第二十九話 スラムの少年
チャンスの訪れないまま三十分程経った。状況は一向に改善しない。
「リーダー、もうこいつ無理やりにでも起こしちゃいましょうよ、」
一人の少年がそう呟く。まずいな、僕の狸寝入りがばれる。
「そうだな」
その声の後、僕はお腹を強く踏みつけられた。
「うっ」
「んだよ、こいつ起きてやがった。おい、あれもってこい」
僕を踏みつけた少年は僕の背中に座り、取り巻きに何かを持ってくるように指示する。
「よし、これで準備万端だ。さーて、坊ちゃんに質問だ。お前はどこの家のもんだ?」
僕は答えない。この少年たちがリーベルト家に何かできるとは思えないが、それでもバックに大きな犯罪組織なんかがいたらどうなるかわかったもんじゃない。
「あん? だんまりか? そっちがその気ならこっちにも考えがあんだぜ?」
そういうと少年は僕の右手を手に取る。
「せーの!」
少年の掛け声とともに僕の指先に鋭い痛みがはしる。
「あああああああ」
ああああ! くそ、こいつ僕の爪をはがしやがった! 右手の人差し指がズキズキと痛む。空気に触れているだけで激痛がはしる。
「それじゃあもう一回聞くぜ坊ちゃん。お前はどこの家の者だ」
「き、君は転生者じゃないのか!? どうしてこんなことをする」
「は? 転生者? んだよそれ」
どうやら少年は転生者じゃ無いようだ。くそ、なら何のために僕はここまで……。
「お前の家を聞いてんのはそこから金をとるためだよ。なんつったぁ……そう! 身代金ってやつだ。お前を人質にしてお貴族様たちからお金を貰うんだよ」
「……そんなことしても、すぐに捕まるだけだよ」
「んなこたぁわかってるよ。俺らはただの仲介だ。実際のやり取りは専門の奴らがやる。ただ、こっちで情報を引き出しておくと分け前が良くなんだよ。なぁ、哀れなスラムの住人の俺たちに貴族様からの施しだと思って何とか喋ってくれねえか?」
僕は黙る。
「あっそ」
少年は僕の右手の親指の爪を剥ぐ。
「さっさと言っちまった方が痛い思いしなくていいと思うけどねぇ?」
少年は僕の爪を剥がれた部分を指で擦る。
「あああああああああ!」
僕はその痛みに溜まらず声を上げてしまう。なんだよこいつ! 転生者でもないのに何でこんな知恵があんだよ。いっちょ前に拷問できてんじゃねぇか。あああ痛い痛い痛い痛い。
「なぁ、坊ちゃん? 家の名前、教えてよ」
「…………リーベルト家だ」
両指の爪を剥がされた所で僕は家の名前を口にしてしまった。くそ……耐えられなかった。
「リーベルト家……ね。おい、ウィン、ハコモ! てめぇらはニクラウスの所に行ってリーベルト家のガキを一人捕まえたって伝えてこい」
「わかりやした!」
「すぐに行ってきます。リーダーは?」
「俺はここでこいつを見張ってる。いいから行ってこい」
バタバタとした足音が遠ざかっていく。
「……人払いは出来たか」
人払い?
「その前にそいつ取っちまうか」
少年は僕の腹から立ち上がえり、頭にかぶせられていた麻袋を取り払う。
「これが俺なりの誠意ってやつだ」
目の前の少年はローブを着ていなかった。真っ白な肌と灰色の髪、瞳が見える。少年は僕の前に座る。
「なぁ坊ちゃん、俺と取引しねぇか?」
今更何を言ってんだ。僕に拷問まがいの事をしておいて。
「まぁそういう反応になるよな。でもまぁ聞けよ。……俺たちには金が必要なんだ」
少年は語りだす。
「俺らはこのスラムで生まれたガキでよ、その上両親に捨てられた。まぁ何が言いたいかっていうと、この王都における存在の証明が出来ねぇのよ。貴族様なら知ってると思うが、この王都は外壁の出入りに身分証明書がいる。俺らにゃそれがねぇんだ」
この少年たちには戸籍がないのか。そのせいで街の外に出る事も出来ないと。
「市民権は金で買える。その為には莫大な金が必要だ。けど俺らにゃまっとうな方法で金を稼ぐことなんてできやしない。非合法の仕事位だ。だが、こういう裏仕事もおいしい思いをするのは上の連中だけだ、俺らは良くても使い捨ての駒でしかねぇ。俺はたまたま他の奴らとは違う力があるから重宝されてるが、あいつらは違う。ただのガキだ」
少年の声が沈む。彼らの事を思ってか、少し暗い顔をしている。
「役所の奴らは俺らみたいなスラムの奴らに身分証なんて発行してくれねぇ。冒険者ギルドだって俺らの歳じゃギルドカードの発行もしてくれねぇ」
冒険者ギルドに所属する者が持つカード『ギルドカード』はこの国においてあらゆる身分を保証してくれる物だ。それは例えスラム出身の者であっても。そんな信頼がおかれるのも、この国の成り立ちと、冒険者ギルドの自浄作用への信頼からだ。
冒険者ギルドは身内の犯罪が露呈した場合、ギルド所属の冒険者に通達がなされ、その犯罪者を一斉に捕縛しようとする。ギルドカードが街の出入りに使われる程までに信頼されるのはそれが理由だ。
「今日を生きるのにも困るような生活をしている俺らじゃそんな市民権を得る為の金を三人分なんて用意出来ねぇ。頑張って溜めているけど、もうこれ以上は無理だ」
少年は悔しそうな顔をする。
「俺らは使い捨ての駒で終わるなんてまっぴらごめんだ。まっとうに生きて、まっとうに死にたい。こんなスラムに居ちゃ、そんな生活出来っこねぇ」
少年は自分の体を抱きしめる。
「俺には時間がねぇんだ。ギルドカードを発行できる歳まで待つことなんてできない」
少年の目には涙が浮かび上がっていた。
「だからあんたと取引だ。俺はここであんたを逃がしてやる。代わりに一週間以内に金貨一枚を用意してくれ。こんな金、お前が捕まった時の身代金に比べれば安いもんだろ?」
金貨一枚、つまり十万円という事だ。正直、貴族と言っても子供にそんな金用意できるわけない。
そもそもこの取引、最初から成立などするはずもない。なぜならここで僕を逃がせば僕は家の人に告げ口をして、この拠点の制圧をすることができるからだ。
僕の解放はきっとこの少年の独断だ。裏にいる人物に内緒で行うのだ、援軍も期待できない。
拷問の作法を知っている為随分と頭の良い子だと思っていたが、しょせんは教育を受ける事の出来なかった子供、それも広い世界を知らず、このスラムしか知らない子供。
僕がこの穴だらけの取引を受ければきっと助かるだろう。けど……。
「なぁ、取り引き、受けるのか受けないのかどっちだ」
少年は縋る様に僕を見つめる。
気が付けばいつの間にか僕らの関係性は逆転していた。以前縛られたままの僕の方が優位に立っている。
思えば、取り巻きの少年がいた頃は声も偉そうにしていたし、ガキ大将のような振る舞いだった。しかし、彼らがいなくなって、少年の過去や境遇を離している間に段々と声から覇気がなくなり、弱弱しいものへと変化していた。
これが少年の素なのだろうか。僕を拷問した時も、リーダーとして振る舞った時も。全部少年の演技だったのだろうか。
「なぁ、俺たちを助けてくれよ」
彼の嘆願に僕は――
「おや? 一人だけ抜け駆けするつもりですか?」
僕と少年は部屋の入口を見る。そこには小綺麗な、スラムには似合わない服を着た長身の男が立っていた。
「いやはや、貴族の子供を……それもリーベルト伯爵家の者を捕まえたと聞いて急いで駆けつけてみれば……おやおや、どうやら彼はあなた達を裏切ってこの少年を逃がそうとしていたみたいですよ?」
長身の男の後ろには二人の少年がいた。彼らはリーダーと呼ばれていた少年と同じくらいボロボロの服を着ていた。彼らが先ほどニクラウスなる人物を呼びに行った取り巻き達なのだろう。という事はこの長身の男が。
「ニクラウス! どうしてこんなに早くに」
「ええ、たまたま彼らとはそこでばったり出会ったのですよ」
ニクラウスが自分の背後で呆けている少年たちを前に出す。
「リーダー、俺たちを裏切ろうと……」
「そんな……あんまりっす!」
「違う! 俺はお前らと一緒に――
「ええ、本当にひどいですねぇ。今まで苦楽を共にしてきた仲間だというのに。彼は貴方たちを裏切った。ああ、なんて酷い。しかしまぁ、いつかはやると思っていましたけどね。いつも見ていましたよ、自分よりも劣る力を持つ彼らを見下すような目で見ていた彼の目を」
ニクラウスは少年たちを抱きしめ、頭を撫でる。少年たちはニクラウスの胸に抱き着き、すすり泣く声が聞こえる。
「お前ら! ニクラウスの言っている事はでたらめだ! 俺はお前らと一緒にスラムから出る為にこいつと交渉していたんだ!」
「あなた一人がこのスラムから逃げ出すためでしょう?」
「でたらめをいうな!」
少年はニクラウスに掴みかかろうとする。それにタイミングを合わせるようにニクラウスは杖を突きだす。
「がっ!」
少年は腹を突かれ血を吐き出す。
「二人とも、もう彼を見捨てて例の場所へ行きなさい。君たちが必死になって溜めたお金はもう市民権を買えるほどに溜まっているでしょう? 二人分なら」
「ウィン、俺はいく」
「待ってくれっすハコモ」
取り巻きの少年たちはニクラウスから離れ、スラムの町中に消えていった。
「あ……」
絶望の顔を見せる少年。
「さてさて、邪魔者がいなくなったところで私は商品を運び出すとしましょう」
そういうとニクラウスは指を鳴らす。すると入口から十人の人間が入ってくる。全員ボロボロの服を着た大人だ。
「さぁ、この人数ならいくらすばしっこいあなたでも逃げられないでしょう」
部屋の入口は人で埋め尽くされ、子供一人通る隙間はない。
「本当に銀貨一枚くれるんだろうなぁ」
入口を塞ぐ大人のうち、一人がニクラウスに問いかける。
「ええ、彼らを捕まえたあかつきにはあなた達に報酬を与える事を約束しましょう」
「へへ、そういう事だ。悪く思うなよグレイ」
そういいながら僕らににじり寄る男。少年――グレイは微動だにしない。仲間に裏切られたショックがデカすぎたのだろう。
……僕は大きく息を吸う。そして全力で息を噴き出す。
白い靄が部屋の中に充満する。
「ええい、なんですかこの靄は!」
「なに言ってんだニクラウス。靄なんてねぇじゃないか……」
「何を言っているのです、こんなにはっきりと……はっ! まさか」
ニクラウスは僕のやろうとした事を察したのだろう。いち早く部屋から脱出しようとする。しかし事情を把握できていない男たちは以前として入口を塞いだままだ。
「ええい! どきなさい」
困惑する男たち、そうだ、それでいい。魔力は魔力を持っている者にしか見えない。スラムでは魔術の知識が乏しい者が多いみたいだから、通じると思った。
僕は靄が充満した部屋で魔法を唱える。
「イグニッション!」
狭い木造の部屋の中を炎が埋め尽くした。
お読みいただきありがとうございます。
ご指摘ご感想などいただけたら幸いです。
2019/2/12 魔法の名前を「ファイア」から「イグニッション」へと変更しました




