみにしていた貴族達だったが、しかしそこで貴族たちに誤算が生じた。成長した我が子を引き取ろうと孤児院へと向かった貴族たちはかつてに息子たちに拒絶された。
「自分たちの居場所は貴方の所にはない」
「私はこの仲間たちと共に生きる」
そう言い放った子供たちを貴族たちは力ずくで連れ帰ろうとした。しかしそんな事をその地の領主が許すわけもなかった。その貴族たちは跡取りを連れ帰る事に失敗し、各々の家へ帰っていった。
それからいくらかの貴族の子供が孤児院に預けられたが、預けられた子供が元の家に戻るという事は殆どなかった。そしていつしか貴族にとってその孤児院は子が帰って来なくなる場所、それが転じて子供を捨てても戻って来なくなる場所という認識が生まれた。
そしてかつてのしつけ小屋の名称を利用し、貴族たちは子供を捨てたのではなく、預けただけ、子供が戻ってこないのは子供の意思だと言い張り、不要になった子供をその孤児院に連れていく慣習が生まれた。
これがしつけ小屋の由来と貴族にとっての勘当の場となった理由だそうだ。
そう語ったトゥールさん。
しかしその話を聞くと勘当された……というよりは子供の方から家に帰るのを拒んだ様に思える。貴族としても余計な面倒ごとを起こす子供を何らかの偽装をしつつも殺してしまったり軟禁してしまうより、他所に預けたという方が外面が良いのかもしれない。
もしくは、貴族も人の親。自分の子供を殺すのが忍びないのかもしれないが。
トゥールさんが孤児院にいた頃にも親に捨てられた貴族の子が来たこともあったそうだ。その子は教育が目的とか古い方の理由ではなく、不気味な容姿……左右の瞳の色が違う、いわゆるオッドアイだった事が原因で不吉な子として扱われた為だそうだ。
そんな風に話をしていたら、気が付いた時には目的のキャンプ地まで来ていたのだった。
「それでは坊ちゃん、昼食の準備をしますよ」
そういったムツィオさんは馬車の中に入り、隅に積まれていた木箱から食材を取り出す。僕も手伝おうとしたが、ムツィオさんとトゥールさんにやんわりと断られた。それが僕の身分を考慮したのか、客人だからなのか、それとも手順のわからない者がいても邪魔だからなのかはわからないが。
手持ちぶたさ……といってもこの世界の人間は種火程度の炎なら魔法で簡単にだせるはずなので、それほど時間もかからないだろう。
そうはいっても暇なものは暇なので、退屈を紛らわせる為に僕は御者の席に座りキャンプ地の様子をうかがう。周囲にはいくつもの馬車が止められ、馬たちは地面に打たれた杭に縄でくくられた状態で餌を食べている。
キャンプ地は街道からそれほど離れていない開けた土地で、周囲の見晴らしも良い。盗賊や魔物の様な存在が近づけば、誰かしらすぐにわかるだろう。
それぞれが馬車の前で、食事の準備をしているのが見える。その中でフードを被った大人と子供の二人組が馬車から馬車を渡り話をしていた。まるで何かを探しているようだった。
怪しいと思い注意して見ていると、二人組がこちらを指さしていた。そのまま二人組はこちらに走り寄ってくる。
アンネローゼの回し者か……。僕を狙うような人間は他にいない。あの野郎、僕を家から追い出すだけじゃ物足りなかったのか。僕は体に身体強化を施す。昼間から襲撃するとは思えないが、念の為だ。
二人組のうち、大人の方が僕との距離が三メートル程まで来たところで声を上げた。
「アルノルト様!」
フードの大人は頭に被っていたフードを取った。そこには今日初めて見る――しかしいつも毎日の様に見ていた顔があった。
「アニ……」
僕はすぐにその横の子供に顔を向けた。そこには紫色の髪をした少女――フィーリネがいた。
「私たちはアルの事を追いかけてきたのよ」
ムツィオさんやトゥールさんに二人の事を説明し、昼食を一緒に取る事となった。
二人は僕を追いかけてきたらしい。それぞれが僕を追った理由は長くなるとの事なので、この場で話す事はなかった。
今朝僕が起きる前に屋敷を出て、しつけ小屋の方面に進む馬車に乗せてもらえないか頼んだそうだ。しかし、突然そのような申し出を言われても同乗させてくれるような人間は少なかったらしい。
結局相場よりも大分高い金を払って貨物馬車に乗せてもらったようだ。今朝、騒ぎが起きていたのはどうやらそれが原因らしい。
僕は二人の行動に驚きながらも、自分を追ってきてくれた二人の行動が嬉しかった。それを気取られるのも恥ずかしいので、僕は二人から顔を隠しながら昼食を取った。




