第三話 クリスティアン
「アルノルト様、お食事の用意が出来ました、食堂へお集りください」
気が付けば食事の時間になっていた。迎えに来たのは僕付きのメイドであるアニだ。彼女は僕の身の周りの世話をする仕事を父さんから命じられている。父さんも人を選んだのか、アンネローゼ派閥の者ではない。この屋敷の使用人は大きく分けて二つ、アンネローゼ派とリア派だ。
勿論、全員リーベルト家に仕えているのは間違いないが、その中でも派閥が分かれていて、たまに他派閥の者への攻撃もある。使用人同士の事と侮ることなかれ。アンネローゼ派閥の使用人たちは僕に言っておいた方がいいけれど、言えとも言われてない事は言わない。けして、僕の有利になるように動いたりしない。使用人という身分から僕を害したりはしないが優遇もしない。
更に、リア派閥は徐々に人数が減少している。リアがなくなったからだ。リアへの恩義を感じているものは僕にいいようにしてくれるが、リアの死後、自分たちの後ろ盾になる存在がいなくなった途端にアンネローゼの派閥に言った者もいた。
本はまだ読み途中であったが、仕方ない、行くとしよう。残り十ページ、作者のあとがきのような物だけだったので一気に読んでしまいたかったが、食事に遅れると面倒だ。僕が遅れる事にアンネローゼは酷く敏感だ。お父上である当主様をお待たせするなど貴族としての礼儀がなっていないんじゃないかしらと。まったく本当に面倒くさい。その為、アニにはコックの者から前もって出来上がりの時間を聞いておき、その少し前に僕の所に来るように言いつけてある。
アンネローゼはやたらと僕を当主から遠ざけようとしているが、別に僕はこの家を継ぐつもりもない。そんなものジギスにくれてやる。今はまだ、母親のいう事を聞くだけの偉そうな貴族様って感じだけど、当主を継ぐ頃にはいい大人になっているだろう。
食堂の扉を開くと、中には既に使用人たちが食事を並べていた。父さんは既に席についていた。今日は早いな。そして、父さんの隣には見知らぬ男の人が座っていた。肩甲骨のあたりまで届く長く美しい髪、深紅の目。そして長い耳。……もしかしなくてもエルフ? やっべぇすげぇ興奮してる。なんか、異世界らしい部分に今まで触れてなかったから余計にそう思う。いや、部屋の明かりとか魔石だかなんだかを使って光らせているみたいだけど、それは生活に馴染みすぎてて異世界感が薄い。
「おお、アル来たのか。クリス、紹介しよう。この子は私とリアの子、長男のアルノルトだ。まだ幼いが聡明な子でな、文字の読み書きもすぐにできるようになったのだ。アル、この人は――」
「いや、私が自分で名乗ろう。私はクリスティアン・エルニアだ。見ての通りエルフだ。この国の者ではないが、君の父とは仲良くさせてもらっている。よろしく頼むよ」
クリスティアンさんは席を立ち、僕の方に歩いてくる。
「私は初めの挨拶は全て本人同士で行うことにしている。二度手間になるが、君の事を君の口から教えてくれ」
「ぼ……私はリーベルト家現当主ヘロルドと第二夫人リアの息子、アルノルト・リーベルトです。未熟な身の上、無作法をお許しください」
転生して……いや前世含めてもこんな堅苦しそうな挨拶したことねぇよ! この世界では貴族身分として暮らしているけど、今までそんな機会なかったし、貴族の挨拶なんて知らないよ。たまに、父さんが連れてくる貴族はいたけど、その時はさっきみたいに父さんが相手に伝えてくれて、それに合わせてお辞儀をする程度でよかったから困らなかった。これから、こういう勉強も増えるのかな……やだなぁ。
「ふむ、よくできているな。アルノルト、年はいくつだ」
「今年で四つになりました」
「見た目通りの年齢か。随分と優秀な子を持ったなヘロルド」
「ああ、本当に優秀だよこの子は」
僕の挨拶は良かったようだ。それも年の割にはということかもしれないが。伯爵である父さんの事を呼び捨てにするとなると、かなりの身分なのかな? いや、でも父さんの態度もフランクだしただの友人という線も……。
僕がそんな事を考えている間に食堂の扉が開き、アンネローゼとジギスがやってきた。
クリスティアンさんを見たアンネローゼが突如顔をしかめる。その後、ついてきたメイドにジギスを預け、父さんの下に駆け寄る。
「ヘロルド様、どうしてこの男がいるのですか! 私はあれほどこの男と同じ空間にいるのが嫌と申し上げたはずです!」
「しかし、アンネローゼ。クリスは客人だ。私が客人をもてなすのは当然だろう。午後に用事も無いようだし、家で昼食を取らせるくらいいいではないか」
「それを嫌だと言っているんです! ……もういいですわ。私とジギスはお部屋で食事をとらせていただきます。そこのメイド、私たちの食事を部屋へ運んでおきなさい」
アンネローゼはいたくご立腹だ。これは僕は気配を消して席に座っていた方がいいな。何を八つ当たりせれるかわからない。僕はアンネローゼの死角になるようにテーブルを壁にして普段の食事の席の近くまで行く。
クリスティアンさんはアンネローゼなどに目もくれずジギスへ近づいて行った。
「私はクリスティアン・エルニア。エルフだ。君の名前を教えてくれないか?」
僕にしたようにクリスティアンさんはジギスにも挨拶をした。彼なりに何かこだわりでもあるのだろうか。あまりよい関係ではないだろうアンネローゼの息子であっても彼の姿勢は変わらない。
「え、お、俺は」
ジギスはどうしていいのかわからないのか、周りの者に助けを求めようとする。しかし、共に来たジギス付きのメイドはアンネローゼの命令で調理場に食事をとりに行っている。ジギスの周りに助けを出せる者はいなかった。
「ジギス!! その者と話してはいけません。その者は下賤な民です、話すことも見ることもしてはいけません」
突如、父の下から大きな声を上げ、アンネローゼがジギスに怒鳴る。ジギスはその言葉を聞いて、安心したかの様な態度を見せ、言いつけられた言葉そのままにクリスティアンさんから目をそらす。
コツコツコツとヒールの音をたて、アンネローゼがジギスの下へ足早に戻ってくる。そしてジギスの手を引き食堂を出て行った。
食堂が静まり帰る。食事を運ぼうとしていたメイドが固まっている。無理もない、貴族の怒鳴り声を聞いたのだ。不機嫌な貴族程恐ろしいものはない。何を八つ当たりされるか……。
そんな中父さんが立ち上がりクリスティアンさんの横に立つ。
「すまないな、クリス。あれも昔は違ったのだが、年々エルフへの悪感情が増えていってな。私が言っても聞かなくなってきているのだ」
「いや、奴は昔からあのような奴だった。ヘロルドの前では猫をかぶっていたにすぎん。まぁそれを見抜けなった君もまだまだ未熟という事だ」
「本当にすまない。……さぁ食事にしようか」
今日の昼食は一言の会話もなく終わった。
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