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第三十話 合流

 狭い木造の部屋の中に炎が立ち込める。クリエイト系魔法なので、火力もそこまで高いわけではないが、入口を塞いでいたゴロツキ達は散る様に逃げ出す。


 僕は自分の近くの炎を操り、手足の縄を焼く。自身の魔力で生み出した炎なので僕自身は炎の熱さは感じない。ただ、炎により温められた空気の熱気が顔を焼く。爪を剥がれた指先に熱気が染みる。


 僕は炎の中でも変わらず魂の抜けたようになっているグレイのお腹を指先が触れない様に気を付けながら抱きしめる。


「逃げるよ」


 僕は入口とは反対側に向かって手の平を向ける。


「ファイアーボール!」


 火球を三つ打ち出す。三発目が当たった所で目の前の壁が壊れ、穴が開く。僕はグレイを抱えたまま、その穴から飛び出す。



 僕はあたりを見回す。周囲には突然の出火に驚き、集まる野次馬たちがいる。その中に先ほどのニクラウスの姿はない。僕はグレイを抱えたまま、その人ごみの中を駆け抜ける。


 グレイは僕に抱えられたまま、動く気配はない。身体強化により腕力も上がっているが、それでも全く動かない人間を抱えて走るのは中々に骨が折れる。


「グレイ、グレイ」


 僕はグレイに呼びかける。しかし全く返事は無い。しょうがない。僕は魂の抜けたままのグレイを抱え、スラムを抜ける。







 スラムを抜け、南地区の大通りにまで出てきた僕は一度腰を落ち着けた。


 空は既に暗くなっており、人通りも既に少なくなっていた。どこかのお店の壁に背中を預け、全身の力を抜く。


 ようやく一息つける。追いかけっこから拷問、それにニクラウスとかいう奴の登場。最初にこの子を追いかけた時はまさかこんな事になるなんて思わなかった。


 ……そういえばアニはどうしただろう。僕とこの子の追いかけっこについてこれなかったから置いてきてしまったけれど、今はどこに……? アニの性格からして僕をおいて家に戻る事もないだろう。そしてアニ目線でも僕の追いかけたローブの子がスラムの出身である事は予想がつくだろう。


 スラム出身の少年を追いかけた僕を追いかけに行ったアニ……。それってつまりアニもスラムに行ってしまったってことなんじゃないか……?


 やばいやばいやばい。若い女の人がスラムに単身突っ込むなんて危ないよ! さっき見たゴロツキ達に見つかったら……!


「おや、もしかしてあなたはアルノルト様ですか?」


 真っ白な白髪のおじいさんが僕の顔を覗き込む。


「あなたは……」

「私はこの店の店長です、あなたはアルノルト様ですか?」

「はい……僕はアルノルトですが、どうして?」

「それは良かった。アニ様とセレスティーナ様がお待ちです、ご同行願えますか?」


 アニと……セレス? 僕は目の前のおじいさんについていく。グレイはおじいさんが抱えて家へと運んでくれた。





 案内された店の中は喫茶店の様な内装をしていた。店内に他の客はいない。入口の近くの席に一人の少女とメイドさんがいる。セレスとアニだ。


「アルノルト様!」


 僕の姿を見つけたアニが僕に駆け寄ってくる。


「ああ、アルノルト様、一体どうしてこのように……、全身にお怪我をなされて、それにお召し物はどうなされたのですか!? 私がどれだけ心配したか……いきなり、飛び出されて本当に本当に……」


 アニが僕を抱きしめ涙ぐんでいる。僕もアニを抱き返す。顔を上げると冷たい目をしたセレスが椅子の上から僕を見下ろしている。


「従者をおいて一人でスラムに行くなんてアルノルトさんは随分と危険な事をなさるのですね」


 お姫様モードのセレスは椅子から降り、僕の前に立つ。


「セレスティーナ殿下はどうしてここに?」

「あなたの従者、そこにいるアニさんに頼まれたのです。アルノルト様を探すのを手伝ってほしいと。お城まで来て、門番の者に頭を下げて私の所まで言伝を頼んでいたのです」

「そうなのアニ?」

「はい、一度アルノルト様を追いかけスラムにまで来たのですが、私ではスラムの者につかまってしまっても抵抗できません。リーベルト家に助けを求めても、アンネローゼ様に握りつぶされてしまうでしょう。身分の違いは承知の上で殿下を頼る事が一番だと判断しました」

「そっか」


 確かに、アンネローゼが僕が危険な目に会う可能性を潰すような真似はしないだろう。ここ数日の僕とセレスの関係性を見ればこちらの方が良い手だと判断するのも当然だ。


「セレスティーナ殿下、ありがとうございます」

「別に構いません。シモンさん、少し席を外していただいてもよろしいでしょうか?」

「承知しました、殿下。それでは私は別室でこちらの子の治療をしておきます。……その前にアルノルト様」


 シモンと呼ばれたお爺さんは僕の近くまできて、僕の手を取る。

「失礼します、ヒール」


 僕の体の中にお爺さんの魔力が満ちていく。その魔力が僕の怪我をしている部分に集まる。爪を剥がされた部分が治っていく。腹や顔にできた痣も腫れも引いていく。


 指先がムズムズと痒くなる。これは治癒魔術の効果の副作用だろうか。


「これで目に付く怪我は治ったはずです。こちらの少年の治療を終えましたらお食事のご用意をさせていただきますので、しばしお待ちを」


 そういってグレイを抱えたシモンさんは店の奥へと消えていった。


「それじゃあどういう状況になっていたのか説明してねアル君」


 僕はアニと別れてから起きた事を話した。




「なるほどね、転生者だと思って近づこうとしたら返り討ちにあった、それに転生者でもなかった、と」


 セレスはいつもの口調に戻り、テーブルに置かれた紅茶を口に含む。僕もアニがシモンさんから借りた毛布にくるまり紅茶を飲む。


「それでつかまってから危うく誘拐されそうになった……あんまり言いたくないけど、アル君油断しすぎじゃない?」

「そうだね、ちょっと油断してた。こないだベネディクトゥスにボコボコにされたばっかだっていうのにね。魔法を使える様になった事で少し浮かれてた」

「今回はなんとかなったけど、私たちだって別に大人より強いわけじゃないんだよ?」

「ごもっともです」


 実際僕の心に慢心があった。身体強化を使えばいつでも逃げられると思っていたし、魔法があれば囲まれても問題ないと思っていた。


 その場で実感したのが、いざという時、手から魔法を出すことができないという事、そして逆に口からの魔法は瞬時に発動できるという事だった。落ち着いて、集中できる場面であれば手から魔法を発動できるが、麻袋をかぶせられた時の様な虚を突かれた時は魔法の発動が出来なかった。それに魔法の威力を考えた時、うかつに魔法を放つことができないという事もわかった。


 魔法は攻撃力が高すぎる。なんの防衛手段も持たない人を前にした時、使える魔法は限られてくる。僕が目を覚ました時、部屋に三人いる状態で魔法を使って制圧しなかったのはこれが原因だ。


 三人を相手にするとき、複数人を同時に狙える魔法を使う必要がある。その中で僕が一番使いやすい魔法はエアカッターだ。ただ、この魔法、丸太を削る、斬る程に威力がある。魔力を持ち、とっさに魔力を放出し魔法の威力を下げる事もできるわけでもないスラムの子たちに当てれば瀕死の重傷を負うのは間違いないだろう。


 結果、相手が一人ならば、水魔法などの殺傷力の低い魔法で制圧することもできる。そもそも一人ならば、制圧するまでもなく逃げ出すこともできるだろう。


 脱出の際部屋を炎で埋め尽くしたのだって、本当はやりたくはなかった。僕自身は火傷のリスクが低いとはいえ、周りの人が火傷を負うリスクはあった。あのスラムではろくな治療もできないだろう。そうすればそこから大怪我につながるかもしれない。そうするとその人間が死んでしまうかもしれない。


 決闘の時の様に周りに治療できる人間がいたり、僕が頭が真っ白になる程キレた時でなければ人に魔法をぶつける事は出来ないだろう。


 前世からの価値観が原因である。


 この世界で生きていく上でその価値観は余計な事なのかもしれない。


 僕は心にしこりできたのを自覚した。



お読みいただきありがとうございます。

ご指摘ご感想などいただけたら幸いです。

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