第二十六話 二度目のお叱り
「修行って、昨日少しだけやったやつだよね? 手の平を合わせてやるやつ」
「うん、それで魔力を手の平から出す感覚を覚えよ」
到着して早々に修行を始めるセレス。僕はセレスと手の平を合わせる。
「それじゃあ、昨日の感覚を思い出すためにも、最初は目をつぶってやってみよっか」
セレスの言葉に従い、僕は目をつぶる。
「それじゃあ魔力を流して」
僕は昨日と同じように魔力を流した。
「やったね」
一回目の魔力放出は成功だ。昨日と同じように互いの体に魔力を流し、満たし合った後、セレスが僕から距離を取る。結果セレスが五メートル程離れても魔力による繋がりを維持できた。
「それじゃあ、今度は目を開けたままやってみよ」
僕らは再び、手を合わせる。そして手の平に感覚を集中させ、魔力を流す。魔力を流した瞬間、セレスが少しだけ顔をしかめる。体内に他者の魔力が入った事による違和感があるのだろう。
お互いに魔力が浸透し合った。目の前のセレスは顔を少しだけ紅潮させている。
あれ、なんかこれ凄い恥ずかしい。手の平を合わせる為、それなりに近い距離にいる。お互いの身長が同じくらいなのもあって、目線が合う。セレスの真っ黒な瞳に吸い込まれるような錯覚を覚える。セレスも僕の目をじっと見ている。
やばい。これ凄い恥ずかしい。
「それじゃあ、離れようか」
僕はこの状況をすぐにでも解消する為にそう提案した。
「う、うん」
セレスも僕に同調する。
僕とセレスの手に平が離れていく。ゆっくりと、ゆっくりと。十秒程かけてようやく一センチ程距離ができた。まだ魔力のつながりは切れてない。
そのままゆっくりと距離を離していく。そして十センチ程離れた所で僕の方からの魔力が止まる。
「あ」
「やっぱり見えてると途中で途切れちゃうね」
目をつぶっている時は完全に手の平にだけ集中していたが、目を開けると手に平に視界が向いてしまう。すると手に平が完全に離れている事を意識してしまい、魔力を送る事が出来なくなる。
「もう一回お願いできる?」
「大丈夫! できるようになるまで付き合うよ」
セレスはそういってくれたが、僕は今日一日、夕方になりセレスの門限の時間になっても三十センチ以上離れる事が出来なかった。
修練場を出て、セレスと別れ一人帰路を歩く。昼間通った時よりも町には人が溢れていた。夕飯の材料を買いに来ただろう奥様がたと冒険終わりの冒険者。他にも仕事を終えただろう職人と思われる集団もいる。
なんだか町って感じがする。市民の人達の生きているっていう感じが伝わってくるっていうのかな。生活感が僕の心を慰める。
今日一日殆ど進歩はなかった。セレスに呆れられてしまっただろうか。はぁ。
僕は行きよりも少し重たい足取りで家に向かった。
「アルノルト!!! 貴様一人でどこへ行っていた!」
玄関を開けた先には鬼のような形相をした父さんが待ち構えていた。
「その、セレス……ティーナ殿下と一緒に魔術の修行を……」
「なぜ一人で行った!」
「そ、その門の前に馬車もなく、兵士の方もどこにいるのかわからなかったのです」
「屋敷の者に誰でもいいから付き添いを頼めばよかっただろう! その者が付きそうか、付き添える者のところに案内したはずだろう!」
「時間がなかったのです!」
「遅れるとの旨を伝える為の伝令を出せば済んだ話だ」
父さんの怒り大爆発。もう顔を真っ赤にして怒っている。目の下にはクマもできているし、昨日の決闘騒ぎから寝ていないのかもしれない。そのせいで感情の抑えが効いていない。
「とにかく、今日はお前の夕食は無しだ! それからこの後私の執務室に来い! 今朝のようにこってり絞ってやる」
それから僕は父さんの執務室で貴族の子供が一人で出歩くことの危険性を聞かされた。
説教は夜中の十時まで続き、アニが僕の睡眠時間を考え、父さんの執務室に入ってきたのだ。怒れる主君の部屋に突撃をする等中々できる事ではない。僕はアニに感謝を述べ部屋へと戻った。
部屋に戻った僕は鞄に入っていた林檎を二つ食べてから寝た。
「アルノルト様、起きてください。朝食のお時間になります」
翌朝アニがいつも通り僕を起こしに来てくれた。お湯で体を洗い、食堂へと向かった。
「アルノルト。これから王都にいる間一人で部屋から出る事を禁止する」
「父さま、それは!」
「昨日勝手に一人で出歩いた罰だ。護衛や付き添いの者がいる場合のみ屋敷から出る事を許可する。アニ」
父さんが僕の後ろで控えていたアニを呼ぶ。
「これから王都にいる間、常にアルノルトの横にいろ。アルノルトが部屋にいるのならお前も共に部屋の中にいろ。いいな」
「かしこまりました」
アニは父さんに向けてお辞儀をする。
「ははん、いい気味だ。一人で外に出かけるなんてずるい事するからこうなるんだ」
ジギスが嬉しそうに笑う。
「全く、このような者がリーベルト家の者と考えると……ジギスムントへの悪影響が心配ですわ」
僕を汚物を見るような目で見るアンネローゼ。ジギスに悪影響を与えているのはお前だ。
「わかりました」
僕は父さんの言いつけにたいしてそう答えた。
それにしても、こうやって部屋の中から出る事すら制限されると随分と暇になる。僕の魔術についての興味は完全にセレスとの修行に向いている。
どうしたもんかなぁ。
僕は手持ちぶたさに部屋の中を見渡す。部屋の中には僕が実家から持ってきた少量の服と本しかない。部屋の隅でアニが座っているが、その顔は暇そうにしている様に見える。
「アニも暇?」
「いえ、そのようなことは……。ただ、一日中仕事がない事等今までなかったので、少し呆けてしまっていました」
「ふーん」
そういえば、僕付きのメイドはアニしかいない。……あれ? もしかしてリーベルト家ブラック?
「もしかして僕が生まれてから一度も休みない?」
「いえ、そのような事はありません。アルノルト様がご就寝している間は私も眠ることができます。それにアルノルト様がお勉強なされている間は私も休憩を取らせてもらっています」
「そういう休憩時間の事じゃなくて、丸一日お休みの日ってないのってこと」
「そのような日はありませんね。中堅以上のの冒険者であればそのような生活もできるのでしょうが、私たち、特にメイドの職に就いている者は私の様な者がほとんどですよ?」
マジか。メイドさんの労働条件厳しすぎでしょ。
「その分お給金は他の職業のかたよりも多くもらっていますけどね」
「でも、お休みの日がないならお金使う機会なんてないよね」
「メイドの多くは都市部への出稼ぎで来ているので、故郷への仕送りでお給金は使われることが多いですね。貴族様の直接のお付きでなければ、定期的に休業届けを提出することで故郷へ帰る事も出来ますしね。ジギスムント様のメイドも何人か代わりの者がいますし」
「僕のメイドはアニだけだよね?」
「その、アルノルト様にお付きしようとするとアンネローゼ様が……」
ああ、そうか。派閥か。確かに僕の母親がなくなってからは屋敷の派閥はアンネローゼが掌握しているし、いやがらせでも受けるのかもしれない。
「アニはそういうの大丈夫なの」
「たまに……受けますね。でも、リア様への恩を考えれば些細なものですよ」
随分と恩義を感じているんだなぁ。今でも僕の母親の派閥に所属している者はみんな僕に善くしてくれるし、母親への強い忠誠を感じる。
「ねぇ、どんな事があったの? することも無いし、アニの事知りたいな」
「わかりました。私がリア様と出会ったのは――
それから昼食の時間までアニの話は続いた。
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