第三十七話 復讐・1
いつもより、気持ち長めです。
結局僕の着替えの時間が十五分程。それから更に三十分程経ったところで奥の部屋から人が出てくる音がした。店内は既にお客がほとんどいなくなっていて、老夫婦が一組いるのみだ。
そして奥の部屋から二人の女性と二人の少女が出てきた。二人の女性はアニとロシェルさん。随分と満足げな顔をしている。そして二人の少女のうち一人はセレス、こちらも満足げな顔をしている。そして残る一人。
その少女は灰色の髪をしていた。服は先ほどロシェルさんが持ってきていた服の中でもヒラヒラとした物が少ない物だが、しっかりと女の子の着る様なおしゃれな物だ。
両手で顔を隠している様子はまるで初めて人前に出たアイドルの様にも見える。
「随分と苦労しました。何分素材は良いのですから私たちとしても一番似合う服を決めるのに時間を要しました。それにこれからスラムに出向くのですからそのような場所に似合う服装でなくてはなりません。ロシェルの了承を取り、適度に服をボロボロにしたりしました。その結果がこれです、どうですかアルノルトさん」
やはりというべきか、目の前の少女はグレイの女装姿であった。
一応店内という事もあり、お姫様として振る舞うセレス。どうですかと言われましても、似合っているとしか。まさかここまでグレイが女装が似合うとは。意外だった。僕から見たグレイは性格込みの印象になるが、顔のいいガキ大将って感じだったのだ。
それがこうも女の子らしくなるとは驚きだ。とりあえず僕はセレスからの質問に答える。
「いいと思うよ? 髪色が変わっていないのが気になるところではあるけど、変装としては完璧だと思うよ。これでスラムに言ってもグレイだとは思わないんじゃないかな? 少なくとも性別は違って見えると思う」
「……そういう感想を求めていたわけではないのですが、まぁいいでしょう。それではアルノルトさん、グレイさん。変装に時間をかけてしまったことですし、これからすぐに張り込みへと向かいましょう」
セレスに促され僕とアニ、グレイは店を出て、東地区へと向かった。
今回アニもついてきているのは張り込みの為である。今日はあくまでもニクラウスの行動を調査するだけで、捕まえるわけではない。なので逃げたり追ったりのアクションはないのだ。町中での張り込みをする上で子供が一人で店に居続けるのも不自然だ。それをカバーするために大人役としてアニを連れてきているのだ。
アニはいつもと変わらずメイド服のまま。商人の家のお嬢様とそのお付きのメイドという設定だ。商人の多い東地区ならなおの事溶け込めるだろう。
ニクラウスとの取引に使っていた店までグレイに案内をしてもらっている。万が一にも店を間違えて見張っていたとういう事がない様にだ。ただ、その道中グレイはずっと僕とアニを先導するだけで、一言もしゃべろうとしない。
それほどまでに女装が恥ずかしいのだろうか。僕としてはもう赤子の頃の恥――人にお尻を拭かれる事――をのりこえているので女装位恥ずかしいとは思わない。セレス達がしっかりとした女装を施してくれたおかげで僕は自分を知らない人から見たら全員が女子だと思うだろう見た目になっている。
そこまで女装に違和感がない事自体は不服ではあるが。
結局グレイが喋ったのはニクラウスの店を指さすとき、「あれが奴の店だ」と言った一言だけだった。その後別れの言葉もなしにグレイは一人スラムへと向かった。まぁ僕も前世であのくらいの年頃の時は思春期の頃とは違った意味で男女を意識していたからなぁ、グレイの気持ちもわからないでもない。
小学生くらいの頃って、幼稚園までは女子と遊んでいた子供でも、急に男子としか遊ばなくなる時ってあるよね。女子と遊んでいるとからかわれるから。きっとグレイもそんな感じなんだろう。ふふ、やはり幼いなグレイよ。
子供が意地を張っているのを見るような気持ちのままグレイが見えなくなるのを待ち、グレイの示した店の入り口を監視できるような店を探し、アニと共に入店した。
それから夕方、人通りが少なくなるまで観察をしていたが、特に変わった様子はなかった。ニクラウスは現れないし、店に出入りする人間に不審な挙動をする者もいなかった。途中、アニに頼み、ニクラウスの店を身に行ってもらうように頼んだが、中は何の変哲もない日用雑貨を売っている店だったそうだ。
僕らは今日の張り込みを終え、シモンさんの店に戻った。そこでグレイがスラムに泊まり込みで張り込みをすると一度戻ってきた時に言っていたことをセレスから聞いた。
裏のある人間がスラムを訪れるのは夜が多いからだそうだ。ニクラウスの手の者につかまらないか心配ではあったものの、セレス達の施した女装という変装の完成度を考えれば大丈夫だろうと思い、僕とアニはセレス達の馬車に乗せてもらい、貴族街の自宅前で降りた。
馬車を降りた頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。僕はアニと共に館へ帰った。
翌朝、朝食を終え、すぐに家を出た。真っすぐにシモンさんの店に寄り、セレスやグレイが来たら今日の夕方に一度集合して話し合おうと伝えて欲しいと頼んで起き、ニクラウスの店の前に向かった。
流石に連日同じ店に長時間居座るわけにもいかないので、ニクラウスの店からは少し離れるが、人の出入りが確認できるくらいの距離にあった別の店に居座り、昼まで過ごした。
周りの人間が朝食を食べる為に店を探し、通りに人通りが増えた頃、僕らも張り込む店を変える為に通りに出た。人ごみに紛れながらもニクラウスの店から注意を背けない様に気を付けて移動した。
新しい店について、料理を注文した。少しでも長く居座っても怪しまれない様に、調理に時間のかかる食事を頼んだ。
そうした工夫をしながら僕は張り込みをつづけた。
結局この日も夕方になってもニクラウスは店から出てこなかった。当てが外れた。グレイを高値で売ろうとしている様に見えたが、実はそうではないのか?
僕がそんな事を考えながらシモンさんの店に戻ると、店の扉に休業を知らせる看板が立てかけてあった。扉には鍵はかかっておらず、中に入る事が出来た。
「シモンさん?」
僕はそう呼びかける。すると奥の部屋からシモンさんが出てきた。その服にはいくつもの血がついていた。
「シモンさん!」
僕はシモンさんに駆け寄る。シモンさんはいつもの落ち着いた表情とは違い、少し焦っているような表情をして僕を見ている。
「アルノルト様、これは私の血ではございません。私自身は怪我をしていません。しかしグレイが」
グレイに何かあったのか!? 僕はシモンさんの横をすり抜け、奥の部屋へ向かった。扉を勢いよく開いた先にいたのは椅子に座ったセレスと、その後ろでセレスの肩に手を置くロシェルさん。
二人が僕に気付いたようでこちらに振り返る。
「アル君」
「グレイ、グレイはどうしたんだ!」
セレスの目には涙が浮いていて、目元が赤くなっている。ロシェルさんは目線でベッドの上を指し示す。僕はベッドに駆け寄った。そこには腕や胴体に包帯を巻いたグレイが横たわっていた。
「グレイ!」
僕は彼の名前を叫ぶ。しかし、まるで反応はない。僕は彼の胸元に耳を当てる。小さいが心音は聞こえる。良かった、グレイは生きている。僕はその事にひとまず安堵し、深く息を吐いた。
どういう事か二人に説明してもらおうと思った時、部屋の中にシモンさんが入ってきて、扉を閉めた。その時アニも一緒に部屋の中に入ってきている。
「シモンさん……グレイはどうしたんですか」
「……三十分ほど前の事です、突然グレイがこの店に戻ってきました。血だらけでした。私はすぐにお客様にお帰りいただき、グレイをこの部屋に運びました。酷い怪我でした。後頭部には横から金属で強く叩いた様な痕があり、背中と腹部にナイフで切り裂いた様な傷がありました。出血がひどく、治癒をした後でもまだ目を覚まさない状態です」
シモンさんは簡潔に状況を教えてくれた。つまるところ、グレイは襲撃されたのだ。スラムでの張り込みの際に何物からか。いや、何者かはわかっているか。ニクラウスだ。あいつがグレイを。
「セレス、馬車を出してくれないか? 僕の家まででいい。そこからは僕が一人でやるから」
「待って、何をするつもりなの!?」
「決まっているだろ、復讐だよ」
シモンさんがいるというのに、セレスの口調は乱れていた。出会ってから数日、セレスはこの切り替えは一度だって失敗したことがなかったのに。魔法の訓練をするときに周りに親しくない兵士が見えた瞬間から言葉遣いを変えていた程なのに、随分動揺しているんだな。
「復讐って、グレイがこんなことになっているのに、計画なんて実行できっこないよ!」
「計画? いや、別に僕はグレイの計画を実行しようとしているわけじゃないよ」
「え?」
セレスは間の抜けた顔をする。だってそうだろ? その計画はグレイがニクラウスに復讐するための計画だ。僕の復讐じゃない。
「だってこれは僕の復讐なんだぜ? 計画なんて何にもないよ、今この瞬間に復讐をしようなんて思ったんだから」
だから、ニクラウスを生け捕りにするとか、グレイの過去の事を吐かせるとか――そんなのどうでもいい。
だってこれは僕の復讐なんだ、ただの八つ当たり、出会って二日三日とはいえ、大事な友達をこんな目に会わされたんだ。ニクラウスをどうしようが、スラムの人間をどうしようが、僕の勝手だ。だって僕が勝手にやってるだけなんだから。
グレイには悪い事をしたと思う。僕なんかより、何倍もニクラウスへの復讐心は強かったと思う。それを僕とセレスの価値観で殺す事を禁止した。今まで何度もグレイを子供扱いしてきたけど、やっぱり僕の方が精神的に甘ちゃん、子供だった。
相手に復讐をしたいと思った時、本当は相手の事なんてどうでもいいんだ。殺そうとも生け捕りにしようとも思わない。ただ、自分の怒りを相手にぶつけたいだけ。グレイは良くこの気持ちを飲み込めたもんだ。
本当に……すごいよ。
「シモンさん、ご迷惑をおかけした事、本当に心からお詫び申し上げます。ただ、引き続き、グレイの面倒を見てもらいたいのです。まだ少し迷惑をかける事になると思いますが、どうかお願いします」
シモンさんは苦悶の表情を浮かべている。
「アニ、君はここに残って、シモンさんと一緒にグレイを見てて」
アニは何か言いたそうな顔をしているが、言葉が喉でつっかえているようだ。
「セレス、馬車を頼めるかな?」
セレスは無言でうなずく。セレスは僕と全く目を合わせようとしない。なんだか、怖い物を見るような目で僕を見ている。怯えた目だ。いつものセレスらしくないな。
でも、今は馬車を出してくれるならそれでいい。
「それじゃあ、頼むよ」
セレスは部屋から出ようとする。ロシェルさんは不満そうな顔をしたまま、主の後についていく。
それを止めたのはシモンさんだった。
「ロシェル、お前はここに残りなさい。セレスティーナ様も今夜はここにお残りください。アニ殿には申し訳ないが、王城への伝令を頼まれて欲しい」
そういうとシモンさんは懐から紙とペンを出し、何かを書き始めた。それをアニに渡した。
「アルノルト様、あなたは馬車で移動しようと考えていたようですが、それは移動の時間の短縮する為ですね? ならば、私があなたを背負って運びましょう。馬車なんかより、よっぽど早くつくでしょう」
確かに、身体強化を施したのならそちらの方が、早いだろう。どうしてもここぞという時に身体強化を使うという風に考えていて、普段の移動に使おうなんて考えていなかった。
シモンさんはその後に続けていった言葉に僕は驚いた。
「そして、アルノルト様の復讐、私もお付き合いいたします」
お読みいただきありがとうございます。
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