第四十二話 剣術
お久しぶりです
「アルノルト様、脇が空きすぎです。もっと閉じてください。ジギスムント様は大振り過ぎです素振りとは言えもう少し小さな動作で構いません」
修練場にトーマスさんの声が響く。僕は言われた通りに脇を開きすぎない様に気を付けて木剣を振るう。横ではジギスが不満げな顔で先ほどよりも少し動作を小さくし、木剣を振るう。
トーマスさんは振り方を改めた僕らを見て、満足そうに頷きながら僕とジギスの周囲を歩いて回る。そうして木剣を振る事一時間が経った。
「それでは今日の授業はこれで終わりです。後片付けは私がやっておきますのでお二人はお部屋にお戻りいただいても結構です」
僕らは修練場を出て屋敷の自室に向かった。
「トーマスのやつ、なんだ今日の授業は。ずっと木剣を振っていただけではないか。俺は剣技を習いたいのだ! こんな素振りなんて頼んでいない」
部屋へ戻る途中、ジギスが息を荒げながら今日の授業への文句を愚痴っていた。
「俺は父様から剣の授業があると聞いて楽しみにしていたのに、なんだあれは」
英雄への憧れの強いジギスには剣の授業は大層憧れるものだっただろう。それが一時間素振りのみとあっては不満が出るのも仕方がない。
僕だって男の子だ。剣の授業と聞いて心躍るものはあった。素振りのみとわかった頃には表面には出さなかったが少し落胆したものだ。
「でも座学だって基礎があって初めて応用ができるでしょ? 剣も同じなんじゃないかな?」
「だが、素振りだけではつまらん」
「それじゃあ今日夕食の後に父さんにお願いしてみようか、剣の授業の時に何か楽しめる要素を追加してくれないかって」
「……そんな事を許してくれるだろうか」
「大丈夫だよ、勉強だってご褒美があった方がやる気出るでしょ? 例えばだけど素振りとかその日のメニューが終わった後に僕らで模擬戦をするとか」
「そうだな! アルノルト今日の夕食の後父さまの部屋へ行くぞ」
どうやらジギスの怒りは静まったようで少し機嫌がよくなったようだ。
僕とジギスは部屋の場所が離れているのでその後すぐに別れ僕は自室に戻ってきた。部屋の中にはフィーリネとアニがいて、汗を拭く為のタオルとお湯を入れた桶が用意されていた。
「お帰りなさいアル。お湯の用意はできているわ」
「ありがとうフィーリネ」
僕はフィーリネから上半身の服を脱ぎ、アニに渡す。フィーリネから布を受け取り、それをお湯に浸し、軽く絞ってから体を拭いていく。
体を拭きながら僕は剣術修行をする事になった経緯を思い出す。
フィーリネとの観光から一週間、監視も厳しい中特にすることも無いので僕はフィーリネの魔術の訓練に付き合っていた僕が何度か見本を見せ、それをフィーリネが真似をする。目の前でお手本の魔法や魔術の結果を見せる事でより明確な知識を身に着けてもらおうと思ったのだ。
観光からの一週間僕らはずっとその方法で魔術の訓練を行っていた。その訓練には僕とフィーリネ、アニの他にも父さんの手の者も監視として同席していた。その中で七日目の監視の担当がトーマスさんだった事が僕の剣術修行の始まりだった。
「アルノルト様、失礼します」
フィーリネと共に魔術、魔法の訓練をしていると今日の監視の担当であるトーマスさんが僕らに近づいてきた。
「どうしたんですかトーマスさん」
「いえ、アルノルト様はそのお歳で随分と魔術を使いこなしていると思いまして、お声をかけさせていただきました」
「……ありがとうございます」
先日王都で自分の力不足を痛感した身としてはその賛辞は素直に喜べないところである。
「私もここ数日のアルノルト様とフィーリネ様の魔術の鍛錬の様子はお伺いしております。しかし私の耳に入るのは魔術の鍛錬だけで、剣技の鍛錬の話は聞かないものでアルノルト様とお話ししたいと思った次第です」
そういえば僕はこちらの世界に来て初めて見た前世ではありえない事が魔法だったのでそちらに飛びついたけど、よく考えてみれば剣も悪くない――いやむしろいい!
魔術の鍛錬も悪くないけど、クリスティアンさんの本はもう僕の手元にはない――既読の部分はほぼ暗記しているので復習する上では問題ない――為、新たな魔術の訓練は出来ないが、剣ならば僕が強くなるための一つの方法としてアリなのではないかと考えたのだ。
王都での一件でも僕に近距離の相手と戦う術があればもう少し何とかなったかもしれない。自惚れるわけではないが、僕の身体強化はそれなりに練度が高いらしい。しかしその身体強化に頼った力任せの戦闘では、いずれ王都での一件と同じくまた力不足を痛感する事になるだろう。
身体能力に頼らない技術が必要だ。
「そうですね、何で今までやって来なかったのでしょうね」
「アルノルト様も剣技の鍛錬にはやる気があるのですね。もしよろしければ私がお教えいたしましょうか? 貴族出身ではありませんが、これでもリーベルト家の兵士ではそれなりの実力です、アルノルト様にお教えできることもあるでしょう」
トーマスさんの提案は僕にとっては渡りに船だ。しかし……。
「父さんがそれを許してくれるでしょうか」
王都での問題行動から僕は父さんから厳しい監視を受けている。僕が不審な行動をとったり、危険な目に会う可能性のある事をすればすぐさま止めに入るだろう。
剣技の鍛錬なんて僕にやらせたらまた何か危ない事をしでかすんじゃないかと疑われそうだ。
「確かにアルノルト様の今の立場ですと、旦那様も簡単にはお許しをなさらないでしょう。……わかりました。アルノルト様に剣技の鍛錬の意思があるのならば私が何とかします。数日待っていただければ私が旦那様からアルノルト様の剣技の鍛錬の許可を取ってまいります」
「本当ですか! ありがとうございます」
それから五日後トーマスさんは本当に僕の剣技の鍛錬の許可を取ってきたのだ。ただし、僕とジギスが剣技の鍛錬をしている間、付き人の二人は魔術の訓練を、そして僕とジギスに魔術の訓練をする間付き人が剣技の鍛錬をする事が条件として付けられた。
そして先ほどの素振りの訓練である。剣技の鍛錬なんて言っていたから少し期待したため、素振りのみでがっかりしたのは事実だが、僕が力を手に入れるためなのだからつまらなくても一生懸命やらなければ。
軽く汗を拭いた僕はその後の夕食の時間まで自室で待機した。
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