第二十八話 スラム
ローブの子供は人ごみを上手く避けていく。僕はローブの後をぴったりとついていく。周りの人が僕たちを見ている。
子供があり得ない速度で走っているのだ。当然だろう。僕たちは南地区を外壁の方向に向かって走っていく。
門に近づくにつれ、八百屋などの商店は減っていき、飲み屋や、宿屋が増えてくる。通りを通る人の内訳も冒険者が多くなってきている。
「おい、そこのガキ、訳ありか!?」
進行方向から野太い声が響く。声の主は斧を背負った冒険者だった。遠目に見ても目立つ僕らの追いかけっこに何か訳あり――例えば物取り――と感じたのだろう。ローブの行く手をさえぎる様に立ちふさがる。
「その子を取り押さえてください」
僕は力いっぱい叫んだ。
「はっはー、Cランク冒険者、大戦斧のウーゴ様に任せろぉ!」
「はん!」
ウーゴさんが両腕を左右に広げ、ローブを挟むように腕を振るう。今にもウーゴさんの腕がローブに触れるかどうかの瞬間、ローブは真上に跳躍する。勢いよくローブに突っ込んでいたウーゴさんはローブの真下を通過する。
ローブは前のめりに倒れるウーゴさんの背中を踏みつけ加速する。背中を踏まれたウーゴさんは顔から地面に強くぶつかる。
「すみませんウーゴさん、協力感謝します」
僕は倒れたウーゴさんの横を通り、ローブを追う。
ウーゴさんは捕まえる事こそ失敗したものの、時間稼ぎはしてくれた。上に跳躍した分ローブと僕の距離は縮まっている。
それにしてもあのローブの子、早いな。僕は自分の身体強化にはかなり自信があったけれど、その僕と同じ速度で走るとは。
身体強化を使った僕はロードバイクを全力で漕いだ時位のスピードが出ている。ベネディクトゥスとの決闘で使ったような身体強化の力を脚部に偏らせて、走る速度のみを上げる事は出来るが、あれは瞬間的に使うもので、今回の追いかけっこの様に長距離を走るときには向かない。
プールで泳ぐとき、クロールで息継ぎをしない方が早く泳げるが、それで百メートル泳ぐのは難しい、精々二十五メートルくらいだろう。それと同じだ。
だから身体強化の偏り――脚力強化を使うとしたらそれは最後の追い込みの時だろう。
「『待って、君に聞きたい事があるんだ』」
僕は走りながらローブに日本語で話しかける。しかしローブはこちらを振り返る事すらせず、ひたすらに逃げる。
くそ、日本語だから反応しないのか? セレスが言っていた様にこちらの世界に来る人間が日本人であるとは限らない。むしろ確立としては少ないだろう。
僕は英語で声をかけようとしたが、走りながらでは英文が思いつかない。くそ、こちらの世界では赤ん坊の脳というチートがあって、すぐに言語を取得できたが、向こうじゃそんなに英語の成績良くなかったからなぁ。
……セレスにも下手な英語って言われたからなぁ。
やっぱりひとまず取り押さえてから話し合わないといけないな。先ほどから十分ほど走り続けているが、全く距離が縮まらない。
走っているうちに視界の中の外壁が大きくなっていく。それにつれ、周りの風景も次第にボロボロな建物に変わっていく。
スラムに入った……のかな?
ひたすらローブの子を追っていたから気づかなかった。
「ピィィィィィ!」
ローブの子が指笛を鳴らす。周囲の人のうち何人かが指笛に反応し、こそこそと動き出す。何かの合図か……。
ここはスラム。ローブの子のテリトリーだ。仲間がいてもおかしくはないか。僕は周りに気を配りながらローブを追う。
それから更に十分経った。僕らの距離はつまらない。くそ、いい加減に何か策を考えないと埒が明かない。
ローブの子が家と家の間の狭い隙間を通る。幅は子供が一人通れるかどうかの細さだ。僕もその建物の間に入る。
その隙間に入った瞬間、僕の足に何かが引っ掛かった。地面の上を顔が滑る。ロードバイクの速度で走っていたのだ、それでこけた時の勢いは普通に転んだ時とは比べ物にならなかった。
「いってぇ」
僕は顔の右側に手を当てる。手には血が付着しており、顔から出血しているのがわかる。顔の右側にヒリヒリとした痛みが残る。
なんで転んだ。僕は自分の足元を見た。そこには細いワイヤーが張られていた。さっきの奴らか。僕とローブが追いかけっこをしている間に仕掛けたんだ。
僕は右手に魔力を集める。
「エアカッター」
僕はワイヤーを切断する。
「……どこに行った?」
僕はあたりを見渡す。ローブの子はどこにもいない。見失ったか。転生者の仲間かと思ったんだけどなぁ。
しょうがない、今日はもう帰るか。
僕は立ち上がり、家の隙間から出ようとする。その瞬間僕の視界は真っ暗になった。
なんだ! 僕はとっさに顔に手を当てる。すると手が顔に触れる前に何かゴワゴワしたものに触れる。麻布……? 僕は顔に麻布をかぶせられているのか!? 困惑する思考の中、僕の頭部に衝撃がはしる。
何かに殴られた。その衝撃で体が前のめりになる。そのまま両腕を掴まれ腹を何か鈍器で殴られる。
「がはっ」
息が詰まる。殴られた衝撃で呼吸が一瞬止まる。その隙をつかれ僕は体を地面に押し付けられる。そのまま更に頭を殴られる。僕の意識は次第に薄れていった。
ズキズキと頭が痛む。体を動かそうとするが上手く動かすことができない。両腕は背中側に回され、ロープか何かで拘束されている。頭は麻布がかぶせられていて、あたりの様子をうかがう事が出来ない。
……僕はつかまったのか。油断した、僕が追う側で相手が逃げる側だと錯覚していた。このスラムに入った時点で攻守が逆転していたのだ。
麻布のせいで視界には頼れない。僕はあたりの音に注意して音を聞く。いくつかの足音がこちらに近づいてくる。少しずつ近づく足音と一緒に話声が聞こえる。
「なぁリーダー、あいつどうするんだ?」
「あいつが追いかけてきた時すぐ近くにメイドがいた。多分貴族かどこかの商人の子供だろう。とりあえず身包みをはぐ。持ち物はオルソの所に売りに行く」
その言葉に僕は自分の体を地面にこすり、確認する。確かに僕は今パンツ一枚の格好だった。今こちらに近づいてきている人達は先ほど僕を襲った人たちなんだろう。僕は体を動かさないように地面に横たわる。
「ちっ、まだ寝てんのか。こいつがどこの家の奴か知らないと話にならないかなぁ」
声の主たちは僕のいる部屋に居座り、雑談をしている。
「しかしこいつよくリーダーの後を追いかけられましたね」
「ほんとっすよ、リーダーなんてあり得ないくらい足速いのに」
「……そうだな」
リーダーと呼ばれているのが僕と追いかけっこをしていたローブの子、その他に二人いるみたいだ。三人とも声から推察するに少年だと思われる。
それにしても身体強化の事を足が速いで済ませていることから彼らに魔術の知識はないのか?
それからしばらく彼らは他愛もない話を続けていた。……さて、どうしようか。現状、両腕と両足を拘束されていて、麻布により視界を塞がれている僕。さらに同じ部屋に三人のスラム民の少年、内一人は身体強化を使う事ができる。
けしていい状況とは言えないが、周りに人がいなければ魔法を使う事で麻布を風魔法で吹き飛ばすことは出来る。手足の縄もファイアという着火魔法で燃やすことで解決できる。
僕は彼らに気付かれぬように地面で倒れたふりをしてチャンスを待つ。
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