第三十四話 本の行方
翌朝、朝食を終えた僕は父さんに今日は朝から修練場に向かうと告げ、急いでシモンさんの店に向かった。
「シモンさん!」
僕は店に着くや否や勢いよく扉を開いた。その時に生じた音で店内の客が全員こちらに目を向ける。
静まり返る店内。そしてカウンター席の向こう側にいるシモンさんが穏やかな表情のまま僕を見る。
「これはこれは、随分とお早いお付きでございますね、確か約束のお時間は正午過ぎだと記憶しておりましたが」
「すみません、少しグレイに用がありままして。グレイは昨日の部屋に?」
「そうですか、あの子には部屋の中でじっとしているように言いつけてあります」
「ありがとうございます、それから、営業中に迷惑をかけてしまってすみません」
僕は昨日グレイの寝ていた部屋へと向かった。
扉の前でノックをする。
「グレイ僕だ、入るよ」
僕はドアノブをひねり扉を開ける。
「えっ!? いやちょっとまて」
部屋の中からグレイの慌てるような声が聞こえる。しかし僕はすでに扉を開け、部屋の名家へと足を踏み入れていた。
部屋の中ではベッドの上で布団に包まっているグレイがいた。顔を真っ赤にし、息を荒げている。
「入ってくんなって言っただろ!」
「それは悪かったよ。でもちょっと急ぎのようなんだ」
「だとしても一度部屋から出て行ってくれ! 十秒くらいでいいから」
必死な表情のグレイに負け、僕は部屋から出ていく。一刻を争うのになぁ。
それから本当に十秒程で部屋の中から入っていいと声がかかった。中に入るとベッドの上にグレイが座っていた。別段部屋の中に変わったとこはない。一体何の為の十秒だったのだろう。
そこで僕は一つの可能性を思いついた。グレイは先ほどまで一人でおたのしみしていたのだろうか、と。僕も前世で経験がある。急に部屋の中に入ってくる母親。その時の僕の反応とグレイの反応はとても似ていた。
正直、この年でと思わなくもないが、異世界だし、成人の年齢も低い。さらにスラムで年上と共に過ごしていたそうだし、そういう事を知っていてもおかしくはないだろう。なるほど、合点がいった。
「ごめんね、グレイ。僕が悪かったよ」
「な、なんだよいきなりそんな優しそうになって」
僕の態度の豹変に困惑するグレイ。大丈夫、僕は男の子の味方だから。
「てか、急ぎの用があるんじゃなかったのかよ!」
そうだった。僕はグレイに僕から奪った荷物や服をどこに持って行ったのか尋ねた。
「あーあれか。残念だけど、あれはあの拠点の中だな」
「売りに行くって言ってたじゃないか!」
「そんときから起きてたのかよ。……俺らも売りに行くつもりだったよ、貴族の持ってるものなんか金になる物の代名詞だからな。でも、それよりも先にニクラウスとの取引したほうがいいと思ってたんだよ。そっちの方が金の支払いがいいからな。優先順位ってやつだ」
僕はその場で膝から崩れ落ちる。あああ、なんてことだ。ようやく魔法を手から出せるようになり、これからあの本に書いてある数々の魔法を実践しようと思っていたのに。……中身はほぼ暗記していて細かいところの確認程度にしかつかく予定がなかったが、そういう問題でもない。あれはクリスティアンさんからの贈り物だ。それを焼失させたのどと今度会ったときどういえばよいか。
「行こう」
「は?」
「あの拠点にもう一度行こう。燃えカスの中にまだ残っているかもしれない」
「いやいや、お前が俺らの拠点炎で焼いたんだろ? なら残ってるわけないだろ」
「行かなきゃわからない! グレイ案内して!」
「だから! そもそもスラムにはニクラウスの野郎の手の者がいるかもしれないから後日じっくり作戦を決めて奇襲しようって話だろ!? なに俺らだけで特攻しかけようとしてんだよ!」
「大丈夫だから! 拠点を漁るだけ。それに僕らなら大抵の奴らから逃げ切れるだろう?」
黙るグレイ。ならば問題ないだろう。さあ、行こうかスラムへ。
念には念を入れて、遠目で顔を判別されないように外套をかぶり、僕とグレイはスラムの中を身体強化を使い、かける。
アニはおいてきた、この探索にはついていけそうになかったから。僕らがスラムに向かっている間はシモンさんの店のお手伝いをしてもらっている。シモンさんから冒険者時代に使っていた装備を借りているのでその恩返しの一環だ。
僕らが借りているのは今身に着けている外套――これはシモンさんの物ではなく幼い頃のロシェルさんの使っていた物だが――と二人分のナイフ。それから皮の胸当てだ。僕らは機動力重視で行動するので、あまり重い装備はつけられない。さらに武器にしても子供用のサイズのものがほとんどなかった為だ。
グレイの選ぶ道は人通りの少ない道のようだ。スラムに入ってからほとんど人とすれ違っていない。
「着いたぜ」
建物の陰に隠れ、燃えて崩れてボロボロになったグレイの拠点があった。全焼している。そして周りにも延焼していたらしく隣接した家がいくつか焦げたり、燃えている。
さらにその外側には延焼を防ぐために壊されただろう家が見える。日本では江戸時代に行われていた打ちこわしという消火法だろう。
「人はいなそうだね」
人気がないことを確認し、僕はかつてのグレイの拠点の跡地に踏み入った。
敷地内には焦げて真っ黒になった木の柱が倒れている。壁だったと思われる大きく平たい木材もある。僕の放った炎はそこまで火力が高いわけではないが、スラムでは消火も上手くいかなかったんだろう。
床を探るが、何も見つからない。それだけでなく、何もない。本当に何もない。僕の鞄と思われる布の燃えカスすら見えない。
「あーこりゃ遅かったな」
頭を掻きながらグレイがそう呟く。
「遅かったってどういう事?」
「ほら、ここ何もないだろう。文字通り、釘とかナイフとかそういう燃えない物まで綺麗さっぱりなくなってんだろ? スラムの奴らが痕を漁ったつーことだ」
火事場から使えそうなものを盗んでいったってことかな?
「けど、そしたら希望が出てきたな。ここで物を売ろうと思ったらオルソってじじいの所に行かなくちゃならねぇ」
「でも、家に持ち帰ったり、他の場所で売ったりしてる可能性もない?」
「お前が探しているのは本だろ? ここの奴らは本なんて読まないし、スラムの奴が普通の店に物を売りに行ったら安く買いたたかれるか、盗品って何癖をつけて取り上げられるかだ。オルソならその心配はないから、ここら辺の奴はみんなオルソの所に行く」
そのオルソというお爺さんはここら辺の商品流通を一手に引き受けているようだ。ならば、そこに行けば本が見つかるかもしれない。僕はグレイに案内を頼んでオルソという人物の店に向かった。
そこはこのスラムで恐らく一番大きいだろう建物だった。木造の小さな小屋や、テントで生活している者が多い中、このオルソという者の店は石造りで、二階建てだった。僕はグレイと共にその店へと入った。
店内には物が溢れていた。商品棚を見ると先ほどグレイが言っていたような焼けた釘のセットが置いてあったり、新品の様な輝きを放つ商品もあった。
「ねぇ、グレイ。あからさまに新品の商品があるんだけど」
「そいつは大方どっかから盗んできたもんだろ。ここじゃよくある事だ」
前世でも少年達が集団で万引きをしたりしたという情報を聞いたことがあるけど、それをスラムの住人が大人も含めて行っているのか。
一通り商品棚を見て回ったが僕の本は置いていなかった。
「どうやらここにはないみたいだね」
ならばここら辺の住人の住処に押し入り、交渉するしかないか。
「もしかしたら奥にしまってあるのかもしれねぇなぁ。高値の商品は大体奥の倉庫にしまってあるから」
「よく知ってるね」
「時々倉庫の整理を手伝っていたからな。最近は俺がここに顔を出すことは殆どなくなったけどな」
「いつもウィンやハコモに任せておったからのぉ。おんしはここにめぇっきりこんくなってじいは寂しかったのぉ」
カウンターの奥からしわがれた声が聞こえ、そちらの方に目をやる。そこには腰が折れ、杖で体を支えないと立っていられないと思わせるくらいフラフラとした足取りで歩く人がいた。
顔はローブを目深に被っているせいで見えないが、この人がオルソさんなのだろうか。
「うるせぇ俺はいつも物を盗ってきてるからあいつらに仕事をふりわけてるんだろ!」
「あぁドングリを拾ってこれ買ってなんて言っておった時はそれはそれはめんこいもんじゃったがのぉ」
「昔の話してんじゃねぇよ。それより、今日は用事があってきたんだ。爺さん、昨日から今日にかけて本を売りに来たやつがいなかったか?」
「おったのぉ。なんでも昨日の火事場から持ってきたものらしいが、不思議と焦げ一つない代物じゃった。中身も大変素晴らしいもんじゃった。ありゃあお貴族様でも簡単には手が出せん値がつくじゃろうなぁ」
僕はオルソさんのその言葉に改めてあの本の価値を再認識させられた。燃えない加工までされているなんて。それじゃあそれくらいするよなぁ。ていうか、オルソさん何気にあの本の中身を理解している?
「その本ちょっと見せてくんねぇかなぁ? それこいつのかもしれねぇんだよ」
「随分と珍しい事を言うのぉ。スラムじゃ所有権なんてないというのがおんしの言葉じゃなかったかの?」
「こいつはスラムの人間じゃねぇ」
「かっかっか、スラムの外の人間から散々物を盗んでおったおんしがそれを言うか」
言葉を詰まらせるグレイ。確かにグレイの頼みは一方的だ。あの本は既にオルソさんが買い取ってしまっている、それを無償で譲ってもらおうなど交渉でも何でもない。
「すみません、一度その本を見せてもらう事は出来ませんか? 僕はその本を探しているのです。もしもその本が僕の持っていたのと同じ物なら買い取らせていただきたいと思います」
「そうか、よかろうでは今持ってくる。しばし待っておれ」
オルソさんはそう言ってゆっくりとカウンターの奥へ戻っていった。
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