第四十三話 成長
一か月弱失踪してました。すみませんでした。
「やあああ!」
ジギスが両手で持った木剣を上段から勢いよく振り下ろす。しかし僕は既に後方へ回避していたのでジギスの攻撃は空振りに終わった。
ジギスは攻撃に移る際の予備動作が大きい。力強い、一撃の威力が高くなるように剣を振るおうとしているのだろうが、そのせいで動きの一つ一つが大振りになり、次に何をするのか簡単に読めてしまう。
僕らが習った剣の構え方は剣を両手で持ち、剣先を相手の顔に向けて正面に構うる様な構え方、ちょうど剣道の構え方の様な形だ。
しかし、今の様な上段の大振りをする際に、ジギスは一度剣先を地面に方に落とし、そこから一気に木剣を頭の上まで振り上げてから叩きつけるように振り下ろす。
上段からの振り下ろしは確かに勢いがあり、力も乗った攻撃だがそれだけ予備動作が大きいと剣先を下に向けた段階で僕は回避行動に移る事が出来る。
そして非力な子供の力では、全力で上から下に振り下ろした木剣を持ち上げ、元の構えに戻る事はすぐには出来ない。
僕はその隙をつき、ジギスの肩に向かって剣を振るう。
「ぐっ!」
「そこまで」
木剣で切られたジギスがうめき声を上げる。それと同時にトーマスさんが模擬戦を止めるように指示をだした。
僕は木剣を構えるのを止める。
「くそ! もう一度だアルノルト!」
「模擬戦は先に一撃与えた方が勝ち、そして模擬戦は一日一戦のみ。そういう決まりでしょ?」
「だが、こんな……! くそ!」
悔しそうな目で僕を睨むジギス。それをトーマスさんが間に入る事で遮る。
「お見事ですアルノルト様。ジギスムント様は少し動作が大きすぎましたね、そのせいでアルノルト様に次の動きを読まれてしまいました。それに剣を振るう際に体の軸がぶれていました、そのせいで剣を振り下ろしたと回避もできなかったのです。素振りは剣を振るう動作の安定性を作り上げます、これではより一層素振りに力を入れるしかありませんね」
「何だと!」
「模擬戦で素振りの効果が現れたら次の段階に進むとしましょう。さて、それでは今日はここまでになります。私が片づけを済ませておきますのでお二人はお部屋にお戻りください」
前回の鍛錬の時と同じように僕はその場を後にしようとした。しかし、ジギスはその場に立ち止まった。
「どうしたのジギス、戻ろうよ」
「……トーマスその木剣は俺が部屋に持ちかえる。片付けは不要だ」
「わかりました。それではこちらを」
ジギスはトーマスさんから木剣を受け取るとそのまま一人で部屋に戻ってしまった。
「……アルノルト様はいかがなされますか?」
「……僕も持ち帰ります」
ジギスが自主練をするなら僕も負けるわけにはいかないからね。僕は木剣手に持ち自室へと戻った。
「それでは、用意――」
トーマスさんの声を合図に僕らは剣を構える。五メートル程離れて互いに剣を向け合う。僕はジギスの目をじっと見つめ、ジギスも同じように僕の目を見ている。木剣を握る手に自然と力が入る。
「――始め!」
合図と共にジギスが距離を詰めてくる。僕も同じようにジギスとの距離を詰める。互いの剣が届く様な距離まで近づいた所でジギスが剣を振り上げた。
上段からの攻撃は隙が大きい。最初の模擬戦の時の様に、事前動作は殆どなくなっていたが、互いに剣が届くほどの距離でその隙は命取りだ。
僕はチャンスだと思い、その剣が振り下ろされる前にジギスの胴を切ろうと木剣を横なぎに振るう。
その瞬間、僕はジギスの足が止まっている事に気が付いた。先ほどまで僕と同じように距離を詰める為に走っていたのにだ。ジギスは後ろ足を大きく後ろに伸ばし、その足を軸に僕に背を見せるように回転しながら前足を軸足よりも後方に持って行った。
この時僕は自分が釣られたのだという事に気づいた。僕の横なぎに放った剣はジギスが後退し、体をずらした為に空いたスペースを空振る。
ジギスはにやりと笑い、半身の体勢から上段の攻撃を繰り出す。
僕は慌てて木剣をジギスの攻撃の軌道上に置こうとするが、間に合わない。
ジギスの木剣が僕の頭を強打した。
「そこまで!」
トーマスさんが止めに入る。
「ふは、ふははは! ふはははははははは! 勝った! 勝ったぞ! アルノルトに勝ったぞ!」
ジギスが満面の笑みで勝利を喜んでいる。それを見て僕はジギスの成長を嬉しく思う反面とても悔しかった。それが表情に出ていたのだろう。ジギスは僕の顔を見ると先ほどよりも更に嬉しそうな顔をした。
「そうだ! 俺はお前のその顔が見たかったんだ。いつもなんでも上手くこなすが剣術は俺の方が上だったようだな!」
「……ジギスムント様、あまり調子に乗ってはいけませんよ。この剣術の鍛錬を始めて三か月、その中で初めての一本ではないですか」
「ええい、うるさいトーマス! 俺だってそんな事はわかっている、だが今までで初めての勝利なんだよ! 俺の喜びに水を差すな!」
ジギスの言う今までというのはこの模擬戦の事だろうか。それとも、文字の読み書きから始まったあれこれなのか。
僕も初めてジギスに負けた。それをこんなに悔しいと思うとは自分でも想像していなかった。
「失礼しました。それにしても、見事な勝利でした。アルノルト様に若干の迂闊さがあったのも確かですが、ジギスムント様の作戦勝ちといったところでしょうか」
「そうだろう、そうだろう! アルノルトから一本取るのに今まで必死に考えてきたからなぁ! あのステップだってひそかに練習していてようやく模擬戦でも使えるようになったんだ!」
「……先に上がらせてもらいます」
トーマスさんに工夫を語るジギスから目を逸らし、僕は部屋に戻った。
「おかえりなさい、アルノルト。お湯は用意――」
「いらない。それより何か冷やせるものを持ってきてくれない? 頭を打ってさ、冷やしたいんだ」
「っ! かしこまりました。すぐにお取りしてきます」
驚いた様な顔をしたアニが慌てて部屋から出て行く。僕は汗を拭かぬままにベッドに横になる。
ベッドで横になった僕に寄り添うようにフィーリネが座った。
「アル……負けたの?」
「うん」
「アルがジギスに負ける事もあるのね。今日調子悪かったのかしら?」
「……そんな事はないよ。ただ普通に負けた」
「ふーん」
それだけ聞くとフィーリネはそれ以上僕に何も聞かなかった。僕は暗い感情を心の奥底に押し込め、眠りについた。
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