第二十五話 セレスとの修行
翌日、検査の為病室を訪れた医師によりメディカルチェックを受けて、無事問題のない事が判明したことで僕は病室を出た。勿論セレスも無事だ。
城門前までセレスが見送りに来た。
「それじゃあねアル君」
「じゃあね」
「今日のお昼過ぎ、二時ごろに昨日の修練場でいい?」
僕は昨日の夜セレスと話し合い、これから魔法の練習を行う事にした。僕が王都を去るまでの間、毎日魔法の練習をする事になったのだ。
僕は城門前に待たせていたアニと共に馬車に乗り、家へと向かった。
「アルノルト! 昨日の一件はどういう事だ!」
家に着くやいなや玄関前で待ち構えていた父さんに叱られた。
「ドナテロ殿の息子ともめ事を起こしたと思えば、そいつと決闘だと!? さらには王城に泊まるとは……どういうことだ!」
父さんは混乱している。まぁ当然か。
「……全部解決したので説明しないというのはだめですか?」
正直、昨日はごちゃごちゃしていて上手く説明できる気がしない。
「駄目だ。しっかりと説明しなさい」
父さんはニコニコとしながら怒っている。僕は執務室へ父さんと向かい、こってりと絞られた。
父さんに洗いざらい話をして、ようやく解放されたのは昼食の直前だった。というより、昼食ができたと知らせが来たため、僕への事情聴取が打ち切られたのだ。昼食後もまだ聴取は続きそうな感じであったが、僕がセレスと待ち合わせしている事を伝えると父さんは項垂れるように脱力し、机に突っ伏したままもういいと一言呟いた。
昼食は今はいらないと使用人に伝え、父さんは執務室に残った。僕は食堂へ向かった。
昼食を終え、部屋に戻り僕は運動のできる格好に着替える。魔法の練習をするんだ、どんな事故が起きるかわからない。安物の服に着替える。鞄には服と先生の本をしまう。よし準備完了だ。僕は門に向かった。
しかしそこには馬車はなく、護衛の兵士もいない。あれ? いつもは僕が外出するときは門の前でみんなが待機していたんだけど……。
……そうか、今日セレスと待ち合わせの約束をしている事を知っているのは父さんだけだ。王城に言ったのは僕だけだったから。普段の行動は護衛の兵士やアニから父さんに報告が行って、父さんが前もって準備してくれていたけど、今日は父さん疲れていたからなぁ。
セレスとの待ち合わせを知らせてがいるけど馬車や護衛の手配まで手が回らなかったのか。どうしよう、僕はこの屋敷の馬車の置いてある場所も御者さんの待機場所、兵士の誰が手が空いているのかも把握できていない。
僕は玄関の中に戻り、館の玄関に飾られた時計で時間を確認する。時刻は一時頃。前回修練場に向かった時は馬車で三十分ほどかかったと思う。今から護衛の兵士や御者の人を探してから向かうよりも一人で徒歩で向かった方が早いかな……。
馬車の速度は街中という事もあってそんなに早くない。きっと徒歩で向かっても大丈夫だろう。
僕は玄関を出て門に向かった。
低身長があだとなり、門を開けるのに一苦労したが、何とか屋敷の外に出る事に成功した。さて、確か馬車はここから右の方に向かっていたな。僕は馬車での道順を思い出しながら修練場に向かう。
王都は町の中心に城があり、そこから東西南北に地区が分かれている。
北地区は職人街と呼ばれているらしい。王都の北の方角に魔石や鉱石の取れる鉱山がある。そこから運ばれる鉱石を貯蔵する倉庫があり、それらを加工する職人が集まっている区画だ。
西地区は歓楽街と貴族街がある。城の周辺は貴族の別荘や、王城で働く貴族の家がある。そこから外壁側に向かうと歓楽街だ。歓楽街は貴族御用達のレストランや高級宿、娼館など観光者向けの区画である。
南地区は冒険者区画と呼ばれる地区。酒場や安宿、冒険者ギルドが存在する地区だ。冒険者はガラの悪い者もいて、他の区画に比べて治安が悪いらしい。更に外壁の側にはスラム街もあるという。
東地区は商業地区。大商会などが店を構える。この地区は特に他の地区とのつながりが強く、おそらく一番人の出入りが激しい区画だ。
僕の目的地の修練場は南区画にある。もっとも修練場があるのは南区画でも城の近くなのでそれほど治安は悪くない。
こうやって街中を馬車以外で出歩くのは初めてだ。初めて王都を観光した時もほとんど施設の前で降りて施設を見たらまた馬車に戻る。そんな風な観光だったのでこうやって自分の足で街をみて回るのは新鮮だ。
僕は貴族街を抜け、南地区に出る。南地区に入ると冒険者と思われる装いをした人が目に見えて増えてきた。さすが冒険者地区だ。
やっぱりこういう風景を見ると心躍るものがある。この後に控えている魔法の練習もファンタジーらしいイベントではあるが。
「おいこらぁ! そこのガキ待ちやがれぇ!」
街中を歩いていると突然怒鳴り声が聞こえる。すると灰色のローブを来た子供が僕の正面から走ってくる。その腕の中には果物がいくつか見える。その後ろを追いかけるのはエプロンをしたいスキンヘッドのいかつい男。
「どけ!」
ローブを着た子供は正面にいる人に向かってそう叫ぶ。周りの人は子供を避けるように道を開ける。しかし僕はとっさの事に対応できず、その場に立ち尽くす。
「ちっ!」
小さく舌打ちが聞こえる。僕とぶつかるまで残り数メートル。子供は突如走る速度を緩めた。追いついたエプロン男が子供の背後からつかみかかろうとする。
子供は再び速度を上げる。そのその速度は先ほど男から逃げている時とはくらべものにならない程早かった。僕はその速度を知っている。先日僕自身が体験した速度――身体強化の速度だ。
子供はその速度のまま僕に真っすぐ向かってくる。子供は僕と顔がぶつかるかどうかという距離まで近づく。僕の目には灰色の髪に灰色の瞳が移る。
それも一瞬。その子供は僕とぶつかる寸前急に体制を低くし、僕の膝横をすり抜けていく。
「え……あ!」
子供が僕を避けていったあと、その背後から迫る男は急停止することができず僕にぶつかる。
「くっ、すまんな坊主、怪我はないか」
エプロン男はすぐに立ち上がり転んだままの僕に手を差し出す。見た目とは違い優しい人だ。男の手を取り、僕は立ち上がる。
「くっ、あいつには逃げられたか」
子供の逃げていった方向を見る。
「物取り……ですか?」
「ああ、そうだ」
「すみません、僕が取り押さえられていればよかったのですが」
「はん、気にすんな。見たところ坊主と同じ位の歳のガキだったろ」
エプロン男は僕の頭をガシガシと撫でる。
「そうだ、ちょっとついて来いよ」
エプロン男は僕の手を引く。五十メートル程歩くと男は立ち止った。
「俺はここで八百屋をやっているガレスってもんだ、よかったら坊主も母ちゃんにガロンの店はいい店だって伝えてくれよ」
そういってガレスさんはお店の前に置いてある林檎と似た果物を二つ手に取り僕に手渡す。
「こいつはぶつかっちまった詫びだ、受け取ってくれ」
ガレスさんは店の中に戻っていく。
万引きにあったっていうのに豪快な人だなぁ。それにしても物取りなんて、やっぱりスラムの人かな?
僕は林檎を鞄に仕舞い、再び修練場を目指す。
「アル君、ごめんね待った?」
「ううん、今来たとこだよ」
昨日一悶着あった修練場の中の部屋でセレスを待っていた僕。自然に漫画の様なやり取りをできた事に二人して顔がにやけている。
「それより口調はいいの?」
セレスの後ろにはロシェルさんがいる。今までこの口調は日本語でのやり取りでしか行われず、こちらの言葉では行わなかった。昨日王様の前では少し口調が崩れていたけど。
「ふふ、信頼できる人の前ではこっちの性格で行くことにしたの」
背後に控えるロシェルさんの顔が少し赤くなる。信頼されている相手として見られている事に照れているのかな?
「アル君も口調は正さなくていいよ、ロシェルはそんなことで目くじらを立てる人じゃないから」
「わかった」
「よし! それじゃあアル君の修行、始めよっか!」
お読みいただきありがとうございます。
ご指摘ご感想などいただけたら幸いです。




