第三十九話 復讐・3
長めです。
東地区、ニクラウスの拠点のある地区だ。僕は今そのニクラウスの拠点とする店の前にいる。町中には一般市民は殆どいない、冒険者達もあまり夜中にこの地区をうろついたりはしないらしく冒険者と思われる人も少なく見える。
つまるところここは人通りが少ない。隠密行動をするにはもってこいだった。父さんに兵士を借りる事が出来なかった以上正面からの突破は無理だ。だから僕らは隠密行動をとるしかなかった。
僕らはニクラウスの店に近づく。全身に身体強化を施したまま、いつでも逃げられるように身構えながら窓から店の中を覗く。店は既に閉まっているが店内には明かりがついている。中には店員と思われる人間が二人いる。棚を見ている事から商品のチェックをしているようだ。
僕らは店の壁伝いに移動し、大通りに面した店の入り口とは反対側の裏口に向かう。そこにはいくつもの木箱が積まれている。どうやら物置として使われているようだ。
辺りを探ると木製の扉を見つけた。僕はその扉を開こうとするが、鍵がかかっていて開かない。
魔法を使って扉を壊すわけにもいかない。どうにか開けられないかな。そんな事を考えているとシモンさんが急に小声で話しかけてきた。
「アルノルト様、人が来ます」
シモンさんの言う通り、背後から人の喋り声が聞こえてくる。僕とシモンさんは木箱の陰に身を隠し、様子をうかがう。
「俺たち、これで本当に助かるっすよね。大丈夫なんすよね」
「ニクラウスはそう約束してくれた。……それを信じるしかないだろ」
声の主は少年が二人。その聞き覚えのある声に僕は自然と拳に力が入る。こいつらはグレイの取り巻きだった奴だ。そして、グレイを襲った奴ら。
彼らは扉をノックした。すると中から低い声が聞こえてきた。
「誰だ」
「ハコモとウィンだ。ニクラウスに話が合ってきた」
「……合言葉を言え」
「羊は捕らえた、後は刈るだけ」
「……確認した、この紙に記されたところで待て。その紙はこの場で読んだらすぐに返却しろ」
扉の下から紙が彼らに渡される。その紙を少年のうちの一人が拾い、もう一人の少年にも見せる。そして指示に従い、扉の下から再び紙を返却し、その場から去った。
僕らは少年達が去っていったのを確認し、先ほどのやり取りについて話し合う。
「あの少年達はおそらくグレイを襲った実行犯です。ニクラウスからの報酬の受け渡しでしょうか」
「そうでしょう、どこかで待ち合わせをするようでしたが、追いますか?」
彼らの後を追えば後々ニクラウスに会う事もできるかもしれない。その可能性があるならここで襲うよりも襲撃が成功する可能性は高いだろう。
「そうですね、追いましょう」
僕らは少年達を追いかけた。
話していたせいで、少し距離が空いていたが、シモンさんが足跡から彼らの歩いた道筋を予測し、すぐに追いつくことができた。
彼らが入っていったのはスラムでよく見かけるテントの様なボロボロの建物。周りには多くのスラムの住人がいて、あまり騒ぎを大きくすることはできなさそうだ。
僕らはテントに近づいた。するとテントの中から血の匂いがした。中を覗くと、テントの中には血だまりの様なものが出来ていて、ここで何者かが大量の血を流したことがわかる。
そして、少年達はその血だまりを見て大いに慌てていた。
「どど、どうするっすかウィン。リーダーどっか行っちゃったっす」
「落ち着け、ハコモ。くそ、あれだけ怪我してたのに動けるとは思わなかった」
どうやらグレイを襲った後、彼らはここに一度運びこんでいたらしい。どうやったのかはわからないが、グレイは一人で逃げ出したのだろう。そしてシモンさんの店にたどり着いた。
「どうするっすか、ニクラウスがリーダーを捕らえろって言ってたっすよ」
「うるさい! 今考えてだろ! お前も少しは自分の頭を使え! くそっ!」
ハコモと呼ばれた少年はただ慌ててウィンと呼ばれた少年に助けを求めている。ウィンと呼ばれた少年はそんなハコモの態度にイラつきながらも何かを考えているようだ。しかし、上手く考えが思いつかないのか、髪をかきむしっている。
「くそ! どうすればいい!」
「探すしかないっす……ニクラウスが来るまでしばらく時間があるはずっす」
「グレイがどこに逃げたかなんてわからないだろ!」
「ううう」
ウィンがハコモを怒鳴る。ハコモはその声に委縮し、体を縮こませる。
「そうだ、この血の跡をたどればリーダーの所にたどり着くっす」
「っ! でかしたハコモ。急ぐぞ!」
少年はテントの中から飛び出そうとする。その足を僕らは引っかけ、転ばせる。そのまま僕はウィンの、シモンさんはハコモの背後を取り、腕を捕まえる。
「何だよこれ!」
叫ぶウィンの口を手で押さえる。ウィンの叫び声に周りの人間がこちらに視線を送るがすぐに何事もなかったかの様に視線を逸らす。この程度スラムでは日常だという事か。
僕がウィンの口を塞いでいる間に、いつの間にかシモンさんはハコモの口に縄をかませ、喋れない様にし、更に背中の方に手を縛っていた。
ハコモをテントの中に放り込み、僕が取り押さえているウィンも拘束し始めた。……いつの間に縄なんて用意していたのだろうか。
テントの中には僕と拘束されたハコモとウィン。いつぞやと逆の立場だ。シモンさんにはニクラウスが来るかどうか索敵をしてもらっている。外見の特徴を伝えて警戒してもらっている。僕ではあまりそのような索敵は上手くないからね。
僕はハコモの方の口の縄を外し、彼に質問をする。ハコモを選んだのは、彼の方が喋ってくれそうだと判断したからだ。
「さて、君たちに質問がある。今日グレイを襲ったのはお前らか」
先ほどの会話から既に答えは得ているが、彼らがどれくらい本当の事を話すか試しているのだ。
「ええと、その」
ハコモが怯えた様な目でウィンに助けを求めるような目をしている。その視線に対しウィンは絶対にしゃべるなとでも言いたそうな険しい目つきでハコモを睨む。
「いいから、喋ってよ。それともこないだ僕がされたような事されたいの?」
ハコモが目に見えて怯える。そして弱弱しく口を開いた。
「その通りっす、俺らがリーダーを襲ったっす」
殺さんとばかりの目でハコモを睨むウィンだが、今は君には要はない。ウィンから視線を外しハコモを見つめる。
「どうして襲った」
「ニクラウスに頼まれたっす、俺たちが市民になる為にはお金が足りないって、税金が上がったとか何とかで必要なお金が上がったらしいっす」
「それでニクラウスにはなんて頼まれたんだ」
「リーダーを捕まえろって言われたっす」
やはりニクラウスはグレイにご執心らしい。かれらを使ってまでグレイを捕らえさせるなんて。
しかし、まぁここら辺まではわかっていた。問題はその前の事だ。
「もう一つ。どうしてグレイを裏切った」
こいつらが裏切ったせいでグレイは一時は心神喪失状態にまでなっていた。何とか復讐という原動力でグレイを復活させたが、グレイにそこまで大事に思われていながらなぜ彼を裏切ったのか僕はこいつらに尋ねずにはいられなかった。
僕はウィンの方の縄も外した。彼にも話を聞かなければならない。
「さあ、言えよ。どうしてグレイを裏切った」
「あいつが俺たちを裏切ったからだよ!」
口の縄を外された途端ウィンがそう叫ぶ。
「あいつが一人でここから抜け出そうとしたからだろ! 俺は悪くない、あいつが悪いんだ! あいつがいなくなったら俺らはどうすればいいんだよ! 俺らはあいつがいたからこのスラムで生きてこれたんだよ! それなのにあいつは俺たちを裏切った! 一人で助かろうとした! なら俺たちだってそうするさ! あいつは俺らの事を見下してるんだからなぁ! あんたみたいな人生の勝ち組の仲間ができるチャンスがあればそっちに飛びつくような奴だったんだよ!」
そこまで言った段階で僕はウィンの顔面を思いっきり殴っていた。考えるよりも先に手が出ていた。こいつはグレイの事を何にもわかっていない。グレイがどれだけお前らの事を考えていたのか!
「ああ、ああ」
僕が本気で殴ってしまったせいでウィンは何本か歯が折れてしまったようだ。上手く喋れていない。ふと僕の手もウィンの歯で切ったのか血まみれになっていた。ズキズキと痛む。だが、そんなことは気にしていられない。
「ハコモ、次はお前だ。どうしてグレイを裏切った」
「ニ、ニクラウスがリーダーは俺たちを裏切ったからって……それにウィンもリーダーを裏切ったから……」
その回答に僕は絶句する。つまりこいつはウィンの様に今までの感情の積み重ねが暴走したのではなく、流されてグレイを裏切ったのだ。先ほどから自分がない奴だと思っていたがまさか、ここまでとは。
僕は呆れて拳から力が抜ける。こんなやつ殴る程の奴じゃない。僕は二人を拘束したままテントを出た。
「もうよろしいのですか?」
「ええ、グレイが彼らの事を大事に思っていたので、場合によっては保護しようと思っていましたが、それも必要なくなりました」
「そうですか、それではしばしニクラウスとやらが来るのを待ちましょう」
僕らはテントに来る人間を見張れる位置に隠れ、時を待つ。
それから三十分ほど経った時、ニクラウスは現れた。三人の護衛を連れて。その三人は以前グレイの拠点でニクラウスと遭遇した時にはいなかった面子だ。三人ともおそろいの服装をしている事から彼らが同じチームに所属している事がわかる。ニクラウスの護衛だろう。
僕は人を見ただけで強さを推し量るような特技はないので、彼らの強さを判別できないが、僕がまともに戦って勝てるような人間ではないだろう。シモンさんと目が合う。シモンさんは首を横に振り、今は出て行くべきではないと僕に伝える。
ニクラウスがテントの中に入る。
「おや? グレイがいませんねぇ。君たちも拘束されている。となると誰かに連れ去られたんですかねぇ。あの時のリーベルト家の子供ですかねぇ。まさかとは思いましたが、貴族がスラムの子供の為に何かするなど、変わった事をするものですねぇ」
ニクラウスがテントから出てくる。そして護衛の三人に向かって命令を発した。
「この血の跡を辿りなさい。テントの中の血の量からして出血は相当な量になっている、血痕が途切れているという事はないでしょう。今すぐに追跡し、グレイを生かして捕らえるのです。殺してはなりません、必ず生け捕りにするのです」
ニクラウスがそういうと護衛のうち、一人が血痕を辿り、この場から離れた。残る護衛は二人。僕はシモンさんの方を見る。シモンさんはまた首を横に振った。
どうすればいい、このままでは血痕を辿られ、シモンさんの家にまでたどり着かれてしまう。そこにはロシェルさんがいるとは言え、セレスにグレイと守らなければならない者が二人もいる。復讐よりも彼らの安全の方が大事だ。僕は血痕を辿ろうとした男を追おうとしたとき、僕は突然突き飛ばされた。
突き飛ばされた方を見ると、そこには剣で何者かの剣を受け止めているシモンさんがいた。僕は庇われたらしい。シモンさんと僕との距離は十メートルは離れていたのに、一瞬でここまで移動したという事か。
僕がシモンさんの動きに驚愕していると、ニクラウスたちが僕らに向かって歩いてきた。
「おや、リーベルトの子供だけだと思っていましたが、まさかこのような手練れがいるとは。驚きました」
シモンさんと戦っていた者はニクラウスが近づくと、ニクラウスを庇うように、前に立つ。シモンさんも僕を庇うように剣を構える。
最初後ろに着けていた護衛以外も連れてきている戦闘員がいたのか。僕を襲おうとした男は三人の護衛とは別の服を着ていた。このスラムになじむような服だ。
これ見よがしに護衛を連れていたのはこの刺客の存在を隠すためか。
「ふむ、厄介ですね。あなた一人でそこのご老人の相手は務まりますか?」
「……難しいです」
「そうですか、では三人であのご老人の相手をしなさい」
そういうと、ニクラウスの前に三人の男が立ちふさがる。一人は先ほど僕を襲おうとした者で獲物は短剣を使っている。護衛の男のうち、一人はロングソードと呼ばれる剣、もう一人は杖を構えている。
場に緊張が走る。
先に動いたのはニクラウスの陣営だった。
ロングソードの男が上段からの振り下ろしを行う。それをシモンさんはバックステップで回避する。その後を短剣遣いが素早い速度で短剣による突きを放った。その攻撃をシモンさんは剣の腹で受け止める。
僕はそれを見ながら、シモンさんの邪魔にならない様に少し離れた所まで逃げる。
シモンさんは短剣を受け止めた後、短剣使いに前蹴りを入れる。短剣使いは吹き飛ばされる。しかし、その穴を埋めるように杖使いが魔法を放つ。放たれたのは水球で着弾した場所で氷となった。父さんが使っていたのと同じ魔法だ。あの魔法使いは足止めをして、他がとどめを刺すつもりなのだろう。
シモンさんはその水球を剣で薙ぎ払った。剣が氷つくが、シモンさんの剣に一瞬炎が燃え上がったと思うと、一瞬で氷が融けた。
再びロングソードの男がシモンさんに剣を上段に構える。それをカバーするかの様に杖使いがシモンさんの左右に水球を放つ。その水球の軌道はシモンさんの後方で交差するように動いている。このままでは先ほどの様にバックステップをしても魔法に着弾してしまう。
シモンさんは体勢を低くし、駆けた。それは僕の目で追いかける事のできない程の速度で、ロングソード遣いが剣を振り下ろすよりも早くその懐に入り込んだ。そして剣を持っている手とは反対の手でロングソード使いの腹部に掌底を食らわせた。
するとロングソード使いは口から血を吐きながら地面に倒れる。
よく見ると先ほどシモンさんに前蹴りを入れられた短剣使いも同じように倒れて、起き上がる気配は無い。
護衛の男たちは残すところ杖使いただ一人、シモンさんは一瞬で距離を詰め、掌底で杖使いを眠らす。
瞬く間に護衛を全員倒されたニクラウスは唖然としている。
「ふ、ふざけるな! こいつらは私の直属の護衛だぞ! それがどうしてこんな……貴様何者だ!」
そういったニクラウスはその場でシモンさんにあっさり気絶させられた。
「さて、アルノルト殿。この者共を連れて店に帰りましょう。復讐は全てが片付いた後、行いましょう」
そういってシモンさんはニクラウスや護衛の者達を縄で縛り、引きずってスラムから店の方角に向かって歩いていく。
僕はあっという間に全てを終わらせられた事に対してただ、唖然とするしかなかった。
お読みいただきありがとうございます。
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